演劇・映画

2009年11月 7日 (土)

アニメと大河ドラマ

まつこです。

食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋・・・。秋はいろいろやりたいことがあって忙しい季節です。今週末は母の姉、私の伯母が新潟に行って母と過ごしてくれているので、久しぶりに東京で週末を迎えています。いつもより時間があるので、おいしいものを大いに食べ、そのカロリーを消費すべくせっせと運動し、音楽や読書も楽しみたいと張り切っています。

Photo[新国立劇場『ヘンリー六世』のちらし]

先日、学生と一緒に新国立劇場の『ヘンリー六世』を見に行きました。英仏の対立とイングランド国内の内乱を描く歴史劇なので、学生たちは「むずかしそう・・・」と尻込みしていたのですが、シェイクスピアの歴史劇は歴史的背景をそれほど詳しく知らなくても、王冠をめぐる人物の思惑や、権力の力学の生臭さなどが描かれているので、それなりに楽しめるはずです。

『ヘンリー六世』は三部作の作品ですが、学生と一緒に見に行ったその晩は第一部でした。ジャンヌ・ダルクの活躍と破滅、勇将トールボットの果敢な戦いぶりと壮烈な最期といったあたりが見どころです。

今回の演出、あまり私の好みではありませんでした。見ていて思ったのは「日本は大河ドラマとアニメの国なのね」ということ。鎧に身をまとった乙女ジャンヌ・ダルク(ソニン)が、甲高い声でイングランド軍を愚弄する様子は、秘密戦隊ゴレンジャーの紅一点モモレンジャーみたい。舞台いっぱいに投影された火あぶりの刑の燃え盛る炎は、中世魔女狩りの暗い歴史よりは、SFアニメのクライマックスを連想させます。

木場勝己氏が演じるトールボットは、なかなか重厚でしたが、息子とともに戦場で命を散らすさまは、『天地人』の一場面のような印象でした。トールボットという名前の発音を、英語ふうに冒頭の「ト」のところを強く言うのではなく、「ボッ」のところに強勢を置いていました。その方が日本語のセリフになじむのかもしれませんが、その和風の名前が連呼されると、ますます日本の時代劇を見ているような感じになります。

終演後、学生に感想を聞くと、「思ったよりわかりやすかった」とのこと。アニメあるいは特撮風の少女ヒロインと、愛と義の武将が活躍する和風シェイクスピアです。確かにこれなら日本人にも分かりやすいでしょう。歌舞伎や文楽のような伝統演劇に改作していなくても、これは十分に異文化に移し替えられたシェイクスピアだと確信した一夜でした。

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2009年8月20日 (木)

ロンドンの芝居見物

ひさびさにうめぞうです。

今回は、まつこはロンドンで、うめぞうは東京で、それぞれの宿題を済ませてから、一緒に南仏でヴァカンスを楽しむという趣向。日曜日にロンドンで合流し、月曜日の夜はwomby、cherry夫妻、そして彼らの友人を交えて5人で芝居見物をした。まつこブログからは時間が逆戻りするが、ひとこと報告しておこう。

Photo[ロンドンの劇場街ウェスト・エンドのDuke of York劇場の前で。womby, cherry夫妻とお友達のKさん]

出し物はトム・ストッパードのArcadia、アーケイディアと発音するようだ。日本語の翻訳がまだないという。同じ作者の「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」という戯曲は、たまたま翻訳者が知り合いだったので、翻訳をいただいたり、芝居を見たりしたことがある。また、この作者が脚本を書いた映画「恋におちたシェイクスピア」はまつこの心の恋人レイフ・ファインズの弟が主演だという理由だけで、いっしょに連れて行かれた。(この兄弟は全く似ていない、兄が弟に圧勝している、という二点を確認して、まつこは満足げに凱旋した。)

うめぞうの芝居の知識はその程度のものだ。今回、ほかの4人はいずれもイギリス演劇の専門家ないしバイリンガル。英語もできず、演劇の知識もないうめぞうは一人、蚊帳の外だ。それでは可哀そうだという皆の温かい配慮で、芝居が始まる前にwombyがレクチャーをしてくれることになった。

