« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年8月

2012年8月31日 (金)

ぎっくり腰哲学

うめぞうです。

今回の旅も無事終了。マントン、リヨン、ロンドン、それぞれの場所でさまざまな景色、食事、文化を楽しむことができた。公共空間での規範意識の低下に首を傾げることもままあったが、ホテルの従業員や店員さんたちの感じの良さに感心する場面も多かった。それぞれがグローバル化の陰陽両面なのだろう。ともあれ、人権や民主主義についての価値観を共有しながら、各地域の多様性を尊重しようとするヨーロッパの挑戦には今後ともエールを送りたいものだ。

この旅の唯一の誤算は、例のぎっくり腰。色々とご心配を頂いた方々には心から御礼をもうしあげます。どうもありがとうございました。お陰様でほぼ完治しつつありますので、ご安心ください。

旅行中は、まつこには大いに苦労をかけてしまったが、うめぞうがロビーに腰掛け、まつこが重いスーツケースをえっちらおっちら運ぶ光景はさすがにバツが悪い。レセプションの女性たちに、気の弱いうめぞうがカタコトで弁解する。「あのう、僕、腰痛でね・・・日本の男は男尊女卑だ、なんて思わないでね」。はっはっは、と笑った女性たち。内心「おまえが、マッチョなわけねえだろ、見りゃ分かるよ」とつぶやいていたかもしれない・・・。

しかし、今回のぎっくり腰からは、学ぶところも多かった。

まずは風景の美しさも料理のおいしさも、心ゆくまで楽しもうとすれば自分の健康状態が前提となるということ。われわれは足の小指がどんなに重要な働きをしているかを意識することはない。それを思い知るのはそこを捻挫したときだ。1ミリに満たない口内炎や奥歯に挟まったケシ粒でさえ不快の種になる。いわんや膝や腰の痛みがわれわれの行動と意識に課す制約は、想像以上に大きい。

そこではじめて、当たり前のように享受していた旅行も、自分の意識していない無数の条件によって可能になっていたのだと気付かされる。腰や膝が痛くても、まだ見えている目、聞こえている耳、その他無数の運動感覚思考器官がある。いやそれだけではない。自分たちの経済状態や休暇、機能する交通機関や信頼できる治安、何よりも平和な時代。自分たちの旅を可能にしている無数の条件にもう一度思いをいたし、今うめぞうが享受している条件を満たしえない人々への想像力も持てるようにと、これはベッドに丸まりながらの反省だ。

加えてもう1つ分かったことは、こうした痛みや不便も、時間とともに急速に日常の一部になっていくという事実だ。痛みそのものは持続しても、痛みと共存していく術を身体は学習していく。そしてそれが結果として痛みを軽減していく。機能不全を抱えた感覚器官は、それを日常生活の一部にとけこますために、思いのほか高い適応能力を発揮するものだ。

これらはある程度、社会にもあてはまる。

社会においても機能不全に陥ったものは、うまく機能しているものより、ずっと強く意識される。官僚制がわれわれの意識に上るのは、汚職や行政の停滞を通じてだ。しかし秩序を全体として維持している行政の働きについては、うまくいっている限り、あまり意識されることはない。行政の捻挫した足の小指にマスコミ報道が集中することは当然だが、だからといって官僚制全体を無用の長物のように言い立てるのは危険な錯覚だ。相対的に見れば、世界で最も住みやすい社会のひとつである現在の日本で、人々の満足度が思いのほか低い理由は、そのあたりにあるかもしれない。しかし同時に、危機は容易に日常化してもいく。

かくして、ぎっくり腰哲学は次の2つのことを教えてくれた。

1)日常の現実には、それを可能にしている無数の前提条件がある。それらは機能不全に陥らない限り、強く意識されることはない。通常意識してはいないが、現実を支えている無数の条件に想像力を働かせ、それらに敬意を払うべし。

2)機能不全は最初、人々に強く意識されるが、それは急速に日常の現実に溶け込んでいく。この感覚の鈍麻は危機を未解決のまま潜在化させる。通常意識されないが、現実の中に隠れている機能不全に想像力を働かせ、それらに注意を払うべし。

第1テーゼは健全な保守精神の、第2テーゼは健全な批判精神の勧めだ。日常の現実を、簡単に修正できるものとして軽視するのは危険だが、また修正不要なものとして過信するのも危険だ。保守精神と批判精神のうまいバランスが保てるよう、うめぞうも努力したいと思っている。

ミュージカル『マチルダ』

まつこです。

短いロンドン滞在、最後の夜は話題のミュージカル『マチルダ』を見ました。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)のミュージカルと言えば、25年以上のロングランになっている『レ・ミゼラブル』が有名ですが、2010年にストラットフォードで初演されたこの『マチルダ』もマシュー・ウォーカス演出のRSCのミュージカルです。来年の春にはニューヨークでの上演が決まっており、おそらくロンドンのウェスト・エンドでもロングランになるだろうと言われている大ヒット作です。

424pxmatildawestend
[ロンドンで今話題のミュージカル『マチルダ』]

子供たちの躍動感あふれる達者な歌や踊り、体育会系女校長の猛女ぶり、勧善懲悪でありながらホロリとさせる展開などなど、ヒットする条件は十分にそろっています。大人も子供も必ず楽しめる娯楽性満載です。

ただ、それだけではなく『マチルダ』は、今日の子供たちをとりまく社会が抱えている問題も浮き彫りにする作品です。豊かになった社会では、「うちの子はプリンセスよ」「王子さまよ」「奇跡のようにすばらしい子だわ」と親が子供をアイドル扱いしがちな傾向があります。一方で自分の欲望ばかりにとらわれて、子育てを放棄してしまう自己中心的な親も少なくありません。子供の教育が難しくなっている時代に、「しつけ」などという古めかしい言葉は、『マチルダ』の女校長の暴力のように、パロディになってしまいがちです。

子供を育てづらい、子供が育ちにくい時代に、天才少女マチルダは自分の力で道を切り開いていきます。身勝手な両親に愛情をかけてもらうことなく育ったマチルダは、書物を読み豊かな想像力の世界に生きています。やがてマチルダが夢想したその物語の世界は、マチルダの超人的能力によって現実のものとなり、めでたしめでたしのハッピー・エンディング。でも、もしマチルダに超能力を持つ天才少女ではなくて普通の女の子だったら・・・?

