演劇・映画・音楽

2017年5月13日 (土)

T2 トレインスポッティング

まつこです。

『T2 トレインスポッティング』(T2 Trainspotting)、観てきました。ドラッグ中毒の若者たちのほとばしるエネルギーを斬新な映像で伝えた第1作から20年。おっさんになったジャンキーを、ダニー・ボイルはやはり鮮やかなキレのいい映像で描き出していました。

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[石造りのエジンバラの街を疾走するレントン]

1996年の『トレインスポッティング』は、オープニング場面が鮮烈でした。ユアン・マクレガーが演じるレントンがエジンバラの街を疾走する画像とイギー・ポップの「ラスト・フォー・ライフ」(Lust for Life)にのせて語られた"Choose life"のモノローグが大きな話題になりました。

"Choose life"ー「人生を選べ」と言われて、レントンは1996年の時点での選択肢を並べたてていきます。

「仕事、キャリア、家族、テレビ、洗濯機、車、CDプレーヤ、健康、保険、固定金利の住宅ローン、友人、バカンス、DIY、娯楽番組、ジャンクフード、三揃いのスーツ・・・」

ここには1996年時点での楽天的展望が反映しています。20年間の保守党政権で不況から抜け出し、「クール・ブリタニア」と呼ばれるような若々しい社会へとイギリスも変わりつつあると感じられていた頃。その勢いに乗って、この翌年には労働党の地滑り的勝利。ブレアがさっそうとして首相の座につきました。

しかし、こうした人生の選択肢はいずれも、人々の欲望を満たしながら、その欲望を狭苦しい檻の中へと囲こむ消費財です。そのことを直感的に気付いているレントンはこう宣言します。

「おれは選ばないことにする」(I choose not to choose life)

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[人生を選ばなかった人たち]

そして2017年ー

社会が用意した選択肢を選ばなかった人たちは、20年後もアウトサイダーです。その外部者の目で社会を眺めるレントンに、2017年の人生の選択肢は次のように見えています。

「ランジェリー、ハイヒール、バッグ、iPhone、Facebook, Twitter, Instagram, セレブリティのゴシップ記事、妊娠中絶反対運動、9/11陰謀説、非正規雇用、長距離通勤・・・」

20年たった今も、人々は欲望にとらわれていますが、その欲望はネット社会の中で氾濫する情報にも向けられています。何を食べ、誰と付き合い、どうやって年老いるかまで、ネットで見せないではいられない。だからレントンは悟ったように言います。

「人生なんてただのデータになっちまってる・・・中毒だよ。中毒になるんなら、別の中毒の方がいいぞ」

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[選ばなかった彼女は弁護士になっていた]

20年たっても懲りない連中。相変わらず暴力的で、刹那的で、嘘つきです。けれどアウトサイダーだからこそ、突き放して社会を眺め、その欲望のメカニズムのからくりを見抜く直感があるのです。

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[20年後の彼ら]

幼少時代の回顧あり、老いた父との再会あり、老いと死への不安もある。そんな中年男たちが、ときおり見せるしぶとい生命力。そのそれぞれの物語の中に、とんがった批判精神を忍ばせる、そのダニー・ボイルの手腕の確かさがはっきりとわかる映画でした。

2017年3月27日 (月)

映画『私はダニエル・ブレイク』

まつこです。

先週見た映画は『私はダニエル・ブレイク』(I, Daniel Blake)。イギリスの貧困問題の深刻さと、福祉政策の欠陥をむき出しにした、力強い作品です。

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[心臓病で失業中のダニエルと無職のシングル・マザーのケイティ]

ジョブ・センター(職安)の職員の機械的な対応、複雑すぎる制度、PCが使えないと申請すらできない手続きなど、この映画を見るとイギリスの生活保障制度の現実がよくわかります。

困窮者に食糧援助をするフードバンクに、無表情で並ぶ老若男女の長い列も描かれます。リーマンショック以降の緊縮財政や食品価格の高騰のせいで、イギリスではフードバンクの利用者が急増しているのだそうです。こうした現実への強い怒りがこめられた映画でした。

この映画を監督したケン・ローチは、英国アカデミー賞の授賞式のスピーチでも政府を鋭く批判しました。

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[Bafta授賞式で政府批判をするKen Loach]

"the most vulnerable and poorest are treated by the Government with a callous brutality that is disgraceful"「もっとも弱い人たち、もっとも貧しい人たちに対する政府の扱いは、冷酷で非人間的だ。恥ずべきことだ。」

