イギリス

2017年8月25日 (金)

保守的であること

まつこです。

2週間ほどのケンブリッジ滞在、今回は最初から最後までトムとジュディにお世話になりました。

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[出発前の最後のお手伝いは庭のラズベリー摘み]

ときどき政治の話もしますが、二人は典型的な保守派です。新聞は右寄りの『テレグラフ』、選挙は保守党、EU問題も当然のように離脱支持。「社会主義」という言葉を嫌い、数百年前の先祖がフランス系らしいということを「残念」に思っているイングランド人です。夏の最大の関心事はクリケットのイングランド・チームの試合ぶり。

しかし二人は決して、偏狭なナショナリストではありません。人種的偏見にとらわれることも決してありません。

若い頃からトムは建築家としてジンバブエ、南アフリカ、モザンビーク、パキスタン、インドネシアなどアフリカやアジアの各地で仕事をし、一家は世界各地での生活経験があります。アフリカやアジアの政治状況をいつも気にかけ、政治的混乱に無辜の民が巻き込まれることに胸を痛めています。

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[この日はグランチェスター・メドウズで犬を走らせました]

二人の様子を見ていると、「保守派」であることと「コスモポリタン」であることは両立するのだと実感します。

もちろんそこには、かつてのイギリスの帝国主義支配の歴史も深く関わっています。かつて世界を支配した国に蓄積された文化資本・社会資本が、こうした善良なる中流階級の市民を育む豊かな土壌になっているのでしょう。

しかし日々の生活はつつましく、めまぐるしく変化する消費文化とは一定の距離を置き、20年前、30年前とあまり変わらない生活習慣をごく自然に保とうとしている。その様子を見ていると、こうした保守層の持つ倫理的安定感の意義は大きいと思えてきます。

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[私が泊めてもらっていた部屋。全体がアンティークっぽい]

自然の中を犬と散歩し、昼は庭仕事に精を出し、しょっちゅうティーに友人を招き、近所の人たちとの交流を大切にし、そういう日々の積み重ねの中で老いていくことを、当然のことと受け止める。そういう価値観を守ることも保守の一面なのでしょう。

滞在中は毎朝、私も二人と一緒に小一時間ほどの散歩をしました。家で見つかった一番小さい長靴は50年くらい前のかと思うほど古びていました。まだ私には大きすぎる古い長靴を履いて、草原の中をブカブカ音を立てながら歩きながら、古いものを守ることの良さを私も少し実感した気がします。新しいもの好きの私も少し保守派になったかも・・・と思う二週間の英国滞在でした。

2017年8月24日 (木)

ショーズ・コーナー

まつこです。

ロンドンからの帰り道、ハートフォードシャーのエイオット・セント・ローレンス(
Ayot St Lawrence)という小さな村にあるジョージ・バーナード・ショーの家(Shaw's Corner)に立ち寄りました。

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[ナショナル・トラストが管理するShaw's Corner]

バスもない不便な村なので、ウェリィン・ガーデン・シティ(Welwyn Garden City)からタクシーです。23ポンド。

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[ショーの書斎]

ロンドンで劇作家・評論家として成功しセレブリティになったあと、人々の注目から逃れるために、ロンドンの住居とは別にこの田舎の家を手に入れ、ここで過ごすようになったのだそうです。

博物館として公開されているのは家の一部だけですが、ダイニング・ルーム、寝室、書斎などの生活空間がそのまま残されているのを観れるほか、映画『ピグマリオン』で採ったアカデミー賞のトロフィーやノーベル賞、数々のアートのコレクション、ロダンが作ったショーの胸像など、見どころはたくさんあります。

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[庭の一角にある小さな執筆用の小屋]

女優のパトリック・キャンベルとの熱烈な文通を出版するにあたり、奥さんのシャーロットを気遣ってマズイ部分を大幅に削除して発表したのに、それでも奥さんがヘソを曲げてしまった、というような微笑ましい(?)エピソードも知ることができました。

庭にある3畳くらいの大きさの執筆用の小屋は、机と簡易ベッドがギリギリ入る程度の大きさです。女の生命力の強さに辟易し、高邁なる精神的世界に逃げ込みたいときに、ここに篭ったんだろうなあと想像しました。(うめぞうも、こういうの欲しいだろうなあ。)

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[『聖女ジョウン』の第2部をやっていました]

果樹園の一角ではプレイ・リーディングもやっていました。広々とした庭は気持ち良く、ピクニックを楽しんでいる家族連れもいます。のんびり読書をしている人もいます。タクシーに2時間後に迎えに来て欲しいと頼んでおきましたが、もう少し時間があってもよかったかも、と思うような気持ちの良い午後でした。