『マチルダ』の原作者ロアルド・ダールの娘テッサ・ダールが、最近、赤裸裸な告白記事をデイリー・メイル紙に発表しました("Daddy gave joy to millions of children. But I was dying inside")。名声と富に恵まれながらも、ダール家がいかに不幸な家庭で、自分が父親の愛情を求めていかに苦しんだか、生々しく綴られています。父から「愛している」という言葉を初めて聞けたのは、父の死の前日だったと。

カラフルでにぎやかな楽しいミュージカル『マチルダ』ですが、テーマの一つは子供の孤独です。そうした辛い陰の部分も抱え込んでいるからこそ、より多くの観客をひきつけるのかもしれません。


2012年8月28日 (火)

ルートマスター

まつこです。

ロンドンの赤い二階建てバスは有名ですが、その中にルートマスターと呼ばれる古い型のバスがあります。車両の後方に乗り降りする口が開いている、ドアのないバスです。

1950年代から60年代に製造された型なので、排気ガス規制の関係などで2005年に廃止が決まりました。でも前の方がコロンとしたユニークな形が愛されていて、廃止を惜しむ声が強く、現在もロンドン市内の2系統の路線でのみ、限定的に使用されています。

1

[ルートマスターの1階の最前列に座ったうめぞう。運転手さんは女性でした]

日曜日にちょっと買い物に行こうとしたら、たまたまこのルートマスターにあたりました。「おお、懐かしい形!」とちょっとうれしくなりました。ルートマスターには車掌さんが乗っています。レトロなバスにふさわしい、おじいちゃんの車掌さんでした。降車する際に、ロンドンなまりの英語で、「いい匂いの香水だね〜。ラブリー」と、ニッコリ笑ってほめてくれました。

1_2

[レトロな車掌さんにクロエの香水をほめられてうれしかったので、バスと記念写真をとったまつこ]

イギリスは人々に愛される古いものや懐かしいものを、「ヘリテージ」(文化遺産)としてうまく利用します。このルートマスターの走る2系統も「ヘリテージ・ルート」と呼ばれ、観光客にアピールしているようです。廃車にしてしまえばただの産業廃棄物ですが、こうして活用すれば観光資源です。

新しいものをどんどん作りだすだけではなく、古いものを魅力として売り出す力がイギリス文化にはあります。日本でもまだまだ魅力的なヘリテージが埋もれているような気がするのですが、いかがでしょうか。

ちなみにこのルートマスター、塗装やシートはきれいにしてありますが、古いエンジンがガタガタ悲鳴のような音をたてます。ここはぜひとも日本の自動車メーカーのエコ・フレンドリーな動力に変えてから、ヘリテージ・バスとして末永く使い続けてほしいものです。

2012年8月27日 (月)

時よ止まれ

まつこです。

今回のロンドン滞在、うめぞうの腰痛がなかなか回復しきらず、私は毎日のようにドラッグストアBootsに通って、冷却用パックや温熱パックや痛み止めジェルなど、あれこれ買って試してみました。そんなある日、きれいなピンク色の箱、いやそこに書かれた文字に視線がくぎづけ。Youth Boosting Facial in a Box. えっ、これ一箱で若さ復活?!

Dsc00745
[Sanctuary Spa Covent Gardenの製品です]

30分かけて自宅でスパ気分を味わおうというお手軽商品です。翌日におめかししてオペラに出かけるという晩に試してみました。

使い切りの美容液やアイクリームが5品ほどセットになって入っているのですが、その一つ一つの名前に笑ってしまいました。

Dsc00747
[一通り使うと所用時間約30分]

たとえば"Time Reversal Face Mask"(「時をさかのぼるフェイスマスク」)とか"Stop the Clock Moisturiser"(「時を止める保湿剤」)といったぐあいです。

ステップ・バイ・ステップのマニュアルもついているのですが、いかんせん字が小さい。ロンドンのフラットの薄暗い照明の下では、老眼鏡なしでは読めません。途中でプロセスを確認しようと思ったら、顔にはパック剤が塗られているので老眼鏡がかけられない。ガサゴソ音を立てながら、夜中に顔を真っ白に塗込め、照明の下で必死に細かい文字を読もうとしている私を見て、うめぞうは悲鳴を上げていました。

一箱2,000円程度、自宅で30分のお手軽スパですが、これで若返られるかも・・・と、微かに期待を膨らませるささやかな幻想のひと時。時をかける少女ではなく、時をさかのぼるおばさんです。

効果のほどですか?フフフ、それなりに・・・。

2012年8月26日 (日)

羊とオペラとピクニック

まつこです。

羊とオペラとピクニック・・・この組み合わせでピンと来る人はかなりなイギリス通です。ロンドンから電車で1時間ほど南のグラインドボーンの音楽祭に行ってきました。美しいイングランドの田園の中のカントリー・ハウスでオペラを楽しむという、たいへん贅沢な音楽祭です。

1
[古いカントリー・ハウスに現代的なホールが付設されています。この日のオペラはヘンリー・パーセル作曲の『妖精の女王』。シェイクスピアの『夏の夜の夢』のお芝居と仮面劇が組み合わせられているオペラです]

劇場にお知り合いがいるショウガネコさんに誘っていただき、初めてのグラインドボーン。「えっ!ドレスコードがブ、ブ、ブラックタイ!」ということで、いささか緊張しました。

でも初めて参加してみてわかったのは、グラインドボーンは思いきりくつろいでをオペラを楽しむための場所ということ。当日は残念ながら雨天だったのですが、周囲は美しい緑が広がる牧歌的楽園。長いインターバルが用意されていて、オペラの始まる前やインターバルによく手入れされた芝生の上に、テーブルやラグを広げてピクニックを楽しみます。

1_2
[雨だとこういうホワイエのような場所にテーブルをセットしてくれます。予約しておくとポーターがバスケットに入ったごちそうをテーブルまで運んでくれます。テーブルだけ予約してお料理やお酒を持ち込んでもかまいません]

インターバルに雨があがったので、庭に出てみましたが、冷たい風がビュービュー吹いています。写真を撮ろうとしても奥歯がカチカチ鳴るほど寒いです。それにも関わらず、雨の合間をぬって芝生でピクニックをしているグループが数組いました。その向こうには羊の群れがいつもと同じようにのんびり草を食んでいます。イギリス人と羊にとって、冷たい雨はいつものこと。いたって平然と食べ、飲み、語らう。脱帽です。

1_3
[震えている私の向こうには、ピクニックをする人、そして羊の群れ。羊の間に見えるのは、熊じゃなくて美術品のオブジェです]

ショウガネコさんからこちらの劇場のお料理はおいしいとうかがっていたのですが、本当に美味しいです。事前にオンラインで好きなメニューを選べます。ピクニック用なので冷たいお料理ですが、それがどれも洗練された味です。たとえば・・・

