演劇・映画・音楽

2020年2月26日 (水)

『男と女 人生最良の日々』(Les Plus Belles Années d'une vie)

まつこです。

きっと泣けるだろうな・・・と期待して、そのとおり涙がポロポロ流れたロマンティックな映画は、クロード・ルルーシュ監督の『男と女 人生最良の日々』。

1966年の『男と女』は、大人の恋をとびきりスタイリッシュに描いていました。30代の子持ちの男女が偶然に出会って恋をする。それぞれの過去が落とす影や、ためらいやてらいが、恋に切ないほろ苦さを与える。それが美しい映像や音楽に合わせて描かれる洗練の極みの恋愛映画でした。

それから50余年・・・

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[ドーヴィルの海岸の美しい風景を背景とする大人の恋愛]

美男美女だったアンヌ(アヌーク・エーメ)とジャン(ジャン=ルイ・トランティニャン)は80代の老人になっています。

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[アヌーク・エーメは80代でもきれい!]

若い時の映像と老いてからの映像が重なり合うだけで、輝いていた日々と死を目前にした現在の間にある半世紀という年月の重みが感じられて、それだけでグッときます。

あのときの可愛い子役たちも半世紀たつとこのとおり、立派な中年になっています。

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[子供世代まで同じ俳優を使ったのが効果的]

ハンサムなレーサーだった男は認知症になり老人ホームで暮らしている。そこに訪ねていく女。あいまいになる記憶の中で、過去の思い出と今の幻想が混じり合う様子が、美しいフランスの光の中で描かれます。出会いや別れを経て人生の終わりにさしかかった男女の追想や諦念を、説明的にならず叙情的に描く佳作でした。

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[輝いていた日々]

老いて再会したとき、女は「一人でいると死が怖いけれど、二人でいると相手の死が怖い」と呟きます。去っていった人生の時と、これからくる人生の終わりがこの映画のメインテーマです。

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[人生の終わりに再会して]

原題の"Les Plus Belles Années d'une vie"はヴィクトル・ユゴーの"Les plus belles années d'une vie sont celles que l'on n'a pas encore vécues"(人生で最も美しい日々はこれから生きる日々)から取られています。過去の時間はどれほど輝いていようとも、もう取り戻せない。死を前にして、最も美しい日々を見果てぬ先に思いながら、人は今を受け入れて生きていくもの。

そのように静かに思いを定めたとき、人生の終わりの貴重な時間が美しい夕日のように見えてくる。そう感じられる映画でした。

2020年2月 9日 (日)

『ダウントン・アビー』と『ジョジョ・ラビット』

まつこです。

2月は観たい映画が目白押し。

まずは『ダウントン・アビー』ですが、ご都合主義もここに極まれりというストーリー展開で、最後は華々しい舞踏会でハッピーエンド。とことんファン・サービスに徹した娯楽作品でした。

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[最後は国王陛下をお迎えしてダンス・パーティ]

これ以上の続編は・・・ないでしょう。

次に見たのはオスカー受賞の呼び声も高い『ジョジョ・ラビット』です。秀逸だと思ったのはオープニング。レニ・リーフェンシュタールのプロパンガンダ映画『意志の勝利』の大衆が熱狂している場面に合わせて、ビートルズの『抱きしめたい』のドイツ語版Komm, Gib Mir Deine Handが流れます。

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[ヒトラーがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!]

老若男女みんながヒトラーに夢中。当時のドイツ人にとってヒトラーってアイドルだったのね、ということが一瞬にして可視化されます。

そんなスーパー・スターに憧れる気の弱い少年ジョジョがこの映画の主人公です。

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[ジョジョの秘密のお友達は二人]

アイドルだから部屋にポスターも貼るし、グッズもそろえます。ファンクラブだって入っちゃう・・・というわけで、当時の少年がヒトラー・ユーゲントに入るのは、ごくあたりまえだったことがわかります。みんなが盛り上がっていれば、どんな非人道的な独裁者にだって、つられて熱狂しちゃうのが大衆心理です。

ところがジョジョの母親は、そんな息子を黙って見守りながらも、密かにユダヤ人の少女を屋根裏に隠すレジスタンスの活動家です。ユダヤ人はケダモノだと信じていた少年ジョジョも、やがてその少女と心通わせるようになりますが、一方で、心の中で妄想している親友はアドルフ・ヒトラー。心の中の秘密のお友達アドルフと、屋根裏の秘密のお友達エルザ、ジョジョはその二人の間で揺れ動きながら成長していきます。

