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2020年1月

2020年1月31日 (金)

梅にウグイス

まつこです。

数日、暖かい日が続きました。

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[ウグイス、見えますか?]

通勤途中で梅の木にウグイスがとまっているのを見つけました。(薄緑色をしていたのでウグイスだと思います。)「梅にウグイス」は取り合わせの良いものや仲の良い関係の象徴なのだそうです。

日差しも少しずつ強くなり、早春の気配がちょっとだけ感じられます。

 

2020年1月29日 (水)

カラヴァッジョ展

まつこです。

学期末で山積みになったレポートやら試験答案やらを採点しなければならないのですが、そこから逃げ出すようにうめぞうを伴って大阪に行ってきました。目的はPukiちゃんとのオフ会(Pukiちゃんのご両親と碁も打ちました)、そしてカラヴァッジョ展です。印象が薄れないうちにカラヴァッジョ展について書いておきます。

今回、特に見たかったのは『法悦のマグダラのマリア』。

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[1606年、個人所蔵]

複写や模写もたくさんある有名な絵です。画集などで見ながら、かなりエロティックな絵だろうと想像していました。「この絵がどれだけエッチっぽいのか実物を見て確かめたい」というゲスな気持ちが、わざわざ大阪まで出向いた動機でした。

しかし実際見てみたら、第一印象は「死にかけてる?」。顔色が青味を帯びていて、ほとんど閉じかけている目からは涙が流れおちそうになっています。宗教的にせよ性的なものにせよ恍惚状態の喜びというより、生と死の境目の不気味さが描かれているように見えました。

一方、エロティシズムが感じられたのは『洗礼者聖ヨハネ』。

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[1609-10年、ボルゲーゼ美術館所蔵]

この物憂げな表情と力ない姿勢は、なにやら情事のあとの気だるさを感じさせるような・・・。聖ヨハネを描くのに、羊飼いの少年をモデルにして、その少年となにかあったんじゃないかしらと勘ぐってしまいます。私の目にはどう見ても洗礼者には見えません。直情径行型の画家に強引に口説かれた田舎の少年といったふうに見えます。そこにあるのは愛情というより肉欲。

この絵は逃亡生活の間もずっと持ち続けていて、死の直前まで手放さなかったそうです。カラヴァッジョにとって大切な絵だったのね。いよいよあやしい。

カラヴァッジョの絵の魅力は、しかし、そういうあやしい危険性にあるのではないでしょうか。半死半生の瞬間とか、少年への欲情とか、一般には視線をそらしてしまうようなものを、あえて直視する強い精神が、これらの絵には共通しているような気がします。俗に堕するギリギリのところでこらえているのは、皆が見たくないものをえぐり出して見せる、突き抜けたリアリズムがあるからでしょう。

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[1605年、ボルゲーゼ美術館所蔵]

今回、大阪でのみ展示されたのは『執筆する聖ヒエロニムス』。こちらもラテン語聖書を執筆した聖人の偉業を称えるというより、髑髏のうつろなまなざしに射すくめられながらも、黙々と自らの仕事に生きる「老い」をとことんリアルに描いています。

やっぱ、いいわ〜、カラヴァッジョ。これを機会にカラヴァッジョについてはもう少し勉強してみたいと思っています。

 

2020年1月14日 (火)

最終講義

うめぞうです。

Pukiちゃんへのお礼を兼ねて、最終講義のご報告。まつこの報告は主に同僚や大学院生向けの研究会。学生には今日、ようやく最終講義を終えて、ホット一段落。学生たちには、こんなことを最後にメッセージとして送った。

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[ゼミの学生たちからもらったお花]

日本社会では長らく、僕たちは会社勤めが「公」的な生活、家族生活が「私」的な生活だと信じ込まされてきた。会社では「生産者」として、家では「消費者」として振る舞い、日々、二つの世界を往復してきた。日本の会社組織は福祉国家を補完してきたため、この会社と家族という二つの世界に属していてはじめて安心を手にすることができた。逆に言えば、その二つに属していなければ、あたかも社会の正規メンバーとはみなされないような雰囲気があった。しかしこの構造は、グローバル経済によって破壊されつつある。今日、会社から使い捨てされる非正規社員となったり、結婚も消費も容易にはできない孤立した個人となったりして、多くの人々が、この二つの世界から排除されている。そこから排除された時、日本の社会には本当に行き場がない。それがヘイトやいじめの温床にもなる。

