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2021年1月29日 (金)

『JR上野駅公園口』

まつこです。

昨年、全米図書賞を翻訳文学部門で受賞して話題になった小説、柳美里の『JR上野駅公園口』をようやく読みました。

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[うちからは15分ほど歩くと不忍池です]

一人のホームレスの男性を通して、戦後から東日本大震災までの日本社会の変化と、その中で排除されてきた影の部分を浮かび上がらせる小説です。貧困という経済的な問題だけではなく、土着風俗の中にある排他性や、天皇制の持つ呪術的支配力という、現代の合理主義が置き去りにしてきた側面にも目をむけさせる小説でした。個人の物語にもなっていて、生と死、現実と心象の区別が曖昧になった領域に、亡霊のように漂う意識を描いています。

貧困、情念、死という、私たちが日頃、視線をそらせがちなものにあえて視線をむけさせる小説です。全米図書賞受賞というニュースがなければ、私もたぶん読まなかったと思います。福島の方言や浄土真宗のお経の言葉が混じるこんな小説を英語に翻訳した、翻訳者モーガン・ジャイルズの功績も非常に大きいものがあります。英訳のタイトルはTokyo Ueno Station.

もともとはイギリスのTilted Axis Pressという、非営利系の出版社から出された翻訳でした。Tilted Axis Pressはイギリスの帝国主義がもたらした、英語や欧米文化の世界支配への反省を出発点とし、アジア系作家の英訳を主に出版している出版社だそうです。

柳美里という韓国系作家の作品が、アメリカのアパラチア山脈の近くで生まれたアメリカ人女性によって翻訳され、それがイギリスで出版されたものがアメリカで賞を受ける。そうした長い経緯をたどったのちに、ようやく私が手にした小説で描かれていたのは、自宅から徒歩圏にある上野公園でした。

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[休日の上野公園。オリンピックを前にホームレスの人は排除されていなくなりました]

散歩したり、文化会館でコンサートを聞いたり、美術館に行ったり、公園内のレストランで食事をしたり、無意識に営んでいる日常生活の足もとにある地面や空気の中に、私たちが見ようとしない顔や聞こうとしない声があることを、この小説は静かに訴えてきます。

 

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