« 秋深し | トップページ | エクレア革命 »

2015年10月29日 (木)

誤訳の定義は難しい

まつこです。

バターと蜂蜜をたっぷりつけたトーストに紅茶でまずはエネルギー補給。この朝食時に私はその日の講義の内容をうめぞうに話して復習をすることがあります。

「今日はね、ロンドン・オリンピックの開会式の解説する講義なんだけど、田園風景が産業革命で一変する大転換のパフォーマンスが見事でね。メリー・イングランドが「悪魔の工場」にダイナミックに変わるんだよ。まさにSatanic Millsだよ」

1280px2012_summer_olympics_opening_
[ロンドン・オリンピックの開会式で表現されたSatanic Mills]

しかし、この朝はここから会話が混線しました。

うめぞう:それポランニーの「悪魔の挽き臼」でしょ。
まつこ:ブレイクの詩だよ。「悪魔の工場」だよ。
うめぞう:ポランニー、知らないの?
まつこ:だれ、それ?
うめぞう:ポランニー、有名だよ。市場経済が拡大して資本主義が労働者を飲み込んでいくのを「悪魔の挽き臼」って呼んだんだよ。
まつこ:ふーん。でももとはウィリアム・ブレイクのJerusalemだよ。イングランドの国歌みたいなもんだよ。誰でも知っているよ。Satanic Millsは産業革命で工場が出現したことを指すというのが一般的な説明だよ。


さて、Satanic Millsを「悪魔の挽き臼」と訳したのは果たして「誤訳」でしょうか?ブレイクの詩は"was Jerusalem builded here,/ Among these dark Satanic Mills"です。かつてイエスがイングランドを訪れたのか。こんな工場ばかりのところにエルサレムがあったのか、と問う詩行です。この詩の文脈の中であれば「挽き臼」は明らかに誤訳でしょう。

800pxmilton_preface_2
[ウィリアム・ブレイク自身が彩色したJerusalemの詩(長詩Miltonの序詞)]

ただし市場経済の強力なメカニズムや資本主義が人々を労働力として飲み込んでいく暴力性をイメージさせるには、「悪魔の工場」より「悪魔の挽き臼」という日本語の方がシンボリックで効果的かもしれません。

ここが「誤訳」の定義の難しいところです。日独の2言語で創作活動をしている多和田葉子さんは、翻訳家とは自分なりの理解を別の言語で再現する一種の演出家のようなものだから、自分としてのアイディアを持ってオフェンシブに仕事をすべきだと言っています。「誤訳のように見えて、実は名訳」というものがいろいろあるとも言っています。

しかし勇気をもって「誤訳」するためには、原文を誤読していないという自信が必要です。自信のない翻訳者は、誤訳と言われないようディフェンシブに安全な訳語を選んでしまいます。

この朝はこの「悪魔の挽き臼」が誤訳かどうかをめぐってうめぞうと議論している間に遅刻しそうになりました。

« 秋深し | トップページ | エクレア革命 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 誤訳の定義は難しい:

« 秋深し | トップページ | エクレア革命 »