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2020年1月14日 (火)

最終講義

うめぞうです。

Pukiちゃんへのお礼を兼ねて、最終講義のご報告。まつこの報告は主に同僚や大学院生向けの研究会。学生には今日、ようやく最終講義を終えて、ホット一段落。学生たちには、こんなことを最後にメッセージとして送った。

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[ゼミの学生たちからもらったお花]

日本社会では長らく、僕たちは会社勤めが「公」的な生活、家族生活が「私」的な生活だと信じ込まされてきた。会社では「生産者」として、家では「消費者」として振る舞い、日々、二つの世界を往復してきた。日本の会社組織は福祉国家を補完してきたため、この会社と家族という二つの世界に属していてはじめて安心を手にすることができた。逆に言えば、その二つに属していなければ、あたかも社会の正規メンバーとはみなされないような雰囲気があった。しかしこの構造は、グローバル経済によって破壊されつつある。今日、会社から使い捨てされる非正規社員となったり、結婚も消費も容易にはできない孤立した個人となったりして、多くの人々が、この二つの世界から排除されている。そこから排除された時、日本の社会には本当に行き場がない。それがヘイトやいじめの温床にもなる。

でも僕たちには「生産者」「消費者」と並んで、実はもう一つ「立法者」としての生活がある。たとえ会社に属していなくても、家族に属していなくても、たった一人の個人の資格で堂々と行きていける憲法上の主権者としてのステータスがある。本来これこそが、言葉の真の意味で「公」的な生活でなければならない。私的利益を追求している会社勤めを「公的」生活と考えることはもうやめよう。全ての人間に最低限の文化的生活を約束している憲法のもとで、違憲状態を放置する政府に憲法と法を守らせる主権者としての権利を行使しよう。どんなに会社や家族から排除され、放り出されても、不可侵の人権を持つ個人の資格で自分を受け止めてくれるような市民社会を、共に建設しよう。一人一人が小さな勇気を持てば、この社会は変えられる。社会思想史(うめぞうの担当科目)は資本や権力をすぐに動かすことはできないが、それでも決して敗北宣言をすることはない。時間をかけて粘り強く、真の公的生活領域を回復することが、これからの皆さんの課題だ、と。

こうして学生に語りかけるのも、これが最後。これからはまつこの指図にしたがって、健康維持と老後の楽しみに専念しよう。

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コメント

最終講義をご披露下さって、ありがとうございます!恩師や同僚を送り出すうちに、最終講義が大好きになりました。その人の学問観はもちろん、人生観も出るなあと感慨深いものがあり、これは学問と「人は、我は、いかに生きるか」という問題意識に最終的には行き着く人文学ならではだと思います。どうも「お上」に弱いところがある日本では、ヨーロッパのような市民意識が薄いのが気がかりです。うめぞうさんの最終講義はさすがパンチが効いています。来週の囲碁対戦(が企画されている模様)もその調子で頑張ってください。

いつもコメントをありがとうございます。
そうですか、囲碁対戦が企画されていますか。楽しみですねー。先日の映画人のための囲碁大会では、珍しく4段の部で優勝できました。まつこも3勝1敗で善戦。なんとかこの調子をそれまで保てるよう、二人で精進しなくては。Jimmyさんにくれぐれもよろしく。

うめぞうさん、最終講義おめでとうございます。長きにわたる最高学府でのご活躍たいへんお疲れ様でした。これからはもっと自由な立ち場で啓発の発信をお願いします。また時間に余裕ができた分をまつこさんと楽しんでくださいね。

Mochaさん
ありがとうございます。これからはついに憧れの専業主夫、料理と碁と卓球とジムの合間に翻訳をちょこっとするという理想の生活です。また遊びにいらしてください。

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