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2013年8月16日 (金)

フォントヴロー修道院

まつこです。

モンソロー村から5、6キロ離れたところにフォントヴロー修道院があります。ラディカルな教会改革者ロベール・ダルブリッセルによって始められた修道院です。最盛期には男子用修道院、女子用修道院のほか、ライ病患者用、その他の病人用、元娼婦用と5つの修道院を擁する大修道院だったそうです。

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[白い壁と青い屋根が雲一つない夏空にはえています]

新教のユグノー教徒に破壊され、フランス革命で閉鎖され、19世紀以降は牢獄として使われていたのだそうです。現在は修復されて公開されています。

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[いよいよ修道院入りするまつこ]

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[教会の内部]

この修道院に来ると皆が必ず見るのは、イングランド王リチャード一世とその母アリエノール・ダキテーヌの寝像です。

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[リチャード一世は数々の戦いの後、この修道院に埋葬されました]

リチャード一世は獅子心王(ライオンハート)と呼ばれた勇猛果敢な中世の王。十字軍の遠征を何度も率いた英雄とされています。

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[こちらはアリエノール・ダキテーヌとヘンリー二世]

この息子以上に強烈なキャラクターが母のアリエノール・ダキテーヌ。人並みはずれた美しさと知性以上に、超人的フェロモンの持ち主だったようです。フランス王妃だったのち離婚し、イングランド王妃となり、その間、12歳の少年だったイスラム教徒のサルタンまで恋人にしてしまう大物ぶりです。

ライオンハートのリチャード一世と、失地王と呼ばれるジョン王は、ともに彼女の息子。82歳という長き生涯ののち、この修道院でシスターたちに囲まれて亡くなったそうです。

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[修道院の回廊。ここが牢獄として使われていた時代、この回廊を見下ろす2階の一室に小説家のジャン・ジュネが収監されていたそうです]

というような歴史を知ると、遺跡見学もずっと面白くなります。この修道院ができた頃はこのあたりはイングランド王の領地でした。

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[修道院の台所だったと推定されている部分。十字軍遠征の結果、イスラム文化の影響を受けてこのような他部分と異なる様式で建てられたそうです]

・・・しかし少し勉強し始めると、イングランドもフランスも同じ名前の王様ばかりで、だんだんこんがらがってきます。 「なんでこんなにシャルルばかりたくさんいるんだ?このヘンリーとあのアンリは同じ人、それとも違う人?」と混乱してしまうのです。

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[モンソロー村を散歩しているときに、近所のおじいさんに「フォントブローに行ったら必ず教会の後ろに回ってみなさい。そこが一番きれいだから」と教えてもらいました。ここがその教会の裏側です]

フランスの子供たち(大人も?)も同じように混乱するらしく、お城や修道院のお土産屋には必ずといっていいほど歴代国王の系図をデザインしたポスターや歴史の絵本などが売っています。みんな苦労しているのね・・・。

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[修道院の庭に咲いていたコスモスやポピー]

真っ青な空の下、様々な色で咲き乱れる花々とそこを飛びかう蝶々を眺めていたら、歴史の勉強はどうでもよくなってきました。アリエノールもリチャード獅子心王もロベール・ダルブリッセルも、そして数えきれない無名の人々も、「見ていた空はおんなじだよね〜」と、悠久の時の流れに思いをはせたのでした。

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コメント

アリエノールの寝像には彩色が施されているのですね。薔薇色の寝台はさすがの艶めかしさですね。修道院のひんやりした冷気を感じるようです。こちらはまだまだ35℃超え。

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