Dsc00756
[オードブルは焼いた桃と生ハム]

Dsc00797_2
[メインはオマール海老]

Dsc00799
[デザートにサマー・プディング]

よく冷えたシャンパンがついてきて、ポットに温かいコーヒーも用意されています。完璧です。

グラインドボーン音楽祭は「聞き」に行くだけではなく、「参加」するところだと実感しました。美しいカントリーハウスという舞台の上で、ゆったりとイギリスらしい雰囲気を味わい、語らいくつろぎ、そしてオペラも楽しむ。ここに行く人は一人一人その贅沢なひと時の芝居に参加する登場人物のようなものです。ブラックタイやドレスはそのための衣装です。群れなして咲く花々も、羊くんたちも、このお芝居の重要な舞台装置です。さあ、都会の喧噪を忘れ、ひととき田園に遊ぶ紳士、淑女の役を演じましょう。

1_4
[すっかりその気になっているウメマツ。気分だけは紳士と淑女です]

ショウガネコさん、お誘いいただきありがとうございました。本当に思い出に残る一日でした。またぜひご一緒してください!


2012年8月25日 (土)

シェイクスピア劇三本(二勝一敗)

まつこです。

今回は短いロンドン滞在ですが、今週は3晩続けてシェイクスピア作品を見ました。

お気に入りの役者サイモン・ラッセル・ビールが主演する『アテネのタイモン』は現在のイギリスに舞台を設定して、今日の社会にはびこる拝金主義を批判する演出になっていました。美術ギャラリーのパーティーでシャンパン、豪華な邸宅でのパーティでもシャンパン、女性たちはほっそりとした体型にミニのワンピース、男性たちは仕立ての良いスーツ、スポンサーのロゴ入りのお土産、パーティの余興は洗練されたダンス・パフォーマンス・・・ビューティフルでリッチでパワフルな人々だけが集うゴージャスな世界。

Timon_of_athens
[お金があれば皆にちやほやされるけれど・・・]

そのマネー・ソサエティの中心にいるのがタイモンです。太った体と神経症的性質をおぎなうように、タイモンは愛想の良い笑顔をまき散らし続けます。タイモンが気前良くふるまう金やプレゼントを目当てにやってくる人々は、まるで脂身にたかるハエの様。その群がるハエたちを友人だと思ってしまったところがタイモンの悲劇です。金の切れ目が縁の切れ目。資金不足に陥ったタイモンに手を差し伸べる人は誰もおらず、タイモンはホームレスになり、ゴミをあさりながら、金と人間への呪詛の言葉を吐散らします。

タイモンにへつらうルーカラスのオフィスの窓からHSBCのロゴが見えたり、反逆者のアルシバイアディーズが政府の経済政策に抗議する運動Occupy Londonのリーダーだったり、細部までシェイクスピアのテクストと今日の社会問題を関連づけようとする工夫がされていました。拝金主義への反省が反映してるこの上演ですが、プログラムにはTravelex, American Express, JP Morganなどがスポンサー企業として名前を連ねています。Amexのカードを持っていると予約の際に優待されるとか。資本主義はアイロニーと複雑さも抱え込んですべてを覆い尽くしているということでしょうか・・・。

次に見たのはワールド・シェイクスピア・フェスティヴァルの一環であるロイアル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)の『ジュリアス・シーザー』。ワールド・シェイクスピア・フェスティヴァルはシェイクスピアがイギリスだけではなく、世界が共有する作家であるという理念のもと、オリンピックに合わせて繰り広げられたイヴェントです。イギリスを代表する劇団であるRSCがこのフェスティヴァルのために提供したのが、イギリス黒人俳優だけで演じられる政治劇『ジュリアス・シーザー』です。

Julius_caesar
[これってアフリカの人が見たら何て言うのかな・・・とやや疑問な上演]

その理念やよし・・・としても、この上演はヘンテコでした。イギリス俳優がわざとらしいアフリカ訛りふうの英語で台詞を語り、独裁者暗殺とその後の政治的混乱を描くのですが、どこの国とは特定されていません。そこに反映しているのは、「アフリカといえば独裁国家と政治腐敗」というステロタイプ的発想です。占い師はボディ・ペイントに腰巻きの呪術師で、取り付かれたような表情で暗殺を予言します。これも「アフリカといえば土着的迷信がまだ支配する暗黒大陸」という偏見の反映のように思えます。

イギリスではかなり高く評価されているこの上演ですが、イギリスの「上から目線のマルチ・カルチャリズム」が露呈しているように感じられました。一緒に見に行ったショウガネコさんと、プリプリ怒りながら劇場を後にしました。

3日目はマーク・ライランスの主演する『リチャード三世』を見に、テムズ河畔のグローブ座へ出かけました。グローブ座はシェイクスピアの時代の劇場を再現しています。今回は俳優は全員男性で、コスチュームもシェイクスピア時代の装束です。シェイクスピアの時代に女性の役は少年が演じていましたが、今回は大人の男性俳優が演じます。それ以外はシェイクスピアの時代の雰囲気を「復元」するというコンセプトの演出でした。

Richard_iii
[エキセントリックで可笑しい悪人を巧みに演じたライランス]

しかし、これが意外にも現代的。歴史上の大悪人リチャード三世ですが、今回は愛嬌さえ感じるエキセントリックな人物に作り上げられていました。ライランスの演じるリチャードは、どもったり、口ごもったり、つねにオドオドしています。そんな自信なさげな人物が、突然、発作のように怒りだし、けれどまたすぐ元のモジモジした表情に戻る。その変貌ぶりが面白い!こんなに終始、観客が笑い続ける『リチャード三世』は初めてです。

まるで駄々をこねる子供のように自分の嫌いな人物は殺しちゃう。こういう自己評価が低くて、幼児性から抜けられない人っているよね〜、と時代を超えた類型的人物像が浮かび上がってきます。今日は面白くてよかったね、と面白い芝居を見た後の軽い興奮を分かち合いながら、ショウガネコさんとテムズ川を渡って帰路につきました。

2012年8月21日 (火)

ロンドンの魅力

ひさびさにうめぞうです

昨日、リヨンからロンドンに移動。おぼつかない腰でトランクを引きずりながら、内心密かに恐れていたのが悪名高きUKボーダー前の長蛇の列。うつむきかげんで歩くのはなんとかなるが、じっと立っているのが一番つらい…

Dsc00703
[今回はケンジントン・ガーデンに近いところにフラットを借りてみました]

