« 北国の黒いマリア | トップページ | 雛祭りの誓い »

2017年3月 1日 (水)

お殿様

まつこです。

今回、訪ねた二つの町、新潟県村上市と山形県鶴岡市の共通点は、城下町だったこと。村上藩5万石、庄内藩は12万石。町の人たちと話してみると、こういう歴史が今も人々の生活の中にしっかり根ざしているのに気がつきます。

Photo
[村上の茶舗、九重園]

村上は町家の雛人形めぐりが観光客の間で人気なのですが、残念ながら3月1日からでまだ始まっていませんでした。でもお茶の九重園でちょうど飾り付けをしているところで、女将さんが人形の由来などを詳しく話してくれました。

Photo_3
[女将さんがお店の歴史やお雛様の由来を詳しく話してくださいました]

江戸時代には町人はお雛様を持つことは許されていなかったのだそうです。明治維新で廃藩置県となり、この地の藩主が東京に引っ越すことになり、その費用を分担したのがこのお茶屋さん。藩主は感謝の印として自分たちの家財のお雛様を下賜したのだそうです。

Dsc04276
[前に並ぶ大名行列の人形もお殿様からいただいたものだそうです]

村上は日本におけるお茶栽培の北限とされていますが、そもそもそのお茶栽培を支援したのも藩主やその臣下だったのだそうです。

こういう話をしてくださるとき、言葉の端々に藩主への敬意が滲みます。100年以上昔の藩主でも、「私たちのお殿様」という意識が町の人々の間には深く残っているようです。

Dsc04394
[鶴岡城の城址は公園になっていて、明治以降の歴史的な建物が移築されています]

鶴岡も同様ですが、こちらは藩主の子孫が今も市内に在住で、町の人々からは「第17代ご当主」とか「第18代ご当主」というふうに、今も「お殿様」として扱われているようです。

Photo_4
[庄内の藩校だった致道館]

数日の滞在でしたが、町の中でよく「忠明書」と署名された書をみました。

Dsc04405
[宿泊したホテルに飾られていた書]

ホテルのレセプションのデスクの後ろにもかけられていました。

Photo_5
[天主堂という文字も忠明書]

ひょっとしてこの忠明さんは鶴岡出身の書家なのかしら・・・と思い、一人で散策中に思い切って致道館の受付の人に尋ねてみました。すると「酒井忠明(ただあきら)様は17代当主でいらっしゃいます・・・」と長い説明が始まりました。その口調に、いかにも深い敬愛の念がこもっていて、思わず「それはそれは存じませんで失礼しました」と頭を下げてしまいそうになりました。

2004年に亡くなった酒井忠明氏は歌人でもあり、「今もなほ殿と呼ばれることありてこの城下町にわれ老いにけり」と歌ったそうです。封建制度というのは政治的な制度はなくなっても、社会や文化の中ではなかなか消えないものだなあと、城下町を歩きながら考えました。

« 北国の黒いマリア | トップページ | 雛祭りの誓い »

コメント

お久しぶり、松岡和子です。相変わらず仲良くご旅行、よしよし。鶴岡は私にとって何よりもまず藤沢周平のふるさとです。もう3回も訪れました。また行きたい。海の幸山の幸に恵まれたいいところですよね。今度お目にかかったら、鶴岡談義をしたいものです。

松岡さん、コメントありがとうございます。

藤沢周平記念館、行ってみました。中年になってから一気に花開き次々と書ける作家もいるんですね。

今回はうめぞうが鶴岡の保育園で講演を頼まれました。ずらりと並んだ保母さんたちを前に、デレっとやに下がるのかと思いきや、けっこう緊張していました(笑)。みなさんが率直な意見をてらうことなく語られて、清々しい会でした。

鶴岡のお寿司やイタリアンもたらふくいただきました。食の豊かさを実感!暖かくなったらまた行こうと話していいます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: お殿様:

« 北国の黒いマリア | トップページ | 雛祭りの誓い »