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2014年12月28日 (日)

マタイの原理

うめぞうです。

今年も終わりに近づいてきた。振り返ると今年はやはり、殺伐とした格差拡大や攻撃的なナショナリズム、宗教的原理主義の台頭や中東の果てしない戦争など、寒々とした光景が目に浮かんでくる。来年は、もう少し希望の光を見つけ出したいものだ。

ひとりの主人が3人の下僕にそれぞれ5千万円、2千万円、1千万円を預けて旅に出る。最初の2人はそれを元手に商売をして、それぞれ5千万と2千万円を別に儲け、主人に報告する。すると主人は大いに喜び、彼らにもっと多くの資金運用を任せることを約束する。ところが3人目の下僕は、この主人が危険な投機をする人物だということを知っていたため、その恐ろしさのあまり、安全を優先して1千万円を地中に埋めて、元金だけを主人に返す。すると主人が腹を立て、せめて銀行に預けて利子を稼ぐべきだったと彼を責め、彼からそのお金を取り上げて、最初の下僕に渡してしまう。「持っているものは与えられ、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるだろう」と主人は言う。

これは聖書のマタイによる福音書25章に出てくる話、しかも天国の寓話だ。せめて銀行に預けて利子を取るべきだったなどという主張が聖書に登場するのは意外だが、最後の主人の言葉は、現代でもよく資本主義の本質をとらえた言葉として引用され、「マタイの原理」などと呼ばれている。

将来不安に駆られた個人が自己防衛のために節約と貯蓄に向かうのは当然だ。しかし、昨今は豊かな下僕である企業も、現実経済になかなか投資しようとしない。これではいずれ、そのお金は主人によって取り上げられて、もっと豊かな下僕に渡ってしまうだろう。その前に、投資されない余剰資金に税金をかけるなどして、国内の格差解消と雇用確保に投じてほしいものだ。

うめぞうはほとんど登場しませんでしたが、今年もまつこのブログを読んでいただきありがとうございました。どうぞ皆様にとって2015年が良い年でありますように。

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コメント

福音書はそれぞれの使徒の特徴が出ていますが、マタイの福音書は一番厳格な気がします。私なんてしょっちゅう叱られてしまうでしょう。自分のものと思っているものも、本当は与えられ、一時の間預かっているもの。年の終わり、感謝の気持ちを新たにしたいと思います。↓のパン、立派です。たしかに粉ものはキッチン汚れますからね。今の内に盛大にやらかしちゃってください(笑)。

ブログをまつこがほそぼそ続けられたのは、今年もPukiちゃんとショウガネコさんの励ましがあったからこそです。本人に成り代わり深く深く御礼申し上げます。
マタイ伝、たしかにラディカルですね。自分より親兄弟が大切な人は自分にふさわしくない、自分は平和ではなく剣をもたらすためにやって来たなんて、さらっと言っちゃってますからね。友達にするならルカの方がいいかもしれないけど、福音書の真骨頂はマタイ伝かもしれませんね。
来年はオフ会も含めてどうぞよろしくね。

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