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2016年9月

2016年9月30日 (金)

ある天文学者の恋文

まつこです。

先週、ヴェネツィアのルネサンス絵画を見て、イタリア熱がにわかに盛り上がっている我が家。ジュゼッペ・トルナトーレ監督、エンリコ・モリコーネ音楽の映画が公開されたというので、さっそく見に行きました。

しかし、映画が始まってみると、この映画の舞台はイギリスでした・・・。

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[親子ほども年の差のある恋人同士を演じるオルガ・キュリレンコとジェレミー・アイアンズ]

自らの死期を知った天文学の教授が若い恋人に、死後にもビデオ・メッセージやメール、手紙が届くように手配をして死んでいくという設定です。何億光年のかなたですでに燃え尽きた星の光から宇宙の謎を読み解こうとする天文学と、永遠に続く愛を重ね合わせたロマンティックな恋愛映画です。(うめぞうは、自分が死んだ後まで恋人にメッセージを届け続けようとするのは、男のエゴイスティックな妄執だと憤慨していましたが・・・。)

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[残された人の悲しみが灰色の街の風景にシンクロします]

常に灰色の雲が重くたれこめるヨークやエジンバラが舞台です。セリフももちろん英語。ジェレミー・アイアンズの詠嘆調の英語が耳に心地よい。まあ、イタリア映画じゃなかったけれど、まあいいやと思って見ていたら、舞台は一転・・・

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[おお、息をのむほど美しいこの島はどこ?]

イタリアの小さな島へ!

水面に映る対岸の山、ゆっくりと進むボート、イタリア語訛りの英語を話す島人たちの暖かさ。映画が終わってみると、心に残ったのは、やはりこの島の美しさでした。

帰宅してさっそく調べてみたところ、この島はイタリア湖水地方のオルタ湖に浮かぶサン・ジューリオ島でした。長さ300メートル、幅140メートルほどで、ベネディクト派の修道院として使われていたそうです。ああ、行きたい、イタリア・・・。いいな、イタリア・・・。

やはりトルナトーレ映画、期待通りにイタリア熱がさらに高まりました。

2016年9月26日 (月)

ヴェネツィア対フィレンツェ

うめぞうです。

うめぞうは、絵画、建築、写真、ファッション、その他、イメージ系の感受性や知識が皆無で、まったく才能もセンスもない。会合から戻ってきて覚えているのは、議論の内容だけで、まつこが「ほら、あのブルーのセーターを着ていた人がね」とか「パンタロンスーツを着ていたあの人はね」なんて言うのを聞いても、まったく覚えていない。視覚情報より、圧倒的に言葉と音が好きなのだ。 だから、ヴィジュアル系でも映画や芝居なら言葉や音が入るので、まつこのお供でついて回っているうちに、少しは楽しめるようになった。視覚情報だけであっても、書道展なんかは漢字が書いてあるので比較的退屈しない。

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[ヴィネツィアの目抜き通りカナル・グランデ]
それでも、ヴェネツィアの絵画展はそれなりに楽しめた。聖画から性画へ!これは美術には全く知識も感覚もないうめぞうにしては、自分でもなかなかうまく言ったものだと思うほど、ルネサンスの本質をよく表現しているキャッチコピーに思えた。時代順に見ていくと、芸術作品が教会堂装飾から、パトロン豪商たちの館をかざる公認ポルノに変化していくようすが、うめぞうにもよくわかった。

ところで、この展覧会をご覧になる時には、ぜひ、イヤホンガイドを使うことをお勧めしたい。 石坂浩二のナレーションは、往年の「シルクロード」の輝きは失せたものの、心地よいスピードとソフトな声で、当時のベネチアを彷彿とさせてくれる。

