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2012年3月

2012年3月27日 (火)

雪国の春

まつこです。

晴れました!

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[キラキラと光る残雪がきれいな雪国の春です]

雪国だからこそ、春の到来の喜びも大きい、と実感する一日でした。真っ青な空に、キラキラ光る残雪を眺めながら散歩すると、いろんなところから雪解け水の流れる音が聞こえてきます。

久しぶりに洗濯物を戸外に干したり、畑仕事をしたりしている、ご近所のおじさん、おばさんたちの表情も生き生きと明るく輝いています。

しかし・・・

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[めちゃくちゃになった生垣を見て、腕組みして悩むうめぞう]

青空の下、改めて見てみると、我が家の庭の木々がめちゃくちゃに折れています。ご近所の方にも迷惑になるので、とりあえず道路側の生垣だけでもなんとかしなければなりません。

こんな時には、うめぞうのお友達のKさんに相談。Kさんはこの家を設計してくださった建築家です。家の設備などでちょっとした不具合があると、適切な業者などをすぐに手配してくださいます。

このKさん、三度の食事より囲碁が好き。うめぞうが帰省したと知らせると、すぐさまやってきて、深夜まで囲碁三昧。「うめぞうさん、退職したらこっちに引っ越してきませんか。毎日、碁ができますよ~。せっかく大きい家もあるんだし・・・」とうめぞうを誘っています。

「そうだな~、冬は寒いから東京のマンションで暮らして、あとは僕はこっちで暮らそうかな~」などと、うめぞうも理想の老後生活をあれこれ思い描いている様子。四季の移ろいを眺めながら晴耕雨読、夜は囲碁という生活も悪くないかもしれません。

今晩も奥の和室から、パチン、パチンと、碁石の音が聞こえています。

2012年3月26日 (月)

オータムポエム

まつこです。

今日のうめぞう・・・

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[OMG!]

朝起きたら、雪が降っていました。せっかく昨日、うめぞうが雪かきした玄関前も真白に。とにかく寒い!

新潟に滞在している間は、できる限り地産地消を心がけています。新潟で和牛と言えば、「村上牛」が定番ブランドです。でもどうも値上がりしたみたいで高かったので、今日は鶏肉。「にいがた地鶏」のクリームシチュー。

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[鶏肉も好きだから僕はビーフ・ステーキじゃなくてもいい・・・と健気なうめぞう]

できるだけ野菜類も地元のものをと思うのですが、豪雪は農業にも影響があったようで、スーパーに行ってもあまり新潟産の野菜の種類が多くありませんでした。地元産の青菜類で唯一あったのは「オータムポエム」。甘味のあるおいしい青菜です。このオータムポエムを地元の漁港にあがったヒラメとともにオリーブオイルで和えてサラダにしました。

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[ヒラメのお刺身とオータムポエムのサラダが前菜]

うめぞう:この野菜、甘味があっておいしいね。菜の花かな?

まつこ:これはオータムポエムっていうんだよ。

うめぞう:オータムポエム、なんじゃそりゃ???

オータムポエム・・・直訳すれば「秋の詩」。確かにこのネーミングのセンスは疑問です。まるでイギリス・ロマン派。ま、おいしいからいいんだけど。

ちなみにオータムポエムは中国野菜の菜花を品種改良したアブラナ科の野菜だそうです。稲作農家が冬にハウス栽培することが多く、新潟など雪国でもたくさん作られているそうです。おいしい野菜をたくさん食べて、日本の農業を応援しましょう!

2012年3月25日 (日)

冬眠していた家

まつこです。

久しぶりに新潟に来ています。5か月ぶりくらいです。今年の冬はたいへんな豪雪だったと聞いていました。3月も終わり近くなり、ほぼ雪も消えただろうと思って来てみたのですが・・・

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[到着してびっくり。まだ雪がある!]