ちょっとタクシー代はかかるけれど、ロンドンからすぐに行けるオススメの場所です。

2017年8月23日 (水)

バレンシアガ展

まつこです。

ケンブリッジからロンドンは、少し退屈な田園風景を眺めながら電車で1時間弱です。キングズクロスの駅を降りて雑踏に中に足を踏み出すと、なぜかホッとします。田舎には田舎の良さがあるのですが、都会のざわめきの中に身を漂わせる気楽さも捨て難いものです。

そんなわけで気分転換にロンドンで一泊。

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[やっぱり都会はいいわ〜]

友人とSohoで夕食をとることになっていたので、それまでの空いた時間でヴィクトリア&アルバート博物館で「バレンシアガ展」を見ることにしました。

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[造形的なデザインも多いバレンシアガ]

バレンシアガについては何も知らなかったのですが、例によってイギリスの博物館の巧みな展示によって短時間でいろんなことがわかりました。サンセバスティアン出身のバスク系スペイン人でパリで活躍し、伝統と革新性を融合させたそのデザインはその後に続くデザイナーたちにきわめて大きな影響を与えたのだそうです。

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[ドレープ使いが美しいのもバレンシアガの特徴のひとつ]

一枚の四角い布に切り込みを入れてダーツをつけるだけで、立体的なコートが仕立たバレンシアガ。折り紙を使ってそのコンセプトを理解するという実践コーナーもありました。

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[1983年のコム・デ・ギャルソンのドレス]

バレンシアガの影響を受けた数多くのデザイナーの一人として川久保玲のドレスも展示されていました。

テイラーメイドの美しい服は、気合なしでは着れません。細いウェストがしっかりとマークされている服だけでなく、バルーンやコクーンのように体の線を見せないデザインでも、姿勢良く着こなしてこそ、その造形の美しさがひきたちます。

今のようなカジュアル全盛の時代にはなくなってしまった緊張感が、かつてのおしゃれには必要だったのだと改めて思い起こしました。ケンブリッジにいる間は、着たきり雀のように同じデニムとセーターだけで過ごしてしまいますが、東京に戻ったらたまには気合を入れておしゃれしないといけないな、と思ったロンドンの午後でした。

2017年8月21日 (月)

『ジュリアス・シーザー』『アントニーとクレオパトラ』

まつこです。

ストラットフォードはもう秋でした。冷たい風にエイヴォン川の水面にさざ波がたちます。長袖のセーターに革ジャンで、肩をすくめて劇場へ向かいました。

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[秋風にススキも揺れる季節です]

今回は『ジュリアス・シーザー』と『アントニーとクレオパトラ』の二本立て。大理石の彫刻に古代ローマの衣装のトーガという、いかにも歴史スペクタクルの舞台装置ですが、意外と現代的なメッセージが込められています。いずれも政治に対するシニカルな幻滅感を反映した演出でした。

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[全員がトーガを着ていると、誰が誰だかわかりにくくなるのが難点・・・]

『ジュリアス•シーザー』の一番の見せ場は、アントニーの演説。政敵のブルータスを讃える言葉を挟みながら、巧みに世論を操り、大衆のブルータスに対する憎悪をかきたてます。「印象操作」そのものです。

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[言葉巧みに大衆を煽るアントニー]

 

シーザーの遺書を読み上げて、シーザーは人民を愛していた指導者で、決して独裁者ではなかったと熱く語るものの、それは実は「フェイクニュース」。手にしているのはただの白紙で、遺書なんて口から先の出まかせです。

シーザーも暗殺すべきほどの巨悪でもなければ、礼賛するほどの人格者でもない。それなのに、なんとなく雰囲気で暴走してしまう大衆は「ポピュリズム」そのものの。独裁者を駆逐しようと反乱を起こした人たちも、すぐさま内部分裂して政治変革なんて掛け声倒れ。

面白かったけれど、政治なんて所詮パブリシティの問題よね、と古代ローマまでシラケちゃってっていいのかな?