なかなかよくできた映画だと思いましたが、イギリスの新聞の映画評は全体に辛口です。主人公がかわいいとか、皮肉が効いていておかしいとか、そんなことで歴史の悲劇性や独裁者の残虐性をあいまいにしてしまうな、という批判的見方がされています。

でも、まあ、笑ったり、泣いたり、考えたりできる、良い映画でした。

2019年12月29日 (日)

『家族を想うとき』(Sorry We Missed You)

まつこです。

今年、最後に見た映画は『家族を想うとき』。巨匠ケン・ローチが再びイギリスの貧困問題をリアルに描いた秀作です。

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[善良な家族なのに・・・]

ノーザン・ロック銀行の破綻によってマイホームの夢が破れた主人公リッキーが、なんとか家族の生活をラクにしようと、宅配ドライバーに転職します。しかし「自営」とは名ばかりで、実態は徹底的に低コストを追求するフランチャイズ方式の配送業者との「ゼロ時間契約」。有給休暇も安全の保証もいっさい認められておらず、すべてを自己責任に転嫁する過酷な労働現場で、心身ともに追い詰められ、家族の心も次第にバラバラになっていってしまう。

善良な心優しい人々が、貧困に追い込まれ、そこから抜け出そうとして、かえって苦境へと追い込まれていく過程を、リアルに描きとった映画でした。センチメンタルな結末などは無用とばかりに、最後まで現実の厳しさをつきつけて映画は終わります。

原題のSorry We Missed Youは、宅配の不在通知に書かれている「配達に来ましたがお留守でした」という意味の文言です。これが同時に、崩壊しかけた家族が互いを必要としながら、一緒にいることができない辛さを表現するタイトルともなっています。「安く、早く」というサービス競争の恩恵を受けている私たちも、この非人間的なシステムの一部であることを改めて考えさせられる映画です。苦々しい思いが残るけれど、見て良かったと思える映画でした。

2019年11月23日 (土)

映画『真実』(La vérité)

まつこです。

学園祭で授業が休講になった日、祝日気分で映画を観に行きました。是枝監督の『真実』です。派手さはないけれど、洗練された大人のための家庭劇でした。

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[カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークの揃い踏み]

是枝作品は飛行機の中で観た『万引き家族』が面白かったので、今回も期待して観に行きました。『万引き家族』が偽物の家族が心を通わせる物語だったのに対し、こちらは血の繋がっていても秘密や嘘が隠れている家族を描いています。しかも俳優や脚本家が集まっている芸能一家なので、どこまでが演技や作り物のセリフなのかわからないという複雑さを抱え込んでいます。心理的緊張、エスプリの効いた会話、美しい晩秋のパリの風景、いかにもフランス映画です。

貫禄たっぷりのカトリーヌ・ドヌーヴは、横顔を見せてタバコを吸ったり、ヒョウ柄のロング・コートで並木道を歩くだけで、女優オーラ全開。スター女優として自己演出を貫き通した一生を、老女優が振り返るという設定は、まるでドヌーヴへのオマージュとして作られた映画のようでした。

ドヌーヴは今月、脳卒中を起こして入院したそうですが、現在、76歳。また元気になって、いかにも女優然とした雰囲気をまといながら、パリの街をまた歩いてほしいものです。

2019年8月16日 (金)

シェイクスピア3作品

まつこです。

女性の積極的活用、性的少数者および障害者の包摂・・・これはどこかの政党のマニフェストではなく、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが今シーズン掲げたテーマです。この方針にそって演出には意欲的な試みが取り込まれていました。

まずは『お気に召すまま』。何人かの登場人物が男性から女性に変えられています。

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[終幕に突如現れた巨大なハイメンの前で踊る人々]

羊飼いの青年シルヴィアスは女性羊飼いシルヴィアになっているという具合です。そうなると美青年ギャニミードをあきらめたフィービーが結ばれるのは同性のシルヴィア。男だと思いこんで恋していた相手が男装した女だったとわかったあとで、別の同性愛者の女性と結ばれるわけです。もともとこの喜劇の特徴である男女の境目のあやうさとが強調されるのですが、うーん、ちょっとややこし過ぎるかも・・・。

