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2012年6月

2012年6月30日 (土)

補完性原則

ひさびさにうめぞうです・・・

夜中、ひそかにシャキシャキと包丁を研ぐ不気味なヤマンバと同居しているうめぞうも、目下ひそかにデジタル化した生活の一部をアナログに戻す努力をしている。

たとえばインターネットで囲碁を打つのをやめて、本を見ながら碁盤に石を並べることにした。ろくに先もよまない粗雑な囲碁を「ザル碁」という。また、相手が打った瞬間に石をばらまいていくような囲碁は「種まき碁」と称する。うめぞうはインターネットでは4段程度の棋力だが、先日、「囲碁も、漫然と石を並べているアマ五段どまりの人が多い」という一文を読んでハッとした。囲碁の面白さが分かるのは、その先だという。そこで、ひさびさに碁盤を出して石を並べてみると、ひとつひとつの手が味わい深く、忙しく勝敗を争うネット碁より格段に密度が濃い。ドイツ語では気晴らしのことをZerstreuung(ツェアシュトロイウンク、気散じ)というが、これは集中とは対極にある散漫な状態を指す言葉だ。ネット碁は、外から見れば一心不乱に集中しているように見えるが、じつのところは心ここにあらず、読みの浅いゲームに流れがちだ。

それからもうひとつ、授業を板書に戻そうとしている。パワーポイントのスライドよりも、学生はずっと集中しているように感じる。そしてひさびさに板書をしてみて痛感したのは、自分が漢字を書けなくなっていることだ。先日は、恐慌の「慌」の字が一瞬わからなくなって焦った。そして何より良いのは、板書をすると、これまでの1回分の授業準備で、2回分の話ができることだ。情報量は半減するが、説明の密度は2倍になる。読み物もネットからではなく、できるだけ本から取って与えるようにしている。

とはいえ、このブログでもそうだが、デジタル媒体を使わざるをえない場合も多々ある。そこで思いあたったのが、EUの統治原則である「補完性原則 the Principle of Subsidiarity」の適用だ。これはもともとカトリック教会が提唱した問題解決法だが、社会政策はまずは身近な共同体レベルでできるだけ解決するようにする。たとえば家族で解決できるものは家族で解決する。そこで解決不可能な問題についてのみ地域のレベルにあげる。更にそれでダメなら、地方自治体のレベル、国家のレベル、超国家組織のレベルへと持ち上げていく。上位組織には下位組織よりも強い権限が与えられるが、上位組織はあくまで下位組織の「補完組織」として位置づけるという考え方だ。

したがってスポーツ政策などは各国家に責任をもたせ、EUがとやかく口を出さない。しかし海洋汚染の規制は各国単位ではできないので、これについてはEUが独占的に引き受けるといったふうだ。昨今の大阪市長さんも、大学の教授会組織も、とかく下位組織で原理的に解決可能な問題についてまで上位組織の権力を動員しようとする。しかし、こうしたやり方は下位組織の自律性を毀損するだけではなく、下位組織では解決不可能な問題を上位組織に上げていくメカニズムまでも弱体化させる。組織が健全に機能するには、上位組織の「優越性」と下位組織の「優先性」とが両方確保されなければならない。これによってのみ、リーダーシップなき現場主義と、現場から遊離した管理主義の双方の欠陥を修正することができる。

うめぞうが3年前に書いた上野千鶴子批判には、いまだに時々コメントが寄せられることがある。そこで問題になっているセクハラ・パワハラ解決法についても、やはり補完性原則が有効だろう。まずは前法律的手段で対処してみる。それがうまくいかない時には一段上のレベルにあげていく。そのさい、補完性原則には2つのメッセージが含まれている。一つは下位組織が解決可能な問題にまで、上位組織はいたずらに介入してはならないというメッセージ。もう一つは、下位組織で解決不可能な問題を、いたずらに下位組織は抱え込んではならない、というメッセージだ。状況に応じて、下位組織で解決可能な問題なのか、上位組織に委ねるべき問題なのかを適切に協議し、判断することが組織構成員には求められている。それは伝統の解決能力を強化すると同時に、普遍的理性原理の真の強みを再認識することにもつながるだろう。