ご近所はだいたい雪が消えているのに、我が家だけまだしっかり雪が残っていました。誰も住んでいない冷え切った家。長い冬の間、一度も雪かきもせず、人の出入りもなく、降った雪がそっとそのまま残っています。とりあえず雪かきしないと玄関にも行けません。うめぞう、到着するなり肉体労働。

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[無残に傷んだ生垣。庭は荒れ放題。どうしたらよいものやら頭が痛い…]

地球温暖化しているし、雪吊りしなくてもなんとかなるのでは・・・と甘い予測をたてて放っておいた庭木は、豪雪の重みで、裂けたり折れたり。庭もすっかり荒れ果てていました。

玄関を開けると、ひんやりしてシーンとした空気が満ちています。ひっそりと静まりかえった家は、まるで冬眠しているようです。

窓を開けて空気を入れ、暖房で部屋を暖め、台所でせっせと料理。体の中を血液が流れるように、人の声が流れ始めてようやく家が息を吹き返したような気がします。

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[家に生気を取り戻すには、家の中で笑い声がすることが大切。さあ、おいしいもの食べて楽しく過ごそう!]

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[新潟はおいしいものがたくさんあります。24日の献立:甘エビ、めばるの煮付け、エゴ、がんもどきと里芋の煮物など。25日の献立:甘エビ、浅羽かれいの塩焼き、母のお友達が持ってきてくださったお赤飯など]

母がいなくなった空っぽの家は、やはり寂しいものです。でもうめぞうと二人、もう数日間ここでのんびり過ごして、家の生気を取り戻したいと思います。

2012年3月22日 (木)

鉄の女の老と孤独:『マーガレット・サッチャー』

まつこです。

アカデミー賞ノミネートが17回(うち3回受賞)、ゴールデン・グローブ賞ノミネート26回(うち8回受賞)と、圧倒的な演技力を誇る俳優メリル・ストリープ。最新作The Iron Lady(『マーガレット・サッチャー―鉄の女の涙』)を見てきました。やっぱりうまいわ、この女優。

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[映画The Iron Ladyより]

「あれ、メリル・ストリープってサッチャーとこんなに似た顔立ちだったかしら?」と思わせる物真似のうまさはさすがです。でも有名人の物真似というだけではなく、認知症の症状が出始めた老人の不安と孤独をリアルに演じたところに、メリル・ストリープの名優ぶりがいかんなく発揮されています。うつろな目の表情、震える指先、おぼつかない足取り、周囲の人々とのずれ、ふと頭脳の清澄さを取り戻す瞬間の変化、それらが実に細やかに演じられていました。

メリル・ストリープの役者としての技量には誰もが脱帽するところですが、この映画そのものに関してイギリスのメディアは微妙な反応を示しています。フォークランド紛争、金融規制緩和などサッチャーが政治家としてやったことについての批判的な視点がないというのが一方(どちらかというと左側から)の不満。いわば「サッチャーリズム」抜きのサッチャー映画なんて、センチメンタルな夢想にすぎないというわけです。

もう一方(どちらかというと右側)からは、まだ存命中の元首相の認知症をテーマとするのは配慮に欠けているという批判の声が聞こえます。女性読者の多い保守系タブロイド紙『デイリー・メイル』は、最近、近所の公園を散歩中の写真とともに、「元首相はまだ威厳とエレガンスを失ってはいない」という記事を出しました。映画の中で描かれたよりも実際はずっとしっかりしていると主張するのが目的のようです。

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[ロンドンの高級住宅地ベルグレイヴィアに住み、ご近所の公園にたまに出かけるという元首相。3月19日付『デイリー・メイル』より]

老いてなお論争の軸になりうるところがサッチャーの鉄の女たるゆえんでしょう。

メリル・ストリープの演技力の他に、この映画を見ながらもうひとつ感心したのが巧みなメイクアップです。肌がピンとはった40代の教育相時代から、眼光鋭い50代の首相時代、輝きをなくし失脚する60代、あごがだらりとたるみシミが出て手も皺だらけになった老後の80代まで、実にリアル。世界最高水準のメイクアップの力があれば、30歳や40歳くらいは自由に老けたり若返ったりできるのね。アカデミーメイクアップ賞も納得の受賞です。(ちなみにメリル・ストリープの実年齢は60歳くらい。)

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[メリル・ストリープの顔型をもとに、老いたサッチャーの顔型を作り、そこから頬や顎のたるみなどをラテックス素材で作って装着するのだそうです。写真はEW.comより]

老いからは鉄の女でも逃れられない。でも女優はかなり若返られる。加齢に関するその二つの事実をまざまざと見せてもらった映画でした。

2012年3月19日 (月)