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[若い頃になにかあったのかな?と思わせる暗いジェイクイズ]

人々の喜怒哀楽を離れたところから冷ややかに眺めているジェイクイズも、この演出では中年女性です。シニカルなジェイクイズも終幕の公爵との別れでは涙を流していたけど、ひょっとしてこの二人の過去には何かあったのかしら・・・?これも演出の意図がちょっとわかりかねるところでした。

お次は『じゃじゃ馬ならし』。

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[力づくで夫をならそうとするペトルーキア]

こちらは大胆に主要登場人物の性別をぜんぶまとめてひっくり返した演出です。ペトルーキオはペトルーキア、ルーチェンチオはルーチェンチアに。この二人の女性がお目当の夫をゲットするまでを描く喜劇になっています。

男が心理的および肉体的暴力で女を従わせるという展開のため、『じゃじゃ馬ならし』は「けしからん」作品と非難されることも多いのですが、母親たちに支配された母系社会に舞台設定することによって、その問題を解消しようという意図でしょう。しかしこの演出を見ていると、女から男への暴力なら許されるってものでもないのよね・・・と、あらためて疑問がわいてきました。かえってこの戯曲の問題点があらわになった気がします。

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[堂々たるコスチューム劇]

クリストファー・スライの出てくる外枠のインダクションはいさぎよく削除し、その代わりにチューダー朝に設定したコスチューム劇にすることで、物語との距離感を出していました。遠い時代の、非現実的なおとぎ話であれば、DV妻もマザコン坊やも許せる・・・かなあ?

あれこれ疑義は感じる演出でしたが、豪華な衣装に身を包んだ女性俳優陣の堂々たる演技は、さすがの出来栄え。数十年前にキャタリーナ役で見たアマンダ・ハリスが、バプティスタ役でどっしりした存在感を見せているのも嬉しかったです。

3本目は『尺には尺を』。

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[抑圧されていた性的衝動がむき出しになるアンジェロ]

もともと「問題劇」とされている劇ですが、緊張感がはりつめた暗い演出でした。なにもかも仕切ろうとする公爵はひとりよがりの権力マニアだし、欲望を抑え込んでいたアンジェロは屈折した偽善者だし、おしゃれと女にしか関心のないルーチオはヘラヘラした薄っぺらだし。ロクな男が一人もいない!

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[しっかり者のエスカラスに支えられるアンジェロ]

そんな呆れ返るしかない男性社会を支えるのはしっかり者の女。この演出ではエスカラスや典獄は女性で、良識ある職業人として描かれています。そうそう、こういう信頼できるワーキング・ウーマンがいるからなんとか社会がもっているのよね。1900年代のウィーンに舞台は設定されていますが、これは現代社会にも通じそうな真理です。

女性たちの活躍以外にも、『お気に召すまま』のおしゃべり男タッチストーンが尻をおいかけるオードリーは聾唖者で、ウィリアムが手話通訳をするとか、『尺には尺を』で婚前交渉して身ごもっちゃったジュリエットが車椅子姿で赤ちゃんを抱いて登場するとか、障害を持った俳優たちも堂々と舞台に登場していました。

シェイクスピア劇を「政治的に正しく上演」する試みを全面的に打ち出しているのが今シーズンのRSCです。その意気やよし。しかし、シェイクスピアの戯曲にはそもそもが虐げられた立場からあがる声が書きこまれている部分もあれば、ひどく差別的な言葉が吐き散らされる部分もあるわけで、そういう問題性を言葉の中から拾い上げる努力と、障害者を直接舞台に上げる意欲は、別次元のものであるとも感じました。車椅子の女優が巧みに舞台を動き回り、手話とセリフがうまくかみあうやりとりを見ていると、そこにドラマ性はあるのですが、それはシェイクスピアの戯曲の中から抽出されたドラマではない。障害を持った俳優たちが劇中の役を担うことに、何の違いも区別も感じなく日はくるのかどうか。それは今後の課題なのでしょう。

というわけで、あれこれ考えることも多いシェイクスピア3作品でした。

2019年8月15日 (木)