うめぞうはいまこの考え方を応用して、「アナログでもできることはできるだけアナログで、そこで解決しにくいことだけをデジタルで」という原則を生活に取り入れようと努力している。というわけで、今日はお中元の挨拶を、メールではなく、はがきに書いて送った。アナログ世界が古くから持っていた能力を再発見すると同時に、デジタル世界の真の強みを再確認するためにも、この下位原則と上位原則の仕分けは重要だ。同じ教室にいる同級生と携帯で意思疎通するなどというのは、このデジタル補完性原則への重大な違反だ。

2012年6月29日 (金)

デジタル・ツール

まつこです。

先週の買い物は「砥石」でしたが、今週の買い物は「カメラ」です。今まで、使っていたものの液晶ディスプレイにヒビが入ってしまい、新しいのに買い替えました。

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[新しいカメラで撮った写真。窓から見えるスカイツリー]

うめぞうはカメラのことを「写真機」と呼びます。このレトロな言葉を聞くたびに年齢差(12歳)を実感します。1960年代くらいまでは写真機は高価な精密機器で、新しい写真機を買うといえば、一家にとっては大事件でした。

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[窓辺のバラの花]

最近は、普通のコンパクト・デジカメなら高性能でも廉価になり、比較的気楽に買えます。写真そのものも、昔は現像に出して、数日後に受け取ると、写真にはちょっと緊張した表情で家族が並んで映っていたものでした。最近は削除も修正もできるので、ずっと手軽なものになりました。

セピア色に変わった写真が並ぶ古いアルバムを、1ページずつめくって思い出話をする。そんな風景は、「写真機」という言葉とともに、古き良き時代の記憶の名残です。

・・・とセンチメンタルな感傷にひたってはいられません。私の目下の課題は、新しいデジカメの使い方をうめぞうに覚えさせることです。

うめぞうは新しい道具の使い方を覚えるのがだんだん億劫になっています。旅行に行っても、「ああ、いい景色だね〜。君、ここ写真撮っておいたらいいよ」、「ここは絵になるね。君、写真機持っている?」という調子です。私の写真を撮ってもらうためにも、ぜひともうめぞうには新しいデジカメの「美肌撮影モード」の使い方を習得してもらわなければいけません。

2012年6月24日 (日)

アナログ・ツール

まつこです。

新しいことにチャレンジするのは楽しいものです。私が今日、初めて挑戦したのは・・・

包丁研ぎ!

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[有次で買った盛りつけ箸、あくすくい、砥石]

先日、友人のPukiさんから、「有次の盛りつけ箸を使うと料理がうまくなった気がする」と教えてもらいました。さっそく買ってみました。竹製で先がごく細い盛りつけ箸を使うと、確かに器の中にこんもりと料理を盛りつけることができて、見た目が一段アップします。

有次はもともと刃物鍛冶のお店です。日本橋高島屋の有次のコーナーで見かけて興味をひかれたのが砥石です。昔ながらの四角い砥石に刃をあてて、一心不乱に手を動かしたら、気分が集中して、精神的にもすっきりするような気がしたのです。

今日、再び有次に行って砥石を買ってきました。店員さんから教えてもらった使い方を思い出し、一緒にもらった解説書を見ながらおそるおそるやってみました。結果は・・・

トマトの皮がすっきり切れたので、初めてにしてはそれなりの仕上がりではないかと思います。

今日は家にあった包丁を研いでみましたが、包丁研ぎがうまくなったら有次の立派な包丁を買ってみたいものです。プロの料理人さんみたいに、良い道具を買って、手入れをきちんとしたら、料理の腕も上がりそうな気がします。

