生活・その他

2020年3月31日 (火)

祝 定年退職

まつこです。

2020年3月31日をもってうめぞうは定年退職。

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[Happy Retirement!]

実は定年退職のお祝いとして、この3月末に1週間のイタリア旅行を計画していました。「70歳までよくがんばった!」というわけで、私の冬のボーナスを投入し大盤振る舞いのつもりだったのですが、このコロナウイルス騒ぎで当然ながらキャンセル。

JALはキャンセル料も取らずに全額返金してくれました。ふぅ。(安堵のため息)

そういうわけで、イタリア旅行の代わりにせめて何か記念になるプレゼントをしたいと思い選んだのは・・・

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[なんだ?この大きな包みは?]

うめぞうが前々からほしいと言っていたものです。「狭くて置き場所ないよ」「あんまり使わないんじゃない」とか、あれこれ理由をつけてこれまでは購入に反対していたのですが、今回は寿定年退職記念ということで、サプライズのプレゼントにしました。

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[象印の製品です]

それは、ホームベーカリー。

うめぞう、大いに喜んでくれました。「ずっとほしかったんだ〜」と喜色満面です。ひょっとしてイタリア旅行より、うめぞうにとってはこちらの方がうれしいプレゼントかもしれません。

これからは主夫として、せっせと料理に励むと、うめぞうは意欲満々です。おいしい焼きたてパンが食べられそうです。

 

 

2020年3月30日 (月)

サクラとスイセン

まつこです。

東京も週末は外出自粛要請が出ましたが、もっと厳しい状況のイギリスでは必要最小限度以外の外出は禁止、人との距離を2メートル以上あけることというルールが出され、行動が厳しく制限されています。友人たちからは「庭をぐるぐる歩いて運動不足の解消をしている」とか、「車でムーアまで行って歩いた」とか、「whatsappやzoomを使ってティー・パーティしている」という、いかにもイギリス人らしい対応をしている様子が伝えられてきました。

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[先週の木曜日の千鳥ヶ淵]

日本から桜の写真を送ったらたいそう喜ばれて、イギリスの水仙の写真がお返しに送られてきました。

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[イギリスも水仙が咲き乱れる春です]

感染症には国際的な協力関係で対応しなければなりません。医薬品やワクチンの開発だって、世界中の研究者が懸命に行っています。それなのに、中国政府の初期対応が悪かったとアメリカ人が集団訴訟を起こしたとか、アメリカ軍が持ち込んだウイルスだと中国人が言っているというのを聞くと、ほんとうにガッカリします。ネットで世界中がつながっている時代、国境を超えて互いに励まし合って難局を乗り越えたいものです。

ケンブリッジに住む友人は、近隣に住む人同士がよく協力しあっていると伝えてくれました。買い物を代行しあったり、時間を決めて互いに玄関ドア前に出てエールを交換しているそうです。懸命に尽力しているNHSの職員たちを讃え、全国で人々が時間を決めていっせいに拍手したときには、EU離脱騒動による国民の分断がこれで癒えた、と実感したそうです。

イタリアでも、スペインでも、イランでも、中国でも、アメリカでも、人々はみな苦労しながらウイルスの収束を願っています。見知らぬ国でも、そこには同じ問題を共有している人がいる。オリンピックなどより、このCOVID-19対策の方がよほど世界が一体感を持ち、国際協調を推進できる機会のはずです。サクラとスイセンの写真を見ながら、そう感じています。

2020年3月21日 (土)

歴史のひとこま

まつこです。

「知り合いが感染者と接触したため、私まで隔離措置の対象になって、家から出てはいけないと保健所職員に命じられ、出かけられなかったんです・・・」

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[シェイクスピアの時代のロンドン]

これは最近の新型コロナウイルスの話題ではありません。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に登場する修道僧ジョンのセリフです。ペストの流行のせいでロミオのもとに連絡が届けられず、ロミオはジュリエットが死んでしまったと思い込んで毒をあおって死んでしまいます。

