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2012年1月

2012年1月26日 (木)

ワイルド・ローズ

まつこです。

通販はお好きですか。真夜中にパソコンに向かい、クリック、クリック、クリック・・・。こうして物欲を満たしておられる人も多いと思います。

最近、私がお取り寄せしたもののひとつはこれ。

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[Laveraのマスク]

年末にベルリンに行った時、ドラッグストアであれこれ買ったビオ系の化粧品や入浴剤の中で気にいったのが、このLaveraのマスク。オーガニックのワイルド・ローズの保湿マスクです。たっぷり顔にのせてお風呂につかるとアロマのリラクゼーション効果もあいまって、翌日は気分もお肌もスッキリ。

日本では売っていないようだったので、ドイツのオンラインのビオ・ショップBIOLOGISCHで購入しました。BIOLOGISCHは日本語の表記もありますが、自動翻訳らしくとってもヘンテコな日本語です。「薦めは買う。他のお客様がかつて一緒に買ったの商品」といった具合。でも意味はわかるし、英語はちゃんとしてますから、ドイツ語ができなくても大丈夫。

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[職場の同僚たちにもおすそ分け]

良い物に出会ったら人にも教えたくなるもの。職場の妹たちにも分けてあげました。仕事のストレスや夜遊びの疲れを解消するために、彼女たちも白いマスクを顔に塗りこめ、ワイルド・ローズの香りにつつまれて、夜中にのんびりお風呂につかっていることでしょう。

2012年1月25日 (水)

寒中お見舞い申し上げます

まつこです。

今日の朝の写真です。

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[朝焼けに浮かぶスカイツリー]

先週まで朝6時は真っ暗でした。それが今週は同じ時刻に朝焼けが見えます。日の出は確実に早くなっています。「ああ、季節は確かに春に向かっている」と思ったものの・・・

日が射して明るくなったら、そこは真っ白な雪景色でした。

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[明るくなったら真っ白]

駅までは、ツルツルに凍結した坂道を下りなければなりません。ガードレールにつかまり、電信柱につかまり、へっぴり腰でおっかなびっくり。

それでも頭上に広がる青空の気持ち良い冬の朝でした。

寒い日が続きますが、春を待ちながら元気に過ごしましょう!

2012年1月24日 (火)

格付け会社とはなにか?

うめぞうです。

金融や国債の危機が表面化すると、一躍注目を浴びるのが債券などの信用度をランクづけして公表する格付け(レーティング)機関だ。アメリカのSEC(証券取引委員会)は現在9つの機関を公認組織(Nationally Recognized Statistical Rating Organizations)に指定しているようだが、じっさいにはS&P、ムーディーズ、フィッチという3つの会社がほぼ市場を独占している。

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[ウォーレン・バフェットはムーディーズ(Moody's Investors Service)の筆頭株主。世界一のお金持ちだけれど、倹約家としても有名。財産の99%を慈善活動に寄付すると公言している]

そのS&Pが先日、フランス国債その他の格下げを発表したことはすでに書いた。フィッチは今年中のフランス国債の格下げはないと言っており、今回の格下げは今のところそれほど大きな影響を与えていないようだ。しかし、おりしもEUの改革案が軌道に乗るかに見えたタイミングでの格下げだ。ドイツでは政治家や経済学者から批判の声が上がった。

昨年12月のEU首脳会議では、英国が拒否権を発動して新条約への合意は得られなかったものの、財政赤字ルール違反国への自動制裁規定、常設の安全網となるESM創設の前倒し、各国中央銀行からIMFへの融資など、とりあえずユーロ圏17か国で改革が動き出した。その矢先のS&Pの発表だった。

S&P側の言い分はこうだ。自分たちは事実に基づき信用リスクの分析を行い、投資家たちの判断材料となる意見を表明しているにすぎない。政治的影響力を行使する意図などまったくない。われわれに過度な影響力を持たせている責任はむしろ政治にある。なぜなら、銀行や投資家を監督するために、資金運用に一定のレーティング条件を課しているのは、われわれではなく政治家だからだ(S&P責任者モーリッツ・クレーマー)。

たしかに年金基金なども、これこれの投資はAA+以上の債券で運用しなければならない、といった規則を設けている。格付けが下がると皆が一斉に反応せざるをえない理由がそこにある。とはいえ、ヨーロッパの政治家や経済学者で、3大機関に根強い不信感を表明する人は少なくない。