いろんな便利な道具が次々開発されますが、自分の手の感触で刃物を研ぎ上げるというアナログ感覚がかえって新鮮です。四角い砥石でちょっとしたスローライフ気分を味わえたに日曜日でした。

ちなみに日本橋高島屋の包丁コーナーでは、京都の有次と日本橋の木屋が向かいあっています。片面に木屋の包丁がずらりと並び、片面に有次の包丁がずらりと並んでいます。ライバルの老舗同士が向かい合い、研ぎすまされた刃物が並んでいるので、そこはかとなく緊張感が漂う売り場です。一緒についてきたうめぞうはその緊張感に耐えきれないらしく、お客がいなくて手持ちぶさたそうにこちらを見ていた木屋の店員さんに「おお、こちらは日本橋ですか、東西頂上対決ですね〜」とおべんちゃら言っていました。性格弱っ!

2012年6月22日 (金)

宇宙の真理

まつこです。

仕事で読まなければいけない本や書類がある時ほど、何か別のものが読みたくなったりするものです。最近、読んで面白かった本はこれです。

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[果てしなく壮大な物語]

村山斉さんの『宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書)』。2011年に「新書大賞」を受けています。素粒子物理学によって宇宙の始まりや終わりを解明する、と聞いただけで難しそうですが、この本の魅力は先端的な研究が取り組んでいることを、ごく易しい語り口で解きあかしてくれている点です。

難しい概念や複雑な事象を説明するさいに、その本質をずばりととらえ平易な言葉で語れるというのが知性の証しと言えます。逆に生半可な理解しかない場合に、難しい専門用語をちりばめてごまかしがちです。村山斉さんの柔らかな語り口は、「不確定性関係」とか「対称性の破れ」といった難しい理論もやさしくときあかし、「なんだかわかったような気がする」という気分にさせてくれます。

それでもわからないものはわからなくて、時々、「これが何を意味しているかはもうおわかりですね」というような読者への問いかけがなされると、戸惑いながら10ページくらい戻って再読してみるのですが、それでもさっぱりわからない・・・。でもいいんです。この本の最大のメッセージは「わからない、ということがわかる」ことの重要性なのです。

長いあいだ、「万物は原子からできている」と思われていましたが、実は原子は宇宙の4パーセントでしかなくて、残り96%ほどはまだ未解明のダーク・マターとかダーク・エネルギーと呼ばれるもので構成されているのだそうです。それがわかったのは2003年。20世紀の終わりから21世紀にかけて、つまりつい最近になって、宇宙にはまだまだ謎があるということがわかった、というのが現在の物理学の革命的な成果なのだそうです。

未解明(ダーク)なものが存在することを認め、その未解明なものの解明に勇気をもって立ち向かっていく。それこそが科学のロマンの神髄だということを教えてくれる本です。そのメッセージを、村山斉さんが声で伝えているTEDxTokyoのビデオも面白いです。わかりやすい英語で若者たちに向けてメッセージを発してくれています。

私が興奮気味に、「ねえ、うめぞう、知ってる? 宇宙の96%はダーク・マターとダーク・エネルギーなんだって。原子はたった4%なんだって!」と言ったら、うめぞう曰く、「じゃあ、君はこの家のダーク・マターだな。ボクはアトム(原子)だ。」

ちなみに上のTEDのビデオの中で村山斉さんは奥さんのことを「神の声」(Voice of God)と呼んでいます。壮大な宇宙を支配する至高の権威は。それは宇宙のどこでも通用する真理のようです。

2012年6月18日 (月)

今週もほろ酔い

まつこです。

私が母に会いに大阪に行った土曜日、うめぞうは名古屋出張でした。帰りの新幹線で合流しました。

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[命じられるままに「ウコンの力」を飲むうめぞう]

まずは予防的にこれを飲んでから車内宴会を始めましょう。

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[ビールで乾杯]