シェイクスピアの時代には、ペストは何年かごとに繰り返し流行していました。シェイクスピアが生まれた1564年も、ストラットフォードの町では7人に一人が亡くなったそうです。しかし生まれたばかりのシェイクスピアは運良く生き延び、そのおかげで数々の作品がやがて世に残されることになりました。

現在、世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルスですが、「隔離」や「イベント会場の閉鎖」はシェイクスピアの時代のペストへの対応と同じだなあと、あらためて思います。『ロミオとジュリエット』が書かれた少し前の1592年から1593年もロンドンではペストが大流行し、人口の14%もが命を落としました。もちろん人々が密集する劇場は感染リスクが高いので、閉鎖されました。役者たちは仕事がなくなり、劇団員もバラバラになってしまいます。

でもシェイクスピアはこの劇場閉鎖の期間もムダにはしませんでした。『ヴィーナスとアドーニス』、『ルークリース凌辱』という長い物語詩を書いて、パトロンの青年貴族に捧げています。数々のソネットもおそらくこの時期に書いたものと推測されています。ペストが流行ったせいで、劇作家としてだけでなく、詩人としてもシェイクスピアは大きな足跡を残せたと言えます。

黒死病、ペスト、天然痘、コレラ、結核、スペイン風邪・・・。人類の歴史は感染症との戦いの歴史でもあります。これまでも様々な「新型」の感染症を、人類は乗り越えてきました。感染症が流行ると、パニックや差別が起きてしまうのも、人間が繰り返してきた歴史です。今回の騒ぎもやがて、人類史のひとこまになるのだろうと、超然とした視点を持つことも必要でしょう。

卒業式も入学式も中止、新学期開始は延期、旅行も中止。あれこれ計画が狂ってしまった春ですが、詩人シェイクスピアを見習って、イベント自粛でできた時間をなんとか有効に使いたいものです。

 

2020年3月12日 (木)

誕生日の赤いバラ

まつこです。

昨日は私の59歳の誕生日。うめぞうから花束をもらいました。

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[今年のプレゼントはこれとペンダント]

真っ赤なバラの花束なんて、若い頃であればなんとなく照れ臭かったんじゃないでしょうか。あげる方もキザだし、もらう方もよほどの美人じゃないと面映ゆい気がします。でもおじいさんがおばあさんに真紅のバラをあげるのであれば、実にほほえましい。赤いバラのケレン味を、白髪やシワがほどよく中和するからでしょう。これからは誕生日のプレゼントは赤いバラと決めましょう。

うめぞうは「59本は買えないので9本にしたよ」と言って渡してくれました。来年は60歳なので10本。そして再来年の61歳で1本にして、1年ごとに1本ずつ増やしてもらうことにしましょう。

ティファニーの指輪やエルメスのスカーフもらって大喜びした頃もありましたが、この歳になると、誕生日を二人とも元気で迎えられれば、それだけで大いに満足です。歳をとるのも悪くないな、と実感した誕生日でした。

2020年3月 3日 (火)

おひなさまケーキの思い出

まつこです。

3月3日はひな祭り。我が家も小さなお雛様を出して飾っています。このお雛様を見ていると遠い記憶が蘇ってきます。

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[我が家のちいさなお雛様]

今を遡ること50数年前、私が幼稚園に通う道の途中にお菓子屋さんがありました。そこのガラスケースに雛祭り用のケーキが飾られていました。今も鮮明に思い出せますがひし形で上に小さなお雛様がのっているかわいいケーキです。私は毎朝、店の前にしゃがみこんでは、そのケーキをじっくり眺めてから幼稚園に向かっていました。

親にそのケーキを買ってほしいと頼んだ覚えはありません。たぶんほしいという気持ちより、かわいいな〜と見とれているだけだったのだと思います。毎朝、決まって店の前にしゃがみこみ、しばし愛でてから幼稚園に向かう。それがしばらくの間の朝の習慣になっていました。

