新潟

2009年11月 1日 (日)

1年を経て

まつこです。

このブログを始めてちょうど1年経ちました。

Photo[また秋がめぐってきました。夏にヒヨドリが巣を作った南天にも赤い実がつきました]

東京と新潟の二重生活の忙しさ、母の認知症への不安、それらのストレスを解消しようと思ったのが、ブログを始めたきっかけです。介護だけではなく日々の暮らしの中で経験した楽しいことやおもしろいことを書き残せば、「そんな大変なことばかりではない」と楽観的な気持ちを持ち続けられるのではないかと思ったわけです。

1年の間、読んでくださったみなさん、コメントを書き込んでくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました。ブログにコメントもらうというのがこんなに楽しいことだとは知りませんでした。人とつながることの喜びを感じました。

Photo_2[庭の木には実のついているものがたくさんあります。これは百日紅の実]

ブログを始めてもうひとつよかったことは、何か新潟らしい写真を撮ろうと心がけるうちに自然の変化に敏感になったことです。四季折々の色、におい、光、風、それらが毎週、どんどん変わることに気づくことができました。

Photo_3[こちらはクコの実だと思います。葉の色もきれいです]

また時折、母の状態を書き残すことで、1年間の変化も記録することができました。1年たって母は74歳になりました。生活の身の回りのことはそれほど変わりなくやっていますが、明らかにここにきて記憶障害や失語が目立つようになりました。

Photo_4[写真にはないけれどうめぞうのパンツまでアイロンがけしてくれました]

これだけ記憶障害があればいろんな事がどんどん出来なくなるのかと思っていましたが、洗濯や掃除などの単純な家事には、まだできることがずいぶん残っています。今日の新潟は曇り空。お洗濯ものがすっきりと乾かないからと言って、せっせとアイロンがけをしていました。婿殿うめぞうのパジャマや下着にもアイロンをかけきちんとたたんでくれました。

来年の今頃はもしかしたらアイロンがけも出来なくなっているのかもしれません。でも先のことを心配し過ぎず、現実の変化に一つ一つ対処していく一年にしたいと思っています。

そして私は今までと同じように、仕事や生活を積極的に楽しむ「攻め」の姿勢でいきます。ママが認知症になったって、美食もお洒落も旅行もあきらめませんっ! 介護しながらも楽しいことも引き続きたくさんこのブログに書ける1年にしたいと思っています。

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2009年10月31日 (土)

菊づくし

まつこです。

今日の新潟は快晴。ウメマツ二人は母を連れて紅葉を観に出かけました。ローカル線を乗り継いで降りたったのは弥彦駅。駅舎が神社を模した造りになっています。

Photo[派手かわいい駅舎です]

Photo_2[越後平野もかすんでいます]

弥彦は越後平野に突如そびえている高さ600メートルくらいの山です。ロープウェーで山頂まで登れます。山頂から佐渡が見えることを期待して出かけたのですが、残念ながら今日は気温が高すぎたのか、霞んでいて見えませんでした。

Photo_3[頂上で記念撮影]

紅葉はちょうど見頃を迎えていました。母は久しぶりの外出です。「お天気が良くていいわねー」と何度も繰り返します。こういうポジティブな内容の発言なら、100回連続で繰り返されても、聞く方はイライラはしません。

Photo_4[佐渡が見えず残念。でも紅葉はきれいです]

Photo_5[これが回転展望塔]

頂上には「展望レストラン」「360度のパノラマが眺められる回転展望塔」「お土産屋さん」などがあります。回転展望塔に乗ってみましたが、中でヘンテコな演歌と民謡の間みたいな音楽が流れ続けていました。昭和の匂いの残る観光地という感じです。こんなのないほうが自然の景観をじっくり楽しめる気がするのですが・・・。ちなみに料金は一人1000円。

Photo_6[杉の森の中はひんやりとした空気ですがすがしい気分になります]

山を降りると深山幽谷。深い森です。その森の中に弥彦神社があります。万葉集でも歌われている古い神社だそうです。なかなか堂々とした構えの神社です。

Photo_7[このピンクのラビット・ファーのベスト。10年くらい前にロンドンのJosephで買ったものです。わたしは気に入っているのですが、うめぞうからはマタギ・スタイルと呼ばれています]

Photo_8[菊祭りの準備が整った境内]

弥彦神社では明日から恒例の菊祭りだそうです。今日はすでに準備が整っていて、色とりどり、多様な形に仕立てられたたくさんの美しい菊を鑑賞することができました。

Photo_9[ずらりと並んだ菊]

Photo_10[盆栽の菊は可愛らしくて繊細な芸術作品のようでした]

Photo_11[菊の和えもの]

神社の周りには温泉街が広がっています。その中の一軒の料理屋さんでお昼ごはんを食べました。最初に出てきた和えものも「菊」でした。シャリシャリとした歯ごたえでおいしかったです。

この日帰り小旅行を提案してくれたのはうめぞうです。私は実はちょっとめんどくさくて、ためらっていました。「三人で出かける機会はあまりないよ。良い思い出になるよ」と言ってくれたのですが、わたしは「良い思い出っていったって、本人はきっと忘れちゃうよ。『思い出作り』って介護者の思い入れという面が強いからねー。なんてったって認知症なんだから、思い出作りは難しい・・・」とかなんとかグズグズ言っていたら、「そういう発想はマルクスかウェーバーだ!」と言われてしまいました。なんだかよくわからないけど、婿殿の優しさを唯物論的に否定するのは良くないと思い、しぶしぶ重い腰をあげて出かけることにしました。

いつも家にいるのが一番いいわ、あまり出かけたいとは思わないと言っていた母が、今日は「あー、よい一日だったわねー、出かけてよかったわ」と、何度も何度も言っています。しばらくすると弥彦に紅葉を見に行ったなんてことは忘れてしまうかもしれませんが、それでも楽しかったと、今この瞬間に思うことが貴いのだと、改めて思いなおしました。記憶は色あせ、消えていきます。残される記憶の量の集積ではなく、それぞれの瞬間の幸福感をこそ尊ぶべきなのでしょう。そのことに気づかせてもらった一日でした。

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2009年10月30日 (金)

はじめの一歩

まつこです。

昨晩からうめぞうと一緒に新潟に来ています。11月1日は母の誕生日。昨晩は少し早めにバースデー・プレゼントをあげました。今年のプレゼントはエプロンと本です。エプロンはまだ「まだできる家事はあるから、がんばってやってね」という期待をこめました。本は辰巳芳子さんの『庭の時間』と京都に住むイギリス人のベニシアさんの『ベニシアの京都里山暮らし ―大原に安住の地を求めて Venetia's Kyoto Country Living』。自然の変化をいつくしみながら日々を大切に生きるお二人の生活のような、静かな安らぎが母の生活にも満たされるようにという祈りをこめてこの2冊を選びました。

Photo[写真がきれいなので母は喜んで見ています]

母は大喜び。昨晩はさっそく新しいエプロンをつけ、2冊の本の美しい写真を眺めながら、今日はすごくいい日にだったわ!」と何度も繰り返し言っていました。今週は大好きな婿殿のうめぞうがやってくるというので、水曜日には美容院にも行ってきていました。なかなか好調です。

この母の上機嫌ぶりを見て、私はほっと一安心。実は今日は母の初めての介護認定の調査だったのです。あらかじめ「介護認定」と伝えると母が抵抗感を抱きそうだったので、「市役所の職員の方が健康状態の調査に来てくれる」という、やんわりとした表現で説明。安心して、警戒心を持たないようにしてもらうため、バースデー・プレゼントも数日早めにあげて楽しい気分になってもらおうという「作戦」でした。

Photo_2[婿殿うめぞうが一緒だと母もご機嫌。プレゼントされたエプロンを着て記念撮影]

調査員の方との面接は無事にすみました。母はそつなく答えていましたが、簡単な記憶テストにも答えられず、言葉がなかなか出てこないということも多かったため、症状は調査員の方にもよくわかってもらえたようです。帰り際に私にこっそりと、「プライドの高い方ですね。記憶できていないことや、わからなくなっていることをすごく上手にカバーしながら答えていらっしゃいました」と、印象を伝えてくださいました。さすがプロです。身の回りの世話などはまだできているので、あまり高い介護度には判定されないだろうが、利用できるサービスはあるとのことでした。

これでいよいよ本格的な介護に向けて、一歩踏み出しました。私自身も、ある一線を越えるような不安感を「介護認定」に関して抱いていたのだと思います。家族の中でできることには限界もあります。まして遠距離。これからは公的サービスや民間サービスの利用も取り入れながら、母にとっても私にとっても、できるだけ良い方法を模索していきたいと考えています。本格介護に向けて、はじめの一歩の一日でした。

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2009年10月23日 (金)

錦秋

まつこです。

昨夕、授業の後、同僚のゴーギャンに上野駅まで車で送ってもらい、新潟に帰省しました。事務職員の方にも、「これからご実家に帰省ですか? お気をつけて」と声をかけてもらいました。同僚たちの協力や理解は、気分がせっぱつまっているときに、非常にありがたいものです。

Photo_2[秋の青空は気持ちがいいです]

今朝の新潟は一片の雲もない秋の晴天。たいへん気持のよい一日です。鉄錆び色、濃い赤、オレンジ、黄色・・・庭の木々の葉の色が、青空に映えてきれいです。母の調子は、明らかにお天気に左右されます。こんな快晴の朝は、「この調子なら認知症とは気付かない」というレベルにまで、言動がしっかりとします。

Photo[母も青空と紅葉を見上げています]

そうなるとママ・スイッチがオンになるので、発言が妙に冴えます。母のお使いで銀行に出かけようとしていた私に、母が声をかけました。

ママ:あなたも大変ねぇ。こんなふうに東京とここを往復して、仕事と親の世話ばかりに明け暮れていたら、あなたがボケちゃうわよ。

思わず一瞬絶句した後、私は笑いが止まらなくなってしまいました。いやー、まことにその通り。母も自分の言ったことの可笑しさに苦笑いしていました。

ママ:ボケるっていうのは、つまりね、こんな田舎で刺激のない生活をしていると感覚が鈍くなるっていうことなのよ。え?海外に旅行に行きたい?そうそう、どんどん出かけたほうがいいわよ。本だけ読んでいたって吸収できるものは限られているんだから、学生に与えられるものも少なくなるわ。体が動くうちにどんどん行動しなさい。

Photo_3[庭の掃除をする母]

いやはや、こうなると絶好調です。これもお天気の良さのおかげでしょう。私が銀行から帰ると、せっせと庭の落ち葉を掃除していました。

あとひと月もすると、新潟は鉛色の雲に厚く覆われた冬になります。厳しい季節の前に、穏やかな秋の日のありがたさを、しみじみと実感した一日でした。今日の母の明るい笑顔と秋のきれいな青空を、しっかりと胸に刻んでおきたいと、心の中のシャッターもしっかりと切った錦秋の一日です。

Photo_4[昨晩は二人分のお弁当を買ってきて夕食にしました。お弁当の中にも紅葉がはいっています]

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2009年10月10日 (土)

秋の夜

まつこです。

うめぞうと一緒に新潟に来ました。先週、仕事と風邪でこれなかったので、中11日あけての帰省でした。新潟はもう肌寒く、庭の木の葉も紅葉し始めています。寒がりのうめぞうは、そろそろ暖房がほしいと言っています。

Photo[庭の木の葉も赤く色づき始めています]

10日以上来ないと、その間に火災保険の更新手続き、年金の振込通知、各種振替通知などの郵便物が届いています。いつもは数日以内に私が来て、必要な手続きがあればしてしまうのですが、しばらく来なかったので、母は自力で処理しようと試みたようです。

しかしだんだん書いてある内容が理解できなくなっているらしく、お金が振り込まれたという通知を持って銀行に行き、払込の手続きをしかけてしまったようです。整理してしまっておいた通帳やら証書やらもあれこれ出してごちゃごちゃにしてしまいました。