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[こちらはフィレンツェのアルノ川]
あのようなベネチアの芸術家たちの作品を見ていると、ついつい、ライバルのフィレンツェとの芸術対決を、対比的に見せてくれる展覧会をやってほしいものだと思った。両方の都市の対比は、ジンメルのエッセイ「ヴェネツィア」にうまく描かれている。それでも、ジンメルはフィレンツェにみなぎる構築への意志や、個と全体の有機的つながり、政治的生命力の発露を褒め称え、それに対してヴェネツィアを覆う仮面性、虚偽、実体のない仮象性、移ろいやすさに美的退廃をかぎつけているように読める。

でも、うめぞうは圧倒的にヴェネツィアが好きだ。都市の中心に絶対的権力と政治的意志が存在したフィレンツェ。その秩序への意志は、カオスに耐えられない人間の弱さの表現でもある。その点、分散的な権力構造を持ったヴェネツィアには、民主制のもつ不安定性と移ろいやすさがつきまとう。そこから生み出されるアウトローの空間、遊戯、犯罪、退廃、人生のはかなさ。いいじゃないか。これに耐え、これを楽しむには、真にしなやかな強靭さが必要だ。

2016年9月25日 (日)

うめぞうの鑑賞力

まつこです。

乃木坂の国立新美術館は開館してもう10年なのに、行ったことがありませんでした。遅ればせながら、特別展『ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち』にうめぞうを誘って行ってきました。

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[うめぞうも国立新美術館に来たのは初めて]

平日の午後だったので、想像していたほどは混んでいませんでした。音声ガイドを借りてじっくり見ることができました。

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[光の中を舞い降りてくる白い鳩がまぶしい!]

この特別展の目玉はティツィアーノの『受胎告知』。映画の一場面のようにドラマティックです。

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[ヴェロネーゼの『嬰児虐殺』]

強く心に残ったのはヴェロネーゼの『嬰児虐殺』。子供を守ろうとする母親の必死な形相も強烈ですが、それを冷ややかに見下ろす役人の表情やまるで無関心な傍観者の顔が、印象的でした。人間はいかに残忍になりうるのかという真実を、この無表情が表しているように思えました。

うめぞうの感想は・・・

「聖画」から「性画」へってことだな!

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[ベッリーニの『聖母子』]

確かにこのような宗教画が多い初期から始まり・・・

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[パドヴァニーノの『オルフェウスとエウリュディケ』]

後半はこのようにギリシア神話の物語を描いたエロティックな絵が多くなります。

「やっぱり生殖力の豊かさが美しいとされたんだろうねえ。おっぱいはそれほどでもないけど、お尻が大きいねえ〜」

と、でれ〜っとした表情でうめぞうは見入っていました。

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[ルネサンス芸術をたっぷり堪能して満足気なうめぞう]

ま、小難しい理屈ぬきで、このように本能のおもむくままに鑑賞するのも、正直でなかなかよろしい。

2016年9月20日 (火)

ごがたきくん

まつこです。

うめぞうが新潟に来るのを楽しみにするのは、囲碁のライバル「碁仇(ごがたき)くん」がいるから。今回はお天気には恵まれませんでしたが、この人たちにとって、空模様などまったく問題ではありません。いつものように家の一番奥の和室に閉じこもり、囲碁三昧です。

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[碁仇くん対うめぞうの熱戦]

この碁仇くんはとにかく大の囲碁好き。設計士のお仕事の合間をぬって、連日、碁を打ちにやってきます。ときには午後ずっと囲碁をうち、いったんお家に帰ってお夕飯を済ませてからまたやってきて、深夜まで囲碁ということもあります。

今回は二日間で6局。うめぞうの5勝1敗だったそうです。碁仇くんは途中で仕事の打ち合わせの電話連絡が入り、そのため集中力が切れた模様。「電話がかかってこなければ勝てたのに・・・」と悔しそうに言いながら帰って行きました。

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[碁も勝ち越し、気分良く乾杯]

食べ物はおいしいし、ご近所には碁仇くんがいるし、新潟はうめぞうにとって、すっかり愛着のある第二の故郷です。

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[今日のメインはメバルの煮付け。地元の漁港にあがったメバルです。すごくおいしかった!]