でも僕たちには「生産者」「消費者」と並んで、実はもう一つ「立法者」としての生活がある。たとえ会社に属していなくても、家族に属していなくても、たった一人の個人の資格で堂々と行きていける憲法上の主権者としてのステータスがある。本来これこそが、言葉の真の意味で「公」的な生活でなければならない。私的利益を追求している会社勤めを「公的」生活と考えることはもうやめよう。全ての人間に最低限の文化的生活を約束している憲法のもとで、違憲状態を放置する政府に憲法と法を守らせる主権者としての権利を行使しよう。どんなに会社や家族から排除され、放り出されても、不可侵の人権を持つ個人の資格で自分を受け止めてくれるような市民社会を、共に建設しよう。一人一人が小さな勇気を持てば、この社会は変えられる。社会思想史(うめぞうの担当科目)は資本や権力をすぐに動かすことはできないが、それでも決して敗北宣言をすることはない。時間をかけて粘り強く、真の公的生活領域を回復することが、これからの皆さんの課題だ、と。

こうして学生に語りかけるのも、これが最後。これからはまつこの指図にしたがって、健康維持と老後の楽しみに専念しよう。

2020年1月12日 (日)

最終講義

まつこです。

狭い我が家のリビングは今、甘い香りでむせ返るほど花でいっぱい。

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[ゆり、ばら・・・]

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[ラナンキュラス、スイートピー・・・]

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[百花繚乱]

うめぞうが職場でいただいた花々です。

先週、うめぞうの最終講義がありました。同僚の方たちや学生たちがたくさん集まってくださいました。

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[いよいよ最終講義]

私もお招きいただき、うめぞうの講義を聞いてきました。

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[最終講義のテーマは「貨幣論」。ヨレヨレの紙袋を机の上に置いたまま熱弁をふるっているうめぞう]

70歳の定年まで無事に勤めることができ、ほっと安堵しています。ここまで支えてくださった同僚と学生のみなさんに感謝しています。

平成の30年間、大学設置基準の大綱化、国立大学の法人化、中教審答申に基づく教育改革要請などを経て、日本の大学は研究機関から教育サービス産業へと大きく変貌しました。情報端末が手のひらに収まる時代にあっては、「知識」の集積ではなく、「情報」の検索とその活用能力が求められるようになってきています。目の前にいる若者たちに何を提供すれば良いのかを模索しながら、同時に(ささやかではあっても)自分たちの知的営為を歴史の中にどう位置付けたら良いのか悩まざるを得ない。

大学を辞めるのはこうした難しい状況から解放されるという面があります。あとは好きなことを好きなように勉強すれば良い。その解放感からか、最終講義を終えたうめぞうは、せいせいした表情をしています。この自由を十分に謳歌すべく、知的にも、肉体的にも、まだまだ元気でいてほしいと願っています。

2020年1月 5日 (日)

囲碁の日

まつこです。

1月5日は「囲碁の日」だそうです。

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[うめぞう半身になって真剣に形勢判断をしています]

我が家でも打ち初めしました。私たちは3子局(先に3つ置かせてもらう)というハンディ戦で対局しています。

今日の結果は・・・

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[これが終局図]

うめぞう(白)の5目勝ち。

2020年の目標は、うめぞうに3子で勝てるようになることです。しかしうめぞうも、最近はコンピュータにあれこれソフトを入れたりして勉強している様子で、なかなか厳しい目標です。

囲碁は「おじいさんのゲーム」というイメージがあり、趣味としてはオシャレ感が欠如していることは否めません。日本棋院が話題作りのために免状を授与したのが『サザエさん』のお父さんの磯野波平ですから、どうしても昭和のおじさんの風情が漂います。「え、囲碁始めた?囲碁ってあのジミなあれ?意外な趣味ね」と、この半年で何回言われたことか・・・。

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[昭和は遠くなりにけり・・・だよね]

そんななかTwitterで「皇帝ペンギンのペンペン」のかわいい囲碁イラストを見つけてうれしくなりました。

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[眼差しの真剣さがよい]