Wombyは「気は優しくて力持ち」という男の子の理想形をそのまま大人にしたような好人物だが、さすがに新進気鋭の劇評家だけあって、芝居の内容とポイントの説明は天下一品だ。

同じイギリスのカントリーハウスを舞台に、180年の時を隔てて、2つの物語が交互に演じられていく。ひとつは19世紀初めの天才少女とその家庭教師をめぐる物語。もうひとつは、その時代を20世紀末に再構成しようとする二人の歴史家のライバル意識と葛藤の物語。

芝居そのものは、もちろんうめぞうには理解できなかったが、秩序とカオス、因果性と自由、解釈と事実、自然と歴史といった近代学問のかかえてきた難問が、登場人物の自己理解や歴史理解と複雑に交錯しながら浮かび上がってくるという、非常に知的にしくまれた芝居のように見受けられた。言葉遊びや皮肉、おちょくりなども各所にちりばめられているらしく、観客席からは途切れることなく哄笑が発せられる。この笑い声と、wombyが教えてくれたテーマとの間に、やや距離を感じることもあったが、これはもちろん、うめぞうが言葉をひとことも理解できなかったことによるのだろう。

それでもこの芝居のテーマは、近代化図式の修正と再構築という、最近うめぞうの頭を離れない問題とも、いろいろな面でつながっている。それについてはあらためて、この滞在中に書くことにしよう。いずれにしてもいろいろな意味で、貴重なヒントを与えられた一晩だった。

3年前と比べると、街全体がやや雑然とした印象を受けたロンドンでの2日間だったが、劇場の中はあいかわらずこの街らしい雰囲気だ。門前の小僧にも、その雰囲気だけはそれなりに伝わってくるものだ。

まつこです。wombyさん、cherryさん、今回もどうもありがとうございました。wombyさん、昨日はコメントありがとうございます。今泊っているところからはなぜかコメントの書き込みができません。後日、改めて返事書かせていただきます。

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2009年8月16日 (日)

モザイク都市

まつこです。

ブリティッシュ・ライブラリーのトイレで、「あらー、私と同じように眠そうな顔した人がいると思ったらまつこさんじゃない!」と声をかけられました。学会の仕事でしばしばお世話になっているK先生でした。この時期のブリティッシュ・ライブラリーは、日本から夏季休暇を利用して資料収集や研究に来ている大学教師が相当数います。「夏休みが長くてうらやましい仕事ですね」とよく言われますが、夏休みの間に勉強もしなくちゃいけないわけです。

というように図書館通いの数日を過ごしましたが、今日の夜からまつこは休暇モードに切り替えです。ロンドン在住の友人womby, cherry夫妻と『ポルノグラフィ』という芝居を観ました。差別や孤独などそれぞれの生活を抱えた数名のロンドンの住民のモノローグや対話の断片が重なりあい、そこに2005年のロンドン・オリンピック開催決定とその数日後の同時爆破テロという背景がかぶさってくるという芝居です。

「だからなんなんだ?」「中途半端」「素人くさい」「だめじゃん」など、芝居が終わったとたん3人が口ぐちにこきおろし始めました。あまり面白くなかった芝居のあと、あれこれ文句を言うのも観劇の楽しみの一部です。芝居の前にパブで一杯ひっかけていた私たちは、非難の舌鋒も鋭くなりがち。

Photo[再会を祝しタパス屋で乾杯!]

さらに場所をタパス屋さんにうつしワインで乾杯。「最近ロンドンの芝居はもうひとつ面白くない」という話をしながら、あっというまに2本目に。ほどよく酔いが回ると、「じゃあ、もう一軒パブにでも」ということになります。

学生や旅行者の多いパディントン駅近くから、アラブ人街を通り抜け、ハイドパークの横を通ってメイフェアのパブまで歩いてきました。すっぽりと黒いベールで全身を覆った女性たち、男ばかりの客が水パイプを吸っているカフェ、いたるところにアラビア文字の表示。ここがロンドンだということを忘れてしまいそうなほど中東色の濃いエッジウェア・ロード界隈。そしていかにもロンドンらしいハイド・パークと高級ホテルと大使館の建ち並ぶメイフェア。20分も歩けば、街の表情がガラリと変わります。日本大使館のあるピカデリーまで出ると、肌をむき出しにした若い女の子たちがお酒に酔って、ヨタヨタと危なっかしい足取りのハイヒールで歩きながら、嬌声をあげています。異質なものが寄せ集まったモザイク都市ロンドンの様子は、今日は芝居より散歩で見ることができました。

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2009年8月15日 (土)

妻が生き返ったら思わず逃げた!