政治が無力なら、せめて恋愛にロマンは見出せるのか・・・と思いながら、2本目は『ジュリアス・シーザー』から数年後の出来事を描く『アントニーとクレオパトラ』です。

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[黒人の俳優Josette Simonが演じるクレオパトラ]

 

自己中心的で、享楽的で、衝動的で、超セクシーで、エキゾチックで、ヒステリックで、嘘つきで、高慢で・・・とことん度し難い女性がクレオパトラ。そんな女にはまっちゃったアントニーも、お気の毒さま。

ローマに戻れば男たちの薄汚いパワーゲームの世界だし、エジプトにくればクレオパトラに精力を吸い尽くされる。アントニーが活力の輝きを見せるのは戦場だけ。それなのに戦争までクレオパトラに邪魔されてしまいます。ほんとお気の毒。

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[こんな女性に捕まったら絶対に逃げられない]

このウルトラわがまま女王クレオパトラの見せ場が、最後の自害の場面。覚悟を決めた女王が、おもむろに手を頭に置いた・・・と思ったそのとたん、カツラを外してスキンヘッドに。おおー、スキンヘッドってかっこいい!と思わせる瞬間です。

さらに次の瞬間、侍女に衣装の着替えを命じ、するりと着ていたローブをぬぎます。スキンヘッドにオールヌード。なにひとつ飾りのない肉体が神々しく輝きました。ああ、かっこいい!!

このすっくと立つ黒い肉体に、装束をひとつずつつけ、超越的な不滅の存在へと変貌していきます。「私は炎と風になる。卑しきものは捨てていく」という決め台詞。ううう、かっこいい!!!

恋愛ってやっぱり自己演出よね、と思った恋愛悲劇の終幕でした。

というわけで、古代ローマの時代劇でありながら現代的なところが面白い演出でした。

2017年8月17日 (木)

ユニバーシティ・チャレンジ

まつこです。

今回は体調がもうひとつということもあり、あまりどこにも出かけずに過ごしています。図書館で本を読んだり、犬のフランクと散歩に出かけたり。

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[リードを外してもらってうれしそうなフランク]

夜はジュディとトムと三人で夕食をとり、一緒にテレビを見て過ごすというのんびりした生活です。

ただあまりのんびりしていられないのが、クイズ番組University Challengeのとき。大学やカレッジの代表チーム同士が競いあいます。もう50年以上続いている長寿番組です。

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[司会のジェレミー・パックスマン]

競われるのは「知識の広さ・正確さ」とともに「反応の速さ」です。司会のジェレミー・パックスマンがよどみない早口で読み上げる質問を聞き取り、いちはやくボタンを押して答えなければなりません。

トムとジュディは聞き逃してしまうと、「まつこ、今の質問聞き取れた?」と聞いてきますが、イギリス人二人に聞き取れないものを、私が聞き取れるわけないでしょう。

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[1チーム4人の回答者。この写真ではケンブリッジ大学の二つのカレッジが対戦しています]

そもそも聞き取れたところで、「二つの鏡像異性体が等モルで混じりあい光学的な反応を示さない状態をなんと呼ぶか?」などという問いに答えられるはずもなく。ギリシア神話から宇宙物理学まで、どんな問題が出ても即座に4人のうちの誰かが答えられる様子を見て、視聴者がその俊英ぶりに舌を巻くというのが、このクイズ番組の狙いどころです。

ただ3人で一緒に見ていてまずいのが、シェイクスピアに関する出題があったとき。「"sleep"という言葉が最も多く出てくる喜劇は『夏の夜の夢』。では悲劇は?「悩みでほつれてしまった心を繕ってくれるもの」というフレーズは何の作品?」

いっせいにトムとジュディがこちらを見ます。「うっ・・・『マクベス』!」と一瞬つまりながらも正解を言えて安堵。一問だけでも学生より早く答えられれば視聴者としては上出来です。トムも「19世紀半ばに使われた5文字のビリヤード用語で、現在は「扁虫」、「錨の一部」、「不測の事態」という意味になっているのはなに?」に"fluke"と正解。ジュディは「綿の糸や布を水酸化ナトリウム水溶液の中で引っ張ってツヤを出す作業を何と呼ぶ?」に"mercerisation"と答えて正解。

これほど出題範囲が広範です。日本にもこういうクイズ番組はあるのでしょうか?文弱でモテない秀才くんたちがヒーローになれる機会がたまにはあってもいいんじゃないでしょうか。

2017年8月15日 (火)

年々歳々

まつこです。

何百年も同じ風景がそのまま受け継がれているケンブリッジ。

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[8月はパントを楽しむ観光客でにぎわいます]

「年々歳々、花相似たり」

でもそのあとに続くのは、

「歳々年々人同じからず」

今回、聞いた残念なニュースは絵画教室のジャズミ先生(Mohammed Djazmi)が亡くなっていたこと。まだ60代だったと思うのですが・・・。イランから亡命してきて、生活のためにケンブリッジの風景画を描いて売ったり、絵画教室の指導をしたりしながら、イランの政治状況に対する抗議の痛切な思いをこめた暗い作品を描いておられました。