お弁当を広げ乾杯すれば、そのとたん、気分は一気に観光客です。お弁当や飲み物は京都駅で私が調達して乗り込みました。京都駅は時々、夕刻になるとお弁当がほとんど売り切れていることもあります。今回は「田ごと」のお弁当を午前中に予約しておきました。こういうことになるととりわけ用意周到な私。

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[私はやはり日本酒党]

京都に来たら京都のお酒。前回は丹波ワインにしたので、今回は日本酒。営業の若い男の子が売り場にいて、熱心に薦めてくれたので、伏見のお酒「富翁」を選びました。

二人でビール1缶に300mlの日本酒1本。それで私も上機嫌。うめぞうは食べ終わったらぐっすり眠り込んでしまいました。少しのお酒で程よくほろ酔い。このくらいがちょうど良いようです。あー、しみじみ。

2012年6月17日 (日)

残された言葉

まつこです。

昨日は母に会いに行ってきました。先月は京都駅の八条口のコインロッカーでぎっくり腰になってしまい、ヨロヨロと東京に戻りましたが、捲土重来(?)を期して再び京都へー。

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[今月はてるてる坊主が迎えてくれる老人ホームのエントランスホール]

老人ホームでは外出が難しい入居者さんたちのために、少しでも季節感を感じられるよう、館内に季節ごとのいろんな飾り付けをしてくれます。今月は水無月。エントランス・ホールの天井にたくさんの色とりどりの傘が飾られ、大きなてるてる坊主が作られていました。

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[ベランダから外を眺める母]

雨模様のあいにくのお天気でしたが、少しでも外気に触れた方が良いと思って、ベランダに出てみました。大阪と京都の間のベッドタウンにある老人ホームで、建物の周りは大学やマンションなどの建物ばかり。でも母の部屋のベランダからは北摂の柔らかな形の山並みを眺められます。母はこの山を眺めるのが好きです。

母:郷里の山と形が似ているわ・・・あの山の隣にすぐあの郷里の山が続いているような気がするんだけど・・・
まつこ:近くはないけど、山はずっと続いているよ。ず〜っと行けば、ママの生まれ故郷の山にもつながっているよ。
母:そうね、山は近くに持ってきてポンと置くってわけにはいかないものね。でもそれでいいわ。

少しずつ症状が進んでいる母ですが、望郷の思いは残っています。日付も分からなくなっているのに、「もう1年以上、帰っていないわ」と突然言いだして私をびっくりさせたりします。でも郷里を遠く離れたところを終の住処とすることを、母は受け入れているようです。「あそこに一人で帰っても仕方がないものね。ここはここで良いわ」と、しばしば言うようになりました。

ベランダからしばらく外を眺めていると、ときどき鳥が空を横切って行きます。その鳥を見て母は「人間って奇妙な生き物だなあ、と思ってこっちを見ているでしょうね」と言って面白そうに笑っていました。

山は人の都合で動かすことはできないし、鳥から見れば人間の方が奇妙な生物です。自然の中で謙虚に存在すれば、老いも死もその自然の一部として受け入れられるということを、母の言葉は伝えているように思えます。失語障害も見当識障害も徐々に進んでいる母ですが、残されたわずかな言葉が大切なことを伝えてくれているように思えました。

2012年6月12日 (火)

ほろ酔いセット

まつこです。

東京に戻るため上越新幹線に乗車する前に夕食をとりました。長岡駅の駅ビルの中のお寿司屋さんです。「ほろ酔いセット」というメニューに惹かれてのれんをくぐりました。

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[お猪口一杯でほろ酔い気分になりかけているうめぞう]

このほろ酔いセット、おつまみ三品を自由に選ぶことができます。私が選んだのは「お刺身盛り合わせ」「ふぐの唐揚げ」「小松菜のおひたし」。お刺身には甘エビやサザエが入っていました。おつまみを食べ終わる頃に、そろそろお寿司にしますか、とお店の人が聞いてくれます。〆にお寿司4貫とお味噌汁が出ます。どれもとても美味しいです。

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[若い頃は酒豪だったまつこ]

お酒も好きなものを選べるのですが、日本酒を選ぶと、たっぷりとした2合徳利がついてきます。一人2合です。二人だと4合です。750mlの瓶1本分あります。さすが新潟は酒どころ、「ほろ酔い」の水準値が高い!

