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2012年7月

2012年7月15日 (日)

カケメに注意!

まつこです。

我が家の玄関のドアになりやらメモが貼り付けられました。

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[玄関ドアの内側のメモ]

出かける際に否が応でも目に入る位置です。見てみると・・・

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[カケメに注意?]

うめぞうが私のために作った警告でした。

囲碁のルールの「きほんのき」は、「カケメ」と「目」を見間違えないことです。囲碁では「目」を二つ作ると相手に石を取られない形ができるのですが、一見この「目」に見えて実は目ではなく、そのままにしておくと周りの石を相手に取られてしまうのが「欠け目」です。

うめぞうはこの「カケメ」にひっかけて、「鍵」「携帯電話」「眼鏡」を忘れないようにという注意メモを作ってくれたのです。


イタイ
ガネ
に注意!

ここに添えられている囲碁のカケメの実例図は、ちょっとでも囲碁を知っている人であれば、「こりゃダメだ!」とあきれるひどい形です。この黒石はボロボロに取られてしまいます。

実は私、ときどき忘れ物をしがちです。スマホはオサイフケータイの機能を使ってSuicaとしても使っているので、忘れてしまうと電車にも乗れません。スケジュール管理もメールチェックも新聞読むのもスマホ。忘れると大いに不便。つい先日も駅まで行ってから気づき、汗かきながらあわてて家に取りに帰りました。

鍵、眼鏡(老眼鏡およびサングラス)、財布、教科書、書類、ハンカチ、健康保険証などなど、必要なものをすべて持って出かけたつもりでも、何かしら忘れていることが、私の場合、ときどきあるのです。そのたびに「うめぞう!お財布忘れた!デスクの上にないか見てみて!」「えーん、うめぞう、カギ忘れたよー、家に入れないよー、早く帰って来てくれ〜」と、被害を受けるのはうめぞうです。

うめぞうが業を煮やして、忘れ物対策のために作った標語がこの「カケメに注意!」。

しかし忘れ物というのは、私が見ている範囲では女性の方が多いように思います。通常はしっかり者の奥さんや優秀なキャリアウーマンが、「今日、お財布忘れちゃったのよ〜」と言うことが時々あります。その点、相当にマヌケな人でも男の人はあまり忘れ物はしないように思います。男性はポケットに必要なものを入れますが、女性は服装にあわせてバッグを持ち替えるせいで忘れ物しがちなのではないかと思います。他にも何か動物行動学的な説明ができるかもしれません。

いずれにせよ、この注意書きが張り出されて以降は、私はまだ忘れ物はありません。「カケメに注意!」のこの標語、なかなか功を奏しています。

2012年7月13日 (金)

星に祈る

まつこです。

先日、母の老人ホームを訪ねたとき、館内にはいろんなところに七夕飾りが飾られていました。

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[エントランス・ホールの七夕飾り]

3週間ぶりに訪ねていった私の顔を母は一瞬じっと見つめて、「あなた誰だったかしら?」

ああ、とうとうこの日が来てしまいました。話を始めるとと母の頭の中が少しクリアになり、娘だということはわかってほっとしたものの、かなり症状が進んだのは確かです。

単純な会話しかできなくなりましたが、なんとか会話を続けるためのキーワードは「ママ」です。「ママ」「ママ」と頻繁に呼びかけると、私との関係が認識できるようです。

母:このセーター、いろんな色が入っていていいわね。
私:そういえばママの好きな色ね。ママにも買って来てあげようか。
母:私はいいわよ・・・
私:ママ、そう言わずに、ママもきれいにしていた方がいいわよ。ねえ、ママ・・・。
母:そうね・・・でも、安いのでいいわよ。
私:じゃあ、次に来る時に持ってくるわね、ママ。待っててね、ママ。楽しみにしていてね。
母:あら、このセーター、いい色ね。
(以下、この会話の繰り返しが10回ほど続く・・・)