2年前に初めて認知症の診断を受けたときに、「火とお金の管理にまずは気をつけてください」とお医者さんに言われました。火の方は、暖房をオイルヒーターにしたり、自動消火装置つきのガス台にしたり、急ぎ対策を講じたのですが、お金の管理の方はなかなか難しいです。親の介護を経験した人たちから、「通帳は本人から頼まれるまで取り上げないほうがよい」と聞いています。良かれと思って管理してあげようとしても、老いた親は子供に通帳を取られたと思ってしまうというのです。

各種の売り込みや営業への対応も悩ましいところです。牛乳の宅配はすでにひとつお願いしているのに、しつこい売り込みに負けて、別のメーカーの乳製品の宅配を契約してしまいました。「ひとつは私のぶん、新しく取り始めた方はまつこの分」と母は言っています。牛乳やヨーグルトくらいなら良いのですが、最近は不動産業者が来ることもあるようです。「庭にアパートを建てないか」とか、「土地と家を売らないか」と聞かれたそうです。宗教の勧誘も厄介です。今のところ牛乳屋さん以外は、母は警戒心をむき出しにして対応して、事なきを得ていますが、これから不安ではあります。

今の母は、自分のお金は自分で管理するものだという自立心と、いろんなことがだんだんわからなくなってきたという不安の間にいるようです。それでも今日は娘と婿殿がやってくるというので、バスに乗って買い物に出かけました。婿殿によいところを見せようとしてか、新しいセーターなど自分用に買ってきていました。新潟産の甘エビなんかも買っておいてくれました。娘夫婦がやってくるのを楽しみに買い物に行くという気持ちがある間は、ぎりぎりまで「ママのお金はママのもの」という自尊心を傷つけないようにしながら、注意深く見守るしかないと思っています。

Photo_2[新潟の味、甘エビ。うめぞうが今日は殻むきを手伝ってくれました。鯛も地元のものです]

新潟の秋から冬へかけての味覚、甘エビ。もっちりとした舌触りと濃厚な味で美味しかったです。私のお気に入りの地酒「吉乃川」をぬるくお燗して飲むうちに、まあ、なんとかなるさ・・・と、ほろ酔い気分に、しばし不安は忘れた秋の夜でした。

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2009年9月25日 (金)

あっちのお土産、こっちのお土産

まつこです。

東京と新潟を往復する生活が続いていますが、それぞれのところで待つ母やうめぞうに、ときどきお土産を持っていきます。今年の新潟は『天地人』の人気で観光客が増えているらしく、駅ビルで見かけるお土産のヴァラエティが増えました。「愛」のマークのついた兜をかぶったキティちゃんの携帯ストラップなどもあります。

Photo[新幹線の駅で見つけた野菜ジャム。豪雪で有名な津南町の野菜で作られているようです]

先日、見つけたちょっと面白いお土産は「野菜ジャム」です。夏に南仏を訪れたとき、トマトのジャム(コンフィチュールというのかもしれません)のおいしさが印象に残りました。山羊のチーズやフォアグラと合わせるとおいしいです。日本では見かけないように思っていたら、新幹線の駅のお土産品コーナーで見つけました。フォアグラと・・・は無理なので、シェーブルと一緒に合わせて食べようと思っています。

Photo_2[今日、母の検診があったため、昨晩、深夜に帰省。実家の庭には彼岸花がたくさん咲いています]

今週、母に持ってきたものは2点。一つはファンデーション。先週帰省した際に、切れているから買ってきてと頼まれていたのです。

まつこ:「頼まれていたファンデーション買ってきたよ」

ママ:「あらー、ありがとう。よく忘れなかったわね」

認知症の母親に「よく忘れなかったわね」とほめられるのは、いささか複雑な気分でした。

もう一つはウェストがゴムのズボン。母はもう何年も前に買った服ばかりを着まわしているのですが、だんだん背が低くなって、お気に入りのパンツなどは全部合わなくなっています。テレビで巣鴨のお年寄りなどを見ると、ラクチンそうなゴムのズボンをはいています。ああいうのはどこに売っているのかな・・・と思っていたら、つい先日、お茶の水丸善の前の広場の露天で見つけました。露天商のお兄さんが、「ゴムでラクだし、股上も深いし、丈も短めでお年寄りにはいいよ」と勧めてくれました。1900円。安い!

「ママもそろそろゴムのズボンにしたら」と先週言ったときには、「イヤよ」と断言していた母も、「これはラクでいいわー」と今日からさっそく身につけていました。これならあと2,3本まとめ買いしておけばよかった。

母は以前は比較的着るものに凝っていて、母のイメージにピッタリなものが見つかるまで、私が都内のデパートをいくつもいくつも探し回るということがたびたびありました。電話で「言われていたようなブラウス見つかったけど○万円もするよ・・・」と報告すると、「いいわ、買ってきて」となかなか度胸の良い買い物ぶりでした。その母が露店で買ったゴム入りズボンをはくようになるとは想像もしませんでしたが、年を取るというのはこういうことなのですね。

だったらおしゃれは楽しめるうちに精いっぱい楽しんでおくべきではないか、こないだ見た○万円のセーター、いったんあきらめたけど、やっぱり買うべきではないか・・・などと、母のズボン姿を眺めながら思案しております。

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2009年9月13日 (日)

秋風

まつこです。

今週末の新潟はすっかり秋めいています。雲の合間に澄んだ青空がのぞき、ひんやりとした風が木々を揺らしています。

Photo[庭から手折ってきた枝をさりげなく活けた玄関。これを見て一安心]

庭木の葉もだいぶ色づき始めました。母はその庭から葉の色のきれいな枝を選んできて、玄関の一輪ざしに活けていました。毎週、帰省する際に、この玄関の一輪ざしは母の体調の指標になります。「ただいまー」と玄関を入ったときに、ここにしおれた花がそのまま入っていたり、何も活けてなかったりするときは、母の体力気力が落ちている時です。表情に乏しく、話も同じことの繰り返しということが多いです。

また逆に、そういう元気のない時には、適当な花を買ってきて、「玄関に花がないから活けて」と頼むことにしています。ガーベラでもトルコ桔梗でもなんでもいいんですが、母は花を飾るうちに元気が出て、その後の会話がスムーズになるということがしばしばありました。

昨日の夕方は玄関でこの枝を見て、「調子はまあまあ」と安堵しました。しかし・・・その日の朝、「おかずは適当に買っていくからご飯だけ炊いておいて」と電話で頼んでおいたのですが、きれいさっぱり忘れていました。お釜は空っぽ。「あなたが何か買ってきてくれるって言っていたから」とキョトンとした表情でした。うーん、こういう記憶力はだいぶ落ちてきてしまったようです。

今日はうめぞうのお母さんから送っていただいたブドウが届きました。すぐに母はあちらの実家に電話をしてお礼を言っていました。ごくまっとうな普通の会話をしていましたが、電話を切ったあと、「私が何かを送ったお礼とおっしゃっていたけれど、私、何か最近送ったかしら?」と、やはりキョトンとした顔で聞きます。1か月ほど前に農家からいただいたお米を送っていたのでした。

いやはや、だんだん怪しくなってきたぞ・・・しかし、電話の会話は普通、花を飾ったり、お洗濯したりもまだできる・・・と、一喜一憂しながら、秋の庭を眺め、ブドウを食べています。

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2009年8月29日 (土)

期日前投票

まつこです。

昨晩から久しぶりに新潟に帰省しています。盛夏の2週間を不在にしている間に、庭の様子も変わっていました。母と一緒に種まきしたアサガオは花の盛りを過ぎたようです。さるすべりの花も終わっていました。代わりに野生のユリがいくつも咲いています。

2009829_003[未明の驟雨の露が花びらに残っていてきれいです]

今日は母を期日前投票に連れていきました。葉書が届いて以来、「投票の仕方がわからない、候補の名前がわからない」と国際電話でも何度も繰り返しており、母は不安を感じていたようです。「棄権してもいいんんだよ」というと「国民の義務だから」と言います。このあたりは、戦後直後の徹底した民主主義教育の成果のなごりでしょう。

明日の投票日に、近所の投票所に行くのは気が進まないらしいので、今日、市役所まで行って期日前投票をしてもらうことにしました。小選挙区とか比例区とか最高裁判所裁判官国民審査とか、前もって説明すればするほど不安そうな表情になるので、「いいよ、いいよ、行けばなんとかなるから」ということで出発。

受付を済ませていよいよ投票用紙をもらいます。秘密投票で私が一緒に投票所についていくことはできないのかと思っていたら、「付き添いの方もどうぞ」という感じで、記入も見守ることができました。しかし・・・

ママ:「えーっと、民主党の候補の人は・・・ああ、この○○○○○さんね」

まつこ:「ママ、だめだよ、そんな大きい声で言ったら」

立会人:「大丈夫ですよー、見えてませんから」(苦笑)

比例区ではさらに・・・

ママ:「えー、党の名前変わっているのね。知らない党ばっかりだわー。知っているのは社民党しかないわ」

まつこ:「じゃあ、それでいいんじゃない、それ書いて」

ママ:「えー、じゃあ、自民党ね・・・」

まつこ:「えっ?ママ、自民党でいいの?政権交代って言ってたじゃない」(焦って小声でささやく)

ママ:「そうそう、だから自民党・・・じゃないわね・・・えー、もう一度見直して・・・社民? 民主?どっちかわからなくなったわ」

まつこ:「出かける前は民主党って言っていたよ」(周りの目を気にしながらさらに小声で耳元でささやく)

長年続いた55年体制のもと、教員だった母は日教組の一員として、選挙のたびに「社会党」の候補に投票し続けていました。そのため今回も思わず「社民党」と書きかけたのでした。しかしちょっと違うと気づいた瞬間、頭の中が混線し党名が混乱してしまったのです。

確かに「民主」「自民」「社民」、これでは認知症の老人には区別がつきにくいですね。もし二大政党制が定着するのであれば、もう少しはっきりと違いのわかる名前にしてほしいものです。(ついでに、理念の違いもはっきりわかるようにしてほしい!)

ま、とにかく「国民の義務」を無事果たし、表情が一気に安らいだ母。「私、これが最後の選挙かもしれないわね」と言うので、私はちょっと焦りながら「いやー、衆議院はいつ解散するかわかんないからねー」とごまかしました。内心は「確かに、これが最後の投票かもしれないな」と思いましたが。母よ、あなたは「国民の義務」はもう充分果たしました、そう思った投票所の出口でした。

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2009年8月 7日 (金)

夏の景色

まつこです。

うめぞうと一緒に新潟にやってきました。梅雨空のような曇天が続いていて、なかなか夏休み気分が盛り上がりませんが、青々と広がる水田を眺めると、日本の田舎の夏の景色だなあと実感します。

Photo[典型的な日本の田園風景です]

田舎の夏は野菜がおいしい!トマト、キュウリ、トウモロコシ、カボチャ、エダマメなどなど、近所の農家のおばあちゃんからもらったものや、母が裏庭の家庭菜園で育てたものなど、どれも野菜の甘味がしっかりとしています。母はがんばって、カボチャの煮物やキュウリと薄焼き卵のサラダなど作って待っていてくれました。

食事の際の話題はどうしても母の思い出話が多くなります。しかし、この思い出話がどうも最近あやふやになってきている気がします。認知症ですから最近のことはすぐに忘れてしまう、けれど昔のことは妙にクリアに覚えている。そういう時期がしばらく続いていました。しかしその時期から、昔の記憶も次第におぼろげになる段階に入りつつあるのかもしれません。

この季節だと戦時中の子供のころ、特に終戦の頃の話が多くなります。でも話にだんだん曖昧な部分が増えてきました。「終戦の時は、えーっと、私は4年生・・・いえ5年生・・・」「空襲?市内には爆弾は落ちなかった・・・いえ、工場が一度爆破されたわ」「玉音放送・・・聞いたような気がするんだけど、あまりはっきり聞こえなかったような気がする。よく覚えていないわ・・・」