と、おもいきや、こんなにがらがらなヒースローは見たことがない。数分のうちにあっさりと旅券審査を通過し、荷物受取に行くと、まつこのスーツケースがちょうどトンネルに吸い込まれ、すでに二周目に入るところ。

Dsc00702_2

[キッチンも小さいけれど、必要なものがすべてそろっていて使いやすいです。「ディッシュ・ウォッシャーがないね」とうめぞうが言うので、「ディッシュ・ウォッシャーはあなたです」と答えましたが、ぎっくり腰のせいでうめぞうは労働力としては、今回はまったく期待できません]

タクシーにもすぐ乗れて順調この上ない。こんな様子では、オリンピックの間、タクシーもさぞ、商売あがったりだったでしょうね、とまつこが尋ねると、運ちゃんいわく。「ボリス・ジョンソン(市長)のやつがね、オリンピックの間は混むから、おまえらみんな休暇に行けって言ったんだよ。でもね、ロンドン市民がまさか、こんなに市長の言うことをすなおに聞くなんて、まったく期待はずれだったようだ」。

1

[外食続きはやはり疲れるもの。いつも通りの朝ご飯を食べてだんだん元気になってきたうめぞう]

オートサボアでは圧倒的な自然美と人々の感じの良さが、またリヨンでは都市美と食卓の贅沢さがうめまつを魅了した。しかしここロンドンでは、社会のすみずみにまで浸透しているこの辛辣なジョークこそが魅力だ。この会話にふきだしたうめまつは、旅の疲れをいっぺんに忘れ、ああ、ロンドンに戻ってきたなあ、と実感した。

1_2

[ケンジントン・ガーデンを散歩したり、部屋で仕事をしたり、ブログを書いたりしてリハビリ中のうめぞう]

戦争であれ、テロであれ、経済危機であれ、あまり大騒ぎせずに着々と手を打ち、それでも足らないところは、おたがいに辛辣なジョークを交わしながら、極端には走らない解決法でとりあえず手を打つ。言葉の鋭利さとプラグマティズムのこの結びつきかたこそが、うめぞうからみると、まつことイギリスを結びつけているものだ。言葉を研ぎ澄ますと、ついつい観念的なラディカリズムに走り、プラグマティズムに走ると言語的に曖昧化するうめぞうには、なかなかこれができない。たぶんまつこから見ると、これが、うめぞうとドイツを結びつけているものにみえるのだろう。今日からは、まつこのロンドン演劇情報をお届けすることになるだろうが、いろいろご心配をお掛けしたので、うめぞうのぎっくり腰哲学(?)も、ときどき書くことにしよう。

2012年8月20日 (月)

コメントありがとうございます

Ponyoさん、コメントありがとうございます。フランスからはコメントが書き込みにくいので、こちらからお返事します。

引率、お疲れさまです。チーズ・ファクトリー見学までプログラムに入っているんですか?社会勉強ですね〜。アメリカの農業は今年、干ばつの被害を受けていると聞きましたが、ウィスコンシンのお天気はいかがですか。

明日からはロンドンです。食事を楽しむのは今日までです。

リヨン街歩き

まつこです。

うめぞうの腰痛も少しずつ治ってきているので、今日は少し街歩きをしました。まずはタクシーでフルヴィエールの丘の上に建つノートルダム・ド・フルヴィエール・バジリカ聖堂へ。日曜日なのでミサをやっていました。美しいフランス語の朗唱とオルガンの響きが聖堂を満たすなか、しばし静かな祈りの時間を過ごしました。

Dsc00621_2
[暗くひんやりした聖堂から表に出ると強烈な日ざしの中に鐘の音が鳴り響きます]

外に出るとちょうど正午の鐘が鳴り響きます。こちらの正午は日本時間の午後7時。大阪の老人ホームに暮らす母が夕食を終える頃で、いつもこの時間に電話をしています。毎日のこの電話で母は必ず私に、「今、どこにいるの?」と聞きます。判を押したように毎日同じ質問をします。私がどこにいるのかを確認すると、母はそれで安心するようです。

去年までの母は私が海外にいることを伝えるとたいそう喜んだのですが、今年は私が遠くに行っていると知るととても不安になる様子です。そこでずっと東京にいることにしています。マントン・サン・ベルナールの牧場にいようと、アヌシー湖のほとりにいようと、「東京にいるわよ」と答えてきました。今日もリヨンのフルヴィエールの丘の上に鳴り響く鐘の音の中で、「え、今? 東京にいるわよ」と答えました。背景にどんな音がしていても、それを疑問に思う思考力は母にはもうなくなっています。母が一瞬、安心すればそれでいい、親子のつながりをひととき認識できればそれでいい、きっとこの小さな嘘は許されるだろうと思いながら、異国の地で聖堂の鐘の響きに包み込まれながらいつもと同じ口調の電話をしました。

1
[本来であれば歩いて丘を下りたいところですが、きっくら腰夫婦なのでケーブルカーを利用]

フルヴィエールの丘からケーブルカーで旧市街に下りて、ルネサンスの雰囲気の残る古い街を歩きました。リヨンはソーヌ川と旧市街を眺めているとフィレンツェのようで、新市街とローヌ川を眺めているとパリのようです。

1_4
[ここは15世紀の弁護士の邸宅だそうです]

Dsc00648_2
[こんな細い路地にブションと呼ばれる庶民的なレストランがひしめいています]

歩いている間にうめぞうの腰痛も次第に軽くなってきて、ホテルまで歩いて帰れると言うので、新市街も少し歩いてみることにしました。

リヨンは『星の王子さま』のサン=テグジュペリが生まれ育った町です。2000年に生誕100年を記念する彫像が建てられたそうです。見てみたいと思ってガイドブックで場所を確かめて行ったのですが、見つけられませんでした。ちょっとガッカリして、ホテルに帰って、Google mapで調べてみると、ちゃんと通った道にあったはずです。夕刻、食事に出た際に、もう一度、探してみたらちゃんとありました。

Dsc00674003_2
[サン=テグジュペリと星の王子さまの像。食事後だったのでもう薄暗くなりかけていてよく見えず残念・・・]

うめぞうは昼間見つからなかった彫像を見上げながらこう言いました。「見上げれば腰がぎっくりテグジュペリ」ーこれ、腰痛持ちの人にしか実感できないと思うのですが、腰痛の時はついつい下を向いて歩きがちです。上を向くと、脊椎に負担がかかるのです。「うつむけば行方不明の操縦士」ーこれは私の作。二人でこんなヘンテコな俳句を作りながら、なんとか腰痛を悪化させないように、ムリせず旅を続けます。

