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2015年6月

2015年6月27日 (土)

第四の男

まつこです。

もう1ヶ月ほど前のことになりますが、ケンブリッジの友人が雑誌記事を切り抜いて送ってきてくれました。Country Lifeというライフスタイル雑誌に掲載された記事「第四の男の正体はシェイクスピア」("I know who the fourth man is -- it's Shakespeare")です。

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[Country Lifeの当該号の表紙]

マーク・グリフィスという植物学者・歴史学者が数年間にわたって検証した結果、The Herballという題の本草学の本の表紙に描かれていた人物像の一人が、シェイクスピアだと確証できるという内容です。

Country Lifeは19世紀末に創刊された週刊誌で、美しきイングランドの田園、カントリーハウス、コテッジの庭、アンティークといった、悠々たるミドルクラスの生活の楽しみを美しいカラーグラビアと記事で伝える雑誌です。

グリフィスは、植物学、紋章学、図像学、古典学、書誌学等々の知識を駆使し、細密画のようなタイトル・ページの絵に秘められた暗号を読み解き、そこに描かれていた4人の人物を特定しています。それがCountry Lifeらしい美しいグラビアつきで20ページ近い記事にまとめられていて、読みものとしてはとても面白かったです。まるで推理小説を読むような感じ・・・そう、あの『ダ・ヴィンチ・コード』を読むような面白さです。

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[こちらがJohn GerardのThe Herballという本草学の本の表紙。右側の真ん中が問題の人物像]

肖像画が見つかったというだけでなく、若き日のシェイクスピアはバーリー卿ウィリアム・セシルをパトロンとし、息子ロバートの昇進のため、エリザベス女王を館に迎える歓迎の小品を書いたという、伝記の大きな見直しにつながる発見だとグリフィスは主張しています。

Country Lifeの当該号が出る前に、BBCや新聞各紙は大ニュースと伝えました。一方、アカデミックな世界からは、冷ややかな懐疑論や痛烈な反論が寄せられました。でも発見の真偽のほどはともかく、詳細な推論の積み重ねそのものには、知的ゲームの面白さがあることは確か。結論だけをとりあげて「トンデモ論」と切って捨てるのではなく、まずは読んで楽しむという余裕も必要かな、という気もしました。

まあ、こちらに知識がないぶんだけ、内容を鵜呑みにする素直な読者として楽しめるという面はあるのですが。本物のアカデミシャンはこういうのを読んで「楽しむ」というわけにはいかないのだろうなあ・・・。

2015年6月22日 (月)

お国自慢

まつこです。

ウメマツともどもこのところ体力不足。うめぞうは膝痛と腰痛を悪化させたうえに風邪をひき、泣きっ面にハチ状態です。私も風邪気味。

そんなとき近所の酒屋で「飲む点滴」というポスターを見かけました。飲む点滴とは・・・

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[白く濃厚なこの液体はなんでしょう?]

甘酒です。

酒屋のおじさんいわく、甘酒は冬に飲むものと思っている人が多いけれど、実は夏の体力不足を補う飲み物として、昔から飲まれてきたとのこと。ビタミンB、アミノ酸、ブドウ糖などが含まれていて、体力回復にとても効果的なのだそうです。

さっそく飲んでみましょう!

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[近所の高崎屋酒店で買った山梨県の七賢という酒造メーカーの甘酒。ブレンドするのは根津の豆腐専門店「須田」の超濃厚な豆乳]

豆乳とブレンドすれば無敵の健康ドリンクです。

甘酒には酒粕で作るものと、米麹で作るものとあるそうですが、栄養素が多いのは米麹のほうだというので、お取り寄せしてみました。

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[新潟から八海山の甘酒。金沢から福光屋の甘酒]

まつこ新潟出身、うめぞう金沢出身なので、それぞれから1種類ずつ。加賀百万石の老舗か、淡麗辛口の新潟の銘酒かと、こんなところでお国自慢です。飲み比べた結果、福光屋のほうが甘さがすっきり。八海山のほうは甘味が濃いので、牛乳で割って飲んでみました。砂糖代わりの調味料としても使えそうです。

体に良いと聞けば、なんでも試してみたいお年頃です。

2015年6月20日 (土)

トムのアート

まつこです。

ケンブリッジでさんざんお世話になったジュディとトムの夫妻。イギリスを発つ前、トムから自作のアートを何枚か預かってきました。

うち、思い出の1枚。大学宿舎の部屋に1年間飾っていたのと同じ絵を、あらためて額装し、ベッドルームに飾りました。

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[同じくケンブリッジから持ち帰ったクッションやジャック・アロイシアス・メリーソートもベッドルームを飾っています]