記憶が消えていく――それは確かにとても悲しいことです。でも家族が悲嘆にばかりくれているわけにはいきません。悲しむことでエネルギーを消耗してしまってはいけません。母の記憶力の減退を嘆き悲しむよりも、むしろ今、母が安心や幸福を少しでも感じられるよう、そちらの方に精力は向けるべきです。

「このカボチャおいしいね」「作ってくれてありがとう」「トマトもきゅうりも採りたてだとおいしいね」「ママが家庭菜園やっていてくれるからおいしい野菜が食べられるね」などなど。虚ろな過去の記憶をなんとか手繰り寄せようとするのではなく、たった今の単純な喜びにあふれた言葉を母にはっきりと伝えることのほうが大切です。(でもそうすると、ついつい食べ物の話ばかりになってしまいがちですが。)

60数年前、おかっぱ髪の小学5年生の少女が終戦の日を迎えた時も、青々と水田が広がり、緑濃い山が遠くに見えていたはずです。その少女が成長し、やがて時を経て、老いていく。記憶は薄らぎ、心の中の様々な物語は消えていこうとしています。でも自然は何一つ変わることなく、季節を繰り返し、悠久の時が流れ続けています。老いも病もその大きな自然の一部です。そのことを受け入れて、今できるささやかなことをひとつずつ探していかなければと、あらためて思う夏の日です。

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2009年7月12日 (日)

舌好調

まつこです。

今日は母の寝室のカーテンと浴室のブラインドの交換を業者の人にしてもらいました。実家は築15年。少しずついろんなところの補修が必要になってきています。最近、不動産業者が母のところにやってきて、家と土地を売却する気はないかと尋ねたのだそうです。知り合いの地元建築家に聞いたところ、中古住宅を安く買い取り、リフォームして高く売る、あまり評判のよくない不動産業者が出没しているとのこと。認知症の一人暮らしのおばあさんなんて、格好の標的になりそうで心配です。

母はカーテンがきれいになったので、がぜんやる気が出て、猛烈な勢いで部屋の片づけをし始めました。うめぞう、まつこも少し手伝って、寝室は余計なものがなくなり、さっぱりときれいになりました。思えば、母の認知症の兆候は部屋の片づけが急に苦手になったというあたりから現れ始めたような気がします。部屋の中の乱雑さは、頭の中の混乱を反映していたようです。部屋がさっぱりすると、気分もすっきり。初期認知症の人には、生活環境をさっぱりさせて、生活動線を単純にし、ものの収納場所がわかりやすいように整えてあげることが必要ですね。

フェルガードの効果なのか、アリセプトの効果なのか判然としませんが、母は妙に元気です。記憶力そのものは減退しているのですが、情緒的にはむしろ躁状態かと思うほどです。同じ話を楽しそうに、ぐるぐるぐるぐる何度も繰り返しながら、とにかくよくしゃべります。もともとはこんなにおしゃべりな人ではなかったのですが。独り言もやたらと増えています。認知症で何か抑制機能が落ちているのか、あるいは薬の効き目で残った脳の機能が活性化しているのか・・・。まあ、いずれにせよ、明るく楽しそうなので助かります。

Photo [うめぞうの肖像画]

うめぞうの方も絶好調です。「あー、田舎は空気がおいしい」、「あー、田舎はご飯がおいしい」、「あー、田舎では大切にされて快適だ」と、これも何度も繰り返しています。和室にこもってなにやら仕事をしていたかと思ったら、ブログで長い演説を繰り広げていましたね。こちらの方も、週末介護に同行してもらっているわりに、明るく楽しそうなので助かります。

Photo_2[実はこれはバースデー・カード]

うめぞうは先週の土曜日が誕生日でしたが、先週末は別行動だったので、私から特別なお祝いはしませんでした。ただカードだけはあげました。このバースデー・カード、春にイギリスのデパートで見かけたとたん、あまりにもうめぞうに似ているので、迷わず買ったものです。本人もカードを見たとたん、「あっ、僕だ」。それくらい似ています。

同じおしゃべりを繰り返す母と、延々と演説を繰り広げる夫と、舌好調の二人にはさまれ、明日もにぎやかな日曜日になりそうです。

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2009年7月 4日 (土)

名前のない世界

まつこです。

いつもどおり新潟での週末です。母は元気に暮らしていますが、最近、いろんなものの名称がすぐに出てこないということが増えています。ごく日常的な、「じゃがいも」とか「とうもろこし」といった名前もすぐに出てこなくて、ほら、あれあれ・・・ということが頻繁にあります。

Photo[これが夏椿]

花の名前もしかりです。今朝、「夏椿が今年はたくさん咲いたわね」と言ったら、「ナツツバキ??? そんな花うちにあったかしら??? ナツツバキってなに???」と、きょとんとしています。こういうことが増えました。

「明後日の月曜日は体操教室がある」とか「うめぞうさんの植えた野菜の苗が大きくなった」とか「まつこに頼まれたコーヒー豆を買いに行く」というような、文脈のあることは覚えていられるのですが、名称がだんだん記憶の中から消えていっている、という印象です。

Photo_2[お中元シーズンですね]

今日は亡くなった父の従弟からお中元が届きました。やはり名前がすぐに出てきません。「『この人』いつもお花送ってくれるのよね。冬は『あの・・ほらあの花』の盆栽だったわ」という調子です。(『あの花』は梅です。)

豪華な蘭の鉢植えをいただいたので、玄関の正面に飾ることにしました。この花台は父のまた別の従兄が、天然木で手作りしてくれたものです。「この台は『ほら・・・あの人、あの人』が作ってくれたのよね。『この人』と『こっちの人』はいとこ同士で、二人は仲がいいのよ。『この人』ほら『あの仕事』をやっていたから器用なのよ。こんな台を手作りしてくださるなんてね」。(『あの仕事』とは宮大工さんです。)

まあ、言いたいことは伝わるし、まだ会話は成立していますが、不便ではあります。名前のない世界にトリップした感じです。

蘭の鉢植えには、種類や育て方を書いたリーフレットがついてきました。それを見て「デンドロビューム・・・覚えにくいわね」と母。そりゃ、無理だ!名前なんかなくたって、「あの方からいただいたあの花がきれいでうれしい」と、それだけで良しとしましょう。

名前になんの意味があるというの。バラと呼ぶその花を別の名前で呼んだところで、甘い匂いに変わりはないわ。

What's in a name? That which we call a rose/By any other name would smell as sweet. (Romeo and Juliet, II.ii)

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2009年6月21日 (日)

一日だけのいのち

まつこです。

グッスン・・・weep。卵からかえったばかりの鳥の赤ちゃんが、カラスに襲われてしまいました。昨日、昼間、庭で様々な鳥の猛烈な鳴き声が聞こえていました。ふと見ると、大きなカラス一羽が小さな鳥を追い散らしています。不穏な気配に、私と母は時折ガラス越しに巣をのぞき、小さな黒いまるでイモムシみたいなヒナが動いているのを見ては、安堵していたのですが。

Photo[空っぽになった巣。さびしい・・・]

夕方近く、私がちょっと買い物に出て帰ってくると、家の前の電線にカラスが一羽止まっています。じっと我が家の玄関の方を凝視しているので、「ヤバイ!」と思ったその瞬間、カラスは一直線に玄関わきの南天の木を目指して、急降下しました。あわてて走り出す私。巣にくちばしを入れているカラスを見て、「コラーッ」と近所に響く大声で叫んでしまいました。

親鳥が餌をとりに出る留守を狙っていたようです。まさに空き巣です。ステルス戦闘機のように黒い大きな鳥が、無力なヒナを襲う現場を目撃して、まつこの動揺は激しく、「ママー、鳥の巣がカラスにやられたー」と叫びながら、家に駆け込みました。逐一を聞いた母は、「カラスって自分が良ければそれでいいと思っているのかしら。なんて身勝手なのかしら」と、きわめて人間的に憤慨しました。やがて「命があるということは、日々、つらい思いをすることなのね」と悟ったように言い出しました。

日頃威張っているわりに、気の弱いまつこ。カラス襲撃の場面を思い出すたび、胸がドキドキして手が震えてきます。電話で報告を受けたうめぞうは「かわいそうだけど、それが自然の厳しさだ。食物連鎖だ。科学者の目でちゃんと観察することが大切だ。鳥だって虫を襲ってヒナに運んでいたんだから」と言いました。わかっちゃいるけど、弱肉強食の不条理さに接し、梅雨の合間の明るい青空を眺めても心重く、今も涙目になっております・・・。

しかし感傷にひたりつつも、日曜日は明日の講義の準備し、母のために買い出しをし、数日分の食事の支度もしなければなりません。さらに資源ゴミ分別問題も改善を図るべく、工夫の必要もあります。とりあえず母の苦手な「ペットボトル」に関しては、専用の箱を作り、回収の曜日を書いておきました。これでうまくいくといいのですが。

Photo_2[自作のペットボトル回収箱]

これから冷蔵庫にある鶏肉を料理せねばなりません。気分は複雑です。今回は自然界の厳しさを学習した週末介護帰省でした。

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2009年6月20日 (土)

ヒナかえる

まつこです。

いつもどおり、金曜の晩、新潟に来ました。玄関を入って、そっとガラス越しに見ると、鳥が先週と全く同じポーズで、じっと卵を温めていました。

Photo[朝はこんな風にじっとしていました]

今日の昼くらいから動きが慌ただしく、リビング・ルームの前を、しばしば黒っぽい鳥が行き来します。どうやら今日、少なくとも一羽はかえったようです。お昼過ぎ、見てみると、ちっちゃな黒っぽいものが口を開いているのが見えました。おおー、テレビの自然ドキュメンタリー番組と同じ風景だ!

おのずと食事の際の母と私の会話は鳥のことになります。「これであの鳥も一安心ねぇ。ほっとしたでしょうねぇ。御苦労さまだったわねぇ。」「それにしてもあの鳥、見た目がおじいさん風だわ。年寄りなのかしら。」「巣立つときには、お世話になりました、の一言くらい挨拶してもらいたいわねぇ。」

Photo_2[お昼過ぎに見た時は、こうして立ち上がっていました。肉眼では黒い雛が一羽見えました]

母は昔からわりと、ユーモアのセンスがある方ではあったのですが、もはやこれが冗談なのか、ボケて本気で言っている発言なのか、娘の私にも判然と区別できなくなってきました。まあ、ボケているとしても「明るいボケだ」と思って、笑ってすますことにしよう、と内心あせりながら、力なく笑うまつこでした。

Photo_3[アサガオも芽を出しました]

5月24日に植えたアサガオの種は、先週、双葉を出し、今週はさらに葉が増えていました。こうした自然観察以上に、私にとって切実なる観察対象は、まずは母です。「ママ、前にアサガオの種植えたじゃない・・・」と、さりげなく切り出します。「そうそう、芽が出てきたわね。」この会話は、数週間前と今がちゃんとつながっているので、一安心。

しかし・・・棚の上に意味不明なメモを発見。「ペット前、トレイ後」と書いてあります。母に聞いてみると、資源ゴミの日に、ペットボトルとトレイを一緒に持って行ったら、ペットボトルは前の日であると言われたそうです。それで書いたのだそうですが、どうも資源ゴミの分別がややあやしくなっています。

市の回収方法も今年度から変わって、以前、プラスチックとしていた四角いマークのボトル(おしょう油なんかの容器)もペットボトルとして、一括して集めることになったのです。母には、昨年苦労して、このプラスチック製ボトルとペットボトルの分け方を教えたのですが、その区分がなくなったわけです。プラスチックであればトレイと同じ木曜日回収なのですが、ペットボトルは火曜日回収なのです。

こう書いているだけでもややこしいので、母が混乱するのも当り前なのですが。でも上記のようなことをゆっくり、繰り返し、説明していたら、母が大きなため息をついて、「あー、疲れた」と一言。どうも聞けば聞くほど、混乱し、頭が疲れるらしいのです。

東京のマンションの掲示板に、「ご近所に認知症の人がいたら見守ってあげましょう。ゴミの分別をしばしば間違えたりしたら、認知症かもしれません」という広報が貼ってありました。ちょっと進行しちゃったかな、と思うことが少しずつ増えています。覚悟はしているものの、不安も感じる週末です。

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2009年6月14日 (日)

玄関で野鳥観察

まつこです。

朝、階下から聞こえるうめぞうの「かわいい~!」という声で目を覚ましました。降りて行くと母とうめぞうがなにやら騒いでいます。なんと、玄関の窓の外の南天の木に鳥の巣ができていました。

Photo[なんという種類の鳥でしょう?]