2012年8月19日 (日)

コメントありがとうございます

再びコメントの書き込みができないので、こちらの記事でお返事申し上げます。

ショウガネコさま、コメントありがとうございました。

 断末魔の悲鳴を聞いたあとにヤギ・バーガーをいただく。それはもはや宗教性を帯びていますね。思えば鶏だって、締めて、羽をむしってようやく食材になるわけで、そんなこと想像したら食べられない・・・と思いながら、昨晩はリヨンでおいしいチキン料理を食べました。

Pukiさま、コメントありがとうございました。

 リヨンはパリとフィレンツェを足して二で割ったような街です。ヴィクトル・ユゴー通りとサン・テグジュペリ通りが交差して、見上げると壮麗なノートルダム教会・・・ああ、田舎もよかったけれど、都会の美しさもいいわ〜、と街歩きを楽しんでいます。うめぞうも回復しつつあります。ややおぼつかない足取りですが、それでも「おもわず振り向くような美人がたくさんいる!」とキョロキョロしながら歩いています。

きっくら腰2号

まつこです。

今回のアヌシー湖畔の滞在もあと数日というところで、私のきっくら腰のあと、うめぞうが風邪を引いて高熱を出してしまいました。その熱も治まり、荷物をまとめてさあ出発というそのときになって・・・

Dsc00547
[出発の前夜8時過ぎに庭から眺めた村の景色。西日を受けたマントン・サン・ベルナール村は限りなく美しい]

うめぞうがぎっくり腰になってしまいました。うめぞうは日頃から腰痛に悩まされていましたが、急性の強度の腰痛(いわゆるぎっくり腰)は初めてです。ヨロヨロと歩くのが精一杯の状態です。

1
[出発1時間前のうめぞう]

予定変更して田舎にあと数日滞在して安静を図ろうという私の提案に対し、うめぞうは予定通りの旅程で行くと主張します。しかしきっくら腰から回復直後の妻と、ぎっくり腰になりかけている夫の腰痛中高年夫婦がスーツケース2個を携えて旅行ができるのか?

アヌシーの駅のホームでは列車とホームの間に大きな段差があり、駅員さんに助けを求めたけれど、英語ができない駅員さんに「そういう人員はいない」というようなことを言われ窮地に。しかしオート・サボアの人たちは一般に人懐っこいと言われています。そばを通りかかった若いご夫婦にお願いしたら快く手伝って荷物を運び入れてくれました。

1_2
[今回は前もって一等車の切符を買っておいて正解でした]

Dsc00571
[車窓から見えたブールジェ湖]

Dsc00572
[山間をぬって列車は走る]

車窓の美しい景色を眺めながら到着したのは・・・

Dsc00575
[ローヌ川]

リヨンです。市内中心のベルクール広場そばのソフィテルにローヌ川が見える部屋を予約しておきました。「うめぞう、ここから川を眺めながらルームサービスで食事しようよ。それでリヨン観光したことにしよう」と私は提案しました。

しかし快適なホテルの部屋で、だんだん落ち着いてくるとうめぞうも少し元気になりました。ホテルの外に出てみたいと言います。確かに美食の町リヨンに来て、ルームサービスはあまりにも無念です。

ホテルのコンシェルジュに事情を説明し、「とにかく一番近くておいしいのはどこ?」と尋ね、予約をとってもらいました。

1_3
[なんとかレストランのテーブルにたどり着いたうめぞう]

ポール・ボキューズのチェーン店のブラッスリーの一軒、ル・シュッド(Le Sud)です。ホテルから徒歩2分。うめぞうのヨロヨロとした歩き方でも3分くらい。

1_4
[リヨンは街の重要な建物がライトアップされていて夜景の美しい街です]

夜景の美しいリヨンの街をほんの少しだけ眺めて、うめぞうのきっくら腰第一日目は、なんとか無事に終わりました。

2012年8月17日 (金)

サボワで食育

まつこです。

旅の楽しみの一つは食事です。東京では世界中のいろいろなものを食べられますが、それでもまだ旅先で強烈に記憶に残る食べ物に出会えることがあります。今回も忘れられない食事をしました。

1
[卵、チーズの直販もしている牧場です]

このサボワ地方はラクレットがおいしいと聞いたので、宿の奥さんにお勧めのレストランを聞いてみました。奥さんは、一瞬、考えた後、ニヤリとして「すごくおもしろい経験ができるところがあるわよ」と教えてくれました。

1_2
[ちょっと緊張の面持ちでテーブルについたうめぞう]

同じ村にある牧場がやっているレストランFerm de la Charbonniereです。ここの牧場主は食べ物がいったいどこでどうやって作られるのかを理解して食べるべきだという主張の持ち主です。ラクレットはチーズ料理、チーズは牛乳、牛乳は牛・・・というプロセスを目撃しながら食べるというのがここのレストランの哲学です。いわゆる食育です。

Dsc00452
[テーブルの横のガラス越しに下をのぞくと牛舎です]

(幸いにして)夏場だったので、牛たちは山の上に行っていて留守でしたが、別の季節ならレストランの床下に牛が並んでいて、乳搾りをしているところを見ながら料理をいただけるのだそうです。牛はいなくても、牧場独特の匂いはちょっとします。確かにこの匂いとチーズの匂いは似ているような気もします・・・・。

Dsc00434_2
[オードブル]

まず前菜にあたるハム、サラミ、パテなどが出てきます。パンはバケットがどんと一本むき出しのテーブルにおかれます。このパテ・ド・カンパーニュ、すごくおいしかったです。やはり本当の田舎で食べるのが田舎風パテのおいしさなのでしょうか。

Dsc00436
[ジャガイモとチーズ]

次にどーん、どーん、とジャガイモとチーズが運ばれてきます。

Dsc00442
[ラクレットの道具]

このチーズを加熱器で溶かしてジャガイモの上にかけて食べるのがラクレットです。「こんなに食べられるわけない」と思ったのですが、意外にもチーズがあっさりしていて(新鮮だからかも)、ほとんど完食してしまいました。

Dsc00449
[デザート]

他にサラダやピクルスも出ます。最後にデザートとして出てくるのは、この牧場界隈で取れた季節の果物です。

なんの飾り気もない食事ですが、素材のおいしさがよくわかって、十分に楽しめました。

実は、私はこの牧場レストランに行くに際しては、そうとうにビビっていました。牛の匂いで気持ち悪くならないかとか、「一見、汚そうに見えるけど、衛生的なのよ」と宿の奥さんには言われましたが、その「一見、汚そう」というのに耐えられるか、全然、自信がありませんでした。おなかがすいていれば、多少、違和感のある環境でも食べる気になるだろうと思って朝ご飯を抜いたほどです。

