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2015年2月21日 (土)

ジュリエット・スティーヴンソンのHappy Days

まつこです。

50代で下半身が麻痺して動けなくなったら・・・。70代で首から下が一切動かせなくなってしまったら・・・。そんな絶望的な状況におかれた女性は、夫とどのようなコミュニケーションを取るでしょうか。

サミュエル・ベケットの『幸せな日々』は、第1幕では「腰から下が砂に埋もれて動けない」、第2幕は「首まで砂に埋もれて動けない」というシュールな設定の劇です。でも今回のヤング・ヴィック劇場の上演は、哲学的で抽象的な問題ではなく、たくましさと痛々しさをあわせもつ生身の女性の切実なドラマとなっていました。ほぼ一人芝居のこの劇を演じたのはジュリエット・スティーヴンソン。

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[第1幕、腰まで埋まってもまだ若さと希望を失うまいとするウィニーを演じるジュリエット・スティーヴンソン]

自らの孤独やパニックを抑えるために、自分の話を聞いてほしいと夫に訴える。夫の気の利かなさにイラっときて、ついなじってしまう。容貌の衰えを気にして、しょっちゅう鏡をチェック。ハンカチやバッグは常にそばに持っていないと不安。若い頃の恋愛を懐かしく思い出す・・・。50代の女性なら誰にでもありうる心理でしょう。ジュリエット・スティーヴンソンは岩と砂に埋もれた状態で、上半身だけで50代女性の葛藤を、イギリス人女性らしい辛口のユーモアのセンスを交えて表現していました。

衝撃的なのは第2幕。土気色の顔だけが見えて、あとはすべて埋もれてしまったスティーヴンソンが、顔と声だけで絶望との戦いを表現します。見えない夫に向かって叫んでみても返事はなし。けれど時たま短い声が聞こえるだけで、「今日も幸せだわ」と笑顔を浮かべる。子供の頃の記憶に心を逃避させ、うつらうつらとまどろみ始めたところで、残酷な現実は彼女の意識を絶望へと引き戻す。その繰り返し。死は確実に近づいているのに、まだ執拗に現実がつきまとう70代。すべてが終わったとき、土気色の顔にわずかな微笑みが残っていました。

こんなふうに書くと、後味の悪い劇だと思われるかもしれませんが、終演後は劇中の女性ウィニーと、それを演じたスティーブンソンの、気概と奮闘をあっぱれと賞賛する気持ちが残ります。「こんな絶望的な状況を生き延びられるのは女だけだ」とベケットは言ったそうです。昨日は友人のCherryさんと一緒に観に行きましたが、二人とも感動で絶句してしまいました。

ジュリエット・スティーヴンソンは、実はうめぞうのお気に入りの女優さんなのですけれど、気の弱いうめぞうには直視できないドラマでしょう。日本ではあまり知られていない女優さんなので、紹介のためいくつかyouTubeの動画を貼り付けておきます。シェイクスピアのソネット116番の朗読、RADAのインタービュー、BBCのインタビューです。他にもオースティンやフォースターの小説のCDなどがあり、知性を感じさせる心地良い朗読が楽しめます。

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