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2016年8月20日 (土)

気楽な独身生活

ひさびさにうめぞうです。

まつこも含めてうめぞうのことはすっかり忘れている読者がほとんどだと思うが、ときどき、ひとりじゃ不便でしょ、まつこさんがいないとうめぞうさん、寂しくて病気になるんじゃないの、と心配してくれる方もいる。よほど女房頼りの情けない男と思われているらしい。まあ事実としては否定もできないが、一人暮らしにはそれなりの気楽さと楽しさもある。

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[鬼の居ぬ間に・・・(イラストはネットから拝借)]
まつこの話だと、仲の良い夫婦ほど、配偶者に先立たれてから再婚までの期間が短いそうだ。あんなにおしどり夫婦だったのに、奥さんが亡くなられて一年もしない間に若い奥さんをもらって、と非難がましいことを言う人をときどき見かける。しかし、リベラリストのうめぞうから見ると、こんな非難は的外れだ。まつこを愛しているうめぞうなどは、自分がいなくなったあと、ひとりで寂しい思いをさせるのはしのびないから、次の日からでも慰めてくれるボーイフレンドが近くにいてくれて、できればさっさと再婚してほしいと、素直に思う。いや、次の日と言わず、ちょっと前からでもいいかもしれない。愛しているがゆえに離別が悲しいという面があることは否定しないが、深く愛している方がじつは離別には強い。むしろ、離別後に、もっと優しくしておけばよかったと後悔することの方が、人を弱くし、孤独を耐え難くする。愛情生活を心の底から楽しむことと、孤独を心の底から楽しむこととは矛盾しない。むしろ片方は、もう片方のための必須の条件といっていい。
さて、そんなことで、うめぞうの一人暮らしは、囲碁と卓球、オリンピック観戦に映画鑑賞と、たまっている仕事をそっちのけで趣味三昧の毎日。オリンピックについては、いろいろ書きたいことがあるが、おきまりの国威発揚風トーンを感じさせない若い世代が少しずつ増えてきているのがよかった。楊逸さんが東京新聞のコラムに書いていたが、100メートル女子背泳ぎで銅メダルをとった傳園慧選手は、準決勝を通過して決勝に進むことになったとき、「全力を尽くして満足している、決勝戦に期待することは何もない」とインタビューで言い放ったそうだ。無邪気で明るいこの選手が使った「全力を尽くした」という表現、「我已用了洪荒之力」という表現は、今、中国メディアで大流行しているそうだ。

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[中国にも新しい世代のオリンピアン登場]
五輪憲章の第一条6項を見ると、「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と明確に書いてある。国歌を大声で歌えないような選手には五輪出場の資格はない、みたいなことを言った政治家には、まずはこの憲章を読んでもらいたいものだ。銀メダルをとった400メートルリレーにも、柔道にも、ハーフの選手がいた。オリンピックの女子卓球選手は多くが中国出身の帰化選手だ。オリンピックが国籍の違いを強化するのではなく、相対化する方向に向かうなら、こうしたイベントにも意義はある。普遍主義のもとでの多様性を尊重し、少数者の権利を守りぬく国こそが21世紀には、経済的にも文化的にも豊かになっていく。

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[「あの日の声を探して」より]
映画鑑賞の方は、昨日、ミシェル・アザナヴィシウス監督の「あの日の声を探して」を見た。ソファーの前に、自分で作ったつまみをならべて、映画を見ながら夕食をするというようなことは、まつこがいたら、絶対に許可されない。これも一人暮らしの贅沢な楽しみだ。映画はロシアのチェチェン侵攻のさいの悲劇を、静かに、抑制された言葉と映像で、しかし容赦なく、リアルに描いた名作だった。戦争孤児となる少年役を演じたママツィエフの抑制された悲しみの表情や演技はまさに圧巻で、これが演技だとはとても思えない。監督の奥さんでもあるベレニス・ベジョも素敵だ。
というわけで、まつこさん、どうぞご安心を。うめぞうも、夏休みを十分楽しんでいるので、ケンブリッジではお気兼ねなく、思い切り羽根を伸ばしてきてください。

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コメント

まつこさん、イラストや写真を入れてくれてありがとう。画像の威力に改めて感心。ところで最初のイラストのドイツ語、訳せますか?

へったくそ・・・俺だってそれくらいできるぞ!

うまい訳だね〜。やっぱり翻訳の才能あるね、まつこは。

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