理由の第一はその分析能力が低いことだ。現在の危機の源をたどっていくと2007-8年のアメリカのサブプライム・ローン破綻と、リーマンショックにいきつく。しかしS&Pは、事実上のジャンク債にAAAを付けたり、破たん直前のリーマンに投資適格級の格付けを与えたりしていた。これはそれ以前のエンロンやワールドコムなどの巨額破綻企業についても同様だ。今回のEU危機でも、信用度の低いギリシャ国債に彼らは実体以上の格付けを与えていた。いずれの場合も、遅くとも数年前に警告してこそ、プロといえるだろう。皆が浮かれているときにあおり、逃げごしのときに危険を知らせるというのでは素人判断と変わりない。

しかも、「事実」に基づく分析と豪語する割には、格付けの根拠となる事実と分析手法については企業秘密として公表していない。それでも、彼らはそれを「事実の記述」「意見の公表」だと言い張り、けっして「投資の推奨」だとは認めない。それによって責任が回避できるからだ。「この仕組債はトリプルAだとは言ったが、投資しろとは言っていない。投資判断はあくまで自己責任」という論理だ。

理由の第二はそれが寡占状態にある営利企業で、背後に巨大な資本が控えていることだ。S&Pはメディア企業マグロウヒルの子会社だし、ムーディーズにはウォーレン・バフェットが、フィッチにはフランスの大企業フィマラックがついている。はたしてこれが公平な事実を客観的に分析する公共的機関に相応しいステータスだろうか。

しかし、こうした批判とは別に、考えておかねばならないことがある。それは、経済において「事実」とは何か、という経済哲学的問題だ。実体から見ればいつかは破綻するジャンク債であっても、全員が実体に反してそれをトリプルAだと信じれば、そのジャンク債は収益をもたらす有望な債券になりうる。このことは「事実」なのか、「虚妄」なのか。皆が事実だと信じている間は事実で、皆が虚妄だと見抜いた時点で虚妄になるのか。もしそうだとすれば、事実はいつから虚妄になるのか。今日の事実が、明日には虚妄になるとしても、なぜ格付け会社が「今日のところは事実です」と言ってはいけないのか。経済学は、はたして、またどのようして、事実と虚妄を区別できるのか。

格付け会社の功罪は、うめぞうにそんな疑問を次々と投げかける。

まつこの解説

なんだか妻の機嫌が悪い。理由はよくわからないけれど、自分が悪いような気もするので、とりあえず下手に出ておこう。(夫の格下げ)

なんだか妻の機嫌が良い。お夕飯のおかずの種類も多くてうれしいし、自分も良い夫みたいな気がする。(夫の格上げ)

家庭における独占的かつ強力な格付け機関は妻である。妻の機嫌の良し悪しに客観的根拠を求めても、答えのない世界に迷いこむだけである。とりあえずトリプルAの夫になることを目指して生きよう!

ちなみに本物のMoody's Investors Serviceはムードで格付けを決める「気分屋さん」という意味ではありません。創始者がたまたまJohn Moodyという名前だったそうです。

2012年1月22日 (日)

Radio Exercise No.1

まつこです。

寒い日々が続いています。寒いとついつい肩に力が入って、体もこわばりがち。そんなときにはこれ!

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[Bend backwards.]

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[Bend forward to the left foot.]

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[Rotate the whole body.]

お友達のCherryの上司はイギリス人。こちらの職場では毎朝、始業時にRadio Exercise No.1を全員でやることになっているそうです。Radio Exercise No.1、つまり「ラジオ体操第1」です。

YouTubeに英語ヴァージョンがあって、それに合わせて毎朝、オフィスでこのエクササイズをやっているそうです。満開の桜咲く湖畔で、若き乙女たちがラジオ体操。そこに英語で"One, two, three, four..."と指示が流れます。

これを見たうめぞう、「これなら運動と英語学習が一度にできる」と、さっそく今朝から始めました。iPadから流れるあの懐かしいメロディ。さあ、みなさんもやってみてください!

2012年1月17日 (火)

究極の選択

うめぞうです。

アメリカの格付け会社S&Pが、これまで最上級だったフランス国債をついに格下げした。他のユーロ圏8か国の国債も同じく格下げされた。いよいよユーロ危機が正念場を迎えつつあるようだ。

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[ベルリンのドイツ首相官邸の上にも暗雲が・・・。メルケル首相はどう決断するか?]