私は51歳。世間並みには、そろそろ孫がいても決しておかしくない年齢です。それで「ママ」を連呼するのもかっこ悪いのですが、仕方ありません。

ボケちゃったお年寄りでも「先生」とか「部長」とか「所長」とか、昔の肩書きで呼ばれるとシャンとするということがあるようですが、それと同じです。「ママ」と呼ばれると、母親としてのアイデンティティを回復するということでしょう。

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[文字も書けなくなってきており、やっと書いた短冊。「みんなげんきでいますように」とひらがなだけで書きました]

できるだけ毎日、電話もするようにしているのですが、昨日は「ここは雪がなくて助かるわ〜」と見当はずれなことを言っていました。がっくりとした気持ちを隠して、「そう、良かったわね、ママ」と適当に受け答えします。もう内容のある会話はできないと諦めて、あたりはずれのない話を続けます。すると・・・

「あなたの声が聞けただけでも良かったわ。ありがとう。」

そう言って、母は電話を切りました。

昔の母のままの言葉にグッときちゃいました。涙目で空をみあげても曇り空。でも雲の向こうのお星さまに、「ママが少しでも安らかな気持ちでいますように」と祈りました。



2012年7月 9日 (月)

命令者の創作

うめぞうです。

自分に直言できる後輩をいまから育てておこうという、まつことPukiさんのやりとりを読んで思い出したことがある。

哲学者のカントが一日の行動時間を厳しく自己管理していたことはつとに有名だ。散歩に出るカント先生の姿を見て、堂守が教会の時計を3時に合わせたというエピソードさえ残っている。

ただ、そんな彼にも早朝の定刻起床はそれなりに辛かったようだ。召使に起床時間の10分前に声をかけ、5分前には無理にでも起こすように命じている。ここまでなら、普通の人と変わりはない。カントのカントたるゆえんは、続いて次のように召使に命じたことだ。「もし私が、今日は眠いから、もう少しあとで起こしに来るように、と主人の権限によって命令したとしても、その命令に従ってはならない。これは、今、明瞭な理性をもった主人である私の命令であり、眠けのためにみずからの欲望に負けている私の命令よりも上位にあるからだ」。

つまりカントは自らの欲望よりも上位に立つ命令者を、自らの理性的意志に基づいて創りだそうとしたわけだ。これが自己立法によるカント的自由の原理だといえる。

自由?なぜそれが自由なのか。不自由の間違いじゃないのか?多くの人はそう思うだろう。人間には抑えがたい欲望がある。しかし、いつでもそれを満たすことができるとは限らない。だから、そうした欲望を誰にも遠慮せずに満たすことができる時、われわれは「自由」だと感じるのではないのか。寒くて眠い朝には無理せず寝ていられる、それが自由というものではないか、と。

しかしカントはそう考えなかった。人間の欲望、カントの言葉でいえばNeigung(傾向性)に囚われていることこそ、人間の隷属状態にほかならない。もし誰かが自分の欲望に逆らってでも自分の意志に忠実であり得るならば、その人こそがまったき自由人なのだ。綺麗なお洋服をいつでも買えるという状態はまだほんとうの自由ではない。どんなに買いたくなっても、買わずにいられる自律的意志こそが、人間を自由にする。まつこさん、わかるかなあ、わかんないだろうなあ。

近頃、欧米では『グレイの50の色合い』なる官能小説がバカ売れしているそうだ。なんでも、女性がある憧れの男性の奴隷となる契約を結び、BDSMの経験に酔いしれるといった小説らしい。契約を解除する権利は双方につねに与えられているが、女性は進んで奴隷となる。これは抑圧の体験なのか、つかのまの解放の体験なのか。眉を顰める読者もいれば、こういうものが売れる背景には、現代の自立した女性達の不安な孤独感があると評するむきもある。

一見すると、自分に対する命令者を自分の意志で他に求めようとしているという点では、グレイの場合も、カントの場合も、変わりないように見える。しかし、そこには越えがたい裂け目がある。いかに契約の形を取ったとしても、みずからの尊厳と自立を他者に譲り渡すことによって得られる被支配者の快感を、カントはけっして自由とは呼ばなかっただろう。

