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2014年3月28日 (金)

ぼっち生活のはじまり

うめぞうです。

イギリスは、銀行口座を作るのに苦労する国だと聞いていたが、なんとかまつこはその難関を突破。図書館に入るための手続きも完了して、図書館でインターネットに繋がるためのノウハウも習得したようだ。
今の時代、金と情報が流れるグローバル・ネットワークへのアクセス権を手にするかどうかが、生活の質を左右する決定的一線となる。それを手に入れれば、一定の治安が行き届いている国なら、世界中、どこで生活しようが、あまり心配はないだろう。しかし、たとえ住み慣れた母国であっても、このアスセス権を失うと、生活はとたんに不安と不便に満ちたものになる。
それだけに、このネットワークに入るためには、幾重ものセキュリティの垣根が張り巡らされている。当然、それをくぐり抜ける手続きも煩雑になる。情報関連の最低知識と英語の運用能力がなければ、その第一歩を踏み出すのに大いに苦労するというわけだ。これがグローバル化という現象なのだろう。

というわけで、まつこも、とりあえずイギリス生活の第一歩を順調に踏み出した様子で、一安心だ。ほっとした。
ところが、うめぞうのまわりには、まつこのことを心配していた人は、まったくいない。会う人ごとに「まつこさん、ケンブリッジだって。1年、いないんだって。いいねえ。ところで、うめさん、どうするの?まずいねえ。だいじょうぶ?やばいんじゃない?」と、こうである。
うめぞうがいなくても、まつこが一人でやっていけるのは当然。しかし、まつこがいなくても、うめぞうが一人でやっていけるのかは大いに疑問。これが圧倒的多数、いや今のところ全員の意見なのである。

友人たちの間では、まつこが将校で、うめぞうはせいぜいで軍曹どまりだと言われている。その意見じたいは、認めざるをえないが、皆がわかっていないのは、下士官なき上官と、上官なき下士官の、どちらが本当に不便するかである。ここにはヘーゲルの奴隷の弁証法が働く余地があり、かならずしも、うめぞうに圧倒的不利な状況でもないのである。

「うめちゃん、いつでも電話してきていいからね」「うめさん、暇だったら、うち来て夕飯作ってくれない」「うめさん、ときどき呼んであげるからね」と、まつこの女友達がつぎつぎに声をかけてくれる。妻が不在の男性として、もう少し、警戒心をもってくれないものかと思うのだが、どうも、よほど頼りない「ぼっち君」だと思われているようだ。

そこで、これからは意外にぼっち生活をたくましく生き延びるうめぞうの生活も時々、お伝えすることにしよう。

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コメント

うめぞうさん、まつこさまがいなくて相当寂しいのではないかしら、と私も思っていたところです。お料理も、食べる相手がいるからこそ、やる気がおきますしね。久々のブログ登場は嬉しい限りですが、こりゃかなり寂しがってるな。。。下士官なき云々には大いにウケつつ、この負け惜しみ、やっぱ相当ー寂しがってるな。。。(笑)。

はあ、やっぱりPukiちゃんの目は欺けませんかねえ。
しかし、わずか数日で弱音を吐くと、あと300日以上ありますからねえ。
ここは、もう少し痩せ我慢せな、あかん。

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