国債とは国の借用証書だ。その証書にはたとえば100万円と書いてある。そして3年後にその証書をもっていけば国が責任をもって110万円を払いもどすと約束されている。会社と違って、国はそう簡単にはつぶれないから、これは資産運用としてはもっとも安全な手段だ。だから長期の安定的運用が求められる年金基金などは国債で運用しようとする。本来は、格付け会社のランクが下がったくらいで、それほど心配する必要はない。

とはいえ格付けが下がると、100万円の借用証を98万円で売ってでも、今のうちに現金化し、別の金融商品に投じようとする人が出てくる。だったら値崩れする前に売り抜けておいた方が安全だ。皆がそう考えたとき、国債の市場価格は本当に下がる。というわけで、うめぞうが売った時にはすでに95万円になっていたとしよう。

しかし、その時、95万円で買った人は、もし国がつぶれさえしなければ利率が自然と高くなる。なぜといって、満期になればやはり110万円が戻ってくるからだ。95万円で手に入れて、110万円もらえれば、100万円で手に入れて、110万円もらえるよりも高利回りになる。それはそれでよい。問題は、その国が新規に国債を発行するときだ。市中に高利回りの国債が流通していると、それ以下の利率では、だれも買ってくれなくなる。こうして国は利率の高い国債を発行をせざるを得なくなり、借金が雪だるま式に増えていく。一般に国債利率が7%を超えると、もはや借金の棒引き(ヘアカット)をしないかぎり長期的には返済不可能になると考えられている。そうなると国債が一番安全とはいえなくなるから、長期運用している年金基金などが、その国の国債を売り抜けようとして、上の循環に拍車がかかる。

さて、これがギリシャをはじめとする南欧諸国が直面している問題だが、今後EUがとりうる選択肢は4つほど考えられる。そして、どの選択肢を取るかは、かなりの部分、ドイツの決断にかかっている。

第1はユーロ圏の解体だ。今のユーロ水準は輸出大国ドイツにとっては安すぎ、競争力のないギリシャにとっては高すぎる。だからギリシャをいったんユーロから離脱させる。インフレにはなるだろうが、通貨が安くなれば輸出競争力はいずれ回復するだろう。かつてのアルゼンチンをモデルに再起を図る。これが第1のストーリーだ。

しかし、この選択肢をとるなら覚悟しておかねばならぬことがある。ギリシャが旧通貨ドラクマに戻れば、その通貨はすぐに3分の1くらいの価値になるだろう。ということはユーロ建ての借金が即座に3倍になるということだ。こうなると借金は踏み倒さざるを得ず、独仏をはじめ世界の金融機関は大打撃を受ける。自己資本比率を確保するために、銀行は貸し渋りや、貸しはがしに走り、実体経済を冷え込ませる。それだけではない。ギリシャが離脱すると、世界のファンドは次はどこか、と考える。ポルトガル、アイルランドはもちろん、スペイン、イタリアも視野に入ってくる。そしてもし南欧諸国が抜けると、その後のユーロは今より高くなる可能性が強い。そしてそれはドイツの輸出競争力をそぎ、ドイツでも失業者が急増する。さらにまずいことに、こうした結果になるとEU諸国の対ドイツ感情が一気に悪化するだろう。「余力のあったドイツが援助を惜しんだためにこうなった。ドイツは強大になると、やはり自分のことしか考えない国だ」と言われる。そして再びナチの記憶が戻ってくる。これが第1の選択肢に付随するコストだ。

第2は、バズーカと呼ばれる策だ。ヨーロッパ中央銀行(ECB)が最後の貸し手機能をとことん発揮して南欧諸国の国債を無制限に買い支える。こうして一国たりともユーロ圏からの離脱はさせないという決意を示せば、国債の利率は低下するだろう。しかもこれは、各国の議会承認という民主的手続きを要しないため、やる気になれば明日にでもできる。ただし、このバズーカの欠点は長期的にはユーロへの信認を低下させ、インフレ圧力を高めることだろう。ドイツはインフレ恐怖症なので、中央銀行のバズーカについては陰に陽にブレーキをかけているように見える。

第3は、ユーロ債の発行だ。ギリシャやイタリアが単独で国債を売ろうとするから、売れ行きが悪くなり、利率が上がる。ユーロ圏全体で責任を持つユーロ債、あるいはドイツやフランス、フィンランド、オランダ、ルクセンブルク、オーストリアなど、競争力のある国で共通発行する「エリート国債」なら資金調達ができるだろう。それを台所事情の苦しい国に回す。ただし、資金を受ける各国にはこれまで保持してきた予算策定や財政政策に関わる主権の一部を放棄させる。しかし、これはドイツが南欧諸国と文字通り運命共同体になる策だから、ドイツでは一番抵抗が大きい。

