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2016年11月10日 (木)

トランプ君の登場

うめぞうです。

やれやれ、いやはやである。
メキシコ移民は犯罪者で強姦魔、メキシコ政府の金で壁を築く、イスラム教徒は米国への入国を禁止する、などなど、数々の暴言を発し、対立陣営やメディア、アジア人、アフリカ系アメリカ人、身体障害者を公然とあざ笑い、10人を超える女性たちから性的嫌がらせで訴えらえ、またそれを自慢しているテープを公表され、白人至上主義者の組織クー・クラックス・クラン(KKK)の熱烈な支持を受けた人物が超大国アメリカの大統領とはねえ・・・。KKK元指導者デヴィッド・デュークが「わが人生最高の日」とツイートしたのもうなづける。
 政治家のこの種の差別主義的、排外主義的発言は、飲み屋での仲間内での放談にはいくらでもあったろう。しかし成熟した民主主義国の公的な政治演説でこれが使われれば、明らかなポリティカル・コレクトネス違反だ。政治家にとっては即座に命取りになりかねないのが、これまでのジョーシキだった。しかし今回、この逸脱は広範な大衆によって「ひそかに」容認され、さらには喝采を受けた。大手メディアの世論調査は、この「ひそかな」情念を察知できなかったため、最後までヒラリー有利の予想しか発表できなかった。
 投票箱の前で最後に人を動かすのは、このひそかな情念だ。このことを、英国のEU離脱も、フランスの国民戦線やドイツのAFDの躍進も、今回のトランプの勝利も教えている。ヘイト・クライムや攻撃的な民族主義が台頭しつつある日本でも、安倍政権が安定した支持を得ている。これらはすべて同じ文脈に置いてみる必要があるだろう。そこには、グローバル化した金融資本主義に対する大衆のいらだちがある。
 リーマンショック後、税金を投じて救済された米国金融界はいちはやく立ち直った。そのつけは増税、教育予算や社会保障削減となって、広範な大衆にまわされた。現在は、中央銀行の供給する過剰な流動性が景気を下支えし、世界の主要都市でふたたび不動産バブルを引き起こしている。
 その一方で、不安定雇用のもとでの低賃金と過剰労働は、株価や雇用統計には現れない大衆の不安と疲労を鬱積させている。このフラストレーションを吸い上げる政治的嗅覚が、ヒラリーよりも、むしろトランプにあったということだろう。
 こうなると、うめぞうの目には、どうしても1930年代の世界恐慌の風景が二重写しになってしまう。あの時も、小市民層が貧困化する一方で、国際化した金融資本が膨張した。とくに第一次世界大戦後のドイツでは巨額な賠償金に苦しめられた大衆の不満を、共産党とナチ党が吸収して、躍進した。共産党は国際化した独占資本を批判し、ナチ党は国際ユダヤ資本こそが諸悪の根源だと批判し、多数の国民の喝采を浴びた。ヒトラーにもまた、国民のひそかな情念を汲みとる抜群の嗅覚と政治的センスがあった。
 しかし、ヒトラーもそうだったが、こうした大衆ファシズム的指導者はいったん権力の座に着くと、すぐに金融や軍産複合体からなるいわゆるエスタブリッシュメントと手を結び、癒着するのが通例だ。ヒトラーの場合にはユダヤ人の財産と地位と生命を根こそぎ奪って、それをドイツの大衆を慰撫するために流用し、国内人気をつないだ。しかし、トランプが標的にしているメキシコ移民やイスラム教徒には奪うべき資産も権限もない。だから経済政策では、おそらく減税と国債依存という新自由主義的なパッケージをあいかわらず継承するだろうと、うめぞうは見ている。結果的にトランプに投票した人たちの生活は、トランプの経済政策では救済されず、不満は残るだろう。そのときに、その不満を自分からそらすために、自分の政策実現を邪魔しているのは移民やマイノリティ、イスラム教徒、左派知識人、労働組合等々だという宣伝を打ち、国内での白人至上主義を煽る可能性がある。
 とはいえ、アメリカほどの強大な先進国は、ひとりの大統領が全体をすぐに動かせるほど単純にはできていない。まずは、彼をあらたに支える2500人のスタッフたちが、すでにさまざまな既得権や利害と結びついている。たしかに日本と違って、大統領が民主党から共和党に変わると、おもなる公務員が総入れ替えになるようなので、日本の政権交代よりは、ずっと大きな変化になることは間違いないだろう。それでも共和党議員の中にも、まともな政治家は少なからずいるはずだ。また各州は、外交や安全保障は別として、それぞれが一つの国家としての自立性をもっている。50人を超える州知事の間の意見調整もあるだろう。
 NATOからの撤退とか、在日米軍の引き上げとか、選挙戦では言っていても、米国として、それほど大きな転換ができるとは、うめぞうには思えない。個人的にはTPPの不成立は良かったと思っているし、もし沖縄の米軍を撤退してくれるなら、これを絶好のチャンスとして、日本も真剣に考えるといいと思っている。もちろん、その時には日本の核武装論が出てくるだろうし、地政学上の別の危険が生じるだろうが、アメリカの属国として思考停止に甘んじるよりは日本の主体的外交と自立のためには良いチャレンジだろう。アメリカが思い上がった世界の警察官としての役割を放棄するなら、それはけっして悪いことばかりではないはずだ。トランプが本気で軍産複合体や金融資本の国際覇権に釘を刺し、モンロー主義に立ち返って国内優先で国を立て直すというなら、それはけっして悪い選択肢ではない。ただし、現実はそんなに甘くない。金融資本も、軍産複合体も、大統領が一人で動かせるほど軟弱ではないだろう。その面では当面、劇的な変化があるとは思えない。
 それよりも、うめぞうが心配しているのは、「ひそかな」情念が、トランプの成功によって「公然たる」情念として公的生活を導いていくことだ。ポリティカル・コレクトネスなどは、一部の特権的知識人のたわごとだった、本音を自由に言おうじゃないか、これがアメリカの自由だ。こんな具合に、差別やヘイト・スピーチへのタブーがとれて、それを公然と表明する雰囲気が大衆の生活レベルにじわりと拡大していくのはきわめて危険だ。クークッスクラン(KKK)の支持を受けた史上初めての大統領がアメリカに登場したことで、もし政治文化の脱規範化がすすむようなことになったら、トランプとヒトラーの二重写しも、うめぞうの妄想にはとどまらなくなってしまう。それは市民社会の根幹を腐食させ、次の時代の悲劇を生むことになるだろう。そうならないように、ここはアメリカの政治理性の目覚めを切に期待したいところだ。

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