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[こちらはジャズミ先生の絵。先生のHPからお借りしました。他の絵もHPのギャラリーで見ることができます]

ケンブリッジ大学の建物の一つで個展を開催した際、それにあわせたトークの会には、盲目の息子さんも含めて家族の皆さんが来ていました。愛情にあふれたご家族の様子でしたが、目の見えない息子さんはお父さんの絵をどんなふうに想像しているのかな・・・と、複雑な思いも胸に去来しました。

ジュディたち教会のメンバーは、教会で追悼の会をしたそうです。若き日に亡命して以来、何十年もたっても、あくまでイランの政治をテーマにし続けていました。教会という地域コミュニティの一員として受け入れてもらいながらも、同時に最後まで故国を追われた異邦人でもあったのだろうと思います。

半年ほど通っただけの絵画教室での、ほんのささやかなご縁でしたが、鉛筆デッサンや水彩画の「きほんのき」だけではなく、いろんなことを考えるきっかけを与えてくれたジャズミ先生でした。

2017年8月13日 (日)

ゆったりとした時間

まつこです。

イギリス滞在5日目。不整脈やら不眠やらで体調を崩しているときに出発し、そこに時差と気温差も重なり、心も体もやや低空飛行。

そんな私を温かく迎えてくれるのは、ケンブリッジの友人ジュディとトム。

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[ゴールデン・リトリーバのデーアと雑種のフランク]

旅行中の息子一家の犬フランクと、ご近所の友人の犬デーアを預かっている最中です。そこにさらに私も転がり込み、中高年三人と犬二匹の生活です。

今年のイギリスの8月は寒くて雨が多いのですが、いったん晴れればこのように美しい庭で、お茶を飲み、おしゃべりします。

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[リンゴ、トマト、インゲン豆、ズッキーニ・・・]

庭の奥の生垣の向こうは菜園です。ここで採れた野菜や果物が、そのまま食卓にのります。私はジュディに教えてもらいながらお手伝い。「インゲン、採ってきて」「リンゴ剥いてちょうだい」・・・まな板は使わずに、小さなナイフでなんでもやります。

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[採りたてのインゲンを少めのお湯で茹でバターで和える]

ちょっと傷んだリンゴでも悪い部分を切り落として使う。農薬使っていないからちょっと洗うだけ(ほとんど洗わない)。切り落とした皮や傷んだ部分はコンポストへ。一つ一つが私には新鮮な経験です。

ジュディの家事はけっこう大雑把なのですが、そこには性格の大らかさが表れています。毎日、庭仕事や畑仕事をせっせとやり、よく笑い、よく話し、客人は温かく迎える。この家ではゆったりとした時間が流れています。

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[水曜日には雨漏りしちゃったけど、それでも絵本のように素敵な家]

いろいろ図書館でやる仕事の計画も立ててきたのですが、仕事なんて放り出し、この家でのんびりさせてもらって英気を養おうという気持ちになってきています。

2017年1月 5日 (木)

コンテンポラリー・アート

まつこです。

今回、ロンドンで見た芝居は1本だけ。フランスの劇作家ヤスミナ・レザの『アート』をクリストファー・ハンプトンが英訳したものです。

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[一枚の絵がきっかけで、三人の男の友情のバランスが崩れ出す]

真っ白な背景に白い線が描かれている絵に、とんでもない高い値段がついている。そんな絵を友人が購入した。この現代美術にそんな価値があるのか?本音を語ったら崩れる人間関係を嘘で糊塗すべきか?男同士の友情にはライバル関係が隠れているのか?

マシュー・ウォーカスの演出はすっきりとスマートです。テーマになっているコンテンポラリー・アートの絵と同じように、シンプルな白い空間に問題を浮かび上がらせ、最後は三人の人物がマゼンダ、シアン、イエローの三原色に照らし出されるという演出でした。三原色のように個性の異なる三人が混じり合うことで関係の複雑性が生まれてくることがクリアに伝わります。この演出自体がコンセプチュアルなアートなのだと納得しました。

こんな芝居を見た翌日、知り合いに「ロンドンに行ったらぜひ見てきてほしい」と勧められていたコンテンポラリー・アートを見に行ってみました。アンゼルム・キーファーのエキシビションです。

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[テーマはヴァルハラ]

北欧の伝説と戦争の非人間性を重ね合わせた作品でした。

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[重量感が生々しく感じられる作品ばかり]