白っぽいものを見て、母は風で吹かれて飛んできたビニールのひもが庭木にからみついていると思ったそうです。近づいてみると鳥の巣と判明し、朝から我が家は大騒ぎとなりました。

家の中からガラス越しに見ている限りは大丈夫ですが、外に出て写真を撮ろうとしたら、ギャーッというものすごい悲鳴を上げて親鳥は巣から飛び立ってしまいます。

Photo_3[卵は3つか4つあるようです]

しばらくすると戻ってきて、またじっと卵を温めています。しかし親鳥はいかにも警戒した目で周囲を常に見張っています。私たちも鳥を驚かさないように、静かにじっと見守ることにしました。

しかしよりによって玄関の横です。一日に何回も通らざるを得ません。そのたびに息を殺して、ひそひそ声になり、そっと引き戸を開閉して出入りしています。廊下を歩くときも静かに、静かに。なんか気を遣って疲れます。

Photo[外から見ると枝にカモフラージュされていてよく見えません]

外から見ると、南天の枝葉の陰で巣はよく見えないのですが、鳥も家の中から覗き見する人間のことまでは計算に入れずに、巣づくりの場所を選んだようです。玄関からはまる見え。しばらくは息をひそめてのガラス越しの野鳥観察を楽しめそうです。

この鳥の名前はなんでしょう? ご存じの方がいたら教えてください。

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2009年6月13日 (土)

和室で哲学

まつこです。

今週は久しぶりにうめぞうも一緒に新潟にやってきました。木曜日の夜、駅弁を買って新幹線に飛び乗り。ワインを入れた紙コップで乾杯すれば、観光旅行の気分です。

Photo[和室にこもって哲学するうめぞう]

田舎の家につくと、うめぞうは和室にこもり、なにやら一生懸命仕事している様子。何しているのと聞いてみたら、「ブログ書いている」とのこと。新幹線で食べた駅弁のことでも書いているのかと思ったら、「現象学」について論考していました。ちょっと難しい記事ですね・・・。

でも和室から出てくると、うめぞうの興味は哲学の世界から一気に形而下の食べ物のことにうつります。田舎にいると空気がきれいなせいか、いつもよりおなかがすきます。市場直送のアジのお刺身や、家庭菜園で採れたソラマメなど食べながら、母の話し相を愉快そうにしてくれています。母もムコ殿がいると、いつもよりおしゃべりで、ご機嫌です。

哲学したり、老母の話し相手になったり、おいしいもの食べたり、充実した田舎の週末を、うめぞうは楽しんでいるようです。

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2009年5月31日 (日)

ノスタルジックでエコな匂い

まつこです。

母の温泉旅行も無事終わり、いつも通りの週末を過ごして、日曜夜の新幹線で帰ってきました。日曜の夜の上り列車には、週末遠距離介護から帰京するところらしい人が、ちらほら乗っています。ビジネス客でも観光客でもない雰囲気で、なんとなく単身赴任みたいな荷物の量の中年女性。隣席でお互い「気配」を感じあい、「もしかしたら・・・」みたいな調子で話してみると、やはりご同輩だったということもあります。

Photo[今週はイチゴがたくさんとれました]

こんなふうに定期的に田舎暮らしをするようになるとは、あまり考えていなかったのですが、母の症状があまり悪くならない間は、きれいな空気やおいしい食べ物など、楽しい面を見るようにして、精神的な負担感を減らしたいと思っています。

ただ、夏の田舎暮らしの大敵は、「虫」です。昔から私は爬虫類や昆虫など、生き物が大の苦手なのです。怖い、気持ち悪い、という気分に加え、皮膚が異常に弱く、蚊に刺されると痕がなかなか消えず、虻にでもさされたりすると大きくはれあがって皮膚科にかからなければなりません。

Photo_2[まつこお気に入りの虫よけスプレー]

虫よけスプレー、虫よけマットなどは必需品。でも化学物質をたっぷり浴びるのも、ちょっと気がかり・・・。そう思っていたら通販で良いものを見つけました。オーストラリア製のbuzz offというボディ・スプレーです。ラベンダーとかユーカリなどの天然成分100%の虫よけスプレーです。おしゃれな香りというより、なんとなく「ノスタルジックでエコっぽい匂い」がします。この匂いに包まれると、気分はターシャ・テューダーです。

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2009年5月25日 (月)

コシヒカリアイス

まつこです。

日曜日の夜、いつものように母と一緒に夕食を取ってから、東京に戻りました。毎週、日曜の夜の新幹線の中では、月曜の仕事の準備をあせってやっています。資料出して、ノート取って必死です。自転車操業もいいところ。まるで受験生の上京みたいです。隣に缶チューハイ飲んでいるおじさんがいたりすると、せっかくおくつろぎのところを隣が仕事モードですいませんね、という気分になります。

眠気覚ましにコーヒー飲むことも多いのですが(最近、上越新幹線の中のコーヒー、前より少しおいしくなった気がします)、今晩は前から気になっていたアレを食べてみました。

Photo[新潟産コシヒカリ100%と記載されています]

キオスクで売っているコシヒカリアイスです。アメリカ人の友人で、健康のためにライス・ミルクというのを毎朝飲んでいる人がいます。飲ませてもらったらお米のとぎ汁みたいなものでした(はっきり言ってまずい!)。そのライス・ミルクで作ったアイスかなと想像して食べてみたら、予想とは違いました。脱脂粉乳で作ったあっさりしたラクトアイスの中に、お米の粒粒が入っているのです。

この味はライス・プディングに近いですね。さっぱりした甘みのしゃりっとしたアイスの中にミルクで煮たお米の柔らかい粒粒が入っています。想像していたのよりおいしかったです。新潟限定の商品のようです。新潟にいらっしゃる機会があったら試してみてください。

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2009年5月24日 (日)

自然の力

まつこです。

Photo今週もまた新潟で週末を過ごしています。こうして定期的に帰省していると、1週間ごとに庭で咲いている花が違っていることに気がつきます。先週は白いつつじが満開でしたが、今週はもう茶色っぽくなってしまいました。花の命は本当に短いんですね。

Photo_2[これはアザミ。触るとイタイ]

母は最近、庭にいつのまにか生えてきてしまった野の草花を、雑草と一緒に取ってしまわず、そのまま大きくして、花が咲くと切って家の中に飾っています。素朴で楚々とした野の花もなかなかきれいです。今週、たくさん咲いているのはアザミ、マーガーレット、ツユクサです。

Photo_3[かわいいイチゴが実りました。このあとで食べました。みずみずしくておいしかったです]

寒くも暑くもないこの季節。母は一日のうちだいぶ長い時間を庭や裏の菜園で過ごしています。私も一緒に外に出て、「あら、きれいね」とか「イチゴが可愛いわね」とか、そんな平凡な会話をしていると、本当にうれしそうです。

Photo_4[そらまめもたくさん実がつきました。あともう少しすると食べられそう]

今日は近所のスーパーマーケットにアサガオの種があったので買ってきて、午後のやわらかな日差しの中で、一緒に種まきをしました。母は小学生のように「早く芽が出ないかしら、楽しみねえ」とわくわくしています。

Photo_5[キャベツに穴があいています。イモムシいそう・・・。でも無農薬野菜の証しですね。回鍋肉にしようかな]

言いたい言葉がスムーズに出てこなかったり、数分前のことをきれいに忘れ去ってしまったりと認知症の典型的な症状は出ていますが、それにともなう不安感や恐怖感は、比較的小さいように見えます。こうして草木や野菜の世話をして、日々の変化を見ていることが、母にとっては大きな励みになっているように思えます。力強く育つ野菜や、可憐な花には、老いた人の心を支えてくれる癒しの力があるようです。

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2009年4月24日 (金)

母娘の物々交換

まつこです。

いつも通り、週末を過ごすために、夕刻、新潟にやってきました。やや肌寒い春の夜です。こんな夜は冬の間、活躍した湯たんぽに再登場してもらいましょう。

Photo[愛用の湯たんぽはこれ。「みのじろう」という名前です]

こちらに戻ると、小学生の頃から使っているベッドで寝ています。このオレンジ色のベッド・カバーもずっと使い続けています。この歳になって、小学校時代以来の机やベッドをこれほど使うことになるとは思ってもみませんでした。

母は2週間ほど前に家庭菜園の草取りをしていたときに指に刺がささったところが、どうも化膿してしまったようで、今は炎症はおさまっているようですが、かさぶたの下がまだ腫れていて、少し痛みもあるようです。高齢者になると、小さな傷も治りにくくなるようです。医者に連れていくほどのことはなさそうですが。

それ以外は母の様子も変化なし。お買い物に行って夕食を作って待っていてくれました。こんなに順調なら、毎週、通わなくても大丈夫そうなのですが、毎週通っているから、この調子が保てているのかもしれません。

先週、化粧品のファンデーションが切れたと言っていたので、リフィルを買ってきてあげました。ボディ・ショップのパウダー・ファンデなのですが、もともと私が使いかけて合わなかったのを母にあげた(押しつけた)ものです。この1週間、お化粧などしなかったのかと思ったら、「引出しの中を探したら、前に使ってたのが出てきたから使っていたわ、これよ」と見せてくれたのは、クレ・ド・ポーのクリーム・ファンデでした。ボトルをねじると、ちょっとずつ出てくるやつです。「これって評判いいんだけど、高いんだよねー」と羨ましそうに言ったら、「パウダー・タイプの方が簡単でいいから、これあげるわ」とくれました。やったー!

こんな調子で今晩は、認知症の老母の介護というより、普通の母娘の会話をして過ごせました。こういう時間が少しでも長く続きますように・・・。

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2009年4月12日 (日)

この花の名は?

まつこです。

Photo新潟も花の季節がやってきました。雪国では春の到来を待っていた花が、この時期にいっせいに咲き始めます。桜もこの週末が見ごろです。

Photo_2庭の白モクレンは満開を迎えたかと思うと、あっというまに大きな花びらをハラリハラリと散らせ始めました。木の下は白いまだら模様のじゅうたんのようになっています。

Photo_3チューリップも次々に咲いています。

Photo_4母は最近、花の名前が思い出せないことが増えました。昨日から、裏庭にあるこの花の名前がわからず、「うーん、なんだったかなあ?」と何度も頭をひねっています。まつこもうめぞうも、花のことは不案内なので、役に立ちません。どなたかご存じの方がいたら教えてください。

Photo_5この花なら、まつこにもわかります。タンポポです。

Photo_6花より団子のうめぞうは、裏庭の菜園の方に興味があるようです。「あ、イチゴに花が咲いている!」と喜んでいます。可愛い花です。

Photo_7ソラマメにも花が咲いています。これも可愛い花ですね。茹でたてのソラマメと冷えた白ワイン・・・ああ、初夏が楽しみです。(まつこも花より実の方に関心が・・・)。

Photo_8などとワイワイ言いながら、母が世話をしている家庭菜園で、うめぞうも少しお手伝い。今日はトマトとピーマンの苗を植えました。母も楽しそうでした。

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2009年3月 8日 (日)

視界に入っても見えないもの

まつこです。

いつもどおり新潟で週末を過ごしています。うめぞうは広島に行き、ご先祖のお墓の処分をしています。うめぞうのお父さんの生まれ故郷は広島なのですが、70年以上も前に郷里を離れ、信仰も変えているので、関東地方に別に墓地を購入しました。そこで広島のお墓を処分することになったのですが、お墓の処分というのもなかなかお金がかかるようです。スピリチュアルな面ではお寺にお金をおさめ、マテリアルな面では石の撤去のために石屋さんにお金を払います。宗教は不況知らずの第三次産業です。

Photo_2

[花を撮影するときは、ミツバチに注意]

さて、こちら新潟は毎週ごとに少しずつ春の気配が濃くなっています。庭を歩いていると黄色い沈丁花が目に入ったのでカメラを持って近づくと、ブーンブーンとミツバチの羽音がします。よく見ると、何匹ものミツバチが花の中を出たり入ったりしていました。

Photo_3[これはたぶん雪割草?]

