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2014年4月13日 (日)

サム・メンデスの『リア王』

まつこです。

昨日はロンドンまで芝居を見に行ってきました。

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[いつものロンドン・・・でもどんどんスカイラインが変わっている]

キングズ・クロスの駅に降りれば、交通渋滞と喧噪と人ごみのいつものロンドン。でもこのコスモポリスの混沌も悪くはない・・・と久しぶりに都会の汚い空気を吸って、それはそれで気分が落ち着きます。

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[言語障害が出て、認知症の兆しが見えている独裁者]

ナショナル・シアターで見たのはサム・メンデス演出、サイモン・ラッセル・ビール主演の『リア王』。軍事国家の独裁者も、あっけなく哀れな老後を迎えるというのが強調されていたテーマでした。リアの狂気は認知症と解釈され、野戦病院の医師に鎮静剤をうたれ看護師に拘禁服を着せられ、あやされるようにしてベッドに寝かしつけられます。

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[ここはどこ? あなたはもしかして私の子供? 野戦病院で覚醒したリアは哀れな老人]

超高齢化社会を背景に、『リア王』は老人問題として解釈されることが多く、狂気の中に人間の理性の果てを見極めるというような崇高なる悲劇性は、なかなか表現しにくい時代になっているようです。今回の演出でもケントは巨漢の用心棒、グロスターは気の弱い善人、エドガーは飲んだくれのチンピラみたいな感じで、従来なら善人とされた登場人物にもあまり共感ができないように演出されています。

最後は誰もいなくなっただだっ広い舞台で、チンピラあんちゃん風のエドガーが「これから先もあんまりいいことないぜ。おれたちゃ、あんなに長生きしないだろうけどさ・・・」みたいな若者言葉で締めくくります。未来にもあまり希望が持てないハードボイルドな悲劇でした。

芝居の後はアーセナルのサポーターたちの赤いユニフォームが目立つ混んだ列車でケンブリッジまで帰ってきました。エドガーと同じようなしゃべり方する兄ちゃんたちがいっぱい乗っていました。 

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コメント

これは、どこかで見覚えのある役者さんですな。以前に見せてもらったRSCのオセロでイアーゴを演じた人だったですかね。
サム・メンデスというのは、アメリカン・ビューティーというあの映画を作った人でしたか。葉っぱだったか、紙だったか忘れましたが、風に吹かれて空を舞うシーンが記憶に残っていますが、あの人のものには神経のはりつめた無常感がありますなあ。それとも、これはリア王と化しつつあるうめぞうの空想の産物でしょうか。

うめぞう、コメントありがとう。

サイモン・ラッセル・ビールは一昨年、うめぞうが見た『アテネのタイモン』で主演していた役者だよ。サム・メンデスの新しい映画では007の『スカイフォール』を見ているよ。

サム・メンデスもサイモン・ラッセル・ビールも、二人ともすっかり「大御所」になって、大道具の不具合で舞台が中断したものの、それでも揺るがぬ安定感を感じさせるプロダクションでした。

現代人にはわかりやすい解釈ながら、まつこさまが仰る通りこの作品の本当の悲劇性は見えなくなってしまいますね。狂気と正気が逆転する荒野の場面とか。サイモン・ラッセル・ビールもリア王する御歳になられたのですね。でも、ハムレットよりもずっと似合っている気がします。

Pukiさん、コメントありがとうございます。

サイモン・ラッセル・ビールのリア、腰をかがめて、いかにも老人なんですよ。私、2ヶ月違いのまったく同い年なので、「あーあ、こんなにおじいちゃんになっちゃったのか・・・ひょっとして腰痛か? 終幕でコーディリアを抱きかかえられるのか?」と複雑な思いで見ていました。でも最後のカーテンコールになったら、ツヤツヤした表情で軽快な小走り。安堵しました〜。でも、次はプロスペローあたりですかね・・・。

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