第4は、EFSF(欧州金融安定基金)の拡大強化だ。拠出金を大幅に積み増し、ここが発行する債券で資金を調達する。あるいは基金が直接ECBからお金を借り、それを使って借金国の国債を低い利率で買い取ることができるようにする、などだ。EFSFは、近年のうちにIMFのヨーロッパ版であるESM(欧州安定メカニズム)へと発展的に移行することになっているが、この移行を早め、額を上積みする必要がある。多分、今の3倍くらい、200兆円をこえる額にしないと実効性がないだろう。しかし、今でもすでにドイツが27%、フランスが20、イタリアが18%を負担しており、フランス国債が格下げされたとなると、上積み原資を提供できるのはドイツだけだ。

うめぞうは、専門家ではないので、どれが最良の策かはわからない。わかっているのは、いずれの選択肢もドイツにとっては、非常に高くつくということだ。事ここにいたっては、ドイツの納税者があまり負担をせずに危機を切り抜けられる可能性はほとんどない。政府と議会はまずそのことを国民に知らせ、各選択肢とそれに付随するコストを明示するべきだ。そのうえで迅速に政治決断をしなければならないだろう。

ちなみにうめぞうのお勧めは、まずはECBによるバズーカで当面の危機を回避し、あとはEFSF(ESM)の拡大とユーロ債の組み合わせで南欧諸国の経済発展を10年、20年のスパンで見守り、後押しすることだ。ともあれ、第1の選択肢が、もっともコストがかかるということを国民に伝えることが、今、ドイツの政治家に一番求められる。

まつこの解説

お買い物大好きな妻とコツコツ働く夫。ある日、妻が「お買い物しすぎてお金無くなっちゃった」と言い出しました。さて、どうするか?

案1.こんな女とは離婚だ!(非人情な夫だとやがて世間からなじられる。)

案2.仕方がない二人の定期預金をくずそう。(財布のひもが結局ゆるみっぱなしになる。)

案3.しょうがないな、銀行ローンに頼ろう。(妻には信用がないので夫名義の借金となる。)

案4.二人で一生懸命働くことを約束して実家からとりあえず借りる。(妻の実家は空き家なので、夫の実家に頼るしかない。)

どの案でも夫に負担がかかるが、もっとも痛い結果になるのは案1である。

2012年1月13日 (金)

金は天下の回りもの

うめぞうです。

前回の続きをもう少し。

昔から、金は天下の回りものという。働いて金を得た人は、それで物を買い、金は次の人の手に渡る。売り手がいてはじめて買い手はものを手に入れることができる。しかしまったく同様に、買い手がいるからこそ、売り手もまた金を手にいれることができる。これによって売り手は買い手になることができ、また買い手も売り手になることができる。

ところがこの世には、もう一つ別に、「節約は善、浪費は悪」、あるいは「貯蓄は善、借金は悪」という倫理観がある。

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[ケインズ(John Maynard Kaynes)はこんな顔。ちなみにケインズにも弟がいました。軍医でダーウィンの孫と結婚し、イギリス文学研究もした人です]

今ここに、自分の稼ぎを自分で使わずにせっせと貯め込んでいる兄と、その兄から借金をしながら収入以上の消費生活を楽しんでいる弟がいるとしよう。どこの親でも兄を褒め、弟を叱るだろう。だれも兄と弟が互いにもちつもたれつの関係にあるとは思わない。早い話、親は弟に向かって「お前がそうやって消費できるのは、兄さんが働いてお金をためてくれているからだぞ」と説教することはできる。ところが兄に向かって「お前がそうやって働いていられるのは、弟がせっせと消費してくれているからだぞ」とは言えない。だから個人のレベルで見れば、兄と弟は交換不可能で、非対称な存在だ。