日陰の目立たないところに、一輪だけ小さなうす紫色の花が咲いていました。写真を見せて母に聞いてみると、おそらく雪割草の一種ではないか、とのこと。「台所の窓の下に咲いていたんでしょう? あれ一輪しか咲いていないのよね」と言います。こういう記憶は比較的確か。

しかし、最近忘れやすいのは「ニボシ」です。私が一人で泊まりに来ている時には、朝ごはんのお味噌汁は母に作ってもらうようにしています。母は従来、お味噌汁のダシはニボシ派だったのですが、どうも最近、妙にさっぱり、物足りない味。「ママ、このお味噌汁、ダシだしたの?」、「あ!忘れちゃったわ」ということが多くなりました。

対策として、キッチンのいつもの置き場所以外に、複数の引き出しや棚にニボシの袋を置いておくことにしました。いろんなところにニボシがあれば、いやおうなく視界に入って、「あ、そうそうニボシ!」と思いだすかな、と期待したわけです。

でもこの作戦、今のところあまり功を奏していないようです。母の様子を見ていると、視野に入っているものから、見たいものとか、見ようとするものだけを選んで認識しているみたいです。頭の中からニボシの存在が消えていると、いくら目の前にニボシがあっても見えない。そういえばうめぞうの友人で眼科医のマサルくんも、物を見るのは脳というようなことを言っていました。

先日、日本料理の名店「分とく山」(注:行ったことありません)の料理長さんが、ダシは多すぎるとおいしくない、引き算こそがおいしい料理を作る秘訣、と書いておられました。「ニボシのダシが出ていなくても、ダイコンやネギの滋味を味わえばよいのだ。これが分とく山風お味噌汁だ」と思いながら、朝ごはんを食べました。

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2009年3月 1日 (日)

庭仕事の治癒効果

まつこです。

3月ですね。今日の新潟は春の到来を感じさせる良いお天気でした。東京と新潟を行き来していると、表日本と裏日本の季節のずれを実感します。新潟では東京に比べると花の時期が遅れ、ある日、いっせいにいろいろな花が咲き始めます。

Photo_2[モクレンのつぼみはまだ固い]

庭に出てみると、梅やモクレンや椿のつぼみが、少しずつふくらみはじめていました。足元を見るとクロッカスが咲いています。まだ冷たい風の中で、おひさまに向かって小さな花びらをせいいっぱい広げているのを見ると、けなげだなあと思います。

Photo_3[クロッカスの黄色い色が鮮やかです]

まつこはこの家で小学校入学から高校卒業まで12年間過ごしましたが、その頃は庭にどんな木があるかなんて、まるで気にもとめていませんでした。大人になってたまに帰省しても、庭に出てみることもめったにありませんでした。こんなふうに季節の移り変わりを細かく気づくようになったのは、母の診断が出て、毎週、帰省するようになってからです。

母も暖かな気候に誘われるように外に出て、庭に落ちている枯れ葉や枯れ枝を集めて掃除をしています。イギリスの新聞『タイムズ』で読んだ記事によると、認知症を患う人にとって、植物の世話は失われつつある自信を回復させる効果があるのだそうです。イギリスにはガーデニングを通して、認知症の人々を支援する慈善団体があり、ガーデニングの治癒効果について啓蒙活動も行っています。植木鉢やプランターでも、植物を植えて育てる喜びを感じることで、患者本人の孤独も癒され、家族も安らぎを得られる、たとえそれが1時間でも貴重なことだと、その慈善団体の代表は語っています。("How Gardening Helps People with Dementia", 2008年12月27日付The Times)確かに庭の手入れをする母の明るい表情を見ていると、植物と接するのは良い効果があるように思えます。

しかし、まつこの場合は、虫が大嫌い、日に当たるのイヤ、爬虫類でも見かけたら悲鳴をあげて逃げ出す・・・という、完全に室内派の少女時代を過ごしました。そんなまつこが年老いた時は、はたして自然の治癒力の恩恵にあずかれるかどうか、いささか疑問です。「コンピュータ技術を使ったヴァーチャル・ガーデニングで老化防止」では、あまり効果がないでしょうねえ。

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2009年2月23日 (月)

新潟スローフード

まつこです。

ウメマツ、新潟で今週はたいへん平穏な週末を過ごしました。母はラジオを聞きながらリビングで編み物。ラジオのほうがテレビより集中して聞くので内容が頭に入りやすいそうです。うめぞうは奥の和室にノートパソコンを持ち込み仕事。まつこは食事の支度や買い物、合間に自室で本を読んだり、こうしてブログを書いたりして過ごします。

特記すべき出来事がないので、今日は新潟の食べ物の紹介をします。まつこは地元のスーパーで買い物をするときには、できるだけ新潟産のものを選んで買い物をするようにしています。全国的な現象ですが、この20年ほどで地方の中小都市はすっかり活気を失ってしまいました。大規模店舗の出店で昔の商店街はシャッター通りと化し、高齢者世帯が増え、行政主導の企業誘致もあまり効果を上げず、「あきらめムード」が人気の少ない駅前に漂っています。

そこできわめて微力ではありますが、地産地消、地元の農作物や水産物を食べて、地域経済に貢献しよう・・・。などという大げさなことではなく、実を言えば、単純に地元産の農水産物のほうが食べてみたら圧倒的においしかったので、「新潟産」を選ぶようになったというだけです。当たり前ですが、産地からの流通の時間やコストがかからない方が、新鮮で安いものがいただけます。

Photo_8[甘エビ] まずは佐渡で採れた甘エビです。殻をひとつずつむくのが、ちょっとめんどくさいのですが、東京のスーパーで殻をとって売っているのとは、だいぶ味が違います。つやつやとピンク色に輝き、もっちりとした身に、しっかりとした甘味があります。

Photo_2[メバル] 次は柏崎沖で釣れたメバル。「釣り針がついている場合がありますので、ご注意ください」と注意書きがあったので、たぶん一本釣りなのですね。鮮魚売り場のお兄さんが鱗や内臓は取ってくれるので、調理は簡単です。煮魚にしていただきました。生姜を入れて煮ましたが、新鮮で魚の臭みがないので、味はあまり濃くしない方が魚の身のうま味が味わえるような気がします。

Photo_3[えご] 次は加工品ですが、出雲崎の「えご」です。「えご」というのは海藻で作ったねりものです。ねっとりとした歯ごたえがあり、海の香りがふんわりします。辛子酢味噌でいただきます。うめぞうの好物です。

Photo_4[栃尾のあぶらげ] 厚さ3センチくらいある特大の油揚げです。フライパンで弱火で軽くあぶると、パリッとします。薬味をのせて、お醤油をさっとかけていただきます。シンプルですが、おいしいです。

Photo_5[断面はこんなに厚い] 厚みがあるので、皮のパリッとした食感と、中のしっとりとした食感が同時に味わえるのでおいしいのだと思います。

Photo_6[生産者限定の産直野菜] さらに究極の地産地消、ママが裏庭の家庭菜園で作った野菜が加わります。この季節は雪の中で育った青菜です。雪の中で育った野菜は甘味が強いと言われています。確かにえぐみが少なくおいしいです。

近所の農家のおばあちゃんからダイコンやハクサイなどの野菜もよくもらいます。スーパーで野菜を買う時も、レンコンや里芋も新潟産という表示のものを選んで買います。こうして地産地消を心がけると、加工品ではなく生の素材を買うことが増えます。おのずとスローフードを実践することになります。東京ではさっと作れるスピード料理ですが、新潟ではじっくりスローフード。もちろん地酒も一緒にいただきます。地元経済のためと言いながら、一杯、さらにもう一杯・・・。ほろ酔い気分のまつこです。

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2009年2月 7日 (土)

おひなさま

まつこです。

今日は「しらふ」です。前回の記事を書いたときは、かなり酔っていました(反省)。有楽町マリオンで『マンマ・ミーア!』を見た後、マロニエ・ゲートのポール・ボキューズで食事したのですが、映画で勢いづいていたものですから、「うめぞう、シャンパン飲もう!」「うめぞう、白ワイン飲もう!」「うめぞう、赤ワイン飲もう!」と暴走してしまいました(再び反省)。

翌日、「ねえ、あの写真ひどすぎるよ・・・削除しようか?」とうめぞうに相談したら、「大丈夫だよ、顔、見えないし」とうめぞうは平然としていました。このあたりのふてぶてしさが年の功ということでしょう。ま、映画のメイン・テーマが「はじける熟年」ですので、ウメマツ体当たりで映画の紹介をさせていただいたということで、ご容赦いただきましょう。

Photoさて、今週末はまつこだけが新潟で過ごしています。母の認知症の薬や白内障の薬を取りに行ったり、食事の支度をし、まっとうな中年女性として堅実な週末を過ごしております(まだ反省・・・)。

新潟、今日は、春の訪れを予感させる暖かなお天気です。そこで思い切って、おひな様を出すことにしました。

このおひな様、まつこのために買われたものではありません。10数年前に弟のところに娘ができたとき、義妹の実家から送られてきたものです。大阪の社宅住まいの弟一家のところでは置場がないということで、新潟に送られてきたのです。あちらのご実家からせっかくいただいたものなので、母一人の独居世帯であるにも関わらず、母は毎年、がんばって飾ったりしまったりしていたのですが、さすがにこの4,5年はめんどくさくなってしまい、物置の2階にしまいっぱなしになっていました。

一緒に飾ったら、母も楽しい気分になるかなと思って、「ママ、おひな様飾ろうよ!」と提案してみました。ママは喜んでくれましたが、おひな様を飾るのって、ほんと、めんどくさいのねー。実は、まつこ、初めての挑戦でした。

Photo_2[必要なものはこれで全部かな?」]

まずは物置の2階から必要なものを運び出します。我が家の物置の2階は、わけのわからないものが積み重ねられているので、まずおひな様を探し出すために悪戦苦闘。それらしい箱を開けてみると、兜飾りでがっかり。次の箱もガラスケースに入った金太郎みたいなお人形。弟のところは一男一女なのです。これらぜーんぶ、義妹の実家から送られたもの。義妹の実家は北関東なのですが、どうもあちらは嫁いだ娘の婚家にこういうものを送るという風習があるようです。

Photo_3[床の間を片付けて…]

次に仏間の床の間を片付け、置き場を作ります。この床の間にもガラスケースに入った、翁と老女の対の人形(長寿を言祝ぐものでしょうか?)や、やはり巨大なガラスケースに入った市松人形が鎮座しています。これも義妹の実家から送られてきたもの。(いったいあちらからいくつガラスケース入り人形が送られてきているのでしょうか・・・?)これらのお人形にはいったん別の部屋に移動してもらいました。

Photo_4[まずは段を作ります]

3段の飾りなので、それほど大きくはありませんが、ちょっと床の間からはみ出してしまいました。さて、これでいよいよあれこれ並べるわけですが、まつこはお内裏様とおひな様の左右もわかりません。ママに聞いてもちょっと記憶が怪しい・・・。段ボールの中から出てきた解説を見ながら、ママと二人でなんとか並べてみました。「あらー、いいわね、今からならひと月たっぷり見て楽しめるわね」と母もうれしそうな声を出していました。

Photo_5[完成!]

