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2016年11月

2016年11月30日 (水)

朝焼け

まつこです。

あっというまに11月も終わりです。日の出が遅く、朝起きると朝焼けが眺められる季節です。

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[今朝の朝焼け]

鮮やかな茜色だったので、大急ぎで写真を撮ろうとカメラを探している間に、朝焼けの色が薄くなってしまいました。刻々と変化する空の様子に、時の過ぎる速さが見えるようです。

明日からはさらに気ぜわしい師走。この時期はいろんな行事や予定がぎっしり。寒くても元気に過ごしたいものです。


2016年11月23日 (水)

風物詩

まつこです。

今年もこの季節がやってきました。

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[のんびり休日の朝ごはん]

見かけるとついつい買いたくなっちゃう。パン屋のPaulのサン・ニコラ。

しかし、朝からクロワッサンとチョコつきの菓子パンを食べてしまうと、炭水化物とりすぎが気になるお年頃。

朝食のあとはせっせと散歩に出かけました。

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[黄色い絨毯みたい]

東大のキャンパスの中は、黄色く色づいた銀杏を見に来た人がたくさんいました。

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[こちらは地震研究所の横の小道]

灰色の空ですが、この晩秋のおちついたたたずまい、嫌いではありません。冷たい空気の中を、はらはらと黄色い葉が降り続けています。少し寂しげな美しい風景です。

明日は雪になるかもしれないそうです。いよいよ季節は冬。暖かくして過ごしましょう。

2016年11月19日 (土)

ブリと鯛

まつこです。

昨日、いただいたあの立派な大根はブリ大根に。

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[じっくり味をしみこませました]

これと日本酒がぴったり・・・と言いたいところですが、実は目下、節酒中。最近、ちょっと耳鳴りがひどくなったり胃がむかついたり、お酒を飲むと体調がおもわしくないのです。

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[じつはこれ、写真撮影用の乾杯のふり]

うめぞうも私の節酒につきあってくれてくれています。

ブリ大根に日本酒がつかないなんて、チーズにワインがつかないようなもの。うーん、ちょっと寂しい・・・。

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[鯛のアラ炊き]

別の日は地元で採れた天然の鯛がスーパーにあったので、鯛のお刺身、鯛のアラ炊き、鯛の潮汁など。この鯛づくしお夕食もお酒なし・・・。

うーん、人生観、変わりそうです。

2016年11月18日 (金)

柿と大根

まつこです。

昨晩、新潟に来ました。ガランとした空き家は冷えきっていて寒いのなんの。でも一夜明けてみると・・・

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[雨上がりで濡れた南天の赤い実が朝日にあたってキラキラ]

快晴です!晩秋の庭にはいろんな色の実が見つかります。

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[剪定していないので、ツルウメモドキも伸び放題。庭のいろんなところで見かけます]

しかし実がひとつもついていない木がありました。裏庭の柿です。毎年、この季節にはたわわに実がついていたはず。うめぞうは、これを楽しみにやってきたのですが・・・

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[ひとつだけ残っていた柿の実]

朝一番に裏庭を見に行ったうめぞうが、「ねえ、柿の実がひとつもないよ・・・」としょんぼりしています。確かに、きれいになくなっています。下にも落ちていません。突然変異で実がならなくなる?それともまさか・・・誰か、取って行っちゃったの?

去年も一昨年もこの季節には家を見に来ておらず、くちるままになっていたはずの柿の実。もしも誰かが食べてくれたのなら、まあ、それはそれでよしとしましょう。

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[生垣の紅葉が色鮮やか!]

花より団子のうめぞうは、きれいな紅葉より、おいしい柿の方がお目当てだったのですが、ここは気を取り直して、母の友人のKさんを訪ねておいしい野菜をいただいてきましょう。

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[柿の実ショックのせいで、ここなしか元気のないうめぞう]

里山の景色を眺めながら、のんびり歩けば気分も爽やかになります。Kさんは私たちを畑に連れて行ってくれて、その場で大きな大根を2本引き抜いてくださいました。炊きたてのふかふかのおこわもいただいて、うめぞうもすっかりご機嫌です。

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[ボトムだぞ!とはしゃぐうめぞう]

太くてりっぱな大根2本はかなりな重さです。うめぞう、肋骨にヒビが入っているのですが、こと食べ物になると痛みは感じないらしく、大根2本持ってうれしそうな顔で秋の田舎道を歩いて帰って来ました。

2016年11月13日 (日)

笑えない話

まつこです。

笑えない話です・・・。いえ、アメリカ大統領選の結果のことじゃありませんよ。我が家の状況です。

先週の日曜日、うめぞうは卓球の試合、私は大阪の母のお見舞い。京都で買ってきた二傳のお弁当と、いただきものの銘酒「獺祭」でお夕食にしようとしましたが、うめぞうの元気がありません。

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[獺祭で乾杯!しかしもうひとつ元気のないうめぞう。どうした?]