ビストロ・マ・メゾン

まつこです。

最近はつまんない週刊誌より、ブログの方が読んで面白いものがたくさんあります。星の数ほどのブログの中で、私が楽しみにしているもののひとつは「7人家族の真ん中で」。介護が必要になったお姑さんやそのお姉さんも同居の大家族の中心で明るく頑張る主婦の日々が、かわいいイラストと鋭い視点で描かれています。

このブログから始まったサイド・サイト「お嫁さんな日々」で見つけた面白いもののひとつがこれ・・・

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[昨日の我が家のメニュー]

ふつうの献立をおしゃれなレストランのメニューに変える優雅な献立表です。

「お嫁さんな日々」は、家族の中で元気に楽しい日々を過ごすためコミュニティ・サイトです。毎日、献立を考え、お料理を作るのは、時に負担に感じられることもあります。そんなときでも、ちょっとした遊び心があれば、負担が楽しみに変わります。

この晩、6時に帰ると言っていたうめぞうの帰宅が10時になった日のメニューは―

前菜:嫁の笑顔

スープ:ポタージュ シンデレラの馬車風

メイン:ンチ・エイング・ムニエル

デザート:グレープフルーツ抜きフルーツケーキ

「ポタージュ シンデレラの馬車風」は、かぼちゃのスープ。「ンチエイング・ムニエル」とは血液サラサラをうながすアジのムニエルです。

うめぞうは最近、血圧を下げる薬を飲み始めたのですが、この薬とグレープフルーツは相性が悪い。それなのにうめぞうがうっかりフルーツのたくさんのったケーキを買ってきてしまいました。降圧剤を飲んでいる方たち、お気をつけください。

前菜、「嫁の笑顔」は材料費タダ。レシピも超カンタン。だけどときどき作るのがめんどくさくなっちゃうものです。でもなにはなくても、にっこり笑って「いただきます」と言うのが何よりもおいしいオードブルです。

2012年3月15日 (木)

京都の冬:永観堂

まつこです。

京都で半日ほど時間があったので、たまには寺社見学でもしようということになりました。当日の京都は、3月半ばというのに、細かい粉雪が舞う寒さです。向かったのは永観堂。南禅寺や哲学の道のそばにあるお寺です。

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[梅の花にときおり白い雪が降りかかる寒い京都です]

このお寺は「みかえり阿弥陀像」で有名だそうです。住職の永観が底冷えのするお堂で念仏をとなえていたところ、阿弥陀像が段から下りてきて永観の前を歩きだしたのだそうです。驚いて立ち尽くすと、阿弥陀像が振り向いて「永観、おそし」と声をかけたと言い伝えられています。

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自分より遅れた人たちも待ってあげる、すべての人に思いやりの気持ちをいだく姿勢がこの像に表れているのだそうです。確かに慈愛に満ちた優しい表情の仏像です。

ときには立ち止まって振り向き、周囲に気配りをし、一緒に歩んでいくことの大切さを伝えているのでしょう・・・と、考えてから反省しました。

私が振り向くときはいつも、「うめぞう、遅いわよ!」と叱咤する表情になっているような気がします。お互いにもう若くないのですから、いたわりあって一緒にゆっくり歩く気持ちが大切です。これからはこの仏像を見習い、にっこり微笑んでから「うめぞう、おそし」と声をかけることにしましょう。

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[阿弥陀堂に続く階段]

山を背景にした阿弥陀堂に続く階段をのぼりながら、さっそくやってみました。うしろを振り向き「うめぞう、おそし」と言ってにっこり微笑む。わずかに微笑むだけでも、こちらの心に余裕ができます。急いでいる時こそ微笑みが大切。

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[縁側から石庭を眺め瞑想するうめぞう]

京都のお寺はどこも庭が丁寧に手入れされていて、すがすがしい気分になります。

母の老人ホーム訪問や出張など、関西に来てもいつも用事だけ済ませてとんぼ返りしていましたが、たまにはこうして寺社など拝観して、心静かなひとときを持ってみようと思いました。

2012年3月14日 (水)

オレンジ・マジック

まつこです。

あの震災の日から1年。多くの人々にとって長く厳しい1年間だったと思います。テレビが被災地の惨状を伝えるのを見ながら、「世界が変わったのだから、私も変わらないといけないわね」と言って老人ホーム入居を決めた母も、住み慣れた郷里を離れてからほぼ1年たちました。

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[今年の3月11日は研究会で関西に来ていたうめぞうと合流し、老人ホームの母を訪ねました。居室のドアはどれも同じなので、目印のため造花やぬいぐるみなどをつけます]