ちょっとめんどくさいけれど、やっぱり良いものですね。忙しいとこういう伝統的な行事を、ついつい省略してしまいがちですが、どうせ都会の喧騒から離れて田舎で週末を過ごすのであれば、おひな様を出す気持の余裕は持ちたいものです。来年もこうして母と一緒におひな様を眺められますように、と心の中でそっと祈ったまつこでした。

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2009年1月25日 (日)

童心にかえる

まつこです。

Photo新潟、いよいよ寒さが厳しくなり、今朝は台所の給湯器が凍結してしまいました。お湯の出ない台所は、冷たい水で手がちぎれそうで、つらいです。しかし、うめぞうとママは昔の雪国の生活は、もっと寒くて不便だったと昔話で盛り上がっています。窓がサッシじゃなかったとか、暖房がコタツしかなかったとか・・・。

認知症の人が、こういう昔話をすると、脳を活性化させる「回想療法」の効果があるのだそうです。ママも生き生きと思い出話をしています。まあ、だいたい聞いたことがある話ばかりなのですが。ここは初めてのように「ふーん」と適当に相槌をうちながら聞きます。まつこも同じ話を右耳から左耳にスルーしながら聞く技が少しは身についてきました。要はあまり真剣に聞かず、適当に聞き流すのがコツみたいです。

Photo_2[雪景色を見ると兼六園を思い出すうめぞう]

うめぞうは高校卒業まで金沢で育ちました。寒がりのくせに雪景色を見ると、童心がよみがえるようです。今年還暦のうめぞう、雪の中ですっかり少年に戻っています。雪玉作っては、あっちこっちに投げています。

Photo[少年時代のうめぞうは、兼六園で雪合戦をやっていた。まつこに雪玉、投げないでー!]

「介護帰省」だと思うと、あれこれ不安も感じ気がめいりますが、今のところ母もそれほど病気が進行していません。「週末を過ごす田舎の家」だと思えば、だいぶ気が楽になります。「ママ、私たちの別荘の管理人みたいね」と冗談めかしていったら、母は「その管理人が最近、ちょっと管理能力があやしくなっているのよ~」と笑っていました。こんなふうに冗談が返せるあいだはまだ大丈夫と、ちょっとほっとしたまつこでした。

Photo_2[雪だるまだって作っちゃう]

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2009年1月24日 (土)

雪中行軍

まつこです。

今週末はウメマツ二人そろって、新潟で過ごしています。うめぞうが来ると、ママはやはりいつもより少しはりきった気分になり、調子も良くなるようです。朝、階下に降りていくと、ちゃんとお化粧して、具だくさんのお味噌汁作ってくれていました。

Photo[雪国生活にゴム長は必需品]

今日は本格的な雪模様です。ウメマツ、近くのスーパーまでゴム長靴で完全武装し出かけることになりました。田舎暮らしの良いところは、地元のおいしい食材が安く手に入ること。うめぞうもこのスーパー買出しを結構、楽しみにしています。

今日の収穫は、アジ3尾(なんと1尾50円)とタイ1尾(398円)。両方とも地元の漁港にあがったお魚で、キラキラと光っていかにも活きが良さそう。タイはお刺身、頭はうしお汁、アジは塩焼きにする予定。野菜は「大崎菜」という新潟の伝統野菜が売っていたので、これを試してみることにしました。そうなると、今晩もやはり日本酒で晩酌ということになります。お歳暮にもらった「越州」という地酒が、まだ手つかずで一本残っていたはず。

Photo[雪中行軍・・・]

二人ともお夕飯においしいものを存分食べるために、ここはあらかじめカロリーを消費しようと、遠回りしてウォーキングすることになりました。これがちょっと見通しが甘すぎました。住宅地をはずれて、雪景色の田んぼの中の一本道を歩くうちに暴風雪に。最初は「八甲田山みたいだ!」「雪中行軍だ!」とはしゃいでいたうめぞうも寡黙になり、ひたすら足元を見て歩くだけ。私は次第に遅れをとり、気がつくと水墨画のような景色の中、はるか前方、黒い点のようにうめぞうが見えていました。まつこ、介護帰省中に遭難か・・・。

ほうほうのていでようやく家に帰り着きました。「ただいま、雪中行軍より帰還しました!」と敬礼するうめぞうを見て、母は大笑いしていました。でもこれで少し運動不足解消になったことでしょう。

Photo_2[せっせと雪かきするムコ殿]

Photo_2[うめぞうの仕事ぶりを眺める上官]

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2009年1月17日 (土)

ミッション・インポッシブル

まつこです。

今日も新潟は灰色の世界。鉛色の雲が広がっています。こういう気象条件のところでは、色鮮やかな花は東京で見るよりもずっと強い印象を与えてくれます。無彩色の雪景色を眺めて暮らすと鮮やかな色への渇望感が生じるようです。

Photo[窓際に飾られた花、外は灰色の世界]

お向かいのお宅は、独立された息子さんが少し離れた町でお花屋さんをやっています。しばしばそこで余ったお花を持ってきてくれるそうで、我が家も時々その恩恵にあずかります。売れ残ったお花なので組み合わせはちょっとバラバラですが、母はそれをうまく組み合わせて活けています。寒い雪国でチューリップはほんとうに可愛らしく花を咲かせています。

最近、母は編み物もしています。昨年の冬、手持無沙汰にしている母を見て私が勧めてみたら、予想外に「やってみたい」と言い出しました。マフラーのような単純なものしか作れませんが、1)ストレスのかからぬ範囲ででき、2)成果が形となり、3)人に喜ばれる、という3条件を満たしています。

きれいな毛糸の方が、楽しみも大きいと思うので、できるだけ優しい色づかいの毛糸を選んで買ってきてあげるようにしています。最近編んだマフラーは、水色にいろんな色が不規則に混じっています。編んでいる間に予想外の色が出てきて楽しい、と何度も何度も電話で言っていたので、色違いでもう一本編んでもらうことになりました。

Photo_2[うめぞう、毛糸屋さんではじめてのおつかい]

ところが今週の腰痛騒動でまつこは毛糸屋さんに行けませんでした。週末には色違いの毛糸を持っていくと言ってしまっています。こういうのは意外と覚えています。そこでやむなくうめぞうに代理で毛糸屋さんに行ってもらうことになりました。口頭で「こういう色とこういう色が組み合わせになっていて、売り場のこの辺においてある・・・」と説明したのですが、ちと不安そう。わからなかったら買う前に携帯電話で写真を撮って送って確認する、という手はずになりました。

うめぞう、毛糸屋さんでかなり苦戦したようです。どれを買えばいいのかわからない!結局、5回も写メールの送受信が繰り返され、最終的にはお目当てのものが買えましたが、途中で店員さんに「知的所有権の問題がありますので、店内の写真撮影はご遠慮ください」と注意されたそうです。

うめぞう、若い女性の店員さんに警告を受け、「はあ・・・そうですかぁ・・・」と、いい加減な返事をして、「得体のしれない変なおじさん」のフリをしたと言っています。極めて自然体の演技だったようです。しかしミッション・インポッシブルを遂行でき、うめぞう意気揚揚と帰還。そのピンクの毛糸は目下、ママの手元でマフラーに編みあげられつつあります。

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2009年1月16日 (金)

雪かき

まつこです。

今朝は窓の外のガリガリ、ゴリゴリ・・・という音で目を覚ましました。ママが玄関の前の雪かきをする音です。カーテンを開けてみると、10センチくらいの積雪で、庭は一面白。空は灰色、無彩色の世界です。

Photo[雪かきされた玄関の前]

階下に降りていくと、雪かきを終えたママが、お味噌汁を作っていました。なかなか良い調子。ママ、がんばっています。

母が認知症の初期と診断されたとき、わたしはなんでもかんでもやってあげて、生活にできるだけ支障が出ないようにしようとしました。でも、少しくらい物忘れがあっても、できることはまだ残っています。できる仕事は取り上げたりせず、できるだけやってもらうのが良いようです。

その時に、1)ストレスのかからない仕事、2)成果が目に見えて残る仕事、3)人の役に立っていると実感できる仕事、を選んでやってもらうことが大切なポイントです。

1)認知症の患者や老人にとって、以前はできたことができなくなったと実感するのが、大きなストレスになるようです。なんでこんなことができなくなっちゃたのかしら、と自分の衰えを認識することが、老いや病への不安を増大させます。これならできそう、ということをやってもらうよう配慮が必要。

2)認知症の人にとっては、自分のやったことも、記憶として定着しないので、達成感を感じるには、成果が後に形として残ることが重要です。あー、これを私がやったんだわ、と実感できるためには、一目瞭然、はっきりと結果が残る仕事をしてもらいます。

3)最近思うことなのですが、人間が満足を感じるのは、他者のために何かをしてあげた時です。若い時は自分のために時間や労力やお金を使うのが楽しいのですが、退職後のご隠居さんや、弱者とされいつも人から支えられている人たちは、人の役に立つ出来事に大きな喜びを感じるようです。

まつこのママの場合、春から秋にかけては、庭や家の裏の家庭菜園の世話を楽しみにしています。これ、上の3条件を満たしています。「草が刈られて、庭がきれいになりましたねー」、「いやー、やっぱり家庭菜園で採れたトマトは味がぜんぜん違いますねー」、「落ち葉、きれいに片付きましたねー、こうやって庭を眺めると気分がいいですねー」などなど、うめぞうが大げさにほめてくれるのもセラピー効果大です。

雪かきも、ぴったりの仕事です。「あらー、きれいに雪かきしたのねー、すべらなくて安心だわー、助かるわ―。」今週末はうめぞうが来ていないので、わたしがほめます。「お味噌汁もおいしいわー。」

しかし考え直してみれば、別に認知症の人じゃなくても、人から感謝され、達成感を得るのは気分の良いことです。アメリカ人は"Beautiful!"とか"Great!"などの賛辞を普通の会話のなかでもよく使います。日本人ももう少しはっきりと、感謝や称賛を言葉にして表現したほうがいいのかもしれません。

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2009年1月 5日 (月)

二人のドン・ガバチョ

まつこです。

うめぞうの演説スイッチが入り、今日もまつこのママを相手に、アメリカ民主主義の歴史を熱く語っています。「民主主義という理念のもとはイギリスの哲学者が考えたんです。それがアメリカ独立を経て、ヨーロッパに逆輸入されてフランス革命につながったんです。民主主義国家というものが初めてできた意義は・・・。」こんな調子で30分くらい続きます。認知症のおばあさん相手に、よくこんなに熱く語り続けられるものです。

Photo[まつこのママ手作りのマフラーをして得意げなうめぞう]

演説と言えば思い出すのは、一昨年亡くなったまつこのパパです。まつこが幼少のころ、よく「みなっさーん、わたくし、ドン・ガバチョでございます!」という『ひょっこりひょうたん島』の物真似をしていました。まつこはこれがイヤでイヤで、「パパ、やめてー」と叫んでいました。嫌がれば嫌がるほど、パパはいっそう面白がってドン・ガバチョの演説の真似を続けていました。

幼いまつこは、パパはハンサムだと思っていました。だから『ひょっこりひょうたん島』の登場人物の真似をするのであればかっこいいダンディの方をやってほしかったのです。それなのにパパが面白がってやるのは、ドン・ガバチョばかり。若い方のために解説すると、ドン・ガバチョはインチキくさい、能天気なおっさんです。

この封じ込められていた幼い頃の思い出が、ある日、鮮明によみがえってきてしまいました。うめぞうが「みなっさーん、わたくし、ドン・ガバチョでございます!」と物真似を始めたのです。うめぞうにとって、『ひょっこりひょうたん島』と言えば、共感できるキャラクターはほかでもなくドン・ガバチョだと言うのです。確かに似ているような気がする・・・。