1_3
[レストランから出るとこんな牧場の風景が広がっています。ああ、きれいな景色と思ってよく見たら牛糞を集める機械が背景に入っていました。この下に山のような・・・があります]

牛はいなかったけど、この異空間で食事ができた!という達成感もあり、思い出深いランチになりました。

2012年8月15日 (水)

きっくら腰とThe Gurnsey Literary and Potato Peel Pie Society

まつこです。

連日の好天。外には今日もこんな風景が広がっています。

Dsc00460
[壮大なる岩山と牧場の広がる景色。サイクリングを楽しむ人も目立ちます]

それなのに私はこんな情けない格好で一日を過ごすはめに・・・

Dsc00476
[安静、安静・・・]

バス・タブで洗濯をしようとして腰をかがめたとたん、腰にギクリとした衝撃が。あーあ、また腰痛です。

今回のは痛みはあるものの歩いたり、トイレに行ったりするのは問題ない程度です。我が家では「ぎっくり腰」ほどひどくないこの状態を「きっくら腰」と呼んでいます。「ばあさん、またきっくら腰かい?」とうめぞうに笑われています。しかしここで無理をすると本格的ぎっくり腰になってしまう危険があるので、ここは安静が大切。

Dsc00479

[きっくら腰のせいで一気に読み終えた小説]

動けなくてがっかりですが、じっくり読書が楽しめました。The Guernsey Literary and Potato Peel Pie Societyという小説です。ガンジー島はフランスのノルマンディー沖にあるイギリス王室属領のチャネル諸島の一つです。第二次世界大戦中はドイツ軍に占領されていました。

1980年にこの島をたまたま訪れたアメリカ人女性のMary Ann Shafferが占領下の島の歴史に興味を抱き、20年にわたって温めた題材を書簡小説にまとめたのが、The Guernsey Literary and Potato Peel Pie Societyです。

村に暮らす実直な人々と、ロンドンの才気煥発な女性コラムニストの間で、偶然始まった文通。数多くの手紙のやり取りの中から次第に浮かび上がってくるのは、第二次世界大戦中の非人間的な状況の中で、勇気や思いやりや愛情を失わなかった人々のドラマです。主人公の女性コラムニストJulietが、廃墟になったロンドンから島へとやってきて、創作意欲と可愛らしい女性らしさを開花させるという筋書きもそこに重なってきます。

豊かな自然と人間の誠実さ、それらを破壊する戦争の冷酷さに、思わず涙する場面も満載。これは映画向きの題材と思って調べたところ、ケネス・ブラナー監督、ケイト・ウィンスレット主演で、映画化が決まっているそうです。完成が楽しみです。

2012年8月14日 (火)

ピクニック

まつこです。

マントンは小さい村なのでレストランが数軒しかありません。しかも日曜日の夕方には閉まるところもあります。そこで日曜日の夕食は庭でピクニックをすることにしました。

1
[泊まっているシャンブル・ドットにはこんなに広い庭があります]

村のお店はスーパーが1軒、パン屋が1軒、ワイン屋が1軒、肉屋が1軒、薬屋が1軒、ほぼこれだけです。これらのお店も日曜日は午前中しかやっていないので、お昼頃には押すな押すなのにぎわいです。

1_2













[私たちも夕食の買い出しに行きました]

私たちもスーパーでサラダとフルーツを数種類、パン屋でパンとデザート、ワイン屋で赤ワイン1本を買って準備万端。

1_3
[庭は自由に使ってよいことになっています]

夕刻になったら景色の良い場所を選んでテーブルをセットします。

Dsc00268
[庭からアヌシー湖が見えます]

アヌシー湖に傾きかけた西日がキラキラと反射するのを眺めながら食べる夕食は最高です。

Dsc00343
[コート・ド・ローヌの赤ワイン]

ワインもいただいてほろ酔い気分・・・

2_3
[カウベルの音が聞こえるのでのぞいてみるうめぞう]

と、その時、生け垣の向こう側からカランコロンというカウベルの音が聞こえました。うめぞうが生け垣越しに覗き込んでみるとー。

Dsc00345004
[すぐそばに牛がいた!]

これはびっくり!生け垣のすぐそばに牛たちが集まって来ていました。うめぞうが顔を見せたらあちらの方がびっくりして去って行きました。自然の中に溶け込んだ気分をたっぷり味わった夕刻でした。

2012年8月12日 (日)

コメントありがとうございます

ショウガネコさま、Pukiさま、コメントありがとうございます。

昨日から、どういうわけか、こちらでコメントを書き込むことができなくなっています。今日はこちらの記事で失礼します。

二人の人に道を聞いて、一方の面子をつぶすというのは、確かに気まずいシチュエーションではありますが、それにしてもうめぞうの逃げ足の速さには、あぜんとしました。まるでMr. Beanそのままです・・・。

シャンブル・ドットLa Vallombreuse

まつこです。

私たちが宿泊しているのは、La Vallombreuseという名前の5部屋しか客室のない小さな宿です。いわゆるシャンブル・ドットと呼ばれる民宿です。

1_3  
[宿の正面。小さくシャンブル・ドットであることがわかる看板が出ています]

長期滞在するのであれば、ホテルよりも家庭的な雰囲気が味わえるシャンブル・ドットやB & Bの方がくつろげます。

Dsc00210_2

1_2
[梁がむき出しになった山小屋風の部屋です]

夏の休暇の宿を選ぶ際には・・・

1.静かで景色が良い(できれば趣のある古い建物)
2.インターネット接続ができる(できれば無料)
3.車がなくても大丈夫な所

この3条件を満たすところを探します。仕事もある程度する必要があるので、ネット接続は必須です。田舎の古い建物でもネット接続ができるところは増えています。

Dsc00330
[朝ご飯はブュッフェ形式]

毎朝、焼きたてのフランス・パン、フレッシュなチーズ、薫製の匂いが芳しい生ハムなどがいただけます。

1_4
[朝日の差し込むテーブルで食べるとなお美味しい]

このLa Vallombreuseは奥さんがアートに興味があり、公共のスペースの隅々までとても洗練された室内装飾になっています。古い建物にふさわしい古い家具がセンス良く配されています。

Dsc00204
[白いリヴィング・ルーム]

これらの古い家具は、ご夫婦がそれぞれの実家から受け継いだものだそうです。

Dsc00207
[赤いリヴィング・ルーム]

