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2012年6月17日 (日)

残された言葉

まつこです。

昨日は母に会いに行ってきました。先月は京都駅の八条口のコインロッカーでぎっくり腰になってしまい、ヨロヨロと東京に戻りましたが、捲土重来(?)を期して再び京都へー。

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[今月はてるてる坊主が迎えてくれる老人ホームのエントランスホール]

老人ホームでは外出が難しい入居者さんたちのために、少しでも季節感を感じられるよう、館内に季節ごとのいろんな飾り付けをしてくれます。今月は水無月。エントランス・ホールの天井にたくさんの色とりどりの傘が飾られ、大きなてるてる坊主が作られていました。

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[ベランダから外を眺める母]

雨模様のあいにくのお天気でしたが、少しでも外気に触れた方が良いと思って、ベランダに出てみました。大阪と京都の間のベッドタウンにある老人ホームで、建物の周りは大学やマンションなどの建物ばかり。でも母の部屋のベランダからは北摂の柔らかな形の山並みを眺められます。母はこの山を眺めるのが好きです。

母:郷里の山と形が似ているわ・・・あの山の隣にすぐあの郷里の山が続いているような気がするんだけど・・・
まつこ:近くはないけど、山はずっと続いているよ。ず〜っと行けば、ママの生まれ故郷の山にもつながっているよ。
母:そうね、山は近くに持ってきてポンと置くってわけにはいかないものね。でもそれでいいわ。

少しずつ症状が進んでいる母ですが、望郷の思いは残っています。日付も分からなくなっているのに、「もう1年以上、帰っていないわ」と突然言いだして私をびっくりさせたりします。でも郷里を遠く離れたところを終の住処とすることを、母は受け入れているようです。「あそこに一人で帰っても仕方がないものね。ここはここで良いわ」と、しばしば言うようになりました。

ベランダからしばらく外を眺めていると、ときどき鳥が空を横切って行きます。その鳥を見て母は「人間って奇妙な生き物だなあ、と思ってこっちを見ているでしょうね」と言って面白そうに笑っていました。

山は人の都合で動かすことはできないし、鳥から見れば人間の方が奇妙な生物です。自然の中で謙虚に存在すれば、老いも死もその自然の一部として受け入れられるということを、母の言葉は伝えているように思えます。失語障害も見当識障害も徐々に進んでいる母ですが、残されたわずかな言葉が大切なことを伝えてくれているように思えました。

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コメント

お久しぶりです。
ブログはまったく更新しておりませんが、立ち寄らせていただきました。
父は、最近、口数がぐっと減りました。
進行しているのだな、と感じます。
支離滅裂なことではありましたが、うるさいくらいにしゃべっていた時期を懐かしく思うようになる日が近いように感じます。
とはいえ、けっこう、まだ元気ではありますが。
ボケていて、大変ではあっても、父は父ですね。

絵莉さん、コメントありがとうございます。

お元気でしたか。

少しずつ病状が進んでしまうのは仕方ありませんね。うちの母も1年前と比べると文字の読み書きなど、できないことが明らかに増えています。でも気持ちは今の方が落ち着いているようにも見えます。親が変わっていくのを見るのは悲しいことですが、老いることによって少しずつ人生の重荷を肩からおろしているんだな・・・と思って見守ってあげるようにしましょうね。

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