なんでー? なんでまつこの父と夫はともにドン・ガバチョなの? 父親と似た部分を持つ男性を配偶者に選んでしまうのは、遺伝子のせいなのでしょうか。それとも文化的な複製をたくらむミームのせいなのでしょうか。こういう質問をうめぞうにすると、また30分は演説が続くので、一人心のうちで考えてみることにします。

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2009年1月 3日 (土)

新年雑感

うめぞうです。

新しい年である。

Photo[うめぞうも昨晩、新潟にやってきました]

しかし、うめぞうは昔から儀式のたぐい、いわゆる冠婚葬祭が大の苦手である。儀式に対するセンスがはなはだしく欠落している。祝儀不祝儀、なるべくならば出席したくない。なにも物入りを気にしているわけではない。まして、そうした儀式をくだらないと見下しているのではさらさらない。社会化された通過儀礼は人間の成長にとって重要だということも理解できる。入学式で心を新たにする人、卒業式で涙する人、すなおにいいなあと思う。

これはけっして皮肉で言うのではない。しかしどうも自分はそんなとき醒めてしまっているのだ。醒めた人間がそういう場にいると、素直に感動している人を冷笑しているように見えるんじゃないか。それは甚だ失礼だし、きっと不愉快な思いもさせるだろう。だから醒めていても、ある程度は心を合わせようと努力する。そのときの「演技」感が、自分にとってどうにも居心地が悪いのだ。

そんなこといって、おまえは素人落語でも、日ごろのひょうきん行動でも、大いなる演技派ではないか、とまつこなら言うかもしれない。しかしそれは人の緊張感を崩すための演技である。しかし儀式は逆にみんなで神妙になるための演技。これはどうも苦手なのだ。神妙にしている多くの人もひょっとして自分と同じように演技をしているのか。それとも心からしみじみとした気持ちでいるのか。そこがうめぞうには見分けられない。センスの欠落とはそこを言うのである。そんなわけで、うめぞうは自分が大学に入学した時も、大学を卒業した時も、式典には出席していない。祝儀不祝儀についても、これまでずいぶんと不義理を重ねてきた。一言でいえば未熟、大人げない、社会的に一人前になっていないのである。還暦なんだから、これからはもう少し、大人にならねば(ちなみにまつこもウシ年だが、こちらは一回り下なので念のため)。

というわけで、カレンダーがかわっても、除夜の鐘をしみじみ聞くわけでもなく、初もうでをするわけでもなく、特に心に期するものもない。唯一気がかりなのは2009年、平成21年というやっかいな2つの数字を1年以内に覚えられるかどうかである。毎年、ようやく覚えたころに変わる。つまり今はぎりぎり1年以内に覚えているが、それでも、ん、平成18年だっけ?なんてことは、昨年、区役所などで何度か経験した。

母の介護の次はうめぞうの介護というのは、まつこの避けられない運命だとしても、その間にせめて数年から10年くらいのインターバルを置いてあげたい。昨年は、まつこに分不相応に感謝状などをもらったが、公平に見てまつこの奮闘ぶりは見上げたものである。まあ夫婦で褒め合っていてはバカ丸出しだが、まつこの熟年計画を実りあるものにするべく、せめてわが介護の開始年齢を1年でも先延ばしするよう、健康には留意したいものである。

いまのところごく少数だが、このようなブログを読んでくださった読者の支えも絶大だった。「うめちゃーん、○○さんからコメントもらったよー!」というのが、遠距離介護から帰宅したまつこの第一声だったこともしばしばだった。ネットを介して、喜びと苦しみを分かち合えるこの軽やかな絆は21世紀の人類が開いた新しい可能性であることは疑い得ない。その読者の方々一人ひとりに心から感謝の気持ちを伝えたい。そしてそれぞれの場所で、それぞれの幸福、それぞれの苦労を味わっておられる方々に、さらなる連帯をよびかけよう(イヨッ、全共闘世代!)。 

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2008年12月31日 (水)

感謝状

まつこです。

ぶるるるっ、寒い! 新潟は雷鳴と暴風の中です。ときおりあられが激しくガラスをたたきつけます。空は鉛色。「日本海側」などというなまやさしい表現よりも、やはり「裏日本」という言葉の方が、この荒々しさにはあっているように思います。

Photo[空は鉛色]

大阪から弟の一家もやってきて、日頃はがらんとした家の中が賑やかです。静かな日常と生活リズムが違ってしまうので、母には若干、負担があるようですが、それでも孫の顔を見るのはうれしいようです。昨年の今頃を思い出すと、少し病状が進んだかもしれませんが、ともあれ、穏やかな気持ちで新年を迎えることができるようで、ホッとしています。

東京と新潟を行ったり来たりする忙しさの中で、母が老いていく様子をじっと見ていると、ついつい気分がふさぎがちなので、その気分転換のためにこのブログを始めました。ちょうど2か月続きました。

あまり一貫したテーマなど設定せずに始めたブログです。でも仕事が忙しかったり、介護の厄介さを実感する日々のなかでも、ささやかな楽しみや、ちょっとうれしいことを書こう、と心がけてきました。「いったいこれからどうなるんだろう・・・」というような不安を抱えていたのが、こうして書いてみると、「楽しいこともたくさんある生活だ、悪くないじゃん」という気持ちになってきます。

厳しい冬の景色の中にも、美しさを見出すことができるものです。雑然とした日常生活の中に、小さな喜びを見つる気持ちを来年も忘れないようしたいと思っています。また、しばしば笑いのネタを提供してくれた、夫うめぞうにも改めて年末感謝状を贈りたいと思います。

感謝状

うめぞう殿

あなたは今年も、よくまつこを支えてくれました。特にこのUme-Mats Diaryの12月9日付記事作成に際しては、モン族作成のピンクのエプロン姿でポーズまでとり、筆者まつこおよび読者のみなさんの笑いを誘ってくれました。笑いは免疫力向上につながり、アンチエイジングの効果もあります。この1年にわたり、意図せぬ失態、よくできたダジャレ、自然なおとぼけなどで、しばしばまつこを笑わせてくれました。その功績は誠に大なるものがあります。よってここに深く感謝の意を表します。

2008年12月31日

まつこ

そしてここまで読んでくださった皆さんにも感謝します。どうもありがとうございました。

Photo_2[雪の降った庭]

Photo_3[でも庭の片隅には水仙が咲いています]

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2008年12月21日 (日)

冬の花

まつこです。

今日も北国はお日様に恵まれました。冬枯れの庭にも陽光がたっぷりとさしこんでいます。南天の赤、山茶花の紅、水仙の薄い黄色などが、冬の庭にわずかな色味を与えています。

Photoまつこのママは認知症になって、他の情報処理能力がぐっと後退してしまったのに比べると、家の中に花を飾るという感覚だけはまだきちんと残っています。むしろ自然をいとおしむ気持ちは以前より強くなったような印象です。茶色く色づいた葉や小さな木の実など、見過ごしてしまいそうなささやかな季節のしるしを手折ってきては、小さな瓶に活け、家の各所に飾っています。それがなかなか趣があっていい感じです。

素人が考えると、日付や名前を覚えていることよりも、色や造形などの美的な感覚を維持する方が、ずっと難しいことのように思うけれど、脳の働きというのは不思議なものです。

[これは玄関に飾られている水仙と山茶花]

日曜日の朝は、政治討論会などおじさん系情報番組がたくさん放送されます。それを見ながら「テイガクキューフキンって何なの?」という定例の質問を繰り返すママ。「景気対策と生活支援のためにみんなにお金を一律に配布するのよ」と、これまたいつもと同じ答え。「え? そんな目的のはっきりしない税金の使い方は無駄だわ。国会はちゃんと議論していないの? あの、あの・・・あの人、名前なんだっけ、あの何にも考えてない顔つきの、あの人、あんな人が首相をしているからダメなのよ・・・。」こんな会話が延々と繰り返される部屋に、水仙の甘い香りが漂っています。

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2008年12月20日 (土)

年賀状奮闘記

まつこです。

Photo今日の新潟は雲ひとつない晴天です。日本海側は11月から3月まで、鉛色の雲に覆われている日がほとんどで、こんな青空はごくまれです。

[冬枯れた庭で南天の赤い実が目立ちます]

昨年から母の様子を見ていると、気分や病状が天候によって、かなり左右される気がします。お天気の良い日はご機嫌ですが、しとしとと冷たい雨が降り続くと鬱気味、暴風雪警報が出るような嵐の夜は何も手につかずうろうろと家の中をさまよっている感じです。その情緒の変化が、認知能力にも影響を与えていることは明らかです。

今日は快晴。今朝は朝からお風呂のカビとりをしたり、お布団を陽にあてたり、大奮闘しています。このような単純で、成果がよく見える仕事は、本当に楽しそうにやります。

一方、非常に苦戦しているのが、年賀状書きです。書きかけて失敗したはがき、差出人が書いてないはがき、作りかけて挫折した中途半端な送付先リスト、2年前、3年前にもらった古い賀状が、ごちゃごちゃに折り重なっていて、収拾のつかない事態となっていました。昨晩は、私がそれを整理し、「はい、これは○○さんあてよ」と一枚ずつ確認しながら、ママが書く様子を見守りました。

うーん、来年はもう年賀状は無理かもね・・と、まつこの内心の懸念を察する気配もなく、一枚書くごとに、それぞれの人との思い出を長々と話すママ。かなり時間がかかります。世間の喧噪と切り離されたように、ゆっくりゆっくりと時間が流れている年の瀬です。

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2008年12月14日 (日)

愛馬の復活

まつこです。

今週末の新潟は曇天です。昨日は、かかりつけ医の先生のところに母を連れて行き、インフルエンザの予防接種を受けてきました。「インフルエンザ予防接種?私、昨年も受けなかったからいいわ」と先週まで言っていたのですが、今週はどこかで記憶の回路がつながったらしく、「今年はまだインフルエンザの予防接種受けていないわ。早く受けたほうがいいわね」と言い出しました。

この「回路がつながった瞬間」をとらえることが重要です。もともと頑固な性格なので、いったん思いこむと、なかなか理屈や説得は通用しません。(え?「まつこも全く同じ性格だ、がんこ遺伝子だよー」とうめぞうが言っています。)

午後から夕方にかけては町内会の雑務。まつこのママは今年は町内会の班長さんなのです。昨年の暮、「来年は班長の順番がまわってくる」と言い出した時、私は少し反対したのですが、ママは「住民として果たすべき責任である」と正論を主張し引き受けてしまいました。

新年の町内の集まりでは、「私は認知症なので、いろいろ間違えるかもしれませんが、よろしくお願いします」と宣言までしてしまいました。おばあちゃんの冗談だと思って近所の方たちが暖かく微笑するのを見て、「本当なんです。お医者様からお薬ももらっています」と根拠を提示。このあたりの主張の強さが確かに「がんこ遺伝子」の働きかもしれません。

かくして、1年間、まつこがサポートしながらママは班長さんの仕事をしてきました。東京ではマンション暮らしのまつこ。地域密着型の田舎の生活で、町内会の仕事がこれほどまでにたくさんあるとは想像していませんでした。広報誌や各種お知らせの配布、資源ゴミ回収のマナー監視、各種募金、季節行事などなど。お知らせ配布などの単純労働はママがやり、お金の徴収などめんどくさいことはまつこが週末にやってきました。

昨晩は班長さんなど、地域コミュニティの役員が集って、年度引き継ぎの相談でした。みなさん、私の予想を超えて、はるかに熱心に議論しておられました。認知症宣言したまつこのママを、特別扱いするでもなく、普通に仕事を任せる地域住民の方たちの生活感覚の健全さも実感しました。町内会を維持するには、こういう仕事を引き受けなければならない煩雑さはありますが、老いた人や病んだ人を地域で支援する社会ネットワークの機能があることを、再認識した1年でした。

慣れない町内会の会合から帰って、やれやれとホッとするまつこの目に、ふと映ったのはコンセントを抜かれて長いこと使われていなかったJobaです。昨年、週末介護を決めた時、自分の健康管理のため、それにママにも使わせればリハビリ効果があるかもなどと思って、ボーナスで買いました。ちょっと高い買い物でした。昨年の今頃、大評判だったんですよね。この流行には乗ったものの、Jobaには乗っていないという人、まつこ以外にもたくさんいると思います。

Photo[愛馬はずっと待っていてくれました]

そこで久しぶりに愛馬にまたがり、耳にはiPod、夜中のエクササイズです。あぶみに足を乗せず、手も離して乗ると、結構な運動になります。今朝はかすかな筋肉痛。そうです、高い買い物だって頻繁に使えば安くなります!これから毎週末やろう、と決意を新たにしているまつこです。

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2008年12月 7日 (日)

雪の朝

まつこです。

朝、目を覚ますと、シーンと静まり返っています。雪です。車の交通量が減り、まるで雪が音を吸い込んだように、いつもより静かな朝は、カーテンを開ける前から雪が積もったとわかります。

1ママは「初雪ね」と言うのですが、しかし1週間くらい前にも電話で「今日は庭が白くなったわ」と言っていました。このあたりが認知症の認知症たるゆえんです。多少のことは「ま、どっちだっていいわ」と内心パスする鷹揚さが肝心。

[初雪・・・かな?]