ところが経済学の目で見ると、ちょっと話は違ってくる。「弟が収入以上に消費し、つまりは借金ができるのは、兄が収入を使い切ることなく貯蓄をしてくれるおかげだ」という事実と、ちょうどそれを逆にした「兄が収入を使い切ることなく貯蓄することができるのは、弟が収入以上に消費し、つまりは借金をしてくれるおかげだ」という事実はマクロ的にはコインの両面にすぎず、兄弟は相互補完的な依存関係にある。ところがやっかいなことに、弟が兄に依存しているという事実はミクロからの類推ですぐに理解してもらえるが、兄が弟に依存しているという事実はミクロからすぐには類推できないために、なかなか分かってもらえない。

しかし、兄と同様、弟もまた働くばかりで金を貯め、一向に消費をしないと、マクロ的には何が起こるか。たしかにミクロ的には、その一家は資産を増やし、大いに栄えるだろう。父親も自慢の息子を得て幸福だ。ではそういう一族がどんどん増えて一国がすべてそのような家族によって占められたらどうだろう。総所得のたとえば半分が貯蓄に回れば、残りの半分しか消費に回らず、単純に言えば総生産物の半分が売れ残ってしまうだろう。これを売ろうとすれば外国に輸出するほかない。しかしもし外国もまたそんな国ばかりになればどうだろう。多分、兄の会社は物が売れなくなり、兄の給料を下げる。場合によって兄は失業者になるかもしれない。その時になってはじめて、弟が兄の貯金を下ろしてせっせと兄の会社の製品を買ってくれていたことのありがたさが分かる。

うめぞうは経済学者じゃないから、あるいは誤解している点もあるかもしれないが、こうした物の見方を、うめぞうはケインズから学んだ。マルクスとケインズは経済がトータルな循環過程であり、複雑極まる相互依存関係の網の目からなりたっていることをわからせてくれた。こうした観点から見れば、危機のたびに節約と緊縮を一方的に迫り、需要の掘り起しに無策であったIMFや今回のドイツ政府のユーロ救済策は、非常に問題が多い。墓の中のケインズはきっと嘆いているはずだ。「金は天下の回りもの」、「江戸っ子は宵越しの金を持たない」なんて日本のことわざを耳にしたら、ケインズは江戸時代の日本人こそは、経済学の本質をもっともよく理解していた人々だったと膝を叩いて喜んだことだろう。

まつこの解説

私がお買い物をするとミクロ経済(我が家の家計)では貯金が減るが、マクロ経済のレベルでは需要拡大、経済活性化という貢献をしたということになる。フフフ、今日買ったのはSee by Chloeのセーターです。

2012年1月10日 (火)

ユーロ危機

うめぞうです。

皆様、あらためて新年おめでとうございます。

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[メルコジは同床異夢?それとも呉越同舟?]

まつこは今年も、介護ブログの看板の陰にファッション・グルメ・旅行情報をたっぷり仕込んで、忙しい皆さんにささやかな息抜きの時間をお届する魂胆のようだ。そこでうめぞうも、その間をかいくぐって、迷惑にならぬ程度に世界を語っていきたい。

目下、うめぞうの頭を占拠しているのは昨年来のユーロ危機だ。おかげでまつこは食事のたびにメルケル政権の経済政策の過ちについて演説を聞かされる。

今、ドイツの大衆はおよそこんなふうに考えている。「産業競争力のないギリシャが分不相応な過剰消費をして膨大な借金をこさえた。その間、ドイツ人は賃金を抑制しながら勤勉に働いた。なぜそのドイツ人が怠け者の借金の肩代わりをしなければならないのか。競争力のない南欧諸国がユーロ圏にとどまりたいなら、まずは徹底的な節約(シュパーレン)をしろ。シュパーレン!シュパーレン!シュパーレン!その成果が見えるまでは安定化基金の拡大もユーロ債の発行もまかりならん。」

まあ、ドイツの一般庶民がそんな気分になるのは、ある程度理解できる。しかしこのような誤解を正して、事の真相を説明するのが政治家の任務だ。それを現政権は全く果たしていない。

真相についてのうめぞうの理解はこうだ。

たしかにアメリカも南欧諸国も、借金をしながら分不相応な消費をした。しかしそこで何を買ったのか。実は、抑えられた給料で懸命に働いたドイツ人や日本人や中国人の作った製品を買ったのだ。これらの黒字国の輸出競争力は、ほかならぬ赤字国の過剰消費に支えられていた。しかし今、アメリカにも南欧諸国にもその余裕はなくなった。シュパーレン、シュパーレン、シュパーレン。