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[トムがカラチで仕事をしていたとき、スポーツ洋品店にカラフルなホッケー・スティックが並んでいるのを見た記憶から作ったデザイン]

この額縁はオーダーして作ってもらいました。マウントと呼ばれる台紙と額と絵のバランスを想像しながら選ぶのは、難しいけれど、楽しい作業でした。写真ではちょっと分かりづらいけれど、正面から見るとシャンパン色っぽいシルバーで、横は茶色のフレームです。マウントにはわずかにグレーがかった白を選びました。

近所の額縁屋さんで相談にのってもらっている時、「既製品でこんなのもありますよ」と見せてもらった額を見た瞬間、ピンときました。同じ「カラチのホッケー・スティック」の、ヴァージョン違いの絵にぴったり!

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[スティックの数と背景の色が違う作品]

こちらは赤とシルバーがうまく組み合わされたフレームです。背景の色がグレーのこの作品には、ブルーグレーのマウントを合わせてみました。

トムのアートは、すっきりしたデザインで、ちょっと可愛い雰囲気が感じられるものが多いです。中には日本の切り絵風なものもあります。ある日、私が「あなたのアートを好きだという人本人は多いと思う」とトムに言ったところ、ぜひ何枚か持って帰って日本の人たちに見せてほしいと頼まれました。

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[廊下の突き当たりに飾ってみたところ]

ギャラリーのオーナーさんにも見てもらったのですが、「おもしろい絵ですけど・・・今、日本でアートを家に飾る人はほとんどいないんですよね」とのこと。残念・・・・。

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[トムのアートの数々。とりあえず床に並べて撮った写真]

トムとはメールで連絡を取り合い、HPを作っていろんな人に見てもらう機会を増やそうと話し合っています。とりあえず、ごく一部を我が家のブログでちょっとご紹介。もしもご興味のある方はご一報くだされば、サンプルなどお見せします。

2015年6月12日 (金)

HRT

まつこです。

いやはや・・・

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[話題が地味なので、せめて写真は派手に]

4月に受けた健康診断でまさかのH判定(要専門医受診)。この2ヶ月に受けた検査は、24時間ホルター心電図、心エコー、脳のMRI、甲状腺ホルモン検査、乳がん検査、子宮がん検査などなど多数。

最初は「ろくに問診もせず検査する医師が多いから日本の医療費はかさむのよ」などと憤慨する元気があったものの、自律神経失調気味の不定愁訴が続き、気分も落ち込み、日頃なら手を出さないプラセンタ注射から、果ては「スーパーライザー」とかいう光線療法にまで手を出す始末。

そしてたどりついたのは・・・

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[Hormone Replacement Therapy]

他に病気も特定できず、不整脈、動悸、耳鳴り、不眠、疲労感、鬱っぽい気分など、さまざまな不調は更年期症状であろうということになり、ホルモン充填療法をすることにしました。乳がんの発症率がわずかに上がるといったリスクのため、警戒する人も多い療法ですが、検査をちゃんとやってリスク管理をしながら、QOL(生活の質)を確保する方が良いという判断をしました。今、2週間目ですが、効果は感じ始めています。

今回、2ヶ月、いろいろな病院にお世話になりましたが、各分野が専門化している現在の医療では、受診者がある程度の主体性を持って取捨選択をする必要を実感しました。耳鳴りがあるから耳鼻科と脳神経科、動悸・不整脈があるから循環器内科・・・と、入り口は分かれているけれど、あれこれの情報を取りまとめるのは患者自身です。

循環器の先生に「心房細動による脳梗塞のリスクを下げるため抗凝固剤の服用が必要かもしれない」と言われた翌日に、婦人科でポリープを切って「念のため止血剤出しておきますよ」と言われることもあります。そんなとき「(昨日は血液サラサラにするクスリって言われたのに、今日は血液を固めるクスリ飲んで)大丈夫でしょうか?」と聞けるのは患者本人だけです。医療が高度化した時代には、患者のリテラシーもある程度必要です。

というわけで、「人生の第3コーナー」に突入して、あれこれ考えることも多い日々です。まあ、いちばん大切なのは、「あの日の私に戻りたい」という悪あがきの若返り欲望ではなく、「年をとることを受け入れる」という自然な態度だと思いました。これからは肩の力を抜いて、秋もまたよしという気分でいきたいと思っています。