No3 朝は曇っていて灰色の景色だったのですが、朝食を終えると陽がさしてきました。そうなるとうっすらと積もった雪が、いっせいにきらきらと輝きだします。

[朝日でキラキラと輝く雪]

物置からゴム長靴を持ちだしてきて、ブーカブーカと大きめのゴム長を引きずりながら、雪景色の中を散歩してみました。サングラスがほしいほどまぶしい、美しい景色です。雪国の冬は長く厳しいのですが、こんな瞬間は、その厳しさを忘れてしまいます。わずかな雲の隙間から射しこむ陽光や、久しぶりに見る青空を見た時の、心からの喜びは、病んでいる人の笑顔を見た時の気持ちに似ています。

先日、ママが「私も昔はこんな文章が書けたのね。なんか気取った文章だけど」と照れくさそうにしながら、中学校の数学教師をしていた頃、卒業文集に寄せた短文を見せてくれました。

確かな年輪を刻んで

 「雪深い冬を耐えて育つ木は、きめが細かく、建てた家は一分の狂いもない」と聞く。一つの年輪のうちに雪の中で過ごす静かな日々が必ずある。その静けさの中で一分の狂いもないエネルギーを蓄える。

 雪に耐えることは卑屈の服従でもなく、片意地張ったつっぱりでもない。細胞の一つ一つは確かなものを求めて力強く息づき、決して裏切ることのない自然を信じて春を待つ。

 暖かい土地では三十年で大木に育つ木も雪のこの地では五十年もかかるかもしれない。

 でも雪の冬を過ごすゆえ、この確かさを持つ。

 この地に根をおろし成長してきたあなたにも、雪に耐える木の強靭さと、たおやかな心を見ることができるであろう。あなたの輪郭にこの木を重ね、柱となり梁となることを。

自然に対する敬意を持ち、70余年の日々を雪国で実直に生きてきた母、その人生の終盤を、私もまた謙虚さを持って静かに見守りたい、と決意を新たにする雪の朝です。

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2008年12月 6日 (土)

ママ・スイッチがオン

まつこです。

ウメマツ中隊はウメとマツに分隊し、まつこだけが新潟に移動、うめぞうはそのまま自分の実家で両親と今週末は過ごします。東に老いたる父母あれば、行って誕生日を祝い、北にボケたる母あれば、行って大丈夫かと励まし・・・、東奔西走です。

Photo[新潟、寒いです。山茶花だけが健気に咲いています]

「たいへんね・・・」と言ってくれる人が多いのですが、こんなふうに親の世話ができるのも、私たち自身が健康や仕事に恵まれているおかげです。実際、まつこの新潟通いの交通費はバカにならないのですが、この不況下にあって、自分のお洋服や旅行を我慢すれば、遠距離介護の交通費が出せるのは、感謝すべき状況だと思います。

さて中11日開いて再会したまつこのママの様子ですが、あまり変わりがなく安堵しました。血糖値や血圧と違って、認知症はその日の具合を数値で測ることができません。顔の表情や会話の内容などで、日々の調子を見定めるのですが、その他にまつこのママの場合は、調子の良し悪しを測るインデックスが一つあります。

それは「料理をする意欲」です。絶不調のときは何もする気が起きないので、まつこが全部用意します。ほぼ1週間分、まつこが日持ちのしそうなおかずを作り置いておき、それをママが食べつないで次週のまつこの来訪を待つという状態です。

ややマシなときは、料理をしようとはしてみるものの、調味料の入っていない炒め物を作ったり、おかず1品だけで、お味噌汁もなく、冷凍ご飯をチンして、それで終わりという具合です。金曜日の夕刻、新潟に到着してこの状態に遭遇すると、まつこ、いささか焦ります。

調子の良いときは、「あなたは仕事で忙しいんだから、新潟にきたときくらいはゆっくりしなさい」と「ママ・スイッチ」がオンになります。こういうときはスーパーまで出かけ、あれこれ買い物してきてお料理を作ります。もちろん以前のようなママの味は期待できず、同じようなものしか作らなくなりましたが、それでも娘のために料理をしてあげたいという意欲に、まつこはかつての「元気だったママ」を思い出します(涙・・・)。

昨晩は「ママ・スイッチ」がオンでした。煮魚、ポテト・サラダ、なめこのお味噌汁、お刺身。私の好きな銘柄のコーヒー豆も買っておいてくれました。絶好調です。

好不調の波と外的要因の関連は今まで1年間観察していても、よくわかりません。サプリメントのフェルガードを飲み始めて2か月目に入ったのですが、その効果が出ているのかどうかもよくわからないです。今週は庭の手入れにシルバー人材センターの人たちが来てくれたので、その刺激があったのかも知れません。

ただひとつはっきりしているのは、まつこが優しく接していると、調子が上向くということです。交通費や時間の余裕も必要ですが、優しくできる心の余裕が何よりも必要だと、改めて思うのでした。

Photo_2[藪のような庭ですが、シルバー人材センターの人たちが「雪囲い」してくれました]

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2008年11月22日 (土)

失言の報い

まつこです。

今週末も新潟に来ています。重くたれこめた鉛色の雲の切れ間から時々青空がのぞきますが、いよいよ冬の到来。庭木もすっかり葉を落としてしまいました。

Photo[最後の一葉、11月2日の写真と同じ木です]

まつこのママの調子は比較的安定しています。フェルガードの効果かどうかは判然としませんが、表情も明るく、ウメマツとの会話を楽しんでいます。

認知症初期の人と接するとき困るのは、とにかく同じ話を繰り返しがちになること。まつこのママの場合は、子供のころ、特に戦時中の思い出話が多くなり、どのエピソードもまつこはもう100回くらい聞いています。病気のせいとわかっていても、かなりうんざりした気分になるものです。

物資が極端に不足していた小学生時代、学校のトイレにハンカチ落として真っ青になって帰宅したところ、母親(まつこのおばあちゃん)に「ハンカチなんてなくしたり落としたりするものよ」と慰めてもらってうれしかった・・・という話は、もうおばあちゃんの口調でその部分を真似できるほど、たぶん200回以上は聞いています。

そんなママが病気の気配も感じさせないほど冴えわたった発言を連発するのは、テレビのニュース番組の政治ネタに接した時です。「いやねえ、この人、一国の首相がこんなことでいいのかしら。人を見下しているだけで、何にも考えていないわ。この表情を見ればわかるわよ。一目瞭然、誰にだってわかるわ」と、舌鋒鋭く切り込んでいます。

このママの批判の俎上に載せられたのは、外相時代、中国へのコメ輸出問題に関し、「アルツハイマーの人にでもこれくらいはわかる」と失言したあの人です。そうです、ママはアルツハイマーです。この人の首相としての適性の有無は、アルツハイマーの人にでもわかるくらいはっきりとしているようです。

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2008年11月 2日 (日)

ノーベルおムコさん賞

まつこです。

昨日、11月1日はまつこのママのお誕生日でした。73歳ですbirthday。まつこのママは新潟県日本海沿いの小さな町で一人暮らしをしています。昨年9月、もの忘れがひどくて不安だというので、もの忘れ外来を受診したところ、アルツハイマーの初期と診断されてしまいましたweep。その直後、入院中だった夫(まつこのパパ)を亡くし、精神的に落ち着かない様子で認知症の症状も若干出始めたので、以来、まつこは毎週週末には東京から実家に来て、一緒に過ごすようにしています。昨日は誕生日のお祝いをするため、うめぞうも一緒にきました。

いろいろなところに書いてありますが、アルツハイマーは記憶力が徐々に失われる病気です。診断をしてくださったお医者さんも言っておられましたが、記憶力以外の部分まで失われるわけではなく、記憶力という理性的思考の基盤が弱まる分だけ、喜怒哀楽の情緒はより鋭敏になるようです。不安感や恐怖感をできるだけ減じるよう環境を整えることで、進行を遅らせ症状の出かたをやわらげることができる、とのことでした。

当初まつこは「ここは愛の力で進行をとどめてみせる」と張り切ったのですが、仕事を月曜から木曜に集中させ、毎週、新幹線で遠距離を通ううち、"eye bag"がぶよーんと垂れ下がり、次第に疲れのたまった不機嫌な表情に・・・pout。ママは5分前に自分で言ったことを忘れて聞き返すことや、壊れたレコードみたいに同じ話を繰り返し、昔の思い出話ばかりをすることが増えてきました。最初は優しく「そうだねえ」と聞いていても、だんだんイライラしてきて語気荒く「そう」と無愛想な返事をしてしまいがちになります。そうするとママの表情も不安そうになり、焦ってますますしつこく同じ話をするという悪循環。「まずい」と内心思うものの、こういうときの気分転換は容易ではありません。

そこで、じゃーん、うめぞう登場。ムコ殿と話すときには、ママも少し見栄をはり、しゃっきりとした気分にもなるようです。心優しいうめぞうは同じ話を何回繰り返されても、「あー、そうなんですか」「へえー」と優しく相槌を打ち続けてくれます。ママが「私、なんだかぼけていくみたいで不安なの」と言うと、私なら「あんまり心配しても仕方ないよ」くらいしか言えないのですが、ムコ殿は「お義母さん、大丈夫、ぼけちゃったとしても僕たちがみんながついているから安心していていいですよ」と明るい笑顔で言ってくれます。それを聞いてママも「そうよね、ぼけちゃったらぼけちゃった時よね」と笑い出します。

うめぞう、あんたは偉い!君には『ノーベルおムコさん賞』を授与しますcrown。靴下を丸めたまま洗濯機に入れることも、汗まみれのスポーツウェアをうっかり鞄に入れたまま出し忘れることも、みんな許してやろう。認知症に限らないと思いますが、老いた人や病んでいる人とともに過ごすと、ついつい不安や苛立ちが連鎖的にひろがっていってしまいがちですが、それを断ち切るのは健全な鈍感力と笑顔です。一緒に不安に同調するのではなく、まあ、なんとかなるよ、と言ってくれる良い意味での鈍重さ(包容力と言うべきか?)に、ほんとうに救われます。うめぞう、ありがとう!

私たちからママへのプレゼントはお花と冷蔵庫。冷蔵庫は財布にちょっと痛かったのですが、今までのはもう15年くらい使っていて古くなっていたし、それに認知症がこれ以上進むと新しいものには適応できなくなる可能性が高いので、思い切って購入しました。フリーザー、冷蔵室、野菜室の位置関係が変わったのですが、今ならまだ覚えられるでしょう。バースディのディナーは、鯛のカルパッチョ、ステーキ、ブロッコリーのグラタン。ママもおいしそうに食べていました。ウメマツ二人は赤ワインをちょっと飲み過ぎ、今朝は二日酔い気味です。

Photo_6 ママへのプレゼントの小さなブーケ

Photo_7 新潟はもう晩秋です

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