生活空間は広々とした家からこじんまりとした居室へ変わり、耳になじんだふるさとの訛りではなく、聞き慣れない関西弁で話しかけられ、見知らぬ人々に囲まれて暮らす生活。母にとっては大きなストレスだったと思いますが、なんとか無事に1年を過ごしてくれました。うめぞう相手に楽しそうにおしゃべりする母を見て、ほっと一息ついています。

3月11日はたまたたま私の誕生日。多くの人々の命が奪われた追悼の日です。あまり祝賀気分にもなれません。「プレゼント? いらない」と気合の入らない返事をしていました。おまけにこの数日、腰のあたりにだるい痛みが消えません。「ひょっとしてまたギックリ腰かしら、ああ、いやね~、年取るのって。え? 更年期障害かもしれない? やだ~・・・」実に精彩にかける誕生日です。

自粛気分で物欲も封じ込め、夕食までの時間つぶしに京都の人混みをぼんやり歩いていると、うめぞうから電話。「やっぱりプレゼント選ぼうよ! ○○○○のスカーフなんかどう? 僕、今、○○○○のお店にいるんだけど。」それを聞いて、血中のアドレナリン濃度が一気に高まりました。「うめぞう、○○○○のスカーフって高いんだよ! わかってるの?」

プレゼントなんかいらないと言っておきながら、お店に入ったとたん、心拍数はあがり、軽い興奮状態。なんだかんだと言いながら、馬車のマークのオレンジ色の袋を手にしたとたん、ハッと気づきました。腰痛が消えている!○○○○のブティックの中で腰をひねったり曲げたりしてみましたが、痛くもなんともありません。これぞオレンジ・マジック!

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[オレンジ色の袋を手にすれば腰痛も消える。夜の祇園の風情もいいわ!]

腰痛、頭痛、不定愁訴に悩む中高年女性の皆さん、症状の劇的緩和の秘薬は物欲にスイッチを入れるロゴ・マークです。薄いブルーがお好きな方も、白地にきっぱり黒い文字がお好きな方もおられるでしょう。夢と欲望を美しい包装でくるみ込んだ袋をうやうやしく手渡されたとたん、あの悩みもこの悩みも、春の日ざしに照らされた淡い雪のようにまたたくまに消えていきます。(効果ばつぐんのこの処方、劇薬につき、家計の財政破綻を引き起こさない範囲でお試しください。)

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[白木のカウンターでいただく創作フランス料理]

夕食は祇園にあるフランス料理屋さんKezakoへ。伝統的な和食の要素を取り込んだフランス料理をいただけます。フォアグラのコンフィを奈良漬のスライスでくるんだものや小さく切った大徳寺納豆の粒粒が載ったチョコレート・ムースなど、たっぷりおいしいものを堪能しました。やっぱり誕生日って楽しい!

2012年3月 6日 (火)

似顔絵

まつこです。

我が家のブログを開いたとたん、うめぞうが「こわい~」と悲鳴をあげました。『コリオレイナス』のポスターの写真が怖くてブログが読めないようです。

そこで―

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[似てる・・・]

新しい記事を急遽追加します。

ある日、学生の答案を採点していたら、答案用紙のはじっこにこんな絵が。なかなかうまい似顔絵です。いつも牛の顔(豚にあらず)で隠していますが、私の素顔はこんなものです。

これでもうめぞうには、やっぱり怖いかも。

2012年3月 5日 (月)

孤高のアンチ・ヒーロー:『コリオレイナス』

まつこです。

レイフ・ファインズの初監督映画を見に行ってきました。シェイクスピアの最後の悲劇『コリオレイナス』の映画化です。セルビアでロケをし、旧ユーゴ、アフガニスタン、イラク、アフリカなど、不毛な内乱で国土も人心も荒れ果てた現代の歴史を映し出す映画でした。

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[イギリスでのポスター]

レイフ・ファインズが演じるのは冷酷で残忍な軍人コリオレイナス。貧困と飢えに苦しむ市民の不満を武力で抑え込む独裁政権の手先として嫌われていた軍人が、敵対する外国との戦いで戦果をおさめると、一躍国民のヒーローに。けれど大衆を侮蔑する誇り高すぎる軍人は、政治的取引の妥協も、大衆心理への迎合もできず、国を追われ、仇敵の軍隊を率いて祖国に復讐する―。