こちらのイラストは2018年の囲碁の日のようですが、今年のイラストも可愛かったです。

平安時代には貴族が、武家社会では武士が楽しんだ囲碁、現代では人工知能の導入や国際化など、長い歴史の中で囲碁もいろんな側面を見せますが、ルールはあくまでシンプルで変わっていません。囲碁人口の減少を懸念する声も多いのですが、千年以上続いてきたものは、多少、人気が落ちたからといって完全に消えるとは思えません。プロ囲碁棋士という業態にとっては厳しい状況になるとしても、囲碁文化そのものがなくことはないでしょう。

お金もかからないし、子供は集中力アップに、老人は認知症予防に、それぞれ効果的という説もあるようです。地味なイメージなど気にせず、紫式部からペンペンまで楽しむ囲碁というものを、私もしてみむ、という精神で今年もパチリ、パチリと打ち続けます。

 

2020年1月 2日 (木)

東京での年越し

まつこです。

今回はどこにも出かけず、東京での年越しでした。今まではどちらかの親を訪ねたり、海外に出かけたりしていたのでうめぞうと二人だけで東京で迎える新年は、今年が初めてです。

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[青山フラワーガーデンで調達]

30日になってからクリスマス・ツリーを片付け、お正月用の花を飾りました。買ってきたアレンジメントを飾るだけで、お正月の飾りはごく簡単にすませちゃいました。

31日の昼過ぎに年越し蕎麦。

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[うめぞうは天せいろ、私は温かい天ぷらそばにしました]

二人ともお蕎麦は好物なので、いろいろ行きたいお店はあるのですが、今回は本郷3丁目のお蕎麦やさん、田奈部に出かけました。混み合っていましたが、運良くそれほど待たずに席が空きました。大晦日だから奮発して、天ぷらつきです。

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[エントランスも華やかに飾りつけられていました]

夜はサントリー・ホールへ出かけてジルヴェスター・コンサートを楽しみました。ウィーン・フォルクスオパーのオーケストラが本場のウィンナ・ワルツの数々を聞かせてくれます。オペレッタからのアリアやバレエもあって楽しいコンサートでした。

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[ステージの上に大きな時計が用意されています]

夜10時の開演で、おなじみの「美しく青きドナウ」が終わったところで、12時1分前。10秒まえから観客が声を合わせてカウントダウンをして新年になった瞬間、天井から金色の紙吹雪が舞い降りてきました。ゴージャスな気分の年明けです。

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[地震研究所の裏の野球場横がいつもの散歩道]

1年の計は元旦にあり。前の晩、家に帰りついたのは1時をだいぶ過ぎていましたが、元旦の朝は早起きして東大構内を散歩しました。いつものように途中で足を止めてラジオ体操もします。

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[あけましておめでとう]

朝の散歩から戻ったら、おせち料理で乾杯。おせちはデパートに注文して、京都の「かじ」という料理屋さんの1段重を配達してもらいました。「かぶらずし」は金沢から、お雑煮のお餅は新潟からお取り寄せ。お酒は宝酒造杯で私が獲得した松竹梅の「白壁藏」です。

午前中からほろ酔い気分になれるのは、お正月ならでは。午後になってもお腹がいっぱいなので、ご近所の根津神社まで出かけてみました。

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[女性だけのグループによる権現太鼓]

根津神社は初詣に来た善男善女で長蛇の列です。澄み切った青空のもと、権現太鼓という和太鼓の音が響きわたっていました。

のんびりくつろげた年越しでした。二人とも健康で、なんの心配もなく過ごせるのが、いかに幸運なことかとしみじみと思う正月です。幸せな新年を迎えられたことにあらためて感謝しています。

 

 

2020年1月 1日 (水)

あけましておめでとうございます

ウメマツです。

あけましておめでとうございます。

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[昨年の夏におとずれたオルタ・サン・ジューリオ]

昨年、このブログにお立ち寄りいただいたみなさん、どうもありがとうございました。ブログを書き始めて12年目になります。いつのまにか長い道のりを歩んできたのだと感慨をもって自分たちの人生を振り返る年齢になりました。その間、社会にも明らかな変化がありました。

今年も日々のあれこれを書きしるしながら、自分たちの生活を省みるとともに、時代の変化を観察する機会にしたいと思っています。今年もどうぞよろしくお願いします。

 

 

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