イギリスでは強すぎる政治的メッセージゆえに興行的にはそれほど成功しないだろうと思われていたこの映画ですが、大方の予想に反して多くの人々の関心を集めヒット作となりました。老監督のぶれない姿勢と信念が人々の共感を呼んだのは確か。

ちなみにこの映画は「文部科学省特別選定作品」だそうです。反体制の気骨の人、ケン・ローチの映画を選定するなんて、ちょっと意外。ひょっとしてカンヌ映画賞パルム・ドールっていうお墨付きだけで決めたのかも・・・と、私は勘ぐっています。

2017年3月 7日 (火)

シアター・ライブ

まつこです。

BBCのクイズ番組University Challengeで、「『熊に追われて退場』(Exit, pursued by a bear)というト書きのあるシェイクスピア劇は何か?」という問題が出たことがあります。

答えは?

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[ケネス・ブラナーのレオンティーズとジュディ・デンチのポーライナ]

『冬物語』(The Winter's Tale)です。一昨年の暮れにロンドンでやっていたケネス・ブラナーのプロダクションのライブ映像を恵比寿の映画館で観に行きました。

妻と親友の間の関係を疑って、嫉妬するレオンティーズの複雑なセリフを、ケネス・ブラナーは一瞬のゆるみもなく語り、理性を失いった心理の渦の中へと観客の想像力を引きずり込んでいました。ジュディ・デンチも張りのあるセリフは老いを感じさせません。

でも私が、「おっ!」と心ひかれたのは、「熊に追われて退場」するアンティゴナスです。無垢な子供を捨てる罪の意識にさいなまれた老人の心の重さが、言葉にしっかり感じられる、このアンティゴナスいいな・・・と思って、よく見たらマイケル・ペニントンでした。

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[罪の重みを知って死んでいく老人]

ペニントンは1991年に来日したときは、この『冬物語』のレオンティーズでした。幼子を捨てるアンティゴナスがひざまずいて神に祈ると、その前に現れたのは国王レオンティーズ。王の手がアンティゴナスの頭に伸びると思えたその瞬間、その手は熊の手に変わりアンティゴナスを引き裂くという演出でした。アンティゴナスは王の残虐さの犠牲者だということを表現する巧みな場面でした。そのときのペニントンの冷酷な表情が印象的でした。

あれから四半世紀・・・ああ、時は流れたのね・・・ペニントンももうおじいさん役よね・・・そのうちケネスもアンティゴナスやるのかしら・・・としばし感慨に耽ります。劇の前半と後半の間の16年の時間の経過を語るコーラス役の「時」もペニントンが演じるに違いない、と期待して見ていたのですが、残念ながらそのセリフはポーライナ役のデンチに当てられていました。うーん、ここは死んだアンティゴナスが時の老人になって出てくる方が絶対いいのに。

その前の週にはアルメイダ劇場の『リチャード三世』を日本橋の映画館で見ました。

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[レイフ・ファインズのリチャードとヴァネッサ・レッドグレイブのマーガレット]

演出はルーパート・グールド。レスターでの歴史上の国王リチャード三世の遺骨の発掘を枠にするという演出でした。レイフ・ファインズのリチャードはいかにも暗い魂をかかえた悪人なのですが、レイフ・ファインズの語りが活きる複雑なセリフがあまりないのが惜しまれます。ヴァネッサ・レッドグレイブも弱々しくて、舞台で演じるのを見るのはもうこれが最後かな・・・という感じ。

スクリーンで見て面白いと、やっぱり生の舞台で観てみたかったという気持ちになってしまいますが、それでもこうしてイギリスの舞台を日本の映画館で見れるのはうれしいです。RSCの公演もぜひ日本でも上映してほしいものです。

2017年2月18日 (土)

映画『スノーデン』

まつこです。

先週の日曜日、夕飯が終わった後に映画を見に日本橋TOHOへ。食後の血糖値を下げるため日本橋まで4キロほど歩きました。日曜の夜遅い時間の日本橋はガランと静まりかえっています。にぎやかな昼のにぎわいとはまるで別世界のようでした。

で、見た映画はオリヴァー・ストーン監督の『スノーデン』。

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[ジョセフ・ゴードン=レビット演じるスノーデン]

