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2015年7月

2015年7月26日 (日)

ギリシャ問題とドイツ問題

うめぞうです。

  あいかわらず、まつこの不調が続いているので、埋め草に、再燃しているギリシャ危機、ユーロ危機についてひとこと。以前、「金は天下の回りもの」(2012.1.13)という記事を書いたことがある。基本的にはその繰り返しになるが、この機会にもう一度、ギリシャ危機の本質を考えてみよう。

  ギリシャ危機の根っこには2つの根本問題がひそんでいる。ひとつは1970年代末に英米から始まり、主要国の経済政策に根を下ろしてきた資本主義の新自由主義的転換と金融化の問題、もうひとつは国際競争力の違う国が共通通貨をもつという通貨同盟の問題だ。今日は後者について考えてみたい。

  国際金融の世界には⑴自由な資本移動、⑵為替相場の安定、⑶独立した金融政策の3つの政策を同時に実現することはできないという有名なテーゼがある(国際金融のトリレンマ)。つまり、このうち少なくとも1つはあきらめなければならないということだ。第一次世界大戦前の金本位制では、⑴と⑵は実現したが、⑶は諦めざるを得なかった。戦後の金ドル本位制、いわゆるブレトン=ウッズ体制下では⑵と⑶は実現したが⑴は制限せざるを得なかった。1971年にニクソンが金ドル交換停止を宣言した後は、いろいろ紆余曲を経たのち、⑵を放棄して、⑴と⑶を実現する方向に向かった。

  では現在のユーロ圏はどうか。ユーロ圏では共通通貨のもとで単一市場を実現している以上、⑴と⑵は当然実現している。したがってここでは⑶を諦めざるを得ず、その意味で、かつての金本位制と似たところがある。共通通貨を使用している経済圏では、当然ながら各国の通貨の切り下げ、切り上げを通じて国際収支の均衡を図ることができない。また各国中央銀行が国ごとに政策金利を調整してインフレ率を合わせることもできない。同じ金利が、ドイツでは高すぎ、ギリシャでは低すぎるということが生じうる。そこで、こうした通貨圏内では、財政政策や賃金政策を通じて国際収支の均衡を図ることになる。対外的な通貨の切り下げ、切り上げができないかわりに、いわば対内的な通貨の切り下げ、切り上げを行う。ひらたくいえば、赤字国はそれにふさわしく賃金と生活水準を下げることによって国際競争力を回復し、赤字を削減する。黒字国はそれにふさわしく賃金と生活水準を上げることによって国際競争力を制限し、黒字を削減する。

  ところがここに一つ問題がある。われわれは家計の類推でマクロ経済学を考えてしまいがちなので、赤字国の浪費については憤慨しても、黒字国の節約に憤慨することは少ない。ギリシャの年金が高すぎることは国際的批判にさらされても、ドイツの年金が安すぎることが国際的に非難されることはほとんどない。しかし、共通通貨圏のマクロ経済学的視点からみれば、両方とも同罪といわざるをえない。さきほどユーロ圏はかつての金本位制と似ていると書いたが、かつての金本位制にとっても、ここがアキレス腱だった。そこでは国際競争力のある国が大量の金を保有することになり、これが国内に利率低下やインフレ傾向を生じさせる。ところがそれを恐れて、黒字国が金を流通から引き上げ、いわゆる不胎化に走る可能性がつねにあり、これによって赤字国に強烈なデフレ圧力をかけることになる。これは決して過小評価してはならないことで、第二次世界大戦の遠因のひとつはここにあった。

 しかし、ドイツの経済政策は相変わらず財政均衡優先主義で、そのどこが悪いのかを認識していないようにみえる。われわれは賃金を抑制し、社会保障を削り、財政均衡を達成した。南欧諸国もその努力を見習うべきだ。今日のドイツの経済力はけっして上から与えられたものではなく、ドイツ人の勤勉の果実だ。それを怠惰なギリシャ人の底なしの救済に投じるのはあまりにも不公平だ。これが平均的ドイツ人の憤りであり、またそれを背景にした政治家の主張だ。しかし、これはいまだにドイツ・マルク時代の議論だ。マルク時代であれば、この論法でドイツが国際競争に乗り出すことに何の問題もない。当然のことながら、マルクはスイス・フランや日本円のように、たえず通貨高の圧力さらされ、輸出産業の努力は為替によってそのつど帳消しにされ、輸出産業の海外移転と、内需型経済への移行が進むだろう。