まつこです。

日本で生活しているとお財布の中にだんだんいろんなカードが増えてきます。クレジット・カード、銀行のキャッシュ・カード、いろんなお店のポイント・カードなどなど。最近は、ロンドンにほんの数日滞在していてもカードが増えます。

Photo[これが毎日必ず持って出かけるカード]

まずホテルの部屋の鍵がカードです。図書館の入館証もカード。"oyster"という地下鉄やバスにタッチするだけで乗れるスイカみたいなカードもあります。さらに私の場合は、毎日2回ずつ母に電話するので、国際通話が安くなるカードも携帯しています。

この種のテレフォン・カードは様々な種類があり、どの方面への通話が安いかは各カードによって違うらしいので、「日本への通話料が一番安いカード」と指定して買います。携帯を使うか、フリーダイアルを使うか、公衆電話を使うかなどによっても値段が違いますが、5ポンドのカードで1時間以上は確実に通話できます。

今週、母のところに弟一家が帰省し、数日泊って行きました。息子夫婦や孫に大切にされて、毎日、母の声が明るく、遠く離れていてもとても心強かったです。今日はもう大阪に帰ってしまいましたが、「効果」はまだ続いているようで、その間の出来事をしっかり覚えていて、あまり同じ話題を繰り返したりせず、元気だった時と同じような口調で話していました。来週は母の姉(私の伯母)に泊まりに行ってもらうことになっています。海外に出るときは、後顧の憂えがないように、しっかりシフトを組んでおきます。今回は何か月も前から「8月2週目お願いね」とか「伯母さん、8月3週目お願いできないでしょうか?」と予約を入れておきました。

Photo_2[芝居が終わった時の劇場]

今日の夜は昨日と同じ劇場でシェイクスピアの『冬物語』を観ました。オールド・ヴィックという200年くらいの歴史を持つ古い劇場です。第二次世界大戦のときには空襲でだいぶ傷んだそうですが、それを修復して今日まで使い続けられています。古ぼけた外観、赤いビロードが擦り切れたイス、時代遅れのシャンデリアなど、そのままでレトロな映画のセットみたいな劇場で、古い昔の役者たちの亡霊が棲んでいそうな感じです。でも私はこの劇場、わりと好きです。

今日の『冬物語』と昨日の『桜の園』は同じ演出家、同じキャスト、同じスタッフによる二本立ての企画です。劇の始まる前、昨日も今日も同じ言葉が、舞台にプロジェクターで映しだされていました。"O, call back yesterday, bid time return".(「昨日を呼び戻し、時に戻ってくるよう命じなさい」、『リチャード二世』より)。過ぎてしまった時を悔やみ、取り戻せるはずのない時を思い続けるというのが『冬物語』と『桜の園』で共通するテーマです。

『冬物語』は、根拠のない妄想にとりつかれ、妻と子供を失った国王レオンティーズが、悔恨の16年を過ごすという内容です。サイモン・ラッセル・ビールは、これを神経症で弱い内面を抱えた男として演じていました。妻とそっくりに彫られた石の彫像が動き出すと、驚嘆のあまり動けなくなるというのが普通の演出ですが、今日のレオンティーズはその瞬間、思わず逃げ出し、この再会を仕切ったポーライナの背後に隠れてしまいそうになります。「男は弱い」というのが21世紀らしい解釈なのかもしれません。

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2009年8月14日 (金)

冷房後進国

まつこです。

今までロンドンに来て時差ボケはあまり実感したことがなかったのですが、今朝は睡眠時間3時間くらいで目が覚めてしまいました。これが時差ボケというものだろうか、年齢のせいか・・・と、若干気落ちしております。

明け方に目が覚めて、もう眠れそうもなかったので、今日は開館時間を目指してブリティッシュ・ライブラリーに出かけました。9時半開館なのですが、9時25分くらいに着いたら、入場を待つ長蛇の列ができていてビックリしました。