どの作品も素材の重みがずっしりと感じられるものばかりです。インパクトの強い、メッセージ性のはっきりした展示でした。

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[会場のホワイト・キューブ。後ろに見えているのはヨーロッパで一番高いビルのシャード]

ホワイト・キューブ・ギャラリーはロンドン・ブリッジの駅の南の方です。暗くて汚い倉庫街みたいなところであまり行きたくない・・・と思っていたのですが、今日、行ってみたらおしゃれなカフェやブティックが並んでいてびっくりしました。ちょっと前までオンボロだったロンドン・ブリッジの駅もきれいになり、シャングリラ・ホテルまでできていて、すっかりスタイリッシュな地域に変貌していました。

この20年、急激に変貌しているロンドン。世界中から大量の資本が流れ込み、シティやこのあたりの景観はものすごい勢いで変わっています。まだまだあちこちに大規模な工事現場も目立ちます。EUからの離脱やテロへの警戒が、この勢いを弱めるのかどうか。一方で、この厳冬の街にホームレスの姿も目立っています。派手な繁栄と根深い社会不安が共存するのは、ヴィクトリア朝も同様だったのだろうか・・・と思いながらテムズの冷たい風が吹き付けるロンドン・ブリッジ駅への道を足早に歩きました。

2017年1月 4日 (水)

歩く、歩く、歩く

まつこです。

元旦は雨でしたが、2日は見事な青空。

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[プリンス・アルバートの黄金の像も朝日を浴びて輝いています]

ケンジントン・ガーデンまで散歩に出かけました。

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[サーペンタインの池]

この時点では気温0度くらい。

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[バンクホリデーでのんびり散歩している人がたくさん]

この寒さでも犬を連れて散歩している人がたくさんいます。

イギリス人って本当に歩くのが好き。

元旦にはトムとジュディからランチパーティに誘われてケンブリッジまで出かけたのですが、「ウォーキングをするから午前中から来るように」と。イギリス人ですら"miserable!"と嘆くような雨にもかかわらず、傘さして歩く、歩く、歩く・・・。

3日も別のケンブリッジの友人からランチに誘われ、やはり「11頃来れない?ランチの前に歩きましょう」と。天気は良いけれど零下2度の空気の中を、歩く、歩く、歩く・・・。

2日はロンドンで過ごしたのだけれど、結局、ひとりでケンジントン公園を歩く、歩く、歩く・・・。

実によく歩いた三が日でした。

2017年1月 3日 (火)

閨秀作家のドタバタ喜劇:The Rover

まつこです。

プロスペローの深い苦悩を見た翌日は、思い切りはじけとんだコメディThe Roverを見ました。

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[舞台はナポリのカーニバル]

変装、男装、すれ違い、取り違い、騙し合い・・・てんこ盛りのゴタゴタした喜劇ですが、要はクロムウェルの革命による共和制の時代に亡命していた王党派の連中が、カーニバルの夜にやりたい放題するうち、ちょうど良いしっかり者のお相手を見つけるというもの。

王政復古期に典型的なお色気たっぷりなこの喜劇を書いたのは、英国初の女性作家アフラ・ベーン。チャールズ二世お抱えの女スパイ、囚人、詩人、劇作家・・・と本人の波乱万丈な生涯もドラマティックです。

それにしてもこのコメディを見ると、「革命期の王党派ってヨーロッパで遊んでたのね、同情する必要ないわね」と思ってしまいます。

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[こちらが主人公の懲りない遊び人ウィルモア]

血気というか性欲が過剰なウィルモアは、高級娼婦と修道院に入る予定のお嬢様の両方からモテモテ。それだけでは飽き足らず、女と見れば手当たり次第追いかけ回し、腰をすえる気配なし。

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[こちらはエセックスからやってきた田舎紳士]

いっぽう、ウブな田舎者ブラントはラテン女に目がくらみ、娼婦に騙されて散々な目に。

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[ジプシーに扮装したお嬢さんたち]

お嬢さんたちの方もジプシーに扮したり、男装したり、あの手この手を尽くして、狙った相手を確実に夫にするしたたかさ。毒々しい娼婦のほうが一途で健気に見えてきます。

こういうドタバタ劇が、豪華な衣装、生き生きとした生演奏の音楽とともに、ぴったりと息のあった演技のアンサンブルで、見事に大人のコメディに仕立て上げられます。劇場を埋め尽くした白髪のイギリスの中高年男女が体揺すって大笑いする中で、「イギリスって17世紀からずっと大人の国なのね・・・」と、気圧されそうな気分になった大晦日でした。

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