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2015年6月 5日 (金)

改革とは何か

うめぞうです。

このところ、まつこがなかなかブログを書かないので、ひょっとすると、少ない読者の何人かの方には、ご心配をおかけしているかもしれない。というわけで、今日はうめぞうがつないでおくことにしよう。
じっさい、まつこは最近まで絶不調。○○○障害が基調にあるようで、そこに歯痛やその他あれこれのストレスも重なって、めずらしくふさぎこんでいた。しかし、その曇天にも、このところようやく晴れ間が見えてきたようで、全体として底を打った感じだ。近々、その報告がてら、また面白い話が聞けることだろう。
さて、そんな中、世の中の変化は大学の中にも洪水のように押し寄せてきている。これがまつこの体調にもよからぬ影響を与えているので、うめぞうとしても放っておけない。 全国の大学では、理事会や文科省と一体化した学長その他の役員が「改革、改革」とお題目を連呼し、将来構想委員やら、教務委員やら、貧乏くじを引いた先生方が心身ともに改革疲れ。研究教育に充てる時間と精神的余裕をすっかり失っている。 振り返ればもう20年以上、改革を続けてきたはずの大学が、本務である研究と教育のための時間を失い、しかも学生の学力は向上せず、あぶはちとらずの疲労困憊。 果てはグローバル大学とローカル大学に分離し、グローバル大学は英語で授業、ローカル大学は実学に徹し、教育学部や文学部は廃止、転換など、いよいよ末期的な改革案が浮上している。
まあ、その話題は今日は置いておくが、この改革ゲーム全体が不毛になるのは、ゲーム参加者の間に、そもそも「改革」とは何か、ということについての共通理解がないからだ。
この改革ブームの根底には一つの明確な人間理解、歴史理解がある。それは人間社会は世界中どこでも「ホモ・エコノミクス」からなっており、たえざる経済成長を目指して競争、進化しているという人間観、歴史観だ。そこでの敗者はみじめな生活を強いられる。だから、たえず競争的かつ創造的に新たな商品開発に寄与する大学は、国家や社会の競争、進化に寄与している健全な大学だ。他方、そうした変化を好まない大学は、競争進化を忌避し、妨げる停滞した大学ということになる。そのような大学を市場原理に従って淘汰するのが、今日の大学行政における「改革」の意義だ。
しかし、こんな貧しく、観念的な人間観、歴史観は、少し歴史を振り返れば、まったくの空想物語だということがわかる。生命の本質は現状維持にある。外界の温度が年間30度くらい変化しても、体温は1度くらいしか変化せず、驚嘆すべき恒常性を確保している。そのために生命はあらんかぎりの知恵をしぼり、巧みな仕組みを開発してきた。ある社会が生産性の低い均衡状態に数十年、数百年止まった例は歴史上、いくらもある。そうした社会の成員が経済成長を続ける社会より不幸な人々であったという証明があるなら、見てみたいものだ。
われわれは習慣行動を愛している。それが生命にとって、普通は一番、安全だからだ。親を見て、親の真似をして生きる。これが動物の自然なあり方だ。多くの人は変化を望むよりも、安心や安定を望んでいる。これがまず、一番リアルな人間観、歴史観だろう。
資本主義はこの人間観、歴史観に真っ向から立ち向かってきた。マルクスが真に革命的な力を認めたのは、労働運動ではなく、資本のこうした運動に対してだった。伝統や習慣をこれほど根こそぎにしうる革命的潜在力は資本主義的生産様式以外にはない。個人と社会が持っている恒常性への敬意と愛着を、これほど敵視しうる暴力は、 フェティシズムと化した貨幣へのオブセッション以外にはない。これがマルクスの卓抜な発見だった。
体温変化を1度以内に抑えるためには、発汗や血管収縮など高度で繊細な生命の仕組みが必要だ。同じように、地球人口が増え続ける中で、経済成長やエネルギー消費を抑え、社会に恒常性を確保するには、持続可能なエネルギー開発や循環型社会のための高度な科学技術が必要だ。そのための技術のみならず、そのための人間理解や歴史理解を深めることこそ、現代の大学教育が力を注ぐべき課題だろう。この時代に、人文社会系や教育系を縮小、廃止して、経済成長をめざすホモ・エコノミクス育成に焦点を当てている大学改革などは、あまりにも旧弊固陋で、人類史にとってはきわめて危険で短絡的な試みに見える。

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コメント

診察券のトピックの後に記事が途絶えるから心配しましたけど、そこは同業者、繁忙期だしお忙しいのだろうとも思っていました。怒涛のうめぞう節炸裂で安心すると共に、私も少し元気になりました。「恒常性への愛着と敬意」(なんて素敵な言葉でしょう)がマルクスの根底にあり、それを奪ったのが近代資本主義というのは目から鱗です。改革がブームになる世の中なんて病んでいます。

Pukiちゃん、過分なコメントをありがとう。
安倍政権の暴走も、文科省の改革も、大いに困ったことですが、それにもまして、冗談を言っても、とっておきのパフォーマンスをしても、ほとんど反応しなくなったまつこをみて、これはいかんぞ、と危機感をあらたにしたようなわけです。
幸い、すこし元気を取り戻しましたので、その克服ストーリーはまたまつこが書くことでしょう。大学改革、ほんまに疲れますなあ。

とっておきのパフォーマンスって何ですかと爆笑です。

ふふふ、それは秘密です。とてもここでは書けません。

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