イギリス

2017年1月 5日 (木)

コンテンポラリー・アート

まつこです。

今回、ロンドンで見た芝居は1本だけ。フランスの劇作家ヤスミナ・レザの『アート』をクリストファー・ハンプトンが英訳したものです。

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[一枚の絵がきっかけで、三人の男の友情のバランスが崩れ出す]

真っ白な背景に白い線が描かれている絵に、とんでもない高い値段がついている。そんな絵を友人が購入した。この現代美術にそんな価値があるのか?本音を語ったら崩れる人間関係を嘘で糊塗すべきか?男同士の友情にはライバル関係が隠れているのか?

マシュー・ウォーカスの演出はすっきりとスマートです。テーマになっているコンテンポラリー・アートの絵と同じように、シンプルな白い空間に問題を浮かび上がらせ、最後は三人の人物がマゼンダ、シアン、イエローの三原色に照らし出されるという演出でした。三原色のように個性の異なる三人が混じり合うことで関係の複雑性が生まれてくることがクリアに伝わります。この演出自体がコンセプチュアルなアートなのだと納得しました。

こんな芝居を見た翌日、知り合いに「ロンドンに行ったらぜひ見てきてほしい」と勧められていたコンテンポラリー・アートを見に行ってみました。アンゼルム・キーファーのエキシビションです。

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[テーマはヴァルハラ]

北欧の伝説と戦争の非人間性を重ね合わせた作品でした。

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[重量感が生々しく感じられる作品ばかり]

どの作品も素材の重みがずっしりと感じられるものばかりです。インパクトの強い、メッセージ性のはっきりした展示でした。

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[会場のホワイト・キューブ。後ろに見えているのはヨーロッパで一番高いビルのシャード]

ホワイト・キューブ・ギャラリーはロンドン・ブリッジの駅の南の方です。暗くて汚い倉庫街みたいなところであまり行きたくない・・・と思っていたのですが、今日、行ってみたらおしゃれなカフェやブティックが並んでいてびっくりしました。ちょっと前までオンボロだったロンドン・ブリッジの駅もきれいになり、シャングリラ・ホテルまでできていて、すっかりスタイリッシュな地域に変貌していました。

この20年、急激に変貌しているロンドン。世界中から大量の資本が流れ込み、シティやこのあたりの景観はものすごい勢いで変わっています。まだまだあちこちに大規模な工事現場も目立ちます。EUからの離脱やテロへの警戒が、この勢いを弱めるのかどうか。一方で、この厳冬の街にホームレスの姿も目立っています。派手な繁栄と根深い社会不安が共存するのは、ヴィクトリア朝も同様だったのだろうか・・・と思いながらテムズの冷たい風が吹き付けるロンドン・ブリッジ駅への道を足早に歩きました。

2017年1月 4日 (水)

歩く、歩く、歩く

まつこです。

元旦は雨でしたが、2日は見事な青空。

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[プリンス・アルバートの黄金の像も朝日を浴びて輝いています]

ケンジントン・ガーデンまで散歩に出かけました。

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[サーペンタインの池]

この時点では気温0度くらい。

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[バンクホリデーでのんびり散歩している人がたくさん]

この寒さでも犬を連れて散歩している人がたくさんいます。

イギリス人って本当に歩くのが好き。

元旦にはトムとジュディからランチパーティに誘われてケンブリッジまで出かけたのですが、「ウォーキングをするから午前中から来るように」と。イギリス人ですら"miserable!"と嘆くような雨にもかかわらず、傘さして歩く、歩く、歩く・・・。

3日も別のケンブリッジの友人からランチに誘われ、やはり「11頃来れない?ランチの前に歩きましょう」と。天気は良いけれど零下2度の空気の中を、歩く、歩く、歩く・・・。

2日はロンドンで過ごしたのだけれど、結局、ひとりでケンジントン公園を歩く、歩く、歩く・・・。

実によく歩いた三が日でした。

2017年1月 3日 (火)

閨秀作家のドタバタ喜劇:The Rover

まつこです。

プロスペローの深い苦悩を見た翌日は、思い切りはじけとんだコメディThe Roverを見ました。

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[舞台はナポリのカーニバル]

変装、男装、すれ違い、取り違い、騙し合い・・・てんこ盛りのゴタゴタした喜劇ですが、要はクロムウェルの革命による共和制の時代に亡命していた王党派の連中が、カーニバルの夜にやりたい放題するうち、ちょうど良いしっかり者のお相手を見つけるというもの。

