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2015年4月27日 (月)

三四郎

まつこです。

お天気良い日曜日、東大の中の三四郎池の周りを歩いてみました。

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[新緑が水面に映る三四郎池]

夏目漱石の『三四郎』は高校生の頃からの愛読書の一つ。たぶんこれまで10度以上は読み返しています。昨年度、朝日新聞で連載されていた時もオンライン版で読み、毎日、少しずつ丁寧に読むという新聞連載小説の楽しみ方を経験できました。

(今、連載されている『それから』は、残念ながら縦書きviewerが提供されていません。横書きだとどうも読む気分にはなれず、ときどき紙面版でまとめ読みしています。)

英文学者だった夏目漱石は『三四郎』の中にもときどきイギリスの作家や作品名を登場させています。トマス・ブラウン(Thomas Browne)の『ハイドリオタフィア』(Hydriotaphia)もその一つ。

この冬、ケンブリッジの学部の講義を聴講しているときにこのHydriotaphiaが引用されていて、「この散文は文章が読みにくいけれど、死者を追悼する行為と時間の複雑な関係がその読みにくさの中で表現されている」というようなことを講師が話していました。その講義を聞いた数日前に、朝日新聞の連載もちょうどこの『ハイドリオタフィア』が出てくるところにさしかかっていました。

トマス・ブラウンは17世紀の博学者。自然科学と宗教についての瞑想を難解な散文で書き残しています。夏目漱石はどうやってブラウンなど読んだのだろうと、あらためて英文学者夏目金之助の知識の広さ、思索の深さと、100年後の浅学非才な我が身を比べ(比べるのもおこがましいが)嘆息してしまいます。

Photo
[この季節はキャンパスの中も花がたくさん咲いています。白いハナミズキも満開でした]

そんなことを考えながら三四郎池の水面を見つめ、春日通りの江戸あられ屋さん「竹仙」でおせんべいなど買ってぶらぶらと散策した日曜日でした。

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コメント

「三四郎」、私も高校生の時の愛読書でした!特に受験の時に繰り返し読んでは、「大学生になったら美禰子さんのような女性になろう!」と野望を抱いたりなんかして。。。もちろん、ついぞ実現せず。

Pukiさん、コメントありがとうございます。

いやいやスッと立って媚びないところは、Pukiちゃんの野望は実現していますよ。

でも美禰子って、好きな人(野々宮)は結婚する気がないので、諦めて見合い結婚を決めたものの、自分に思いを寄せるウブな若者(三四郎)にはちょっと思わせぶりな態度をとってしまう、というタイプですよね。誇りの高さゆえ、がむしゃらな恋愛はできないタイプともいえるかも?

漱石とThomas Brownの接点をちょっとだけ調べてみようと思ったら、飛ヶ谷美穂子『漱石の源泉」という本に出会いました。これ、漱石と英文学のつながりを比較文学の視点で分析した素晴らしい本でした。

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