私はたっぷりお酒がいただけて満足でしたが・・・

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[ほろ酔いセットで酔いつぶれたうめぞう]

あ〜あ、うめぞう、酔いつぶれてしまいました。新幹線のホームのベンチでぐっすり眠りこんでしまいました。

こうして気持ちよく酔えるのも、田舎に来て緊張感が緩むからでしょう。(ちなみにこの「ほろ酔いセット」は2,300円です。お得感あります。)おいしくて楽しい週末帰省でした。

2012年6月 9日 (土)

梅雨入り

まつこです。

新潟も梅雨入りしました。朝から雨です。

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[手入れをしていない庭ですが、雨にぬれてしっとりとした緑がきれいに見えます]

私の郷里ではこの季節になると、笹団子とちまきを作るという家庭が昔は多かったようです。たぶん、笹の葉は抗菌作用があるので、梅雨時でも長持ちするからではないかと思います。

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[母の友人が持ってきてくださった手作りのちまきと笹団子]

名物の笹団子とちまきも、今はお土産屋さんやスーパーマーケットで買う人が圧倒的に多いと思いますが、今朝、母の友人が手作りの出来たてのを持ってきてくださいました。笹の葉も自分で採ってきて、一つ一つくるんで、蒸して作ってくださったものです。丁寧にイグサで結わえてあって、その手間を思うと、頭が下がります。さっそくおいしくいただきました。

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[雨の中の散歩]

新潟に来ると、お米もお魚も野菜もおいしくて、ついつい食べ過ぎてしまいます。さらにいただいたちまきをたくさん食べたので、ここはカロリーを消費すべく、雨の中、散歩に出かけました。物置から長靴を持ってきて、傘をさして、ひたすら歩く。まるで田舎暮らしのイギリス人です。

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[この柵は何なのでしょう?]

田んぼの中の道をもくもくと歩いていると、なにやら柵のようなものが規則的に立っていました。これは何だろう、選挙の時のポスター用掲示板か、いや稲をかけてお米を乾燥させるものだろうかと、うめぞうも私も見当がつきませんでした。

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[雨の中のバラ]

1か月前にはチューリップが咲き誇っていたお宅では、今月はバラが満開になっていました。灰色の雨の景色の中、バラの花びらの色が鮮やかです。

雨の中をせっせと歩くこと1時間。5キロメートルほど歩きましたが、万歩計によると、それで消費したカロリーはたった150キロカロリーだそうです。ちまき一つ分くらいか・・・。

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[吉乃川と越の寒中梅を飲み比べ。新潟の地酒は淡麗辛口が多い]

でもせっかく田舎に来たのですから、あまり気にせずおいしいものを食べましょう。ソラマメ、アスパラガス、オクラなど、旬の野菜とお刺身、そして地酒の飲み比べ。田舎暮らしを満喫した週末でした。

2012年6月 8日 (金)

日本の初夏

まつこです。

新潟に来ています。梅雨入り前の青空の一日です。初夏のさわやかな景色の中を、今日はたっぷり散歩しました。

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[田園風景の中を散歩するうめぞう]

お隣のお宅からは、家庭菜園で採れたばかりのイチゴをいただきました。みずみずしくて、香りが豊かで、買ったのとはぜんぜん違う味でびっくりしました。

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[お隣からいただいたイチゴ]

稲が規則正しく植えられていて、なみなみと水をたたえた水田の景色は本当にきれいです。畑にはジャガイモの花が咲き、トウモロコシや、絹さやや、トマトの苗が、いきいきとした緑の列を作っていました。日本の初夏の典型的な田園風景です。