アニメやコンピュータ・ゲームの好きなオタクの若者が、国家安全保証局や中央情報局に勤務するうち、個人情報を収集する国家の不正に幻滅し、自らの人生を犠牲にして国家を告発する。ごく普通のナイーブな青年が、権力の闇の深さを知って、強い信念の人に変貌していきます。恋人との出会いや葛藤もある。そういう点では青春映画のようです。

機密を盗み、『ガーディアン』が報道するまでのハラハラ、ドキドキする展開は、サスペンスたっぷり。最後にはエドワード・スノーデン本人が登場し、なぜ自分がすべてを捨ててまで告発をしたかを語ります。そのまっすぐな正義感は、アメリカ映画のヒーローそのもの。

若者の葛藤とロマンス、悪と正義の戦いがそろった、正統アメリカ映画でした。

ところでエドワード・スノーデンの告発によって、市民の個人情報を国家が勝手に収集、利用していると報道された時、私はけっこう白けた反応をしてしまいました。「私の個人情報?そんなの政府に把握される前に、Googleに全部把握されているわよ!」

インターネットを使っていると、やたらとツボにはまった広告が出てきます。ときどきGoogleは私以上に私のことをわかっているんじゃないかと思うほどです。

ちょっとシンプルなワンピースほしいかな・・・と思っていると、TheoryだのJosephだのの広告が写真付きでポンポン飛び込んできます。あーあ、定年まであと何年かな・・・と思っていると、「英語を使う仕事で今の収入を1.5倍に」と転職をうながす広告の文句が画面に表れます。

「イギリス紳士と結婚したくありませんか?」というのが出てきたことも(何回か)あります。

こういう広告を目にすると、国家権力もここまで把握はできていないんじゃなかろうか、と思うわけです。

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[澄んだ目を持つ青年スノーデン。こういう正義感が浮世離れしていると感じられる現実の方が問題]

そんな普通の市民には理解不能な高度に発達した情報処理技術がはびこる社会に暮らしているからこそ、エドワード・スノーデンのまっすぐな正義感がさわやかな清涼剤のように感じられるのでした。

2017年1月15日 (日)

頑張れ、レネー!

まつこです。

年末の旅行の際に使ったのはJALです。行きは機内エンターテインメントにあまり見たい新作映画がありませんでした。やむなく15年前の『ブリジット・ジョーンズの日記』なんか、見ちゃいました。気分は懐メロです。

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[懐かしい3人]

帰国便はプログラムが変わっていて、行きにはなかった『ブリジット・ジョーンズ』の第三作『ダメな私の最後のモテ期』が見れました。(それにしてもこの邦題、なんとかならないのでしょうか?原題はBriget Jones's Baby)

これは、主演のレネー・ゼルウィガーにとってはかなり残酷です。昨夏、イギリスで公開された時も、その容姿の変わりようが大きな話題になっていましたが、確かに15年の月日の流れがレネーのシワにしっかりと刻まれています。第1作から第3作まで立て続けに見ると、そのビフォー&アフターの大きな違いが歴然とするのです。

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[第3作は43歳の誕生日を迎えた、という設定]

レネーの実年齢は現在47歳。恋愛の酸いも甘いも経験したあと、高齢出産をする40代ワーキング・ウーマンの役を体当たりで演じるレネーが、痛々しく見えてきます。「レネー、あなたも苦労したのね・・・」と思わず要らぬ同情をしてしまうほどの老けようでした。

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[今回もマーク・ダーシー(コリン・ファース)とくっついたり離れたり・・・]

しかし、時は誰に対しても平等です!

今回の「ブリジョン」第3作ではヒュー・グラント演じるダニエル・クリーヴァーは事故死したことになっています。なので、写真でちらっと登場しただけのヒュー・グラントですが、JALの帰国便では彼の最新作『マダム・フローレンス』も見ることができました。これを見始めたとたんびっくり・・・

ヒュー、あなたも老けたねぇ〜!

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[メリル・ストリープと共演し、アメリカ人妻の幻想を支え続けるイギリス人夫を演じたヒュー・グラント]

映画の中でヒューが演じる夫が妻を寝かしつけるために、シェイクスピアのソネット116番を朗唱する場面があります。時の残忍な破壊力のために、バラ色の唇や頬を色褪せようとも真の愛は変わることはない・・・と永遠の愛を詠うソネットです。

世界中の女性ファンの心を鷲掴みにしていたヒュー・グラントも56歳。4人の子供の父でもあります。(母親は二人。どちらとも結婚せず。)甘いマスクにシワとシミが目立つようになってはいますが、今も時を超えてファンたちはヒュー様に揺るがぬ熱い想いを捧げ続けている・・・かな?