郷里の実家が空き家になって処分に困っている人が全国にたくさんいるそうです。維持費もかかるし、庭もどんどん荒れてきていて、我が家もやがてはなんとかしなければならない日がくるでしょう。それまでは東京の狭いマンションとはまるで違う、「囲碁専用の和室」という贅沢気分の味わえるこの家を大切に使いたいと思います。

2016年9月19日 (月)

民宿ご飯

まつこです。

いつも忙しいうえ、夏期にはうめぞうを残してさっさと単身、イギリス滞在。私も若干はうめぞうに悪いなと思うこともあります。

そういう「ひけめ」のゆえか、新潟に来たときはおいしいものを食べさせてあげようと張り切ります。民宿のおばちゃんの手作り料理みたいな感じです。

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[新米、鮭、かぼちゃのお味噌汁など]

朝から新米炊いて、純和風の朝ごはん。

夜は夜で、こんなお夕飯。

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[ずら〜り並んだ、野菜とお魚]

家で作る和食は素朴な味。最近、こういうのがしみじみ美味しいと感じるようになりました。体も心もほっとします。

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[Kさんからいただいた五目おこわ、佐渡の「えご」、同じく佐渡のウマズラハギのお刺身、イワシのぬた]

母の友人Kさんからいただいた五目おこわが絶品。「連休だからいらっしゃるかなと思って作っておいたの。お二人が帰ってくると、自分の子供が帰ってきたみたいにうれしいわ」と言って、渡してくださいました。その笑顔が思い浮かぶ、やさしい味のおこわです。

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[吉乃川の「ひやおろし」で乾杯]

野菜と魚中心のメニューに、少しのお酒をちびちびと。外は秋の雨がしとしとと降り続けています。その雨音を聞きながらのんびりした夕食です。来週から始まる授業を前に、英気を養っています。

2016年9月18日 (日)

収穫の季節

まつこです。

米どころ新潟ではもう稲刈りが始まっていました。

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[7月に来た時には青々としていた稲田がすっかり刈り取られた後でした]

いつものように、田んぼ道をずっと歩いて、母の友人Kさんを訪ねます。いつものように母の様子を報告。症状が次第に進行しているため、あまり明るい知らせはできないのですが、「いいのよ、私にはお母さんと一緒に過ごした楽しかった思い出がたくさんあるから。ああ、楽しかったなあとよく思い出しているわ」と言ってくださいます。

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[とれたばかりの新米をもらいました]

田んぼや畑で採れた野菜やお米、手作りのおこわなどを、どっさりいただきました。うめぞうと二人で、戦後の買い出しのような格好で、えっちらおっちら、また田んぼの中の道を歩いて帰ります。

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[稲刈り機でどんどん刈られていきます]

途中で稲刈りの作業をしている人たちも見かけました。けっこうなスピードでどんどん刈られていきます。

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[今日はワインで乾杯]

昨日がお鮨だったので、今日はお肉が食べたい気分。いただいたかぼちゃやお茄子は付け合わせ、ジャガイモはサラダに。

ああ、やっぱり田舎はおいしい!収穫の季節を満喫しています。

2016年9月17日 (土)

長岡でお鮨

まつこです。

今週末は新潟へ。おいしいという評判で、前から行きたかった長岡のお鮨屋さん「鮨芳」に行ってみました。

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[長岡駅から徒歩3分ほどの「鮨芳」]

カウンターだけの小さなお店なので、予約が必須。今まで2度ほど試したけれどいっぱいで、今回、初めて うかがうことができました。

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[お酒は何も指定しなければ「久保田」の千寿。ぬる燗がおいしい]

お通しで出てきたのは菊の花の酢の物。この紫の菊花を新潟では「かきのもと」と呼ぶのだそうです。シャキシャキしておいしいです。抗酸化作用もあってアンチエイジングにも良いとか。

・・・で、写真を撮ろうという気持ちはあったのですが、このあとはついつい食べるのに夢中になり・・・

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[さんまのお刺身。サンマの肝醤油もついてきます]