そして3月3日。夕方、母と一緒に自宅に帰宅したら、我が家の玄関にそのケーキが届けられていたのです。母は注文もしていないケーキが届いていたのでびっくりして聞いてみると、そのお店からのプレゼントとのことでした。毎朝、毎朝、幼稚園の制服姿で店の前にしゃがみこんでいた私の姿をお店の人も、当然、気づいていたのです。あまりの熱意にほだされて(?)、我が家に配達してくれたのでした。

憧れの的のお雛様ケーキが突然、我が家に届く。こんな夢のようなことがあっていいんだろうか・・・。幼心にとっては奇跡が起きたような出来事でした。そのときの興奮した気持ちを、毎年、3月3日になると思い出します。

まだ近所付き合いが濃厚だった1960年代のことです。地元に古くからあるお菓子屋の奥さんが、雛祭り当日に売れ残っていたケーキを、若くて貧乏だった教師夫婦の家の娘に届けてくれる。そんな心温まる交流が、ごく普通にあった時代でした。遠い、遠い、昔のことになりました。

2020年2月25日 (火)

早春

まつこです。

今年の2月はあれこれ忙しく、あっというまに終わってしまいそうです。新学期が始まるまえに、あれこれやっておかなければならない仕事が多いのに・・・

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[大寒桜という種類だそうです]

そんな私をさらに焦らすように、桜も咲き始めました。この桜の木は毎年、3月にならなければ咲かなかったと思うのですが、暖冬のせいでしょう。足早に歩いていたのですが、思わず足を止めてしばし眺めてしまいました。

新型の感染症の流行で不安な日々ですが、早春の風にゆれる花を見ていると、少し落ち着いた気分になってきます。早く暖かくなってウイルスの拡散も収束に向かうといいですね。

2020年2月 7日 (金)

早朝出勤

まつこです。

1月末から2月が、私の場合は繁忙期。

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[この時期、日の出の時刻は6時半くらい]

今週は早朝出勤が続いています。寒いけど早起きすると、ご褒美は朝焼けの風景。太陽が昇る位置も日の出の時刻も、日々、少しずつ変化しています。

さ、明日もがんばろ。

2020年1月31日 (金)

梅にウグイス

まつこです。

数日、暖かい日が続きました。

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[ウグイス、見えますか?]

通勤途中で梅の木にウグイスがとまっているのを見つけました。(薄緑色をしていたのでウグイスだと思います。)「梅にウグイス」は取り合わせの良いものや仲の良い関係の象徴なのだそうです。

日差しも少しずつ強くなり、早春の気配がちょっとだけ感じられます。

 

2020年1月29日 (水)

カラヴァッジョ展

まつこです。

学期末で山積みになったレポートやら試験答案やらを採点しなければならないのですが、そこから逃げ出すようにうめぞうを伴って大阪に行ってきました。目的はPukiちゃんとのオフ会(Pukiちゃんのご両親と碁も打ちました)、そしてカラヴァッジョ展です。印象が薄れないうちにカラヴァッジョ展について書いておきます。

今回、特に見たかったのは『法悦のマグダラのマリア』。

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[1606年、個人所蔵]

複写や模写もたくさんある有名な絵です。画集などで見ながら、かなりエロティックな絵だろうと想像していました。「この絵がどれだけエッチっぽいのか実物を見て確かめたい」というゲスな気持ちが、わざわざ大阪まで出向いた動機でした。

しかし実際見てみたら、第一印象は「死にかけてる?」。顔色が青味を帯びていて、ほとんど閉じかけている目からは涙が流れおちそうになっています。宗教的にせよ性的なものにせよ恍惚状態の喜びというより、生と死の境目の不気味さが描かれているように見えました。

一方、エロティシズムが感じられたのは『洗礼者聖ヨハネ』。

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[1609-10年、ボルゲーゼ美術館所蔵]