「ブリジョン」第3作の結末では、死んだと思われていたダニエル・クリヴァーが実は生きていた、という知らせが伝えられます。ははーん、これは第4作も作る伏線でしょうね。(ヘレン・フィールディングの原作ではシングル・マザーになったブリジットも描かれていることですし。)

もう、こうなったら整形を重ねてしわくちゃになったレネーに、目も頬も垂れ下がり白髪になったヒューが言いよる第4作も見てみたい。「頑張れ、レネー!頑張れ、ヒュー!」と思わず心の中で叫んでしまいました。

2017年1月 5日 (木)

コンテンポラリー・アート

まつこです。

今回、ロンドンで見た芝居は1本だけ。フランスの劇作家ヤスミナ・レザの『アート』をクリストファー・ハンプトンが英訳したものです。

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[一枚の絵がきっかけで、三人の男の友情のバランスが崩れ出す]

真っ白な背景に白い線が描かれている絵に、とんでもない高い値段がついている。そんな絵を友人が購入した。この現代美術にそんな価値があるのか?本音を語ったら崩れる人間関係を嘘で糊塗すべきか?男同士の友情にはライバル関係が隠れているのか?

マシュー・ウォーカスの演出はすっきりとスマートです。テーマになっているコンテンポラリー・アートの絵と同じように、シンプルな白い空間に問題を浮かび上がらせ、最後は三人の人物がマゼンダ、シアン、イエローの三原色に照らし出されるという演出でした。三原色のように個性の異なる三人が混じり合うことで関係の複雑性が生まれてくることがクリアに伝わります。この演出自体がコンセプチュアルなアートなのだと納得しました。

こんな芝居を見た翌日、知り合いに「ロンドンに行ったらぜひ見てきてほしい」と勧められていたコンテンポラリー・アートを見に行ってみました。アンゼルム・キーファーのエキシビションです。

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[テーマはヴァルハラ]

北欧の伝説と戦争の非人間性を重ね合わせた作品でした。

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[重量感が生々しく感じられる作品ばかり]

どの作品も素材の重みがずっしりと感じられるものばかりです。インパクトの強い、メッセージ性のはっきりした展示でした。

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[会場のホワイト・キューブ。後ろに見えているのはヨーロッパで一番高いビルのシャード]

ホワイト・キューブ・ギャラリーはロンドン・ブリッジの駅の南の方です。暗くて汚い倉庫街みたいなところであまり行きたくない・・・と思っていたのですが、今日、行ってみたらおしゃれなカフェやブティックが並んでいてびっくりしました。ちょっと前までオンボロだったロンドン・ブリッジの駅もきれいになり、シャングリラ・ホテルまでできていて、すっかりスタイリッシュな地域に変貌していました。

この20年、急激に変貌しているロンドン。世界中から大量の資本が流れ込み、シティやこのあたりの景観はものすごい勢いで変わっています。まだまだあちこちに大規模な工事現場も目立ちます。EUからの離脱やテロへの警戒が、この勢いを弱めるのかどうか。一方で、この厳冬の街にホームレスの姿も目立っています。派手な繁栄と根深い社会不安が共存するのは、ヴィクトリア朝も同様だったのだろうか・・・と思いながらテムズの冷たい風が吹き付けるロンドン・ブリッジ駅への道を足早に歩きました。

2017年1月 3日 (火)

閨秀作家のドタバタ喜劇:The Rover

まつこです。

プロスペローの深い苦悩を見た翌日は、思い切りはじけとんだコメディThe Roverを見ました。

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[舞台はナポリのカーニバル]

変装、男装、すれ違い、取り違い、騙し合い・・・てんこ盛りのゴタゴタした喜劇ですが、要はクロムウェルの革命による共和制の時代に亡命していた王党派の連中が、カーニバルの夜にやりたい放題するうち、ちょうど良いしっかり者のお相手を見つけるというもの。

王政復古期に典型的なお色気たっぷりなこの喜劇を書いたのは、英国初の女性作家アフラ・ベーン。チャールズ二世お抱えの女スパイ、囚人、詩人、劇作家・・・と本人の波乱万丈な生涯もドラマティックです。

それにしてもこのコメディを見ると、「革命期の王党派ってヨーロッパで遊んでたのね、同情する必要ないわね」と思ってしまいます。

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[こちらが主人公の懲りない遊び人ウィルモア]