最初にお刺身でいただいたサンマ、イワシ、アジを食べかけたところで1枚・・・

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[トロ鉄火の裏巻き]

・・・〆にいただいた巻物の時点で、ハッと写真を撮り忘れていたことを思い出しました。

その間、ノドグロ、甘エビ(新潟では「南蛮エビ」と呼びます)、ヒラメ、赤身、イクラなどなど、おいしい握りをたくさんいただいたのですが、前に出されるやいなやパクッと飛びつき、写真が一枚もありませんでした。写真のことなど念頭からすっかり消えるほど美味しかったです。

今回は地元新潟なので、私からうめぞうへの招待。お勘定は東京のごく普通のお店に比べてもはるかにリーズナブル。「うめぞう、遠慮しないでどんどん食べて」と安心して言えるお鮨屋さんです。

2016年9月12日 (月)

おみやげ

まつこです。

昨日、ブリティッシュ・エアウェイズで帰ってきました。機内でレイフ・ファインズとティルダ・スウィントンが出ているA Bigger Splashを観ました。イタリアのリゾート地が舞台なのに、ざらりとした映像で屈折した心理を描く暗い映画で、よくわからない・・・と思っている間に眠ってしまいました。気が付いたらもう日本海上空でした。

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[きわめて日常生活っぽいおみやげいろいろ]

うめぞうへのおみやげはJohn Smedleyのセーターはともかく、あとは生活必需品ばかり。

ドラッグ・ストアのブーツの歯間ブラシ。これ日本のより柄が太くしっかりしていて使いやすいそうで、うめぞうからリクエストされていました。10パック(50本)、どーんと大人買い。

「レーダマー(Leedermmer)」というセミハードのチーズのスライスしたもの。オランダのチーズだけど、イギリスのスーパーではよく見かけます。うめぞうの好きなチーズなのですが、日本では売っていないみたいなので、いつもこれはまとめ買いして買ってきます。

塩はいつもコーンウォールのを買うのですが、今回はモルドン・シー・ソルトにしてみました。イギリスの塩はまろやかで結構おいしいです。(日本でも買えるけど。)

はちみつ2種類。ひとつはM&Sの限定版の春の花あれこれのはちみつ。白っぽくてねっとり柔らかな味。もうひとつはどこでも売っているRowseのアカシアはちみつ、使いかけの残り。こちらはさらり、さっぱり。

ヒースロー空港で買ったワイン。JALのオンライン・サイトで買った航空券なのですが、クリックしてからよく見たらBAが運行する便でした。プレミアム・エコノミー、JALならラウンジが使えるのに、BAだとダメ。「まあ、いいやターミナル5はけっこう大きなハロッズあるし、今ならセールやっているかも・・・」と思って行ったら改装中。時間を持て余しているうちになんとなく選んだオー・メドック。自分が飲みたいので買ったけど、いちおうおみやげのひとつということに。

ジュディが庭で育てているリンゴ。この季節はたわわに実ります。たくさんもらって食べきれなかった2個をスーツケースに入れて持ってきました。

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[リンゴのアーケード]

スーツケース開けたら、リンゴの香りがふわりとしました。旅が終わった寂しさと混じったちょっと甘酸っぱい匂いでした。

2016年9月 9日 (金)

送別パーティ

まつこです。

あ〜あ、1ヶ月、あっというまに過ぎてしまいました。明日、帰国の途につきます。予定していた仕事もなんとかできたし、天候にも恵まれ、良い夏でした。

でも楽しい思い出がたくさんのケンブリッジ滞在になったのは、なんといってもトムとジュディのおかげ。

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[庭の奥の生垣の向こうに畑があります]

昨日は送別パーティまでしてもらいました。食前酒は庭で夕焼け空を眺めながらいただきました。

いつも親切なジュディとトムですが、ぜんぜん押し付けがましいところがありません。ジュディは「いいのよ、いいのよ、遠慮しなくて。ジャガイモもお豆もたくさん採れたから、みんなに集まって食べてもらわなきゃ」と言いながら、8人分の食事を用意してくれました。

