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2014年11月24日 (月)

ケンブリッジの「クラブ」

まつこです。

数日前、海外からの研究者のための交流イベントに参加し、ケンブリッジにある3つの「クラブ」を案内してもらいました。

ひとつ目はこちらー

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[立派な革張りのソファのある重々しい部屋]

1835年創設の「ピット・クラブ」(Pitt Club)です。24歳で首相になったウィリアム・ピット(小ピット)の名を冠した社交クラブです。もともとはトーリーの政治活動を支援するという目的もあったようですが、有名パブリック・スクール出身者の中から紹介された学生だけが入会できる、私的な社交クラブとして存続してきました。

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[クラブの紹介をしてくれた今年の幹部メンバーたち]

エドワード七世、ジョージ五世など王族や、経済学者のケインズ、ソ連のスパイだったガイ・バージェスなど、そのメンバーは華麗です。今でも「選ばれしエリートのためのクラブ」という雰囲気は歴然。イギリスのエスタブリッシュメントはこういうところで脈々と生き続けていると思うと、ちょっぴり複雑な気分になりました。(・・・と思いながら、いそいそと記念写真など一緒にとってもらいました。イヤな顔ひとつせず、感じよく応じてくれるのが、押しも押されもせぬエスタブリッシュメントの証し。)

次に訪問したクラブは体育会系・・・と言っても、汗臭いユニフォームが脱ぎ散らかされているラグビー部の部室ではありません。

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[建物内の壁の色もケンブリッジ・ブルーです。ちょっとペパーミント・グリーンに近い色]

オックスフォードとケンブリッジの対抗戦に出場した者だけに与えられる名誉の印「ブルー」をまとえる者だけが入会できる社交クラブです。このホークス・クラブ(Hawks Club)は1872年創設だそうです。

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[オックスフォードとの試合で活躍するとこういう「ブルー」を身にまとう権利が与えられます]

この「ブルー」が与えられる種目は現在では46競技あるそうですが、そこで良い成績をおさめれば自動的にメンバーになれるわけではなく、やはり社交クラブなのでメンバーからの推薦や投票などで会員になれるかどうかが決まるそうです。

『炎のランナー』の主人公だったハロルド・エイブラハムはメンバーへの選出が否決されました。ユダヤ人だからという理由ではなく、新聞「タイムズ」への寄稿が学生としての謙虚さを欠く行為とみなされたから、とされています。

外からはなかなか見えにくい因習の世界をかいま見たあと、最後のひとつはもうちょっとオープンな言論の場、「ケンブリッジ・ユニオン・ソサイエティ」(Cambridge Union Society)です。

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[得意の弁舌をふるっているつもりのうめぞう]

1815年創設のディベート・クラブです。古くはヴィクトリア朝の大物政治家ウォルポールから、最近ではハフィントン・ポストの創設はアリアナ・ハイフィントンまで、幹部メンバーにはそうそうたる言論人が名を連ねています。

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[うめぞうの議論を聞いて、さて賛成か反対か?]

学生が弁舌をふるうディベートの他、サッチャー、ダライ・ラマ、カンタベリー大司教など、多士済々の論客を招いての討論会もたびたびなされています。ディベートが終わると、それを聞いていたメンバーは「Ayes」(Yes)か「Noes」(No)のいずれかの出口を選んで出て行きます。その数で結果が決まるというのが、原則的なルールのようです。

3つのクラブはまったく性質が違うものですが、強固な階級制度、スポーツマンシップの礼賛、そして言葉の力への評価、この3つをあわせるとイギリスの伝統の大きな部分が見えてくるように思います。

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