血気というか性欲が過剰なウィルモアは、高級娼婦と修道院に入る予定のお嬢様の両方からモテモテ。それだけでは飽き足らず、女と見れば手当たり次第追いかけ回し、腰をすえる気配なし。

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[こちらはエセックスからやってきた田舎紳士]

いっぽう、ウブな田舎者ブラントはラテン女に目がくらみ、娼婦に騙されて散々な目に。

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[ジプシーに扮装したお嬢さんたち]

お嬢さんたちの方もジプシーに扮したり、男装したり、あの手この手を尽くして、狙った相手を確実に夫にするしたたかさ。毒々しい娼婦のほうが一途で健気に見えてきます。

こういうドタバタ劇が、豪華な衣装、生き生きとした生演奏の音楽とともに、ぴったりと息のあった演技のアンサンブルで、見事に大人のコメディに仕立て上げられます。劇場を埋め尽くした白髪のイギリスの中高年男女が体揺すって大笑いする中で、「イギリスって17世紀からずっと大人の国なのね・・・」と、気圧されそうな気分になった大晦日でした。

2017年1月 2日 (月)

プロスペローの罪

まつこです。

うめぞうをひとりぼっちで帰国させ、イギリスまでやってきたのはどうしても観たい芝居があったから。RSCの『テンペスト』、サイモン・ラッセル・ビールの演じるプロスペローです。

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[木の幹に閉じ込められたエアリエル]

今回の『テンペスト』(演出グレゴリー・ドーラン)はRSCがインテルと組んで最新のデジタル・テクノロジーを使ってシェイクスピアの魔法の世界を作り上げるという企画でした。凝ったデジタル映像と舞台の組み合わせはもう珍しくはありません。でもストラットフォードの三方から観客が取り囲むステージにどんなふうに映像を組み込むのか、RSCがデジタル・テクノロジーを導入して演劇の新しい可能性を提示できるのかどうか、それを実際に見てみたかったのです。

それよりもどうしてもサイモン・ラッセル・ビールのプロスペローを観てみたかった。2年前にリアを演じ、今年はプロスペロー。シェイクスピア劇の主なる役はこれで終わりです。自分と同い年の名優がシェイクスピア俳優としての仕上げをするところを見てみたかったのです。

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[悔恨、苦悶、喪失感]

苦い絶望を抱え込んだプロスペローでした。地位を奪われた被害者としての嘆きではなく、自らの過ちを意識し、取り返しのつかない13年を悔い、娘も奴隷も支配しきれない無力を感じている、苦悩する一人の老人がビールの演じるプロスペローです。

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[淡々としたエアリエルと、苛立ちに満ちたプロスペロー]

エアリエルが口にする「愛」や「慈悲」という言葉はプロスペローの心を引き裂き、傷ついた動物のような苦渋に満ちたうめき声が漏れだします。

1993年、ラベンダー色の人民服に身を包み、ひたひたと無表情なエアリエルを演じたビールは、解放された瞬間、プロスペローに唾を吐きかけました。支配者に対するエアリエルの隠されていた憎悪があらわになったその瞬間に、自分を被害者であり支配者だと思っていたプロスペローの自己欺瞞がむき出しになったのです。

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[1993年、無表情の下に憎悪を隠していたエアリエル]

23年後、その同じ役者がプロスペローを演じるとき、自分についての甘い幻想はもはや許されません。国を失い、娘を失い、時を失ったプロスペローは、それが自分の過誤だと認識しています。罪を犯された人ではなく、罪を犯した人の苦しみをプロスペローは背負っていました。

モーション・キャプチャーの技術を取り入れ、エアリエルが複数のアバターに分離して舞台を飛び回るというテクノロジーは確かに斬新なものでした。しかしプロスペローの苦しみをここまであらわにした解釈もまた、『テンペスト』の上演史に新しい足跡を残したと思います

2016年9月30日 (金)

ある天文学者の恋文

まつこです。

先週、ヴェネツィアのルネサンス絵画を見て、イタリア熱がにわかに盛り上がっている我が家。ジュゼッペ・トルナトーレ監督、エンリコ・モリコーネ音楽の映画が公開されたというので、さっそく見に行きました。

しかし、映画が始まってみると、この映画の舞台はイギリスでした・・・。

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[親子ほども年の差のある恋人同士を演じるオルガ・キュリレンコとジェレミー・アイアンズ]