Photo[ちょっと巨大な工場みたいに見える建物ですが、これが新しいブリティッシュ・ライブラリーです]

今朝は開館前に日本のテレビ・クルーが来て取材をしていたようです。立花隆氏がその一団の中にいました。ガン闘病中とのことですが、早朝から精力的に仕事をしている様子で、元気そうでした。

閲覧室以外の展示室などは誰でも入れますが、閲覧室に入るには登録証を発行してもらう必要があります。住所やサインを証明する書類を提出し、ちょっとした面接みたいなものがあって、ここの蔵書を使う必要性があるのかどうかを問われます。これをパスすると最長3年有効の登録証をもらえます。

あまり目的のない人が時間をつぶすために入るというわけにはいかないので、閲覧室では真剣に仕事をしている人がほとんどです。机に突っ伏して眠っている人などはあまり見かけません。今日は時差ボケが心配だったのですが、巨大な閲覧室全体に良い緊張感が漂っているので、眠くはなりませんでした。

閲覧室の静謐のほかに、もうひとつ眠くならない理由があります。寒さです。10年ほど前からロンドンも夏は暑くなり、いろいろな施設で冷房が入るようになりましたが、イギリスは冷房後進国です!とにかく冷蔵庫の中のように寒いのです。たぶん15度くらい。「まったくアングロ・サクソンは図太いんだから」と身を震わせて周囲を見回すと、セーター着こんでいたりショールを巻いていたり、防寒対策をしている人もいます。

図書館だけでなく劇場の冷房も概して効きすぎで寒いです。今晩はサム・メンデス(ケイト・ウィンスレットの旦那ですね)演出の『桜の園』を見に行きました。イーサン・ホークも学生の役で出ていました。私のお目当てはサイモン・ラッセル・ビールという個性派の役者です。没落した素封家から桜の園を買い取るロバーヒンを演じていました。成り上がった金持ち商人というだけではなく、ラネーフスカヤへの屈折した思慕や複雑で繊細な心理を抱えて、厄介な自分を持て余している内気な男というのがよく表われていて面白かったです。

ただとにかく劇場内が寒くて、まるでロシアでした。まさかこの寒さも演出の一部じゃないでしょうね、この寒さじゃ桜は咲かないぞ・・・と思いながら、ロンドンでチェーホフの芝居を楽しんだ夜でした。

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2009年8月13日 (木)

釣り合わぬは不縁のもと

まつこです。

今日のロンドンは、曇り、時々晴れ、夕方から時々雨。昼間はブリティッシュ・ライブラリーで仕事。夕方からナショナル・シアターでシェイクスピアの『終わりよければすべてよし』を観劇。今週中は物欲も食欲も抑えて、研究者のはしくれとして、毎日こんな生活を送る予定です。

ブリティッシュ・ライブラリーでは、1640年の古い版本の挿絵を一枚見たかったのですがダメでした。日本から前もってメールで問い合わせした時には、「来館してリクエストすれば当日中に見れます」という返事だったのに、実際はどこかの展示会に貸し出し中だそうです。ちょっとがっかり。

Photo[写真右端のコンクリート造りの無骨な外見の建物がナショナル・シアターです]

夕方はテムズ川を渡ってナショナル・シアターへ。パリのセーヌ川、ロンドンのテムズ川、フィレンツェのアルノ川など、街の中央を大きな川が流れていると街の景色がぐっと印象的になりますよね。東京でも私は神田川にかかる聖橋周辺の景色が好きです。日本橋の上をふさぐ首都高を地下に移設して景観を回復する、と石原知事が口にしたことがあった気がしますが、あの計画はどうなっちゃったんでしょう?

