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2021年9月 5日 (日)

Scabby QueenとTwilight of Democracy

まつこです。

夏休みの課題図書として、自分のために選んでおいたのはこの2冊。スコットランドの作家Kirstin Innesの小説Scabby QueenとアメリカのジャーナリストAnne ApplebaumのノンフィクションTwilight of Democracyです。

選択の理由は単純で、ブレイディみかこが2020年の本として『みすず2020年読書アンケート』で推薦していたから。この人のオススメなら間違いなかろうと。

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[現代史への理解が深まる2冊]

Scabby Queenはスコットランド語でトランプの「ババ抜き」の意味です。主人公は若い頃に政治的なプロテスト・ソングを大ヒットさせたスコットランド人歌手クリオナ。1990年、サッチャーが導入した人頭税への反対運動のシンボル的存在となって以来、反グローバリズム運動、反イラク戦争、フェミニズム、スコットランド独立、ブレグジット反対など、政治的な主張を訴え続けるものの、いずれの戦いも失意のうちに敗北を重ねることになります。

赤毛と真っ赤な唇で、常に男たちを引き寄せるセクシーな魅力をふりまき、女たちも共に戦う同志としてひきつけるカリスマ性を持ちながら、どの関係も長続きせず、私生活は常にメチャクチャ。関わった人間は、振り回されたあげく、おしなべて傷つけられるという、アブナイ女です。そう、トランプのババ抜きで、忌まわしいカードが次々といろんな人の手を渡っていくように、多くの男女が次々とクリオナの混沌とした人生を共有し、苦々しい経験をしていきます。

小説はクリオナの2018年の自殺から始まり、1990年から始まる30年間を行きつ戻りつしながら、関わった人々ひとりひとりの視点から語られ、次第にクリオナという一人の女性の像と、その背景にある政治的変動が浮かび上がってくるという趣向です。

読むのに難渋したのは、スコットランド訛り。スコットランドの炭鉱町の労働者階級で育った少女が、ロンドンのミドル・クラスの男女、パキスタンやジャマイカの移民、グラスゴーの市民らとつきあうのですが、そのときそのときによって訛りの程度や特徴が微妙に変化します。活字でもそれが表現されているのですが、私の英語力ではとてもそれを音として全部想像することはできず、Audibleでスコットランド俳優が朗読するのを聴きながら読み進めたのですが、訛りが強くなると追いかけていくのがかなりきつくなります。最後は老人ホームに入っているクリオナの母が、いわゆるまだらボケの状態で、真偽のほどもあやしいことを、延々とモノローグで語るのですが、これが強烈なスコットランド弁で、いやはや、最後の1行までたどりついたときは、煙に巻かれたような呆然とした気分の読後感となりました。

両親の離婚、養育放棄から、たった1曲のヒットのあと、挫折の連続を生きた女性シンガーのまさに地べたからのイギリス現代史ですが、ほぼ同じ時代をエスタブリッシュメントの側から見ているのがApplebaumuのTwilight of Democracyです。イェールやオックスフォードで学び、The EconomistやThe Spectatorなど保守系メディアで活躍していたユダヤ系女性ジャーナリスト・歴史家であるアプルボームは、クリオナと対極の位置にいます。

また小説の主人公であるクリオナは常に突き放されて描かれる存在であるのに対し、アプルボームは自らの体験として現代史の語り手になっています。しかし、おもしろいのはいかなる点でも対照的な二人が、今日の政治状況の中で同じ不安と怒りを共有していることです。

1999年12月31日、いよいよ20世紀が終わるという日、ポーランド人外交官の夫とともに、たくさんの友人たちを招いて開催したパーティには、確かに楽観的な気分があふれていたと、アプルボームは懐かしく思い出します。そのパーティにいた友人や知人が、まさか20年後に、陰謀論者や排他的なナショナリストになっているなんて・・・という、個人的感慨がにじみ出ているのが、この本の特徴です。民主主義があっけなく後退し、権威主義が幅をきかせるようになった大きな要因は、知識人の退廃と変節であり、それは自分たちエリートの身の周りで起きた変化であったという苦々しい認識が一人称の視点で、しかし冷静に語られています。その知人のひとりがボリス・ジョンソン。

「ボリス・ジョンソンはオックスフォードで夫の友達だったわ。「友人」というのはちょっと誤解を招いてしまうかしら。正確に言うと二人ともブリンドン・クラブのメンバーだったよの。むしろライバルというべきかしら...2014年、ジョンソンとあと数人で食事に行ったわ。EUに存続か離脱かの国民投票をほんとうにするのか、という話題になったとき、「誰も本気で離脱なんて考えてないよ。ビジネス界も金融界も望んでないし。ありえないよ」と、彼はそう言っていたわ。多文化の大都市ロンドンのリベラルな市長らしくね。」

ジョンソンは無頓着で飽きっぽいナルシシストでしかなく、ただみんなに注目されたいというだけの理由で、過去を美化するノスタルジーに徐々に支配されていく政治的な流れの中で、強硬な離脱派になってしまったとアプルボームは喝破します。歴史家としての巨視と、一人称の語り手としてのパーソナルな視点がひとつになっているのが、このTwilight of Democracyの独自性でしょう。

小説とノンフィクションとジャンル違いの2冊が、このように交差するのも興味深く、スコットランド英語にはひどく手こずりましたが、有意義な読書体験になりました。

 

 

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コメント

劇評、映画評、書評、まつこさんの文章は読ませます。この2冊、表紙の装丁からして何だかペアのようですね。ジャンルの違いはあれど、民主主義の喧噪を辿るのが女性の視点を通して、というのも面白いです。それにしても、今更ハリポタ映画(←めちゃ面白い!)にハマっている我が身が恥ずかしくなります。。。

Pukiさん、コメントありがとうございます。

最近は何か読んだり観たりしても、そのあと何か書き残しておかないと、すべておぼろな記憶になってしまうので、こうして感想文を書いているのです。おほめいただき恐縮です。

ハリポタ映画、俳優陣が充実していていいですよね。Ralphe Finnesが若くてハンサムだった時期を知っている身には、あのVoldemortのメイクがちとつらいのですが・・・。

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