福島でも本来ならこういう豊かな田畑が広がっていたはずの土地が、今は荒れ果てているのかと思うと、胸が痛みます。

日本はこれまで田園風景の景観に無頓着でした。どの地方に行っても、水田の中に唐突にパチンコ屋の大きな看板が立ち、殺風景な資材置き場や廃屋になった工場が点在する。そんなあまり魅力のない田園風景のなかでも、自然は力強く四季折々の景色を繰り返してきていました。

福島の原発事故は、それとはスケールが異なり、人工が決定的に自然を傷つけてしまった歴史的な事例です。目に見えない放射性物質が空気や水や土を果てしなく汚し続けてしまっています。

今日、首相が原子力発電所の再稼働の必要性を表明しましたが、自然と人間の関係について、政治、経済、宗教、哲学、あらゆる分野の人がそれぞれもう少しじっくりと考えてみるべき時ではないでしょうか。

2012年6月 5日 (火)

寡黙な男たち:『裏切りのサーカス』

まつこです。

うめぞうが見たいというので、映画『裏切りのサーカス』(Tinker, Taylor, Soldier, Spy)を見に行きました。エンディング・クレジットが流れ出したとたん、うめぞうが耳元でささやきました。「難しくてわからなかった・・・。」

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[初老の諜報部員スマイリーを渋く演じたゲイリー・オールドマン]

味方を欺き、敵を騙し、嘘と秘密を抱え込んで生きる諜報部員たちを描いた映画です。その中の二重スパイは誰か・・・。虚と実が、現在と過去が、複雑に交錯する迷路の中に、観客も迷い込んでしまうように作られています。

それでも面白い。わからなくても面白い、そんな映画です。

大きな魅力の一つは、初老のスパイの孤独の深さをじっくりと描いているところでしょう。翳りのある主人公スマイリーをゲイリー・オールドマンがいぶし銀の演技で演じていました。タフでハードな世界で生きてきた男は、多くを語らず、密やかに、真相を探っていく。あ〜、かっこいい〜。

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[こちらも『ロシアハウス』で渋い演技を見せたショーン・コネリー]

この映画の原作Tinker, Taylor, Soldier, Spyと同じく、ジョン・ル・カレの小説を原作とする映画『ロシア・ハウス』でも、ショーン・コネリーが、東西冷戦の情報戦に巻き込まれて、重要な秘密を抱える寡黙な男を演じていました。女性にモテモテのジェイムズ・ボンドもいいけれど、この初老のアマチュア・スパイを演じたショーン・コネリーもとても素敵です。

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[こちらはよくしゃべる男うめぞう。スパイには絶対になれないタイプ]

やっぱり男は無口に限る・・・と思いながら余韻にひたっていると、「やっぱりボクには難しすぎるね、この映画。君は全部、わかったの?ボク、わからないところだらけだったよー」と、ペラペラと正直に告白するうめぞう。まあ、夫にするなら、嘘のつけない、秘密のない男のほうが良いかもしれません。

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[COVAのデザート。リンゴのタルトとモンブラン。お上品な味でしたが、大きさ(小ささ)もお上品]

映画の後は、有楽町のCOVAでランチを食べながら、あの場面が良かった、あの台詞の意味がわからなかった、あの人物とこの人物はどういう関係か、など話題はつきません。あの小さな写真に写っていた男性は・・・、あの後ろ姿しか見せない女性は・・・、と細部にこめられた意味を解き明かす面白さのある映画でした。

2012年6月 3日 (日)

地元密着型セレクトショップ

まつこです。

週末の朝、たまには朝食を外で食べてみようと出かけたのは白山ベーグル

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[古いビルの1階をおしゃれに改装した白山ベーグル]

さわやかな初夏の朝の日差しの中を10分ほど歩いてほどよくお腹がすいたところで、焼きたてのもちもちベーグルが食べられるカフェです。

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[ベーグル、クリームチーズ、ハム、サラダ、コーヒーのモーニングセット]

週末の朝は、ランニングの途中で立ち寄る若い夫婦、一人でゆっくりコーヒーを飲む中年男性、新聞を読みながらベーグルを食べる若い女性など、みなさんがそれぞれにくつろいでいる様子で、いい雰囲気です。ああ、土曜日の朝って大好き!