『終わりよければすべてよし』はタイトルだけはよく知られていますが、上演される機会はあまり多くない作品です。「問題劇」と呼ばれ厄介な作品とされています。「女が逃げる男を追いかける」というストーリーの展開が、そもそもロマンティックなコメディにはなりにくいのです。

今回は「金髪のおぼっちゃま君」を、「地味でしっかり者の女」が意志の強さと努力で追いかけて、とうとう最後に我が物にするという演出でした。もともとの戯曲でも身分が違うことになっているのですが、さらに演出で容姿も不釣り合いにしたわけです。全体はその「不釣り合いなカップル」というリアルな問題を、おとぎ話の世界の中に強引に入れ込んだ演出です。このバランスの悪さはおそらく意図的なのだと思います。地味なヒロインが赤頭巾ちゃんみたいな赤いマントを着て旅に出て、結婚式にはシンデレラみたいなキラキラ光るガラスの靴を履きます。他人になり済ましベッドに男を誘いこむときには子猫ちゃんに扮するコスプレ。

「終わりよければ」といってもやっぱりこのカップリングには無理があるよ・・・と、見ている人たちも、本人たちも薄々気づきながらのハッピー・エンディング。作り笑いのぎこちない笑顔で終わるというわけです。面白くないわけではないのですが、意地悪な芝居を見たという感想です。「釣り合わぬは不縁のもと」ってことなのね、やっぱり・・・などと思いながら、夜のテムズ川を渡って帰り道につきました。

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2009年7月10日 (金)

ハイヒール効果

まつこです。

来日したイギリスのプロペラという劇団の公演を見に行きました。男の役者だけで『夏の夜の夢』と『ヴェニスの商人』を上演しました。『夏の夜の夢』はマッチョで汗臭い体育会系学園祭みたいな雰囲気。『ヴェニスの商人』は監獄の中に設定されていて、閉塞された空間内での差別や暴力を描いています。その『ヴェニスの商人』で印象的に使われていた小道具がありました。ハイヒールです。

Photo [これは私のハイヒール。比較的履きやすいほうの一足です]

バサーニオという借金まみれの男が、金、銀、鉛の3つの箱から正しい箱を選び出し、超お金持ちのポーシャをパートナーとして得るという場面。もともとバサーニオを意中の人としていたポーシャは、バサーニオが正しい箱を選んだ瞬間、喜んで持てるものすべてを愛する男に捧げると宣言します。

「私のものはあなたのもの、この身も、この邸宅も、召使たちもすべてあなたのもの。」今回の公演で、ポーシャはこの全面服従宣言を、ハイヒールを片方ずつゆっくりと脱ぎ棄てて、腰をかがめて低い姿勢になり、下から上目づかいでバサーニオを見上げるように語ったのです。

これまでフリンジつきのショールを体に巻きつけ、10センチくらいのハイヒールをはいていたドラッグクィーン風だったポーシャが、そのショールとハイヒールを捨てたとたん、地味でさえない年増のゲイになってしまいました。へりくだった態度で、愛情と財産を捧げられたバサーニオは思わずひいてしまいます。こんなグロテスクな相手を自分はこれから愛さなければならないのか、という困惑が思わず顔に出てしまう男・・・。

バサーニオの自分への求婚は財産目当て、本当に愛し合うゲイの恋人は別にいることを察知し、ポーシャは知恵の限りを使ってその恋人から愛する男を奪い取ります。ライバルと競うのではなく、恋敵の命をすくい恩を着せることが恋の勝負に勝つ最善の方法です。この私が絶体絶命の危機を救ってあげたのよ。この大団円は私の手柄よ。あなたは今日からは私のものよ。

このハッピー・エンディングで、ふたたびポーシャはあの10センチヒールを履いていました。堂々たる態度で夫を見下ろしながら、高らかに勝利宣言するポーシャ。これで一生バサーニオがポーシャに頭が上がらないことは明白です。

うーん、やっぱりハイヒールは女の自信の表れなんですね。年取って足の筋力が落ちるのか、だんだんハイヒールが辛くなってきていたのですが、ここはもう少しがんばって履き続けようと、シェイクスピア劇を眺めながら改めて思うまつこでした。

そういえば厚底のウェッジ・ヒールで身長を10センチほど高くすると、私はうめぞうとほぼ同じ背になります。肩を並べいつもと違う位置で目があったとき、うめぞうは「あげぞこ女」とちょっぴり悔しそうに言っていました。ただし年は年です。ぽっくりみたいな靴を履いて、骨粗鬆症でぽっくり骨折などということにならないように、気をつけないと。

注:今回のプロペラ講演のプログラムに友人のwombyさんが文章を載せています。野田秀樹氏のダジャレ満載の文章の英訳も彼の仕事。超絶的翻訳能力を発揮した英訳です。おみごと!

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