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2015年3月14日 (土)

コヴェント・ガーデンの『魔笛』

まつこです。

コヴェント・ガーデンのオペラ・ハウスで『魔笛』を楽しみました。モーツァルトの「魔笛』は娯楽作品でありながら哲学的、どの瞬間も素晴らしい音楽にあふれた至福の作品です。

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[啓蒙君主のようなザラストロと黒人歌手のパミーナ]

David McVicarの演出は2003年のものだそうですが、啓蒙時代に舞台を設定し、ロココ絵画のように美しい舞台でした。

絵画的要素がピーター・グリーナウェイの映画『プロスペローの本』と少し似ています。そう思って見ていたら、ザラストロとプロスペローをはっきりと重ね合わせる演出がなされていました。

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[字幕でプロスペローのセリフが引用されていたザラストロ]

コヴェント・ガーデンは英語の字幕が出ますが、パミーナを強姦しようとしたモノスタトスを罰する場面で、ザラストロのセリフにシェイクスピアの『テンンペスト』の一節がそのまま使われていました。"This thing of darkness I acknowledge mine."「この暗い者も、私のものなのだ」

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[夜の女王は月]

この舞台では、夜の女王は月、ザラストロは太陽で象徴されていますが、全体が暗い闇の世界です。結末のハッピーエンディングに至るまでは、王子タミーノやパパゲーノは暗い闇の中で試練を経験しなければなりません。ザラストロは光と闇の両方の世界を統べる支配者なのだということがこのセリフで主張されているように思えました。

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[ザラストロは太陽]

臆病者でだらしないパパゲーノが底抜けに明るいのと対照的に、深い叡智にあふれたザラストロは、暴力、陰謀、憎悪といった暗闇への洞察も持っている。そこがシェイクスピアのプロスペローとモーツァルトのザラストロの共通性です。

どの歌手も安定感のある歌いっぷり。特にアメリカ人黒人歌手のJanai Bruggerはクリームのように温かみのある声で、天真爛漫なパミーナを演じていました。

深夜10時半を過ぎても渋滞しているロンドンの街。ぜんぜん動かないタクシーの中でも、オペラの余韻にひたっている気分でした。

Photo
[パパゲーノとパパゲーナ?]

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