王政復古期に典型的なお色気たっぷりなこの喜劇を書いたのは、英国初の女性作家アフラ・ベーン。チャールズ二世お抱えの女スパイ、囚人、詩人、劇作家・・・と本人の波乱万丈な生涯もドラマティックです。

それにしてもこのコメディを見ると、「革命期の王党派ってヨーロッパで遊んでたのね、同情する必要ないわね」と思ってしまいます。

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[こちらが主人公の懲りない遊び人ウィルモア]

血気というか性欲が過剰なウィルモアは、高級娼婦と修道院に入る予定のお嬢様の両方からモテモテ。それだけでは飽き足らず、女と見れば手当たり次第追いかけ回し、腰をすえる気配なし。

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[こちらはエセックスからやってきた田舎紳士]

いっぽう、ウブな田舎者ブラントはラテン女に目がくらみ、娼婦に騙されて散々な目に。

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[ジプシーに扮装したお嬢さんたち]

お嬢さんたちの方もジプシーに扮したり、男装したり、あの手この手を尽くして、狙った相手を確実に夫にするしたたかさ。毒々しい娼婦のほうが一途で健気に見えてきます。

こういうドタバタ劇が、豪華な衣装、生き生きとした生演奏の音楽とともに、ぴったりと息のあった演技のアンサンブルで、見事に大人のコメディに仕立て上げられます。劇場を埋め尽くした白髪のイギリスの中高年男女が体揺すって大笑いする中で、「イギリスって17世紀からずっと大人の国なのね・・・」と、気圧されそうな気分になった大晦日でした。

2017年1月 2日 (月)

プロスペローの罪

まつこです。

うめぞうをひとりぼっちで帰国させ、イギリスまでやってきたのはどうしても観たい芝居があったから。RSCの『テンペスト』、サイモン・ラッセル・ビールの演じるプロスペローです。

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[木の幹に閉じ込められたエアリエル]

今回の『テンペスト』(演出グレゴリー・ドーラン)はRSCがインテルと組んで最新のデジタル・テクノロジーを使ってシェイクスピアの魔法の世界を作り上げるという企画でした。凝ったデジタル映像と舞台の組み合わせはもう珍しくはありません。でもストラットフォードの三方から観客が取り囲むステージにどんなふうに映像を組み込むのか、RSCがデジタル・テクノロジーを導入して演劇の新しい可能性を提示できるのかどうか、それを実際に見てみたかったのです。

それよりもどうしてもサイモン・ラッセル・ビールのプロスペローを観てみたかった。2年前にリアを演じ、今年はプロスペロー。シェイクスピア劇の主なる役はこれで終わりです。自分と同い年の名優がシェイクスピア俳優としての仕上げをするところを見てみたかったのです。

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[悔恨、苦悶、喪失感]

苦い絶望を抱え込んだプロスペローでした。地位を奪われた被害者としての嘆きではなく、自らの過ちを意識し、取り返しのつかない13年を悔い、娘も奴隷も支配しきれない無力を感じている、苦悩する一人の老人がビールの演じるプロスペローです。

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[淡々としたエアリエルと、苛立ちに満ちたプロスペロー]

エアリエルが口にする「愛」や「慈悲」という言葉はプロスペローの心を引き裂き、傷ついた動物のような苦渋に満ちたうめき声が漏れだします。

1993年、ラベンダー色の人民服に身を包み、ひたひたと無表情なエアリエルを演じたビールは、解放された瞬間、プロスペローに唾を吐きかけました。支配者に対するエアリエルの隠されていた憎悪があらわになったその瞬間に、自分を被害者であり支配者だと思っていたプロスペローの自己欺瞞がむき出しになったのです。

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[1993年、無表情の下に憎悪を隠していたエアリエル]

23年後、その同じ役者がプロスペローを演じるとき、自分についての甘い幻想はもはや許されません。国を失い、娘を失い、時を失ったプロスペローは、それが自分の過誤だと認識しています。罪を犯された人ではなく、罪を犯した人の苦しみをプロスペローは背負っていました。

モーション・キャプチャーの技術を取り入れ、エアリエルが複数のアバターに分離して舞台を飛び回るというテクノロジーは確かに斬新なものでした。しかしプロスペローの苦しみをここまであらわにした解釈もまた、『テンペスト』の上演史に新しい足跡を残したと思います