食事中、「日本人は人を家に呼ばないって聞いたんだけど、ほんと?」と聞かれました。忙しさや家の遠さがその理由だと説明しておきましたが、そういう物理的要因よりも、文化や習慣の違いなのでしょうね。

私もホームパーティをするときには、ついつい気張ってしまうのですが、お料理の数や飾り付けを気にするよりも、もう少し気楽に呼んだり、呼ばれたりするようになりたいものです。

こうして私がケンブリッジ滞在を満喫している頃、うめぞうは・・・

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[ドイツ風ライ麦パン]

一人で東京でパンを焼いていました。本人いわく、「結構いける」そうです。日本に帰ったらうめぞうにパンを焼いてもらって、あとはハムとチーズとサラダくらいを用意して、さっそくお友達を招いてみようかな、と思っています。

2016年9月 8日 (木)

ロンドン夏目漱石記念館

まつこです。

「ロンドン夏目漱石記念館」は以前から存在は知っていましたが、訪れたことがありませんでした。来訪者の減少にともない、今月末で閉館するという記事を読み、最後の機会なので行ってみました。

行く前からなんとなく「罪滅ぼし」というか「胸の痛み」を感じるのはなぜ?

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[テムズ川の南岸、クラッパム・ジャンクションの近くの漱石の最後の下宿]

理由その1
これまで「作品を読めばそれでいい。作者の伝記なんか興味ないもん」という、ちょっと驕った気分だったから。

作品に作者の意図を探ることは過ちである(インテンショナル・ファラシー)とか、テクストの解釈は読者にゆだねられ作者は介入しない(作者の死)とか、そういう批評態度を前提とする時代に学生だったせいか、どうも「記念館」「生家」「墓」のたぐいを見下す傾向が私にはあります。

でも最近、自分が歳とってきたせいか、「ある時代のある空間に生きた」という二度と再現できない偶然性が、妙に痛切に感じられるようになりました。作者に対する今までのシニカルな態度を、若干、反省しているわけです。

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[1901年から1902年まで漱石がここに住んだことを示す青いプラークが飾られています。記念館はこの向かいのフラットの一室]

理由その2
(比べるのも憚られますが)自分よりはるかに大きな才能の持ち主が、自分よりはるかに大きな苦労をしているから。

外国文学は理解が深まるほどに自分との距離感が明確になるものです。英語もできる人ほど難しさがわかるという面があります。目標に近づくと、目標が遠ざかる、という宿命が外国文学研究にはあると思います。日本の英文学研究のパイオニア夏目漱石は、誰よりも早く、誰よりも強烈にこの矛盾を経験したはずです。

それなのに国を背負っている以上、「科学的な文学研究」をしなければならないと覚悟を決めて、漱石は独力で方法論を打ち立てるべく真正面から取り組みました。

それに比べて、ちょこっと読みかじり、聞きかじりで、適当にやってるわけですよ、私なんか・・・。そういうわけで、なんか、「すみません」って気分になっちゃうんですよね。(漱石はぜんぜん気にしていないけど。)

というわけで、閉館寸前に「ロンドン夏目漱石記念館」に行って、なんとなく胸の重荷がひとつなくなったような気分になりました。

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[ベイクウェルタルトと紅茶。紅茶は「セントパンクラス・ブレンド」というのがあったので、そちらにしてみました]

で、お気楽ついでに、セント・パンクラスの駅の中にあるフォートナム・メイソンでお茶飲んでからケンブリッジに戻りました。この駅ナカのF&Mは、ごく小さい売店ですが、ピカデリーの本店みたいに大混雑していることはないので、お土産が必要なときはこちらがおすすめです。(店員の態度もこちらの方がマシ。)

2016年9月 7日 (水)

モーニング・グローリー

まつこです。

朝、ニューナム・カレッジの庭で朝顔の花が咲いていました。朝顔は英語でmornig gloryというのだそうです。

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[昨晩の雨で濡れた庭に咲く朝顔の花]