白山ベーグルで朝ご飯を食べた後、同じ通りの並びにあるセレクト・ショップ、ワンマイルに立ち寄りました。我が家のすぐそばにあったおなじみのお店が、最近、白山通りに引っ越したのです。引っ越し新装開店ですっかりきれいなお店になっていてびっくり。

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[新装開店したセレクト・ショップOne Mile]

セレクト・ショップというと、おしゃれなブティックを思い浮かべると思いますが、こちらのお店のセレクションはかなり個性的でした。文京区の中でも比較的高齢の方が多く住んでおられる古くからの住宅地のため、ご高齢の方たちも買いやすい、ウエストがゴムのズボンとか、まあ、なんというか、いわゆるおばあさん用の服が並んでいました。昔ながらの田舎の洋品店みたいな感じです。

一方、いくつか大学もある地域なので、この店にはその教職員の方たちも時々買い物に来ていました。閉店間際に飛び込んできて、「明日、学会なので、なんでもいいから着るものください。サイズもデザインも、なんでもいいです。着れればいいです」といってスーツ買っていく強者(つわもの)女性科学者とか、服を買うのだけがストレス発散と言ってバンバン大人買いする大学病院勤務の女医さんとかも、この店の固定客でした。

2つの全く異なるタイプのお客さんのために、2,500円のウエストがゴムのズボンと、マックス・マーラのスーツが同じ棚に並んでいる、一風変わったセレクト・ショップだったのです。私もこの店で、ノーブランドの1,000円くらいの安い普段着買ったこともあれば、エミリオ・プッチのワンピースやヘルノのコートを買ったこともあります。

最近は通販とかチェーン店で全国どこにいても同じものを買えるようになりましたが、こういう地元密着型の個性あるお店にも、まだまだがんばってもらいたいものです。地元のパン屋、地元の酒屋、地元の本屋、地元のそば屋、地元のお菓子屋などで作るローカル・ネットワークは、インターネットにはない魅力があります。

今まで徒歩30秒くらいな至近距離にあった地元密着型セレクト・ショップ、ワンマイルが、ちょうど1マイル(1.6キロメートル)くらい離れてしまいましたが、これからも応援したいと思っています。

2012年6月 1日 (金)

毎日エルメス!

まつこです。

最近いただいたプレゼントで我が家で大活躍しているものがあります。

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[ペアでいただいたけれど、ちょっと模様が違うのがおしゃれ]

それはマグカップ。ただのマグカップじゃなくてエルメス(!)のマグカップです。朝ご飯の紅茶も、午後のコーヒーも、夕食後の中国茶も、だいたいこれを使っています。

ソーサー付きのカップを出して使うのは、めんどくさくなりがちです。でもエルメスのこのちょっと個性的なデザインだと高級感が感じられて、ソーサーなしでもちょっと優雅な気分になれます。

高級なブランド品はしまい込んで宝の持ち腐れになってしまうことがありますが、日常生活で頻繁に使ってこそ、愛着もわきます。バカラのグラスもロイヤルコペンハーゲンのお皿も、せっせと使いましょう。バカラのグラスに入れれば青汁だって、なにやらおしゃれなグリーン・カクテル。豚の生姜焼きだってロイヤルコペンハーゲンの青い模様の上では、「豚のポワレ・ジンジャーソース風味」に変身します。

え、割れるのが怖い?100回使ってから割れてしまうのと、10回しか使わないのとでは、どちらがもったいないか、よく考えてみましょう。「普段使いのエルメスよ・・・フフフ」と平然と言ってみるのが、エレガンスへの第一歩です。


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