自らの死期を知った天文学の教授が若い恋人に、死後にもビデオ・メッセージやメール、手紙が届くように手配をして死んでいくという設定です。何億光年のかなたですでに燃え尽きた星の光から宇宙の謎を読み解こうとする天文学と、永遠に続く愛を重ね合わせたロマンティックな恋愛映画です。(うめぞうは、自分が死んだ後まで恋人にメッセージを届け続けようとするのは、男のエゴイスティックな妄執だと憤慨していましたが・・・。)

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[残された人の悲しみが灰色の街の風景にシンクロします]

常に灰色の雲が重くたれこめるヨークやエジンバラが舞台です。セリフももちろん英語。ジェレミー・アイアンズの詠嘆調の英語が耳に心地よい。まあ、イタリア映画じゃなかったけれど、まあいいやと思って見ていたら、舞台は一転・・・

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[おお、息をのむほど美しいこの島はどこ?]

イタリアの小さな島へ!

水面に映る対岸の山、ゆっくりと進むボート、イタリア語訛りの英語を話す島人たちの暖かさ。映画が終わってみると、心に残ったのは、やはりこの島の美しさでした。

帰宅してさっそく調べてみたところ、この島はイタリア湖水地方のオルタ湖に浮かぶサン・ジューリオ島でした。長さ300メートル、幅140メートルほどで、ベネディクト派の修道院として使われていたそうです。ああ、行きたい、イタリア・・・。いいな、イタリア・・・。

やはりトルナトーレ映画、期待通りにイタリア熱がさらに高まりました。

2016年9月 4日 (日)

The Entertainer

まつこです。

今回はケンブリッジにひっこんでしまい、あまり芝居を見に行っておらず、1ヶ月滞在して4本だけ。4本目はジョン・オズボーンのThe Entertainer、主演はケネス・ブラナーです。

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[ケネス・ブラナーのタップダンスがたっぷり見られます]

1956年のスエズ危機は、イギリス人にとって歴史の転換を直視せざるをえない出来事でした。中東での利権確保をめぐって、フランス、イスラエルと密約を結び、エジプトのスエズ運河国有化に軍事介入。結果、国際世論から非難され、アメリカからは見捨てられ、ポンドは急落。大きな夕日が海に沈むように、大英帝国は世界史から消えていきました。

そんな時代に、もうひとつ消えていったのがミュージック・ホールです。陽気な歌や踊りに、観客も加わり、にぎやかで楽しい時間をすごす大衆娯楽施設でしたが、映画やラジオ、テレビの普及とともにさびれていきました。

時代に取り残されたミュージック・ホールのさえない芸人が、ブラナー演じるアーチー・ライス。金はなく、女にだらしない、二流芸人です。人生を直視しようとせず、自分でも「俺は死んでる」と言い切るダメ男の破滅ぶりと、大英帝国の終焉を重ね合わせようとする戯曲なのですが・・・

二流芸人にしてはブラナーの芸がうますぎる!スタイル良くてゴージャスなダンサーたちに囲まれて、自在に歌い踊るアーチーを見ていると、場末感が感じられないのです。カナダに移住してホテル業に転じて生計を立て直そうという話が出てくるのですが、「いやいや、この人、ラスベガスあたりで適当な仕事があるんじゃないの」と思ってしまった。

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[デイジー・・・じゃなかった、娘ジーンに、気持ちをぶちまけるダメな父親]

ミュージック・ホールにやってくる大衆を楽しませるのは、「イギリス最高!イギリス万歳!」みたいな単純な愛国歌。けれどアーチーの娘ジーンは、スエズへの軍事介入に反対する集会に参加し、新しい社会を希求する知的な女性です。おじいちゃん、おとうさん世代の時代遅れのジンゴイズムと、次の世代の違いも描かれるのですが・・・

ジーンを演じたのが『ダウントン・アビー』でヨークシャー訛りのキッチン・メイド、デイジーを演じていたソフィー・マックシェラ。あまりに見慣れているせいで、どうしてもデイジーに見えちゃう。

そういうわけで、若干、納得できない面もありましたが、いざ長いセリフを語り始めるとブラナーの本領発揮。緩急自在なセリフまわしで、アーチーの心の内側の深淵をかいま見せていました。最近は映画監督としての活動が多いブラナーですが、これからもぜひときどき舞台に戻ってきてもらいたいものです。

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