「どうしたの?うめぞう、元気ないね。全敗だって気にしない、気にしない。いつものことじゃないの!」と明るく慰めたものの、どうも様子が変です。これは良からぬことを何か隠しているに違いありません。

数日後、この理由が判明しました。卓球の試合中に、無理に球を受けに行って別の選手と衝突し、肋骨を骨折していたのです。

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[二傳のお弁当]

「試合に無我夢中になって衝突したあげく、結果は全敗」というあまりにも情けない事実を口にすることができず、うめぞうは痛みに耐えて黙っていたのでした。しかし数日後、痛みは強まるばかり。整形外科に行って診てもらったら肋骨にヒビが入っていました。

肋骨の骨折はサポーターのようなベルトをして固定し、自然治癒を待つ以外には仕方ないそうです。行きつけの近所の整形外科の若い女医さんは、「卓球?腰痛も膝痛も卓球できるくらい良くなってよかったじゃないですか」と笑っていたそうです。

妻に笑われ、女医さんに笑われ、踏んだり蹴ったりのうめぞうですが、本人がうっかりつられて笑うと、肺や横隔膜が動くため痛みが走ります。笑うに笑えない状況です。胸をバンドでギュッと固定しているので、「ブラジャーしている気分がわかった」そうです。「寄せて、あげて・・・」とついついいつもの癖で自分で冗談を言いながら、笑いをこらえています。

全治2ヶ月。しばらく笑えない状況が続きます。

2016年11月11日 (金)

続き

引き続きうめぞうです。

前回の記事に書けなかったことを一つ補足しておきたい。
それは、総力を挙げてあれほど熱心かつ頻繁に事前調査をしていた主要メディアが、保守系を含めて、なぜ前回のブレクシットも、今回のトランプ勝利も正確に予測できなかったのかということだ。
世論をリードしていると思い込んでいた識者やジャーナリストや主要メディアは、おそらくこんなふうに、たかをくくっていたのだろう。 「ちょっと冷静に考えれば、ブレクシットなどあり得ない、トランプ大統領などあり得ないことはすぐにわかるはずだ。そんなことを求める連中はよほど頭がおかしい」と。
そんな幻想を仲間内で共有しながら、彼らは現実を甘く見ていた。エリート層に対する不信感と怒りが、いかに根強く民衆のうちに鬱積しているかを、彼らは感じ取れなかった。声なき声を聞き取る謙虚さが、エスタブリッシュメントには欠けていた。ブレクシットもトランプ大統領も、かなりきわどい、危険な賭けであることは、賛成票を投じた人も知らないわけではなかったろう。ただ、そんなこと起きるはずがないとたかをくくっている支配層に、彼らは一矢を報いようとしたのではないか。事前予測が当たらなかった新聞各紙は、報道機関としての読み違いに対して、きちんと敗北宣言を出し、その敗因を謙虚に分析し、公表すべきだろう。さもなければ、鬱積した破壊衝動はふたたび予想外な形で噴出してくることになる。
  その間にとりざたされている人事、かつてのニューヨーク市長ルドルフ・ジュリアーニの司法長官やクリス・クリスティの国土安全保障省長官、サラ・ペイリンの内務長官、ジョン・ボルトンの国務長官就任などの噂を耳にすると、これは筋金入りのネオコン政府になることはほぼ間違いない。安倍政権が無理難題をふっかけられて、防衛費増強、思いやり予算倍増を飲まされる公算は相当に高さそうだ。
  してみると、もともとこれは、オバマ政権下で野に下ったネオコンのシナリオによるトランプの利用だったのかもしれない。そうであればFBIの不透明な動きも合点が行く。まあ、現実政治の世界にはうというめぞうの想像力をはるかに超えた世界だが、いずれにせよ憂鬱なことだ。

2016年11月10日 (木)