2016年9月12日 (月)

おみやげ

まつこです。

昨日、ブリティッシュ・エアウェイズで帰ってきました。機内でレイフ・ファインズとティルダ・スウィントンが出ているA Bigger Splashを観ました。イタリアのリゾート地が舞台なのに、ざらりとした映像で屈折した心理を描く暗い映画で、よくわからない・・・と思っている間に眠ってしまいました。気が付いたらもう日本海上空でした。

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[きわめて日常生活っぽいおみやげいろいろ]

うめぞうへのおみやげはJohn Smedleyのセーターはともかく、あとは生活必需品ばかり。

ドラッグ・ストアのブーツの歯間ブラシ。これ日本のより柄が太くしっかりしていて使いやすいそうで、うめぞうからリクエストされていました。10パック(50本)、どーんと大人買い。

「レーダマー(Leedermmer)」というセミハードのチーズのスライスしたもの。オランダのチーズだけど、イギリスのスーパーではよく見かけます。うめぞうの好きなチーズなのですが、日本では売っていないみたいなので、いつもこれはまとめ買いして買ってきます。

塩はいつもコーンウォールのを買うのですが、今回はモルドン・シー・ソルトにしてみました。イギリスの塩はまろやかで結構おいしいです。(日本でも買えるけど。)

はちみつ2種類。ひとつはM&Sの限定版の春の花あれこれのはちみつ。白っぽくてねっとり柔らかな味。もうひとつはどこでも売っているRowseのアカシアはちみつ、使いかけの残り。こちらはさらり、さっぱり。

ヒースロー空港で買ったワイン。JALのオンライン・サイトで買った航空券なのですが、クリックしてからよく見たらBAが運行する便でした。プレミアム・エコノミー、JALならラウンジが使えるのに、BAだとダメ。「まあ、いいやターミナル5はけっこう大きなハロッズあるし、今ならセールやっているかも・・・」と思って行ったら改装中。時間を持て余しているうちになんとなく選んだオー・メドック。自分が飲みたいので買ったけど、いちおうおみやげのひとつということに。

ジュディが庭で育てているリンゴ。この季節はたわわに実ります。たくさんもらって食べきれなかった2個をスーツケースに入れて持ってきました。

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[リンゴのアーケード]

スーツケース開けたら、リンゴの香りがふわりとしました。旅が終わった寂しさと混じったちょっと甘酸っぱい匂いでした。

2016年9月 9日 (金)

送別パーティ

まつこです。

あ〜あ、1ヶ月、あっというまに過ぎてしまいました。明日、帰国の途につきます。予定していた仕事もなんとかできたし、天候にも恵まれ、良い夏でした。

でも楽しい思い出がたくさんのケンブリッジ滞在になったのは、なんといってもトムとジュディのおかげ。

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[庭の奥の生垣の向こうに畑があります]

昨日は送別パーティまでしてもらいました。食前酒は庭で夕焼け空を眺めながらいただきました。

いつも親切なジュディとトムですが、ぜんぜん押し付けがましいところがありません。ジュディは「いいのよ、いいのよ、遠慮しなくて。ジャガイモもお豆もたくさん採れたから、みんなに集まって食べてもらわなきゃ」と言いながら、8人分の食事を用意してくれました。

食事中、「日本人は人を家に呼ばないって聞いたんだけど、ほんと?」と聞かれました。忙しさや家の遠さがその理由だと説明しておきましたが、そういう物理的要因よりも、文化や習慣の違いなのでしょうね。

私もホームパーティをするときには、ついつい気張ってしまうのですが、お料理の数や飾り付けを気にするよりも、もう少し気楽に呼んだり、呼ばれたりするようになりたいものです。

こうして私がケンブリッジ滞在を満喫している頃、うめぞうは・・・

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[ドイツ風ライ麦パン]

一人で東京でパンを焼いていました。本人いわく、「結構いける」そうです。日本に帰ったらうめぞうにパンを焼いてもらって、あとはハムとチーズとサラダくらいを用意して、さっそくお友達を招いてみようかな、と思っています。

2016年9月 8日 (木)

ロンドン夏目漱石記念館

まつこです。

「ロンドン夏目漱石記念館」は以前から存在は知っていましたが、訪れたことがありませんでした。来訪者の減少にともない、今月末で閉館するという記事を読み、最後の機会なので行ってみました。

行く前からなんとなく「罪滅ぼし」というか「胸の痛み」を感じるのはなぜ?