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[仇敵オーフィディアスを演じるのはジェラルド・バトラー]

いっさいのセンチメンタリズムも許さぬ、暴力と緊張感にあふれた映画でした。主人公レイフ・ファインズの母親を演じるのはヴァネッサ・レッドグレイブ。血に飢えた軍人と、彼を育てた気性の激しい母。誰からも共感されない、誰からも好かれない役を、圧倒的な存在感で二人とも演じていました。

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[名優同士のぶつかり合いの迫力がある母息子の対立場面]

「シェイクピアの登場人物の中で最も愛されない人物だから興味を持った」とレイフ・ファインズはインタービューで語っていました。最後の場面は、トラックの荷台にどさりと放り出される血まみれの主人公の死体。この徹底したアンチ・ヒーローぶりにレイフ・ファインズの役者としての自負がうかがえる・・・

この映画で、唯一不満なのは邦題です。『英雄の証明』なんて一昔前の角川映画みたい。『野生の証明』(1978)と『汚れた英雄』(1982)を足して二で割ったような邦題です。シェイクスピア劇としては『コリオレイナス』では知名度が低すぎるということなのでしょうか。

ま、それ以外は、レイフ・ファインズのファンとしては満足のいく映画でした。しかし、明るくなった客席で隣の席のうめぞうを見たら、青ざめて震えています。生々しい流血場面の連続に貧血を起こしたようです。気の弱いうめぞうを同伴するには不向きな映画でした。蒼白になっているうめぞうを見て、次は何か甘いロマンティックな映画に誘ってあげようと思いました。

2012年3月 2日 (金)

お雛様と『リハビリ・ダンディ』

まつこです。

「弥生」はいよいよ草木の芽が生まれ出る季節という意味だそうです。先日、老人ホームの母を訪ねたら七段飾りの立派なお雛様が飾られていました。

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[お雛様を眺める母]

お雛様を見たら、「うちのはどうなっているかしら。私、もうずっと家に帰っていないの。家はどうなっているかしら」と言い出しました。

母:「あんなところに家があってもどうしたいいかしら。いやね~、ドテッと大きな家があって。イヤだわ。どうしたらいいかしら。」

まつこ:「大丈夫だよ。私が管理しているから。」

母:「あら、そうなの。まあ、ありがとう! よろしくね」

最近は、母のところを訪ねるとこの内容の会話が、少なくとも五回は繰り返されます。しかし「家に帰りたい」と五回繰り返されたら答えに窮しますが、留守宅の心配なら気楽に答えられます。「市の職員が見てくださる」、「私が来週行って様子を見てくる」など、ほどよく虚実交えながら母が安心するような答え方をしておきます。「うめぞうが留守番している」という答えには、「まあ、それなら安心。使ってもらえて良かったわ~」と大いに喜んでいました。

こんな嘘ならそれほど罪にはならないでしょう。でも昨年の三月にはあの家でお雛様を飾って、母も喜んでいたのを思い出すと、寂しい気持ちになります。

超高齢化社会、介護関連の本もたくさん出版されていますが、最近読んで面白かったのは、野坂昭如の奥さん野坂曜子さんが書いたリハビリ・ダンディです。

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[『おもちゃのチャチャチャ』作詞の野坂昭如も80歳を超えました]

介護の経験談ではありますが、夫婦愛の物語としてなかなか感動的。介護の必要に迫られていない人にもお勧めです。男っぽくて破天荒だった夫が、病んで妻のもとに帰ってきた。そのとき妻は夫を自分の世界の中に囲い込んで庇護しようとはしません。あくまで社会にもの申す、とんがった批判精神と美学を持った男として生きてもらうべく、日々リハビリの努力を積み重ねる。明るく笑いながらも、厳しい叱咤激励に、野坂昭如もぼやきつつ無理やりベッドから体を起してリハビリの日々。このダンディな妻にして、ダンディな夫あり。

おおらかでしなやかな知性を持った元タカラジェンヌの妻も、齢七十を超え、自ら骨折も経験し、いわば「老々介護」の段階に入ったようです。それでも今年刊行されたこの文庫本のあとがきには、東北大震災後の日本の社会に向けて、祈りと警鐘の言葉が綴られています。老いた夫婦がそっと寄り添いながら、次の世代に向けてメッセージを送る。あくまでダンディな老夫婦です。

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