2015年6月 5日 (金)

改革とは何か

うめぞうです。

このところ、まつこがなかなかブログを書かないので、ひょっとすると、少ない読者の何人かの方には、ご心配をおかけしているかもしれない。というわけで、今日はうめぞうがつないでおくことにしよう。
じっさい、まつこは最近まで絶不調。○○○障害が基調にあるようで、そこに歯痛やその他あれこれのストレスも重なって、めずらしくふさぎこんでいた。しかし、その曇天にも、このところようやく晴れ間が見えてきたようで、全体として底を打った感じだ。近々、その報告がてら、また面白い話が聞けることだろう。
さて、そんな中、世の中の変化は大学の中にも洪水のように押し寄せてきている。これがまつこの体調にもよからぬ影響を与えているので、うめぞうとしても放っておけない。 全国の大学では、理事会や文科省と一体化した学長その他の役員が「改革、改革」とお題目を連呼し、将来構想委員やら、教務委員やら、貧乏くじを引いた先生方が心身ともに改革疲れ。研究教育に充てる時間と精神的余裕をすっかり失っている。 振り返ればもう20年以上、改革を続けてきたはずの大学が、本務である研究と教育のための時間を失い、しかも学生の学力は向上せず、あぶはちとらずの疲労困憊。 果てはグローバル大学とローカル大学に分離し、グローバル大学は英語で授業、ローカル大学は実学に徹し、教育学部や文学部は廃止、転換など、いよいよ末期的な改革案が浮上している。
まあ、その話題は今日は置いておくが、この改革ゲーム全体が不毛になるのは、ゲーム参加者の間に、そもそも「改革」とは何か、ということについての共通理解がないからだ。
この改革ブームの根底には一つの明確な人間理解、歴史理解がある。それは人間社会は世界中どこでも「ホモ・エコノミクス」からなっており、たえざる経済成長を目指して競争、進化しているという人間観、歴史観だ。そこでの敗者はみじめな生活を強いられる。だから、たえず競争的かつ創造的に新たな商品開発に寄与する大学は、国家や社会の競争、進化に寄与している健全な大学だ。他方、そうした変化を好まない大学は、競争進化を忌避し、妨げる停滞した大学ということになる。そのような大学を市場原理に従って淘汰するのが、今日の大学行政における「改革」の意義だ。
しかし、こんな貧しく、観念的な人間観、歴史観は、少し歴史を振り返れば、まったくの空想物語だということがわかる。生命の本質は現状維持にある。外界の温度が年間30度くらい変化しても、体温は1度くらいしか変化せず、驚嘆すべき恒常性を確保している。そのために生命はあらんかぎりの知恵をしぼり、巧みな仕組みを開発してきた。ある社会が生産性の低い均衡状態に数十年、数百年止まった例は歴史上、いくらもある。そうした社会の成員が経済成長を続ける社会より不幸な人々であったという証明があるなら、見てみたいものだ。
われわれは習慣行動を愛している。それが生命にとって、普通は一番、安全だからだ。親を見て、親の真似をして生きる。これが動物の自然なあり方だ。多くの人は変化を望むよりも、安心や安定を望んでいる。これがまず、一番リアルな人間観、歴史観だろう。
資本主義はこの人間観、歴史観に真っ向から立ち向かってきた。マルクスが真に革命的な力を認めたのは、労働運動ではなく、資本のこうした運動に対してだった。伝統や習慣をこれほど根こそぎにしうる革命的潜在力は資本主義的生産様式以外にはない。個人と社会が持っている恒常性への敬意と愛着を、これほど敵視しうる暴力は、 フェティシズムと化した貨幣へのオブセッション以外にはない。これがマルクスの卓抜な発見だった。
体温変化を1度以内に抑えるためには、発汗や血管収縮など高度で繊細な生命の仕組みが必要だ。同じように、地球人口が増え続ける中で、経済成長やエネルギー消費を抑え、社会に恒常性を確保するには、持続可能なエネルギー開発や循環型社会のための高度な科学技術が必要だ。そのための技術のみならず、そのための人間理解や歴史理解を深めることこそ、現代の大学教育が力を注ぐべき課題だろう。この時代に、人文社会系や教育系を縮小、廃止して、経済成長をめざすホモ・エコノミクス育成に焦点を当てている大学改革などは、あまりにも旧弊固陋で、人類史にとってはきわめて危険で短絡的な試みに見える。

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