夏休みの終わりのセミの声とか朝顔の花って、切なさを感じさせるものです。

アメリカ人の友人(大学教師、70代)からも「あと2週間で授業が始まる。悲しい」というメールをもらいました。夏休みの終わりが悲しいのは、世界共通、老若男女みんな一緒なのね。(小学生からは「何言ってんのよ。あたしたちはもう二学期が始まってるわよ」と怒られそうですが。)

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[だーれもいなくて静かなニューナム・カレッジの庭]

ケンブリッジは9月が一番静かです。学生がまだ戻っておらず、8月まで街を埋め尽くしていた観光客も少し減ります。

静かなカレッジの庭を横切りながら、ああ、私の夏休みもそろそろ終わりだな・・・と、ちょっとしんみりしながら朝顔を眺めました。

2016年9月 4日 (日)

The Entertainer

まつこです。

今回はケンブリッジにひっこんでしまい、あまり芝居を見に行っておらず、1ヶ月滞在して4本だけ。4本目はジョン・オズボーンのThe Entertainer、主演はケネス・ブラナーです。

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[ケネス・ブラナーのタップダンスがたっぷり見られます]

1956年のスエズ危機は、イギリス人にとって歴史の転換を直視せざるをえない出来事でした。中東での利権確保をめぐって、フランス、イスラエルと密約を結び、エジプトのスエズ運河国有化に軍事介入。結果、国際世論から非難され、アメリカからは見捨てられ、ポンドは急落。大きな夕日が海に沈むように、大英帝国は世界史から消えていきました。

そんな時代に、もうひとつ消えていったのがミュージック・ホールです。陽気な歌や踊りに、観客も加わり、にぎやかで楽しい時間をすごす大衆娯楽施設でしたが、映画やラジオ、テレビの普及とともにさびれていきました。

時代に取り残されたミュージック・ホールのさえない芸人が、ブラナー演じるアーチー・ライス。金はなく、女にだらしない、二流芸人です。人生を直視しようとせず、自分でも「俺は死んでる」と言い切るダメ男の破滅ぶりと、大英帝国の終焉を重ね合わせようとする戯曲なのですが・・・

二流芸人にしてはブラナーの芸がうますぎる!スタイル良くてゴージャスなダンサーたちに囲まれて、自在に歌い踊るアーチーを見ていると、場末感が感じられないのです。カナダに移住してホテル業に転じて生計を立て直そうという話が出てくるのですが、「いやいや、この人、ラスベガスあたりで適当な仕事があるんじゃないの」と思ってしまった。

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[デイジー・・・じゃなかった、娘ジーンに、気持ちをぶちまけるダメな父親]

ミュージック・ホールにやってくる大衆を楽しませるのは、「イギリス最高!イギリス万歳!」みたいな単純な愛国歌。けれどアーチーの娘ジーンは、スエズへの軍事介入に反対する集会に参加し、新しい社会を希求する知的な女性です。おじいちゃん、おとうさん世代の時代遅れのジンゴイズムと、次の世代の違いも描かれるのですが・・・

ジーンを演じたのが『ダウントン・アビー』でヨークシャー訛りのキッチン・メイド、デイジーを演じていたソフィー・マックシェラ。あまりに見慣れているせいで、どうしてもデイジーに見えちゃう。

そういうわけで、若干、納得できない面もありましたが、いざ長いセリフを語り始めるとブラナーの本領発揮。緩急自在なセリフまわしで、アーチーの心の内側の深淵をかいま見せていました。最近は映画監督としての活動が多いブラナーですが、これからもぜひときどき舞台に戻ってきてもらいたいものです。

足はくちほどにものいう?