トランプ君の登場

うめぞうです。

やれやれ、いやはやである。
メキシコ移民は犯罪者で強姦魔、メキシコ政府の金で壁を築く、イスラム教徒は米国への入国を禁止する、などなど、数々の暴言を発し、対立陣営やメディア、アジア人、アフリカ系アメリカ人、身体障害者を公然とあざ笑い、10人を超える女性たちから性的嫌がらせで訴えらえ、またそれを自慢しているテープを公表され、白人至上主義者の組織クー・クラックス・クラン(KKK)の熱烈な支持を受けた人物が超大国アメリカの大統領とはねえ・・・。KKK元指導者デヴィッド・デュークが「わが人生最高の日」とツイートしたのもうなづける。
 政治家のこの種の差別主義的、排外主義的発言は、飲み屋での仲間内での放談にはいくらでもあったろう。しかし成熟した民主主義国の公的な政治演説でこれが使われれば、明らかなポリティカル・コレクトネス違反だ。政治家にとっては即座に命取りになりかねないのが、これまでのジョーシキだった。しかし今回、この逸脱は広範な大衆によって「ひそかに」容認され、さらには喝采を受けた。大手メディアの世論調査は、この「ひそかな」情念を察知できなかったため、最後までヒラリー有利の予想しか発表できなかった。
 投票箱の前で最後に人を動かすのは、このひそかな情念だ。このことを、英国のEU離脱も、フランスの国民戦線やドイツのAFDの躍進も、今回のトランプの勝利も教えている。ヘイト・クライムや攻撃的な民族主義が台頭しつつある日本でも、安倍政権が安定した支持を得ている。これらはすべて同じ文脈に置いてみる必要があるだろう。そこには、グローバル化した金融資本主義に対する大衆のいらだちがある。
 リーマンショック後、税金を投じて救済された米国金融界はいちはやく立ち直った。そのつけは増税、教育予算や社会保障削減となって、広範な大衆にまわされた。現在は、中央銀行の供給する過剰な流動性が景気を下支えし、世界の主要都市でふたたび不動産バブルを引き起こしている。
 その一方で、不安定雇用のもとでの低賃金と過剰労働は、株価や雇用統計には現れない大衆の不安と疲労を鬱積させている。このフラストレーションを吸い上げる政治的嗅覚が、ヒラリーよりも、むしろトランプにあったということだろう。
 こうなると、うめぞうの目には、どうしても1930年代の世界恐慌の風景が二重写しになってしまう。あの時も、小市民層が貧困化する一方で、国際化した金融資本が膨張した。とくに第一次世界大戦後のドイツでは巨額な賠償金に苦しめられた大衆の不満を、共産党とナチ党が吸収して、躍進した。共産党は国際化した独占資本を批判し、ナチ党は国際ユダヤ資本こそが諸悪の根源だと批判し、多数の国民の喝采を浴びた。ヒトラーにもまた、国民のひそかな情念を汲みとる抜群の嗅覚と政治的センスがあった。
 しかし、ヒトラーもそうだったが、こうした大衆ファシズム的指導者はいったん権力の座に着くと、すぐに金融や軍産複合体からなるいわゆるエスタブリッシュメントと手を結び、癒着するのが通例だ。ヒトラーの場合にはユダヤ人の財産と地位と生命を根こそぎ奪って、それをドイツの大衆を慰撫するために流用し、国内人気をつないだ。しかし、トランプが標的にしているメキシコ移民やイスラム教徒には奪うべき資産も権限もない。だから経済政策では、おそらく減税と国債依存という新自由主義的なパッケージをあいかわらず継承するだろうと、うめぞうは見ている。結果的にトランプに投票した人たちの生活は、トランプの経済政策では救済されず、不満は残るだろう。そのときに、その不満を自分からそらすために、自分の政策実現を邪魔しているのは移民やマイノリティ、イスラム教徒、左派知識人、労働組合等々だという宣伝を打ち、国内での白人至上主義を煽る可能性がある。
 とはいえ、アメリカほどの強大な先進国は、ひとりの大統領が全体をすぐに動かせるほど単純にはできていない。まずは、彼をあらたに支える2500人のスタッフたちが、すでにさまざまな既得権や利害と結びついている。たしかに日本と違って、大統領が民主党から共和党に変わると、おもなる公務員が総入れ替えになるようなので、日本の政権交代よりは、ずっと大きな変化になることは間違いないだろう。それでも共和党議員の中にも、まともな政治家は少なからずいるはずだ。また各州は、外交や安全保障は別として、それぞれが一つの国家としての自立性をもっている。50人を超える州知事の間の意見調整もあるだろう。
 NATOからの撤退とか、在日米軍の引き上げとか、選挙戦では言っていても、米国として、それほど大きな転換ができるとは、うめぞうには思えない。個人的にはTPPの不成立は良かったと思っているし、もし沖縄の米軍を撤退してくれるなら、これを絶好のチャンスとして、日本も真剣に考えるといいと思っている。もちろん、その時には日本の核武装論が出てくるだろうし、地政学上の別の危険が生じるだろうが、アメリカの属国として思考停止に甘んじるよりは日本の主体的外交と自立のためには良いチャレンジだろう。アメリカが思い上がった世界の警察官としての役割を放棄するなら、それはけっして悪いことばかりではないはずだ。トランプが本気で軍産複合体や金融資本の国際覇権に釘を刺し、モンロー主義に立ち返って国内優先で国を立て直すというなら、それはけっして悪い選択肢ではない。ただし、現実はそんなに甘くない。金融資本も、軍産複合体も、大統領が一人で動かせるほど軟弱ではないだろう。その面では当面、劇的な変化があるとは思えない。
 それよりも、うめぞうが心配しているのは、「ひそかな」情念が、トランプの成功によって「公然たる」情念として公的生活を導いていくことだ。ポリティカル・コレクトネスなどは、一部の特権的知識人のたわごとだった、本音を自由に言おうじゃないか、これがアメリカの自由だ。こんな具合に、差別やヘイト・スピーチへのタブーがとれて、それを公然と表明する雰囲気が大衆の生活レベルにじわりと拡大していくのはきわめて危険だ。クークッスクラン(KKK)の支持を受けた史上初めての大統領がアメリカに登場したことで、もし政治文化の脱規範化がすすむようなことになったら、トランプとヒトラーの二重写しも、うめぞうの妄想にはとどまらなくなってしまう。それは市民社会の根幹を腐食させ、次の時代の悲劇を生むことになるだろう。そうならないように、ここはアメリカの政治理性の目覚めを切に期待したいところだ。

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