2012年7月 8日 (日)

車内宴会

まつこです。

今週もほろ酔い。大阪の母を訪ねた後、帰りの新幹線では、お弁当と京都伏見のお酒でのんびりくつろぎました。

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[今回も田ごとの御旅弁当]

今週のほろ酔い仲間は、うめぞうではなく、この人ー

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[同僚のぽにょ]

出張で関西に来ていた同僚のぽにょと合流し、二人で車内宴会です。

老人ホームで過ごす母の症状は、確実に進んでいます。しかたないと思いながらも、その様子を見たあとはやはり気持ちが沈みがちです。そんなとき明るい同僚の笑顔を見ると、すっきり気持ちが晴れます。

まつこ:もし私が退職前にボケかけちゃったら、ちゃんと言ってね・・・。
ぽにょ:大丈夫よ、まつこさんの老後は私にまかせて!

こんなふうに明るく笑い飛ばしてくれます。実に頼もしい。

しっかり者の妹分の同僚には、他にもお願いしたいことがあります。

1)化粧が似合っていない時、あるいは崩れている時は指摘すること
2)服装が若作り過ぎて痛々しく見える時には指摘すること
3)ボケないまでも、頑固になり、若い同僚の意見に耳を貸さない老害の兆候が見えたときには指摘すること

いずれも人から指摘されないと、気がつきにくいことですが、年長者に向かってはなかなか言い出しにくいことです。でも言いにくいことをはっきり言える関係こそ、本物の友情です。

「まつこさん、そのスリムなデニムだと体型の崩れが目立つわよ」とか言われたら、一瞬ムッとした気分になるだろうけど、でも真の友情から発せられた警告には謙虚に耳を傾けたいものです・・・

などと思いめぐらしながら、女二人で楽しく車内宴会を繰り広げて東京に戻りました。

2012年7月 4日 (水)

実年齢と体内年齢

まつこです。

今日、7月4日はうめぞうの誕生日。63歳です。

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[Happy Birthday!]

ヨーロッパでは誕生日を迎える人が、食事会やパーティを主催するということがよくあるようです。今日はそのヨーロッパ式で、うめぞうがホストで、私がゲスト。うめぞうは音楽と食事を一緒に楽しめるコットン・クラブを予約しておいてくれました。

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[コットンクラブで花束も用意してくれました]

ただ招かれるだけではつまらないので、何かサプライズを用意したいと思い、昨日、コットン・クラブに連絡して相談しました。ステージでの演奏が終わった後で、会場内にジャズ風にアレンジしたHappy Birthdayの曲が流れ、キャンドルをつけたデザートが出されるという演出をしてくれました。音楽を聞きに来たお客さんたちなのでノリが良く、会場全体でお祝い気分を盛り上げてくれました。うめぞう、ちょっとした主役気分を味わいました。

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[サラ・ガザレクのファースト・アルバムユアーズ]

今日のコットンクラブの出演者はアメリカ西海岸のシンガー、サラ・ガザレクでした。素直な声と安定した清潔感のある歌いっぷりで、リラックスして楽しめました。終演後に買ったCDにはサインと一緒にお誕生日おめでとうのメッセージも書いてくれました。

もう一つ、私からのプレゼントは・・・

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[TANITAの体重計]

体組成も計れる体重計です。最近、お腹周りが気になるうめぞう。この体重計でモニターし、しっかり健康管理してもらおうという狙いです。うめぞうがさっそく計ってみると、筋肉量や体脂肪率は問題ありませんでした。体内年齢は48歳と表示され喜んだうめぞうでしたが、内蔵脂肪がやや多めと判別されがっくり。

今日はお腹いっぱいごちそうを食べてしまいましたが、明日からはしっかり脱メタボを目指してもらいます。

ちなみに私の体内年齢は

36歳よ、フフフ・・・。

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