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[テムズ川の南岸、クラッパム・ジャンクションの近くの漱石の最後の下宿]

理由その1
これまで「作品を読めばそれでいい。作者の伝記なんか興味ないもん」という、ちょっと驕った気分だったから。

作品に作者の意図を探ることは過ちである(インテンショナル・ファラシー)とか、テクストの解釈は読者にゆだねられ作者は介入しない(作者の死)とか、そういう批評態度を前提とする時代に学生だったせいか、どうも「記念館」「生家」「墓」のたぐいを見下す傾向が私にはあります。

でも最近、自分が歳とってきたせいか、「ある時代のある空間に生きた」という二度と再現できない偶然性が、妙に痛切に感じられるようになりました。作者に対する今までのシニカルな態度を、若干、反省しているわけです。

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[1901年から1902年まで漱石がここに住んだことを示す青いプラークが飾られています。記念館はこの向かいのフラットの一室]

理由その2
(比べるのも憚られますが)自分よりはるかに大きな才能の持ち主が、自分よりはるかに大きな苦労をしているから。

外国文学は理解が深まるほどに自分との距離感が明確になるものです。英語もできる人ほど難しさがわかるという面があります。目標に近づくと、目標が遠ざかる、という宿命が外国文学研究にはあると思います。日本の英文学研究のパイオニア夏目漱石は、誰よりも早く、誰よりも強烈にこの矛盾を経験したはずです。

それなのに国を背負っている以上、「科学的な文学研究」をしなければならないと覚悟を決めて、漱石は独力で方法論を打ち立てるべく真正面から取り組みました。

それに比べて、ちょこっと読みかじり、聞きかじりで、適当にやってるわけですよ、私なんか・・・。そういうわけで、なんか、「すみません」って気分になっちゃうんですよね。(漱石はぜんぜん気にしていないけど。)

というわけで、閉館寸前に「ロンドン夏目漱石記念館」に行って、なんとなく胸の重荷がひとつなくなったような気分になりました。

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[ベイクウェルタルトと紅茶。紅茶は「セントパンクラス・ブレンド」というのがあったので、そちらにしてみました]

で、お気楽ついでに、セント・パンクラスの駅の中にあるフォートナム・メイソンでお茶飲んでからケンブリッジに戻りました。この駅ナカのF&Mは、ごく小さい売店ですが、ピカデリーの本店みたいに大混雑していることはないので、お土産が必要なときはこちらがおすすめです。(店員の態度もこちらの方がマシ。)

2016年9月 7日 (水)

モーニング・グローリー

まつこです。

朝、ニューナム・カレッジの庭で朝顔の花が咲いていました。朝顔は英語でmornig gloryというのだそうです。

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[昨晩の雨で濡れた庭に咲く朝顔の花]

夏休みの終わりのセミの声とか朝顔の花って、切なさを感じさせるものです。

アメリカ人の友人(大学教師、70代)からも「あと2週間で授業が始まる。悲しい」というメールをもらいました。夏休みの終わりが悲しいのは、世界共通、老若男女みんな一緒なのね。(小学生からは「何言ってんのよ。あたしたちはもう二学期が始まってるわよ」と怒られそうですが。)

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[だーれもいなくて静かなニューナム・カレッジの庭]

ケンブリッジは9月が一番静かです。学生がまだ戻っておらず、8月まで街を埋め尽くしていた観光客も少し減ります。

静かなカレッジの庭を横切りながら、ああ、私の夏休みもそろそろ終わりだな・・・と、ちょっとしんみりしながら朝顔を眺めました。

2016年9月 4日 (日)

The Entertainer

まつこです。

今回はケンブリッジにひっこんでしまい、あまり芝居を見に行っておらず、1ヶ月滞在して4本だけ。4本目はジョン・オズボーンのThe Entertainer、主演はケネス・ブラナーです。

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[ケネス・ブラナーのタップダンスがたっぷり見られます]

1956年のスエズ危機は、イギリス人にとって歴史の転換を直視せざるをえない出来事でした。中東での利権確保をめぐって、フランス、イスラエルと密約を結び、エジプトのスエズ運河国有化に軍事介入。結果、国際世論から非難され、アメリカからは見捨てられ、ポンドは急落。大きな夕日が海に沈むように、大英帝国は世界史から消えていきました。