この物憂げな表情と力ない姿勢は、なにやら情事のあとの気だるさを感じさせるような・・・。聖ヨハネを描くのに、羊飼いの少年をモデルにして、その少年となにかあったんじゃないかしらと勘ぐってしまいます。私の目にはどう見ても洗礼者には見えません。直情径行型の画家に強引に口説かれた田舎の少年といったふうに見えます。そこにあるのは愛情というより肉欲。

この絵は逃亡生活の間もずっと持ち続けていて、死の直前まで手放さなかったそうです。カラヴァッジョにとって大切な絵だったのね。いよいよあやしい。

カラヴァッジョの絵の魅力は、しかし、そういうあやしい危険性にあるのではないでしょうか。半死半生の瞬間とか、少年への欲情とか、一般には視線をそらしてしまうようなものを、あえて直視する強い精神が、これらの絵には共通しているような気がします。俗に堕するギリギリのところでこらえているのは、皆が見たくないものをえぐり出して見せる、突き抜けたリアリズムがあるからでしょう。

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[1605年、ボルゲーゼ美術館所蔵]

今回、大阪でのみ展示されたのは『執筆する聖ヒエロニムス』。こちらもラテン語聖書を執筆した聖人の偉業を称えるというより、髑髏のうつろなまなざしに射すくめられながらも、黙々と自らの仕事に生きる「老い」をとことんリアルに描いています。

やっぱ、いいわ〜、カラヴァッジョ。これを機会にカラヴァッジョについてはもう少し勉強してみたいと思っています。

 

2020年1月14日 (火)

最終講義

うめぞうです。

Pukiちゃんへのお礼を兼ねて、最終講義のご報告。まつこの報告は主に同僚や大学院生向けの研究会。学生には今日、ようやく最終講義を終えて、ホット一段落。学生たちには、こんなことを最後にメッセージとして送った。

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[ゼミの学生たちからもらったお花]

日本社会では長らく、僕たちは会社勤めが「公」的な生活、家族生活が「私」的な生活だと信じ込まされてきた。会社では「生産者」として、家では「消費者」として振る舞い、日々、二つの世界を往復してきた。日本の会社組織は福祉国家を補完してきたため、この会社と家族という二つの世界に属していてはじめて安心を手にすることができた。逆に言えば、その二つに属していなければ、あたかも社会の正規メンバーとはみなされないような雰囲気があった。しかしこの構造は、グローバル経済によって破壊されつつある。今日、会社から使い捨てされる非正規社員となったり、結婚も消費も容易にはできない孤立した個人となったりして、多くの人々が、この二つの世界から排除されている。そこから排除された時、日本の社会には本当に行き場がない。それがヘイトやいじめの温床にもなる。

でも僕たちには「生産者」「消費者」と並んで、実はもう一つ「立法者」としての生活がある。たとえ会社に属していなくても、家族に属していなくても、たった一人の個人の資格で堂々と行きていける憲法上の主権者としてのステータスがある。本来これこそが、言葉の真の意味で「公」的な生活でなければならない。私的利益を追求している会社勤めを「公的」生活と考えることはもうやめよう。全ての人間に最低限の文化的生活を約束している憲法のもとで、違憲状態を放置する政府に憲法と法を守らせる主権者としての権利を行使しよう。どんなに会社や家族から排除され、放り出されても、不可侵の人権を持つ個人の資格で自分を受け止めてくれるような市民社会を、共に建設しよう。一人一人が小さな勇気を持てば、この社会は変えられる。社会思想史(うめぞうの担当科目)は資本や権力をすぐに動かすことはできないが、それでも決して敗北宣言をすることはない。時間をかけて粘り強く、真の公的生活領域を回復することが、これからの皆さんの課題だ、と。

こうして学生に語りかけるのも、これが最後。これからはまつこの指図にしたがって、健康維持と老後の楽しみに専念しよう。

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