ここにはテレビがあるので、なでしこジャパンの応援をここでしました。

Dsc00205
[ダイニング・ルーム]

奥さんは世話好きでおしゃべりで、朝食の席にやってきては、いろんなアドヴァイスをしてくれます。居心地の良いシャンブル・ドットでのんびりした休暇を過ごしています。

2012年8月11日 (土)

タロワール

まつこです。

マントン・サン・ベルナールの隣村はタロワール。セザンヌがかつて滞在し、ミシュランの星付きレストランやホテルが湖畔にならぶ高級リゾート地です。

Photo
[セザンヌが描いたアヌシー湖]

今日も私たちは公共交通機関を使って移動。今日の乗り物は水上バスです。

Dsc00288
[アヌシー湖を一周する水上バス]

15分ほどの乗船でタロワールの村が見えてきます。

Dsc00293
[タロワールは切り立った入り江の村]

1_2
[山が湖にせまっている美しい村です]

タロワールは美しく花で飾られた石造りの家が細い道に並ぶおしゃれな村です。

1_3
[こんな可愛い家が立ち並んでいます]

しゃれたカフェやかわいい小物を売るブティックがいくつかあります。

村の中心部分が狭く駐車場がないため、山の上の方のに住む人たちのために、無料のシャトルバスが走っています。帰り道、私たちはそのシャトルバスで村はずれ近くまで来て、そこからマントンまで歩くことにしました。

途中には広々とした牧場があり、パラグライダーの着地点となっています。次々と空から舞い降りるパラグライダーを見れます。

Dsc00303
[湖を眺めながらのパラグライダーは、さぞ気持ち良かろうとは思うものの、怖くてとても挑む気持ちにはなれません]

宿の女主人が、とても良いウォーキングが楽しめると教えてくれたルートで帰ろうとしたのですが、地図が大雑把でちょっとわかりにくいため、村の人に道を聞いてみました。

フランス人に道を聞くーーこれはなかなか厄介なことです。最近は片言の英語を話す人はたくさんいますし、愛想良く親切に教えてくれる人が増えました。しかし・・・

フランス人はよくわからないことでも自信をもって人に教える

こういう困った傾向があるように思います。一人に聞いて、次にまた別の人に聞くと、まるで違うことを教えてくれるということがしばしばです。

ペロワーという村はずれの集落の人気のないところで作業をしているおじさんに道を聞くと、「この道じゃないから、ちょっと戻って左の道を行け」と教えてくれました。言われるがままに戻りますが、念のため次に出会った人にも聞いてみます。「いやこの道でいいんだ。戻ったりせずにこのまままっすぐに行け」と言います。

二人目のおじさんの方が頼りになりそうな気はするものの、その指示に従うと一人目のおじさんとまた出会ってしまいます。ま、しかたありません。

しかし、とびきり気の弱いうめぞう。一人目のおじさんが見えたところで、たまたまトラクターが後ろからやってきました。するとうめぞうは、突然、私に何も言わず、そのトラクターの陰に身を隠し、おじさんから姿が見えないようにして、走り始めたのです。

一人取り残され、あっけにとられた私は、怪訝そうな顔をするおじさんの横を、苦笑いでごまかしながら通り抜けました。

1_4
[こんな村はずれで突然、トラクターに隠れて走り始めたうめぞう]

先に行って私を待っていたうめぞうは、自分のとった行動のあまりにも滑稽さに恥じ入り、「お願いだからこのことはブログに書かないでね」と何度も言っていました。

美しくておしゃれなリゾート地タロワールの景色よりも、村はずれのペロワーで唐突に走りはじめたうめぞうの後ろ姿の方が、強く記憶に残った一日でした。

2012年8月10日 (金)

アヌシー

まつこです。

ワシントンから来て同じ宿に泊まっているアメリカ人一家の奥さんから声をかけられました。「あなたたち、車を使っていないんですって!」と驚かれました。確かに田舎なので車があれば便利なのですが、うめぞうは車の運転があまり好きではないし、ワインも飲むし、私たちは原則として旅行時に車を使いません。公共交通機関とタクシーを使えば、たいてい問題ありません。

昨日はローカル・バスの乗ってアヌシーまで出かけました。時刻表に書いてある定刻より遅れること20分。このあたりの時間感覚のユルさが南欧です。

1
[アヌシーと言えば、ここが代表的観光スポット。運河に突き出したパレ・ド・リルは昔は監獄だったそうです]

アヌシーは美しい運河が街をながれる水の都で「サヴォアのヴェニス」と呼ばれることもあるそうです。イタリア、フランス、スイスにまたがるこの地方はサヴォア家に支配されていて、サヴォア公国であったり、サルディーニャ王国であったりしましたが、最終的には19世紀にイタリア王国が成立する際に、フランスに割譲されました。

Dsc00222
[石造りの細い道におしゃれなブティックや可愛いお土産屋さんが立ち並んでいます]

花が咲き乱れる美しい旧市街には観光客があふれています。数日間、静かな村で過ごしていた私たちには大都会のように感じられました。

Dsc00251
[並んで待つこと10分ほど。数あるアイスクリームからピスタチオとフランボワーズを選びました。美味しかったです]

街のあっちこっちにアイスクリーム屋さんがありましたが、そのうちの一軒に長蛇の列。日頃、並んでものを買うのが嫌いなのに、「きっと、ここ、美味しいんだね」と言って並んでしまいました。観光地というのは、こういう高揚感をかき立てるものです。

1

[アヌシー城は現在は美術館になっているそうです]

旧市街から急な坂を上るとアヌシー城です。石造りのがっしりとした城も遠くの山々も眼下の湖も、南欧の強烈な日ざしを浴びています。石造りの街が築かれた中世にも、ジャン=ジャック・ルソーが石畳の道を歩いた18世紀にも、同じ山々が街を見下ろし、同じように陽光が湖上できらめいていたんだなあ・・・。

Dsc00263

[旧市街を抜けるとアヌシー湖が広がります。湖畔の公園にかかるPont des Amours(恋人たちの橋)。橋の上でキスしているカップルがたくさんいました]

にぎやかな観光客のざわめきの中で、街をとりまく豊かな自然が目に入ると、悠久の時の流れの静けさにふと思い至るような、そんな街でした。

2012年8月 9日 (木)

マントン城

まつこです。

マントン・サン・ベルナールの村のシンボルは丘の上に建つマントン城です。ウォルト・ディズニーはこの城から発想を得て『眠れる森の美女』の映画を作ったそうです。見学に行ってみました。

