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2015年10月15日 (木)

大学教育の目的は?

うめぞうです。

まつこの体調はまあまあだが、大学に行くたびに調子を落として帰ってくる。
そんなわけで、ブログ更新にまでなかなか手が回らないようだ。
そこでまた、埋め草原稿をひとつ。
まつこを見ていると、つくづく今の大学が以前と比べて働きにくくなっている様子を感じる。ともかく受験生を減らさぬよう、競争力を落とさぬよう、大学を魅力あるものにするよう何とかしなくては、という焦りが大学側にあるようだ。そして会議とペーパーワークと大小様々な改革案が、誰もその有効性を心から信じていないままに次から次へと襲ってくる。その徒労感の中で、皆がほとほと疲れ果てているのだ。
問題の根幹は何か。
うめぞうが思うに、それは大学教育の目的は何か、ということについて明確な意思表明がないことにある。もちろんそれは教師によって異なるし、異なっても良い。しかし違いは認めたうえで、それぞれがいったんは「自分はXXを大学教育の目的だと考えている」と明確に語ることが大切だ。
「大学教育の目的は就職率をあげることにある」、「知識を増やすことにある」、「社会性をつけることにある」「受験生を増やすことにある」など、なんでもいい。自分が本当に信じていることを、まずはそれぞれが表明する。もちろん、学長や学部長は率先して語る。そして、そのつぎにはじめて、「だから、自分はこういう授業をやりたい」、「こんなカリキュラムが欲しい」という議論になる。学生は、それを見て、その目的に賛同すれば、その授業に参加すればいい。目的は多様であり得るので、共通目的などなくてもいいと思うが、それでは大学としてのまとまりがないということであれば、たとえば学長選挙などの時には、それぞれがそれを表明して議論すれば良い。
ではうめぞうはどう考えているか。「大学教育の目的は、自分が合意していない強制に抵抗し、それを批判する能力を養うことにある」というのが、うめぞう個人の教育の目的だ。それはわれわれが主権者として設立している政治社会を実りあるものにするために、成熟した社会成員に要求される必要不可欠な能力だと考えるからだ。あらゆる知識の獲得は、この目的を達成するための手段にすぎない。
この目的からいうと、お上の要望にあわせて学生の商品価値を高めることを目的としている大学教育などは、うめぞうの理想からもっとも遠い。しかし、それはまあ個人的な考えだから、他の人におしつけるつもりはない。しかし、もし就職率向上が教育の目的だと考えているならば、まずはそのことをきちんと表明すべきだろう。目的が明確にならないかぎり、ある具体的な策が有効かどうかは議論できない。
大学に行くたびに体調が下降するまつこをみて、そんな雑感が湧いてきた。

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