王政復古期の2作品

まつこです。

芝居を観にストラットフォードに来ています。まずは王政復古期の2作品から。

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[愛のない結婚でも離婚はできない時代]

ジョン・ヴァンブラは劇作家としてより、ブレナム宮殿の建築家としての方が知名度は高いかもしれません。ホイッグ党員として政治活動もし、フランスで政治犯として投獄されたことまであります。そんな多才なヴァンブラの喜劇『Provoked Wife』は愛のない結婚生活にうんざりした妻を描いています。

大酒は飲むは、暴力沙汰は起こすは、娼婦は買うは、愛情なんてまるでないケダモノのような夫。そんな夫でも別れられない時代には、若い愛人でも作るしかない。こんなグロテスクな状況を笑えるコメディにしてしまうのが王政復古期。ですが21世紀にこの喜劇を上演すると、笑ってばかりはいられない。モラハラ夫に抵抗しながら、次第 にしたたかになっていく女性の強さを強調する問題劇になっていました。

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[私が世界の中心という勘違いオバさん]

グロテスクな笑いなら任せておいてと、脇役のはずなのに存在感が際立つのは、自意識過剰、自己愛過剰、虚栄心とうぬぼれの塊のようなご婦人。ヤキモチ焼きかつ覗き見趣味で、筋の展開に絡んできます。さすがイギリス俳優の芸達者ぶりを発揮し、あっぱれな笑われぶりでした。

同じ日に見た2本目はうってかわって悲劇。トマス・オトウェイの『Venice Preserved』です。同じ王政復古期の作品でもこちらの上演は現代に舞台を設定しています。

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[サイバーパンクっぽい演出]

腐りきった権力者たちを倒そうと画策する革命家たち。しかしその革命組織も腐敗している。その絶望感をブレードランナー風のシャープな舞台で表現しようという上演でした。暴力とセックスが支配する暗い舞台でした。

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[革命に不向きな柔和な夫]

原作での主人公は愛と友情と正義の狭間に立たされる男なのですが、この上演ではその主人公が意志薄弱な坊やになっていました。その夫を叱咤したり、なだめたり、泣き落としたりして、なんとか動乱の時代を生き延びようとする妻がこの上演のヒロインです。最後はたった一人で死んでいく女の悲劇でした。

王政復古期の劇を2本見て、やっぱり21世紀は喜劇も悲劇も主人公は女なのね、と改めて認識した1日でした。

2019年8月14日 (水)

映画『イエスタデイ』

まつこです。

監督がダニー・ボイルで、脚本がリチャード・カーティス、題材はビートルズの音楽となれば、楽しめることはほぼ確実。日本でも秋には公開されるようですが、一足先に見に行ってきました。映画『イエスタデイ』です。

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[主演はヒメーシュ・パテル。相手役はリリー・ジェイムズ]

全世界いっせいに12秒間の停電。売れないミュージシャンの主人公ジャックはその暗闇の中で交通事故にあってしまう。電気が回復すると、世界の歴史が少しだけ書き換えられていて、ビートルズもコカコーラもハリー・ポッターも存在していない!昏睡状態から目が覚めたジャックだけが、あのビートルズの数々の名曲を覚えている・・・

というような奇想天外な設定でも、最後はお定まりのハッピー・エンディング、これぞロマンティック・コメディの王道です。エド・シーランが「エド・シーラン役」で登場し、主人公とソング・ライティングのコンテストを行うエピソードがあったり、ジョン・レノンのそっくりさんが登場したりして、サービス精神満載の娯楽作品。主人公がインド系の移民家庭の息子だったり、さえないサフォークの海岸の田舎町が舞台だったりというあたりが、イギリスのリアルを鮮やかに切り取るダニー・ボイルらしさが感じられるところですが、でも言われなければダニー・ボイルの作品だとは気がつかないほどの甘口映画です。

いいじゃない、ロマンティック・コメディなんだから甘口で。いいじゃない、ビートルズへのオマージュなんだからセンチメンタルで。しちめんどくさいことは言わず、エンターテインメントと割り切って、存分に楽しめばそれでいいのよ・・・と、思いながらも、「どうした、ダニー・ボイル? もうとんがった映画は撮れないのか?」と、少しだけ物足りなさも感じた映画でした。

2019年5月17日 (金)