宿泊している宿の裏山を横切り、牧場を眺めながら徒歩15分・・・と聞いていたのですが、それなりに急な坂道で、息を切らしながら黙々と歩くこと20分以上かかりました。

Dsc00176

[ちょっとしたハイキング気分が味わえます]

異なる時代の様式の違う塔が組み合わせられていて、形の良いお城です。「マントン」というのはもともと「岩の上」という意味だそうです。

Dsc00187

[丘の上にそびえるお城の全景]

12世紀以来、今日に至るまで、この城はマントン家の人たちがずっと居住しているのだそうです。100以上の部屋があるそうですが、そのうちの96部屋は今も、私邸として使われており、残りの部分だけ夏の間のみ一般公開されています。

Dsc00184

[山を登ってくたびれはて、呆然と城をみあげるまつこ]

このマントン家の先祖の一人で、修道僧となってアルプス山脈の峠で旅人のための救援施設(ホスピス)を作ったのがベルナールで、その功績をたたえられて彼は聖人サン・ベルナールとなり、ここにルーツを持つ救助犬がセント・バーナード犬だそうです。

Dsc00179_2

[外壁の日時計]

・・・というような説明を、フランス語なまりの強い英語のガイドから聞きました。図書館にはディドロの百科全書の第一版やエンゲルベルト・ケンペルの『日本史』のフランス語版(1729年)などもありました。

1

[高台から湖を見下ろせば、ちょっとだけ領主気分]

一家の中には第二次世界大戦中レジスタンスに参加し、戦後は法務大臣になったフランソワ・ド・マントンもいるそうです。1000年以上にわたって同じ一家が一つの城に住み続けるというのはヨーロッパでも珍しいようですが、今では城の一部をパーティ会場として貸し出したりもしているそうで、城の維持も大変なのでしょう。いろいろ勉強になったお城見学でした。

2012年8月 8日 (水)

マントン・サン・ベルナール

まつこです。

今回、私たちがやってきたのは、フランスとスイスの国境近くのオート・サボア県のマントン・サン・ベルナールという小さな村です。シャモニーやモンブランの麓に位置し、村の東側には切り立った岩山が連なっています。

Dsc00143001_3

[村の東側は絶壁が屏風のように連なっています]

西側はアヌシー湖です。アヌシー湖は南北に細い湖で、その東岸にあるいくつかの村の一つがマントン・サン・ベルナールです。

Dsc00133_2

[アヌシー湖はヨーロッパで最も水が透明な湖だそうです]

湖畔から続く緩やかな坂の途中には牧場もあります。カランコロンという軽やかな金属音が聞こえるので、何かと思ったら、牧場の牛がつけているベルの音でした。カウベルという言葉は知っていましたが、音を聞くのは初めてです。

Dsc00121001

[のどかに草を食む牧場の牛たち]

高く晴れ渡った空を見上げて息を飲みました。無数のパラグライダーが空を舞っているのです。

Dsc00125001

[色とりどりのパラグライダーがまるで鳥の群れのようです]

山側ではパラグライダーや気球、湖ではボートやセイリング、山道はツーリングをする自転車と、壮大な自然の中でスポーツを楽しむ人たちがたくさんいます。

「美しい湖畔で哲学的思索に耽る」というのがうめぞうの理想とする夏休みのイメージだそうです。今回はこのうめぞうの希望にそったヴァカンス計画を立ててみました。壮大な自然に囲まれ、きれいな空気を吸い込んで、うめぞうは深遠なる哲学の世界にひたることができるでしょうか。これから来週末までこの大自然の中で過ごす予定です。

2012年8月 7日 (火)

大移動日

まつこです。

徹夜でオリンピック中継を見ながらパッキングをし、夜明け前の4時にタクシーに迎えに来てもらい、混雑した羽田空港で何度も長蛇の列に並び・・・

1
[チェックインをインターネットですませておいても30分以上並びました。こんなときは恨めしげにビジネスクラスの空いているカウンターを見てしまう]

両替も、セキュリティ・チェックも、とにかく混雑。ゲートにたどり着いたらもうギリギリの時刻でした。夏休みの羽田空港の国際線ターミナル、要注意です。

1_2
[ゲートからバス。タラップで搭乗]

前回乗ったとき好印象だったブリティッシュ・エアウェイズのプレミアム・エコノミーですが、今回は機材が古くて座席がボロボロ。アームレスとはすり切れ、荷物ポケットは破れ、座席に電源コンセントは見当たらず、乗った瞬間、うめぞうが「これじゃあ、アエロフロートだよ。サッチャー以前だよ」と笑っていました。

1_3
[ここですでにくたびれモードのうめぞう]

オリンピック開催で観光収入を期待していたロンドンは意外にも空いているそうですが、ヒースロー空港はやはり混雑していました。時間的余裕のある乗り継ぎ便を予約しておいて正解でした。

ヒースローからジュネーブへ。ジュネーブ空港から予約しておいたタクシーでスイスとフランスの国境を越え、家を出てからほぼ24時間の旅。たどり着いたのは・・・

Dsc00094
[こんな景色のところに到着しました]

この続きはまた明日のブログで!

2012年8月 5日 (日)

川の水辺

まつこです。

先日、母の老人ホームを訪ねたら、書道クラブで母の書いた文字がありました。母は以前は字がきれいだったのですが、思えば妙に字の形が崩れてきたと感じた頃が、認知症の始まりだったのかもしれません。

Dsc00075
[最近の母の書道]

今回の書道も母にとっては不本意な字ですが、最近書いた中では比較的ちゃんと書けているほうです。最近は途中で字の形がわからなくなって最後まで書ききれていなかったり、小学生みたいな字だったりということがほとんどです。

でも「あら、ママ、うまく書けているじゃない!ここの筆遣いなんかいいじゃない」とほめると、子供に戻ったように喜びます。昔の母のキリリとした筆跡を思い出すとちょっと悲しくて、でも無邪気に喜んでいる母が愛おしくもあります。

「川の水辺」の文字を眺めていると、弟がやってきたので、3人で出かけることにしました。摂津峡という渓谷です。夏休みに入った子供たちが、歓声をあげて水遊びをしていました。

Dsc00078
[摂津峡には浮き輪や魚採り網を持って遊ぶ子供たちの歓声が響いていました]

母は足腰の動きも悪くなっているので、水際までは降りていけませんでしたが、子供たちの楽しそうな様子を眺めてうれしそうでした。

1
[猛暑の一日でしたが水辺にはさわやかな風が吹いていました]

わからないこと、できないことが、最近どんどん増えている母ですが、その分、幼子のような無垢な心に戻ってきているようです。

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »