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2014年3月

2014年3月31日 (月)

グランチェスター

まつこです。

今の下宿の女主人は元学校の先生だったそうです。あれこれ人に教えるのが大好きみたいで、「地図にのっていないけれど、このカレッジのここは通り抜けられるのよ」とか「どこそこのギャラリーはぜひ行ってみて」とかいろんなアドバイスをしてくれます。

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[この牧草地はキングズ・カレッジの所有だそうです]

今朝はお天気が良いのでぜひ隣村のグランチェスターまで歩いてみるようにと勧められました。たいへん気持ちのよいウォーキングが楽しめました。

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[こんな草原がどこまでもどこまでも続いています]

宿から数分歩くと、グランチェスター・メドウズという牧草地に出ます。どこまでもうねうねと緑の草原が続いています。その草原を20分ほど歩き続けると、隣村のグランチェスターです。

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[小さな村の小さな教会]

この村はルーパード・ブルックという詩人に愛された村として知られています。ブルックは第一次世界大戦で命を落とした詩人ですが、若々しい理想を抱いて戦争に赴き、美しい故郷英国への想いを詩に歌った詩人としてイギリスの人々に人気があります。とびきり美男子の詩人だったというのも人気の要因のひとつでしょう。村の小さな教会の戦没者記念碑に名が刻まれていますが、今日も花が捧げられていました。

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[昔、村の学校として使われていたかわいい建物]

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[藁葺き屋根の村のパブ]

それにしてもこのだだっ広い草原をたくさんの人たちが歩いていました。お年寄りも、子供も、犬も、みんなうれしそうな表情で暖かな日曜日の日ざしを楽しんでいます。バスケットを持ってきてピクニックをしている人たちもたくさんいました。

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[鴨ものんびりしている日曜日]

ピクニック用のバスケットのことを「ハンパー」(hamper)と言いますが、うちにも昔私が「英国風」に憧れてハロッズで買ったハンパーがあったことを思い出しました。1回だけ葛飾の水元公園に持って行って使って、それっきりしまい込まれています。ハンパーはやっぱりこういう風景の中で使った方が雰囲気出るよね・・・と、ピクニックを楽しんでいる家族づれをちょっとうらやましい気分で眺めました。

2014年3月30日 (日)

春の陽射し

まつこです。

やっと晴れました!

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[キングズ・カレッッジとケム川]

いったん晴れると、ケンブリッジの春はどこもかしこも絵はがきのよう。昨日まで黒っぽいアノラック着て、しかめ面して歩いている人ばかりだったのに、今日は半そでのシャツまで見かけました。(・・・といっても、せいぜい摂氏17度なんですけど。)

今、宿泊している宿は図書館や英文科の建物まで徒歩10分ほどのところにあります。その10分ほどの距離も、カレッジの中を通り抜けさせてもらうと、ほとんど公道を通らず、きれいに手入れされた庭だけを通って行くことができます。

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[ニューナム・カレッジの庭。こちらは女子だけのカレッジ]

なんだか浮世離れした生活を味わっている気分です。これが例年だと、そろそろ新入生のガイダンスだとか会議や新学期の講義の準備で、あたふたしている間に気がつけば4月だったはず。

図書館の高い窓からふりそそぐ春の日ざしが背中にポカポカ暖かい午後、こんな贅沢な時間が過ごせることに感謝しなければと改めて思いました。

2014年3月29日 (土)

アベノムジュン

うめぞうです。

最近、ブログを書かなくなったのは、もちろん色々な雑事に追われていたからだが、もう一つの理由は、今の政治に、ほとほとウンザリすることが多かったからだ。

経済や政治の実体にも、専門的知見にも疎いうめぞうが、あまり床屋政談のようなことを書いても仕方がないし、かといって倫理的な悲憤慷慨では面白くない。そこで今日は、今の政治がかかえているムジュンを、少し抽象的なレベルで考えてみることにした。

日本に限らず、今の先進国の政治は、相変わらずネオリベラリズが基調となっていると、うめぞうは考えている。簡単にいえば、人件費抑制のための合理化、雇用の規制緩和、法人税減税などによって、資本の収益性を高める政策パッケージだ。しかし、これを一方的に進めると労働者の購買力を削いでしまう。当面、購買力がある人も、将来不安から、収入を、消費や投資ではなく、貯蓄に回してしまうだろう。そうなれば、需要不足、つまり物の売れ行きの鈍化を招く。

ネオリベラリストたちも、そのことには気付いている。では、どうするか。考えられるのは、賃上げをして中間層を増やし、年金や社会保障を安定させて将来不安を取り除き、収入が消費や投資に回るようにすることだ。しかし、それはネオリベラリズムからの方向転換を意味する。グローバルな競争にさらされている企業には、そんな余裕はない。自分のところだけ賃金を上げれば、社会全体の購買力が上る前に、自分の会社がライバルに負けるだけのことだ。産業別の労働組合が労働賃金についての交渉力を持っていた時は、ライバル企業も一緒に労賃が上がるから、比較的賃上げをしやすかった。今はそれがなかなか難しい。そこで、与党が経団連を通じて、余裕のある会社はなんとかしろ、とやんわり脅すしかない。もちろん、それだってやらないよりはやったほうがいい。

ところが、そこでムジュンがでてくる。もともとネオリベラズムは、法律から規範的な実質を剥奪して、純粋な形式法として法を解釈し、経済活動の自由を最大化するのが目玉だ。しかし、今や、政治が業界のトップを集めて、企業の社会的責任を説きながら、上からの賃上げを要請せざるをえなくなっている。形式法的に根拠の無い賃上げは長続きしないだろうと、うめぞうは見ている。

賃上げがうまくいかないとなれば、次は、国がお金を使うしかない。こうしてオリンピックであれ、除染であれ、公共事業は資本の収益性を保つための生命線になる。ところがここにもムジュンが出てくる。ネオリベは、もともと公共セクターを、経済活動に対する障壁と感じてきたからだ。経済の自由化や規制緩和は、政策パッケージとしては、行財政改革や緊縮政策、通貨高政策と、むしろ親和性がある。これを通貨安政策とインフレ覚悟の公共事業と組み合わせていれば、政策間の齟齬が出てくる。

不思議なことに、現在、階級意識を強く持っているのは、貧困化する労働者層ではなく、むしろ富裕化するトップエリートたちだ。エリート大学を出て、官庁であれ、金融界であれ、国際機関であれ、指導的立場に立っている人々は、立場の違いを超えて同族意識を強くもっている。資本主義が持続不可能な限界に近づいていることを、ある意味で一番良く分かっているのは、彼らなのかもしれない。勝ち組が危機感をもち、負け組が諦めているのは、本当に困ったことだ。

2014年3月28日 (金)

ぼっち生活のはじまり

うめぞうです。

イギリスは、銀行口座を作るのに苦労する国だと聞いていたが、なんとかまつこはその難関を突破。図書館に入るための手続きも完了して、図書館でインターネットに繋がるためのノウハウも習得したようだ。
今の時代、金と情報が流れるグローバル・ネットワークへのアクセス権を手にするかどうかが、生活の質を左右する決定的一線となる。それを手に入れれば、一定の治安が行き届いている国なら、世界中、どこで生活しようが、あまり心配はないだろう。しかし、たとえ住み慣れた母国であっても、このアスセス権を失うと、生活はとたんに不安と不便に満ちたものになる。
それだけに、このネットワークに入るためには、幾重ものセキュリティの垣根が張り巡らされている。当然、それをくぐり抜ける手続きも煩雑になる。情報関連の最低知識と英語の運用能力がなければ、その第一歩を踏み出すのに大いに苦労するというわけだ。これがグローバル化という現象なのだろう。

というわけで、まつこも、とりあえずイギリス生活の第一歩を順調に踏み出した様子で、一安心だ。ほっとした。
ところが、うめぞうのまわりには、まつこのことを心配していた人は、まったくいない。会う人ごとに「まつこさん、ケンブリッジだって。1年、いないんだって。いいねえ。ところで、うめさん、どうするの?まずいねえ。だいじょうぶ?やばいんじゃない?」と、こうである。
うめぞうがいなくても、まつこが一人でやっていけるのは当然。しかし、まつこがいなくても、うめぞうが一人でやっていけるのかは大いに疑問。これが圧倒的多数、いや今のところ全員の意見なのである。

友人たちの間では、まつこが将校で、うめぞうはせいぜいで軍曹どまりだと言われている。その意見じたいは、認めざるをえないが、皆がわかっていないのは、下士官なき上官と、上官なき下士官の、どちらが本当に不便するかである。ここにはヘーゲルの奴隷の弁証法が働く余地があり、かならずしも、うめぞうに圧倒的不利な状況でもないのである。

「うめちゃん、いつでも電話してきていいからね」「うめさん、暇だったら、うち来て夕飯作ってくれない」「うめさん、ときどき呼んであげるからね」と、まつこの女友達がつぎつぎに声をかけてくれる。妻が不在の男性として、もう少し、警戒心をもってくれないものかと思うのだが、どうも、よほど頼りない「ぼっち君」だと思われているようだ。

そこで、これからは意外にぼっち生活をたくましく生き延びるうめぞうの生活も時々、お伝えすることにしよう。

情報リテラシーと老眼鏡

まつこです。

昨日からこちらで生活するための諸手続きをしています。大学から写真入りのカードを発行してもらい、それで図書館にも入れるようになります。

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[ケンブリッジの大学図書館]

今はどこの図書館も本の閲覧や貸し出しだけではなく、情報端末という機能が大きくなっています。図書館はデジタル化された膨大な資料を検索するためのデータベースにアクセスする場所でもあるのです。

そのためには大学のネットワークに入る必要があるわけで、最初にIDカードと一緒にもらったのが"IT Matters@Cambridge"というリーフレット。小さい文字でたくさん記号やURLが書いてあって、見ていると目が疲れます。

職員の若い女性につきあってもらいながら、ネットワークの利用を開始する設定をし、仮パスワードを発行してもらう手続きをし、その仮パスワードを本パスワードに変更する手続きをしました。こうして書いちゃうと簡単な気がするのですが、大学のイントラネットみたいなものの全容がよくわかっておらず、質問して教えてもらってもわかったような気がしません。おまけに今日は老眼鏡を忘れていったので、「はい、このコードを入力して」とか言われても、目がかすんでよく見えない・・・。

ま、なんとか無事終了し、図書館に自分のPCを持ち込んでもネットワークにログオンできるようになったような気がします。

で、一難さってまた一難。

銀行で口座開設。昨日、大学から紹介状を書いてもらって口座開設そのものはスムーズにすみました。でも日本でのローンの残額とか、年収を12で割っておおよその月額を算出するとか、そのたびに日本円をポンドに換算するという煩雑さはありましたが、アラブ系の訛ですごい早口の若手銀行員が親切に対応してくれました。

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[HSBCで口座開設。この小さなカードで苦労しました]

ただオンライン・バンキングもやりたいと言ったら、これがまた認証システムが難しく、アカウント名やパスワードを自分で決めるにも「それじゃ短すぎる」とか「使えない文字が入っている」とかで一苦労。やっとクリアしたと思ったら、最後、小さいリモコン・カードみたいなのを渡されて、その番号の登録だとかなんとか。「このカード何?」と聞くと、アラブ英語でペラペラペラペラ・・・。そう言われても「???」意味わからず、老眼鏡もなく、戸惑いながらも、なんとか手続きをすませました。

ケンブリッジは石造りの建物ばかりの古めかしい街ですが、ここでも生活していくためには情報リテラシー(と老眼鏡)が必要なのだと切実に実感した一日でした。

2014年3月26日 (水)

震える水仙

まつこです。

昨日、チューリッヒからケンブリッジに移動。大学の宿舎に入れるのが4月になってからなので、2週間は、大学から紹介してもらったB&Bで過ごすことになりました。

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[こちらが下宿]

リストの中から「アーツ・アンド・クラフツ運動の一人が設計した家」と書かれていた宿が面白そうだと思って選んでみました。

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[泊まっている部屋]

イギリスのヘリテージ映画に出てくるような家です。裏にはにはよく手入れをされた庭が広がっています。水仙の花が咲き、いろんな種類の鳥がやってきます。

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[朝ご飯をいただく部屋]

「わ〜、すてき〜」と感動したのですが、実際、泊まってみると寒いです。

100年ほど前にケンブリッジの教師が家族とともに住むために作られた家を、現在では3つの住居に分けて使っています。よく手入れされているのですが、窓には微妙に隙間があり、冷たい風が入ってきます。

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[隙間をふさぐものが置かれています]

窓枠と色をあわせた細いクッションみたいなので隙間風を防いではいるのですが、なにせ昨晩は摂氏2度と冷え込みました。ヒーターも夜は切れるようです。エクストラのブランケットが用意されていて、リクエストすれば湯たんぽ(!)も貸してくれるそうです。

古いものを大事に使うべし、という理念が家のあらゆるところに感じられるので、自然とこちらもそれに合わせて、立ち居振る舞いが慎重になります。建具も古いので、タンスの引き出し、ドアの開け閉めも丁寧に。

階段はきしむから、夜トイレに行く時は、宿の人を起こさないように忍び足。古めかしい家では自然と湯水も節約する気分になり、シャワーも簡単にすませちゃいます。

日頃、快適な都会のマンションに住んでいる身としては、良い経験になっています。あられまじりの雨に打たれ冷たい風に揺れている庭の水仙を見ながら、水仙の花と一緒に震えています。

2014年3月25日 (火)

チューリッヒ街歩き

まつこです。

なんとなくスイスは「質実」な国と想像していたのですが、今日、チューリッヒを散策したら思っていたよりもずっとスタイリッシュで素敵な街でした。

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[朝は曇り空]

町の中心をリマト川が流れています。左岸にはシャガールの作ったステンドグラスが有名なフラウミュンスター、右岸には宗教改革をすすめたツヴィングリのいたグロスミュンスターが高い党が目立っています。

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[川を見下ろすリンデンホーフの丘]

川は昔の交通の要所。このリマト川沿いのリンデンホーフの丘には、水上交通のための税関があったそうです。

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[こういう小さな通りに高級ブティックやおしゃれなインテリアショップがたくさんあります]

こうした歴史的な建築物を見学するだけでなく、細い路地と坂道が多い町を歩いていると素敵なインテリアショップやアート・ギャラリー、アクセサリーのお店など、つい足を止めたくなるお店がたくさんあります。

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[泊まっていたホテルの屋根にはスイス国旗がはためきます]

やがてお昼頃には青空も広がり、湖もキラキラ輝いてきました。するとあっというまに湖畔を散策する人たちの数が増えます。

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[チーズフォンデュの専門店]

夜はゼミの卒業生で、スイス航空でCAをやっている教え子と一緒に食事をとりました。

短かったけれど、十分に楽しめたチューリッヒ滞在でした。

2014年3月24日 (月)

灰色の街より

まつこです。

日曜日の朝、春休みで混雑する成田空港から出国しました。

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[え、スイスエア?]

イギリスでの在外研究は25日から。その前にチューリッヒに滞在しています。2日間ほど、スイスのきれいな空気を吸い、青い湖を眺めてからイギリスに行くつもりでしたが・・・

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[空も湖も灰色]

チューリッヒは雪でした。ま、これもヨーロッパの3月らしくていいでしょう。

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[街も灰色]

夕刻に到着し、ホテルにチェックインしたあと、30分ほどみぞれまじりの雪の中を散歩。冬枯れた灰色の街の中で、傘をさしてしばしたたずめば、異邦人としてさまよう気分。冬の終わりのチューリッヒでしばし旅情を味わいました。

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[湖畔にたつオペラ座。泊まっているホテルのすぐ隣]

2014年3月22日 (土)

まつこです。

今日は出発前の挨拶のため、大阪の母のところに行ってきました。

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[寒い朝、青空に映える富士山。富士山ともしばしのお別れです]

母が老人ホームに入居した直後は、大阪と東京を新幹線で往復しても、富士山を眺める気持ちの余裕などなかったな・・・と3年前の春を思い出しました。

弟の車で外出することもできた1年目、お天気の良い日に近所を一緒に散歩した2年目、ベランダに出て空を眺めた3年目。今はそのどれも出来なくなってしまいました。会話もほとんど断片的です。1年後、私がイギリスから戻って会いに行く日には、もう話はできなくなっているだろうと覚悟しています。

最後に「じゃあ、ママ、私、イギリスに行ってくるからね。元気でいてね」と、できるだけさり気なく言ってみました。母は私の手を取り、少し何か考えたような表情になって、こう言いました。

「そうね・・・あなたは、変われるわ」

母の本当に残り少なくなった語彙から、母が最後の力をふりしぼるようにして選んだ言葉は「あなたは、変われるわ」でした。1年間、充実した日々を過ごして成長してきてほしい、ということを言いたいのだと思います。私の手を握った母の手は温かく、目には笑みが浮かんでいました。

この母からの祝福に感謝して、1年を大事に過ごそうと思います。

2014年3月17日 (月)

主婦の知恵

まつこです。

うめぞうが「イノベーションだよ!」と自慢げに見せてくれたものは・・・

せんたくばさみ。

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[働く主婦の知恵]

翻訳など、パソコンと書籍を両方見なければならない仕事のとき、本のしかるべきページを開いておくように洗濯バサミで押さえる。

これがうめぞうの言う「イノベーション」です。

文鎮とかペーパーウェイトではなく洗濯バサミというところが、さすが一家の主婦です。

しばらく私が忙しかったので、このところ家事分担比は「うめぞう:まつこ=7:3」でした。私がやるのは、ベッドメイキング、トイレ掃除、お風呂掃除のみ。あとは、ほぼぜーんぶ、うめぞうが担当。うめぞうはいつもエプロン姿のまま、キッチンのテーブルで、家事のあいまに翻訳していました。

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[ある日の夕食。ぜんぶうめぞう作]

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[別の日の夕食。この日もうめぞう作。サラダのはんぱじゃない量がかろうじて男の料理ふう]

「いいの、いいの、君は外で仕事して稼いでネ」と言われて、若干、複雑な気分になりながらも、ありがたく感謝してうめぞうに家事を任せ、仕事に専念させてもらいました。

2014年3月15日 (土)

ありがとう

まつこです。

先週の土曜日、母を訪ねました。

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[雲のかかる富士山]

少しだけ春の気配が空気の中に感じられる朝、新幹線から見る富士山は雲がかかっていました。

最近の母はほとんどいつも眠っています。私が声をかけると、「あら・・・」と一言だけ発し、また目を閉じてしまいます。他の入居者の方たちが「せっかく東京から来ているのに、娘さんのこともわからなくなっちゃって可哀想にねえ」と同情してくださいます。

他の入居者さんたちにとっても、同じフロアに暮らす母の症状が急速に進んでいくのを見るのは悲しいことのようです。母よりずっと年上の80代後半や90代の方が、母を見て辛そうな表情をなさるのを見ると、言葉につまります。

ただ、母はこんな状態なのですが、時折、瞬間的にはっきりした表情で言葉を発することがあります。先週の土曜日、どうせ言っても通じないだろうと思いながら、「ママ、私、イギリスにしばらく行くことになったのよ」と話したら、「あら、それはいいわね、よかったわ!」と、はっきりとした表情でうれしそうな歓声をあげました。

実は来週の日曜日から在外研究が始まります。1年間、日本を離れることになります。こういう状態の母を残していくのはとても気がかりだったのですが、この母の声を聞いた瞬間に心のモヤモヤがふっきれました。

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[これは弟が買ってきてくれたお人形。これを見て、「あら、かわいい」と母は声を出しました。これもこの日に聞けてうれしかった一言です]

職員の方に「立ってください」と言われても、無念無想といった表情で目を閉じている母ですが、子供の朗報には反応するのです。子供への期待が最後の生命力になっているような気がします。

「ママ、ありがとう」と、すぐにまた目を閉じた母に心の中でつぶやきました。母へのこの感謝の気持ちを胸に、元気に出発しようと思います。

2014年3月14日 (金)

そろりそろり

まつこです。

ごぶさたしました〜。締め切り、とりあえず乗り越えました!

この1ヶ月、1滴のお酒も飲まず、なんとか誕生日までには仕事のめどをつけて祝杯をあげたいと、その一心で、ようやく迎えた3月11日、夕刻にとりあえずの脱稿。「やれやれこれでお酒が飲めるぞ」と、お祝いというよりは慰労ムードの誕生日でした。

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[直前まで仕事していたので、髪をクリップをとめたままでした。これが53才、誕生日の記念写真とは情けない・・・]

しかし・・・

その翌日に

ぎっくり腰

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[きれいに花を並べたところで、ぎっくり腰]

仕事にも少しメドがついたので、ベランダのプランターの植え替えをし、ゼラニウムを植えたプランター持ち上げて並べたところで腰に違和感・・・ああ、またやってしまった、久々のぎっくり腰。2日間、ベッドで過ごしました。

というわけで、若干、情けないありさまですが、春はもうそこまで来ています。いろいろ生活も変化する今年の春ですので、ぎっくり腰などでめげているわけにはいきません。痛みもだいぶやわらいできたので、新生活に向けてそろりそろりと動き出したいと思っています。

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