『ホワイト・クロウ』

まつこです。

ああ、長年この人のファンをやってきて良かった・・・

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[若き日のヌレエフを描いた『ホワイト・クロウ』]

レイフ・ファインズ監督の映画『ホワイト・クロウ』は芸術と精神の自由をテーマとする極めて完成度の高い作品でした。どの場面も緊張感をたたえながら美しく、レイフ・ファインズの才能の豊かさに改めて感銘を受けました。

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[監督のほかロシア人バレエ教師の役で出演もしているファインズ。いつもの抑えた美しい声でロシア語を語ります]

旧ソ連のバレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフがパリで亡命する経緯を描いていますが、単なる伝記映画ではなく、絵画、音楽、舞踏などの芸術の追求が人の魂をいかに自由にするかを問う映画です。芸術の意味を映画というひとつの芸術ジャンルを通して探求する、メタ・アートとも呼べる映画でした。

地方での幼年期とレニングラードでの青年期とパリでの公演・亡命の時点と、3つの設定を行きつ戻りつする構成も巧みです。脚本はイギリスの劇作家デイヴィット・ヘアーですが、セリフのない幼年期の場面も雄弁に一人の芸術家の幼き日々の心象風景を伝えてくれます。沈黙と音楽の鮮やかな対比や、動かぬ絵画と躍動する舞踏との重なりあう場面も見事です。

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[エルミタージュ美術館にあるレンブラントの『放蕩息子の帰還』とヌレエフの物語が重なり合う瞬間が映画の見所のひとつです]

ああ、何度でも書きましょう。レイフ・ファインズのファンで良かった・・・。この人の才能を信じて良かった・・・。今後、老成してさらに深みを増す演技と成熟する創造性で、これからも舞台やスクリーンで感動させてくれることでしょう。

 

 

 

 

2019年4月26日 (金)

『マックィーン:モードの反逆児』

まつこです。

今週、見に行った映画は『マックィーン:モードの反逆児』。イギリスのデザイナー、アレグザンダー・マックィーンのデザイナーとしてのデビューから自死までを追う鮮烈なドキュメンタリー映画です。

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[人生で唯一確実なものは母親の愛情。その母の葬儀の前日に息子マックィーンは自死しました]

傲岸で繊細、優しくて冷酷、そうした二面性を併せ持つデザイナーが、卓越した芸術と巨大ビジネスに引き裂かれるようにし追い詰められていく。その破滅へのプロセスが、息がつまりそうな緊張感をもって描かれている映画です。

しかし狂気と絶望のなかにあってなお、彼の創造力によって作り出される服はあやしい美しさを放ち続けます。この人はメフィストフィリスに魂を売って傑出した才能を手に入れたのではないかと、そんなことを考えながら見ていました。

ファッション音痴のうめぞうまで、「いや〜、よかったね・・・」と絶句してしまうような鬼気迫る映画です。ゴールデン・ウィークにおすすめの映画です。

 

2019年4月18日 (木)

『パッドマン 5億人の女性を救った男』

まつこです。

うめぞうがが見たがっていた映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』を見に行ってきました。これが期待以上に感動的!

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[主演はアクシャイ・クマール]

妻のために女性の生理用ナプキンを自作した男性の物語です。女性の生理を穢れとみなす因習にとらわれた社会で、変人扱いされ孤立無援、妻とも離別してしまう。それでも苦労して作り上げたナプキン製造のための安価な機械が、インドの農村部で女性の自立を助けるようになり、最後には妻にも思いが通じて復縁してハッピーエンド。

インド映画らしく、歌って踊って痛快なコメディなのですが、思わずウルっとくるのが国連での演説シーン。お金もうけより、みんなを幸せにすることの尊さを語るのですが、その英語がハチャメチャ。でもその言葉の拙さがかえって、ほんとうに大切なことはたとえ言葉がハチャメチャでもちゃんと伝わるのだということを教えてくれます。

ちなみにこのパッドマンのモデルは実在の発明家で社会活動家になったアルナーチャラム・ムルガナンダム。帰宅してからTEDでプレゼンテーションしているのを見てみたら映画のパッドマンよりだいぶ英語はお上手でした。

根っからの愛妻家が、妻だけじゃなくて、5億人の女性たちも幸せにしちゃう。女の人の笑顔がなにより好きなうめぞう向きの映画でした。

 

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