そんな時代に、もうひとつ消えていったのがミュージック・ホールです。陽気な歌や踊りに、観客も加わり、にぎやかで楽しい時間をすごす大衆娯楽施設でしたが、映画やラジオ、テレビの普及とともにさびれていきました。

時代に取り残されたミュージック・ホールのさえない芸人が、ブラナー演じるアーチー・ライス。金はなく、女にだらしない、二流芸人です。人生を直視しようとせず、自分でも「俺は死んでる」と言い切るダメ男の破滅ぶりと、大英帝国の終焉を重ね合わせようとする戯曲なのですが・・・

二流芸人にしてはブラナーの芸がうますぎる!スタイル良くてゴージャスなダンサーたちに囲まれて、自在に歌い踊るアーチーを見ていると、場末感が感じられないのです。カナダに移住してホテル業に転じて生計を立て直そうという話が出てくるのですが、「いやいや、この人、ラスベガスあたりで適当な仕事があるんじゃないの」と思ってしまった。

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[デイジー・・・じゃなかった、娘ジーンに、気持ちをぶちまけるダメな父親]

ミュージック・ホールにやってくる大衆を楽しませるのは、「イギリス最高!イギリス万歳!」みたいな単純な愛国歌。けれどアーチーの娘ジーンは、スエズへの軍事介入に反対する集会に参加し、新しい社会を希求する知的な女性です。おじいちゃん、おとうさん世代の時代遅れのジンゴイズムと、次の世代の違いも描かれるのですが・・・

ジーンを演じたのが『ダウントン・アビー』でヨークシャー訛りのキッチン・メイド、デイジーを演じていたソフィー・マックシェラ。あまりに見慣れているせいで、どうしてもデイジーに見えちゃう。

そういうわけで、若干、納得できない面もありましたが、いざ長いセリフを語り始めるとブラナーの本領発揮。緩急自在なセリフまわしで、アーチーの心の内側の深淵をかいま見せていました。最近は映画監督としての活動が多いブラナーですが、これからもぜひときどき舞台に戻ってきてもらいたいものです。

足はくちほどにものいう?

まつこです。

昨日はロンドンへ。来週、お呼ばれの機会があるので、メゾン・ド・ショコラで手土産買おうとピカデリーに行ったら閉店していました。残念。

で、中途半端に時間があったので、すぐそばのロイヤル・アカデミーでやっているデイヴィッド・ホックニー展を見てきました。

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[RAは今、内部を一部改装中]

60年代アメリカ・ポップ・アートにはあまり興味がなくて、ホックニーもアメリカ人だとばかり思い込んでいました。ヨークシャーの人なのね。

今回の企画はおもしろくて、同じ部屋の同じ椅子に腰掛けてもらった82枚の肖像画を並べるというものです。制作時間も一枚3日までと同じ条件です。

音声ガイドを聞きて大いに納得したのは、肖像画は顔だけじゃなく、足にも表情があるということ。まずは足だけ見てください。

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[律儀そう]

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[素足にローファー。ちょっととんがったタイプの人かしら?]

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[靴下出てますよ]

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[デニムにミドルブーツは20台から40台くらいの女性かな?]

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[わ、派手!]

ね、足だけで人となりが少しうかがえるでしょう。

よくおしゃれは足元からと言いますが、靴だけではなく、足の組み方、椅子の腰掛け方などに気をつけなければいけない、と改めて思いました。

ホックニーなんてあまり興味ないと思っていましたが、音声ガイドを聞きながら見ると、見るポイントがわかってすごく面白かったです。同じように見える肖像画でも、背景の質感が微妙に違っていたり、単純に見えて布や皮膚の微妙な質感が細やかに表現されていたりということがわかりました。

チョコは買えずに残念でしたが、ピカデリーまで行ってよかったです。

ちなみに上の足の持ち主はこんな人たちです。

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[お友達のテキスタイル・デザイナー]

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[ホックニーのスタジオの経営者]

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[アーティスト仲間の息子]

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[この企画展を担当した学芸員]

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[オーストラリア人のコメディアン]

いかがだったでしょうか。足のイメージと全体を見た時のイメージは重なっていましたか。

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