まつこです。

昨日はロンドンへ。来週、お呼ばれの機会があるので、メゾン・ド・ショコラで手土産買おうとピカデリーに行ったら閉店していました。残念。

で、中途半端に時間があったので、すぐそばのロイヤル・アカデミーでやっているデイヴィッド・ホックニー展を見てきました。

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[RAは今、内部を一部改装中]

60年代アメリカ・ポップ・アートにはあまり興味がなくて、ホックニーもアメリカ人だとばかり思い込んでいました。ヨークシャーの人なのね。

今回の企画はおもしろくて、同じ部屋の同じ椅子に腰掛けてもらった82枚の肖像画を並べるというものです。制作時間も一枚3日までと同じ条件です。

音声ガイドを聞きて大いに納得したのは、肖像画は顔だけじゃなく、足にも表情があるということ。まずは足だけ見てください。

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[律儀そう]

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[素足にローファー。ちょっととんがったタイプの人かしら?]

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[靴下出てますよ]

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[デニムにミドルブーツは20台から40台くらいの女性かな?]

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[わ、派手!]

ね、足だけで人となりが少しうかがえるでしょう。

よくおしゃれは足元からと言いますが、靴だけではなく、足の組み方、椅子の腰掛け方などに気をつけなければいけない、と改めて思いました。

ホックニーなんてあまり興味ないと思っていましたが、音声ガイドを聞きながら見ると、見るポイントがわかってすごく面白かったです。同じように見える肖像画でも、背景の質感が微妙に違っていたり、単純に見えて布や皮膚の微妙な質感が細やかに表現されていたりということがわかりました。

チョコは買えずに残念でしたが、ピカデリーまで行ってよかったです。

ちなみに上の足の持ち主はこんな人たちです。

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[お友達のテキスタイル・デザイナー]

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[ホックニーのスタジオの経営者]

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[アーティスト仲間の息子]

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[この企画展を担当した学芸員]

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[オーストラリア人のコメディアン]

いかがだったでしょうか。足のイメージと全体を見た時のイメージは重なっていましたか。

2016年9月 2日 (金)

まつこです。

今日から秋なのに、暖かくて良い天気!とテレビのお天気お姉さんがはしゃいだ声を上げていました。今年の8月半ばからケンブリッジはずっと良いお天気が続いています。でも収穫が終わった麦畑や、色づき始めた木の実、赤くたわわに実るりんごなど、風景はすっかり秋。

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[すっかり秋]

政治家たちも夏休みを終え、「さあどうする Brexit?」とあれこれ議論が再開したようです。国民投票からすでに2ヶ月を過ぎていますが、住宅街を歩いていると、ときどきこんなEU国旗が玄関ドアに垂れ下がっているお家を見かけます。

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[こちらのお宅は残留派だったのね・・・]

EU離脱が決まってもまだ大きな変化は感じられないようですが、ご近所や家庭の中ではそれぞれの主張をまだ熱く語る人も多いようです。

トムとジュディは「離脱」に投票したのですが、そのせいで息子のロビンと大げんかになったと言って笑っていました。ロビンはシティで働くエリート金融マン。当然ながら「残留」。結果が出たとき、「あんたたち年寄りのせいでとんでもないことになった!」と親にさんざん八つ当たりしたのだそうです。

ケンブリッジの住民は7割以上の人が「残留」に投票したのだそうで、別の友人夫婦は「ご近所には離脱に投票した人なんて誰もいないわ。まだショックから完全には立ち上がれないわ・・・」と、たいそう嘆いていました。

このようにイギリス社会に亀裂を走らせてしまった国民投票ですが、オリンピックで若干、その溝を埋めたようです。Team GBがメダル獲得数がアメリカに次いで2位だったことで、先週までメディアは大はしゃぎしていました。

メイ首相は「EUに残るという抜け道はない」と昨日も断言しましたが、できるだけ良い条件を模索しようとするイギリスに、独仏がどれだけ妥協を許してしまうのか、これから長い交渉が続くことでしょう。怒ったり、喜んだり、という人々の反応は分かりやすいけれど、微妙な取引や交渉は複雑で見えにくいものです。メディアが伝える最大公約数的な単純な図式に一気一憂する大衆と、既得権の保持・拡大のために様々なチャンネルで駆け引きをする政治・金融エリートたち。本当の亀裂は残留派と離脱派の間ではなく、このエリートと大衆の間にあるのは確かです。

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