  ユーロ圏ではそうはならない。ドイツがどんなに貿易黒字をためこんでも、直接ユーロ高に影響することはない。だからユーロ安の最大の受益者として、ドイツはギリシャの内的切り下げを一方的に要求するのではなく、自国の内的切り上げにも大胆に踏むこんでいく責任がある。そうでなければ、十分な時間と緻密な計画を作成して、北部欧州圏(ドイツ、オランダ、スウェーデン、ルクセンブルク)と南部欧州圏(イタリア、スペイン)の通貨分離に舵を切るべきだろう。ただし、そこには予想できないリスクが伴う。先般、ドイツのショイブレ財務大臣が提案したような一時的ユーロ離脱と数年後の復帰など、まったく非現実的で、そんな安易な方法で離脱を容認すれば、ギリシャの破綻国家化、場合によれば、軍事独裁政権の誕生もありうる。ロシアとの地政学的緊張も高まるだろう。無垢の庶民を大量に道連れにする可能性のある実験を安易に行ってはならない。

  ドイツには、自国に良い歴史的モデルがある。1953年、ロンドン合意で、ドイツは戦時負債の50%をカットしてもらい、残りを30年かけて返済し、貿易黒字が出た時だけ余分に支払うということで戦後復興のスタートを切った。あのとき、米英仏がナチ時代の自己責任論を振りかざし、今のドイツがギリシャに向かって主張しているのと同じことを主張していたら、戦後西ドイツの奇跡的復興はありえなかっただろう。幸い、ギリシャ国債はその間に、民間銀行からECBやIMFに移動した。今なら大胆な負債カットと、2世代くらいをかけた長期返済に踏み込んでも、大きな支障はないだろう。少なくとも、ギリシャで、スペインで、フランスで、あるいはイギリス、イタリアで反EU、反ドイツの極左、極右政党が台頭するよりは、はるかにドイツの国益にかなう。せっかく巨額の補償を支払い、営々と外交的努力を続けてきた戦後ドイツのヨーロパ的資産を、ここ数年間ですっかり蕩尽してしまったようにみえるのは、ドイツを応援しているうめぞうとしては、かえすがえす残念でならない。

2015年7月11日 (土)

アナログ生活

まつこです。

ブログの更新が間遠になってしまって、ご心配くださった方もいたようで、申し訳ありません。帰国後、もともと体調が悪い時に歯科治療をやったのが良くなかったのか、そのあと激しい歯痛のほかいろいろ不調が出てしまい、苦戦しておりました。

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[これは何?]

完全復調までやや長期戦になりそうなので、まあ、ここは思い切って休養期間とし、のんびり気長にやることにします。ブログも書けるときに細々と書いていきます。

その間、仕事も切り詰め、外に遊びに行くこともできず、超スローライフ。これを機会に生活を少しアナログに戻しています。

アナログ生活その1:メールではなく手紙にする
ケンブリッジで親しくなった方の一人がが、徹底したアナログ派で、デジタル情報機器はいっさい使わない生活をしています。この方がときどき手紙を送ってくださるのですが、当然ながら返事も手紙。カードや便箋を選んで手紙を書くようになったら、これがしみじみしていてけっこう楽しい。季節柄お中元などいただく機会もありますが、今年はメールではなくハガキでお礼を書いたりしています。なかなか良いものです。

アナログ生活その2:アイロンがけ
今まではアイロンなんてかけている時間ないわよ!
という感じだったんですが、今は、気分転換も兼ねて、アイロンがけしています。アイロンかけるのはうめぞうのパジャマとティー・タオル。私の体調不良でうめぞうにもいろいろ迷惑かけているので、ささやかな感謝のしるし。パジャマにアイロンかかっているのって気持ちいいでしょう。食後の後片付けのとき、今までは紙製のキッチンタオルをバンバン使い捨てにしてあれこれ拭いていたのですが、これも布製のティー・タオルにし、洗ったものはアイロンがけ。ピンとアイロンのかかったティー・タオルを使うと気分がすっとします。

アナログ生活その3:お灸
東洋医学にはこれまで興味なかったのですが、自律神経失調気味には漢方が良いのではないかとのことで、東京女子医大の東洋医学研究所で診ていただくようになりました。漢方の処方とともに、鍼灸も試しています。家でもセルフ・ケアするのが良いと勧められ、自宅でもお灸。うめぞうも腰痛にお灸が良いかもしれないということで、二人でお灸。狭い部屋の中が煙とお灸の匂いでもうもうとすることもありますが、これもゆっくりじっくり火の温かさを感じて癒しになりそうです。上の写真はそのお灸です。

デジタル好き、使い捨てグッズ大好き、なんでもパパッと素早くやるのが大得意だった私が、手紙を書き、アイロンをかけ、お灸をしています。アナログ生活をじっくり味わいながら、ちょっとずつ復調を目指します。

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