ではいったい、これから黒字国の輸出産品は誰が買うのか。答えは一つ。黒字国の大衆自身が買うほかない。ところが過去20年間の統計を見ると、日本ほどではないが、ドイツも先進国の中では労働分配率が目立って低い。未曽有の貿易黒字をため込んでいるドイツは大幅な賃上げをして需要を喚起しなければ、日本の二の舞になる。

黒字国の人件費抑制策は、需要不足と輸出依存と通貨高を招くだけで、経済を疲弊させる。この需要不足のもとでインフレなど生じようがない。せっかく日本が痛みをもって証明したこの事実から、ドイツはまったく学んでいない。なぜ学ばずにいられたかといえば、ひとつはドイツの輸出競争力に見合ったユーロ切り上げが生じなかったからだ。ドイツがもし南欧諸国と別々の通貨を使うようになれば、その通貨は日本円やスイスフランと同様に、たちどころに切りあがり、中国・北米市場で日本相手に苦戦することになるだろう。

つまり、ゆるゆるの南欧と運命共同体になったことで、最大の利益を得てきた国は、ほかならぬドイツなのだ。それをちゃんと国民に説明し、これ以上、上から目線で南欧諸国にシュパーレンを喚呼することをやめる。そしてギリシャを太っ腹に救済し、国内の労働分配率を上げて需要を喚起する。これこそ正しい政策だ。ドイツがその意志と政策を明確にすれば、イタリアやスペインの国債利率はすぐに下がるだろう。

2012年1月 8日 (日)

ベルリンで食べたもの

まつこです。

昨日1月6日のエピファニー(顕現日)でホリデー・シーズンも終わり。我が家もクリスマス・ツリーを片付けました。今日、1月7日は七草粥で胃腸の調子整えるべきだったのですが、いつも通りの食事。ベルリンから帰国してすぐにおせち料理だったため、年末年始にすっかり体重が増えてしまいました。

ベルリンで食べたものの一端を記録しておきます。

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[1989年までは空き地にポツンと残されていたHuth Haus]

大戦で徹底的に破壊されたあと西ベルリンの街はずれになってしまったため、ポツダム広場周辺には古い建物はほとんど残っていませんでした。わずかに残っていたHuth Hausという19世紀のワイン業者の建物をダイムラー・ベンツが買い取って「ダイムラー・クライスラー・シティ」と呼ばれる高層ビル群の一部として、この古い建築物を温存しました。

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[再びワインハウスとして使われている古い建物]

その古い建物の1階は、今日再びLutter und Wegner(ルッター・ウント・ヴェグナー)というワインハウスとして使われています。クリスマス・イヴにはこちらでディナーをいただきました。

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[ウィーン風の仔牛のカツレツとランプ・ステーキ]

私はドイツに行ったらWiener Schnitzel(ウィーン風仔牛のカツレツ)を食べると決めています。カロリーが超高いことは承知の上で好物です。日本のトンカツより衣のパン粉が細かくて好きなのです。このLutter und Wegnerのカツレツもパリッとしていてとてもおいしかったです。

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[ワイン業者らしい内装]

Lutter und Wegnerも古い歴史を持つワイン業者です。ドイツではスパークリング・ワインのことをSektと言いますが、このLutter und Wegnerがこの名称を使い始めたそうです。

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[伝統的なドイツ風デザート]

食後にアップフェル・シュトゥルーデルをいただきました。温かいデザートです。これもパリッとしていて、甘みがさっぱりしていてとてもおいしかったです。

旧東ベルリン市内だったGendarmenmarkt(ジャンダルメン広場)は、17世紀にフランスから宗教迫害を受けた新教徒ユグノーが亡命して住み着いたエリアです。そのユグノーのための教会(フランスドーム)やリセも作られました。東京の神楽坂やロンドンのサウス・ケンジントンにも似たフランス租界ふうのおしゃれな地域です。

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[教会の外側から半地下に入った居心地の良いレストラン]

このジャンダルメン広場のコンツェルト・ハウスで『第九』を聴く前に、Refugium(避難所)という名前のレストランで食事をしました。フランス・ドームの一部を利用した雰囲気の良いレストランです。

こちらはおそらくもともとはフランス料理屋さんだったのでしょうが、HPを見ると「地域の新鮮な材料を使い、中東やアジアの味をとりいれたインターナショナルな料理」を提供するとのことです。いわゆる「モダン・ジャーマン」と呼ぶ人もいるようです。

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[上が私の食べたチキン。下のうめぞうが食べた魚料理はそれほどの新奇性はありません]

私は鶏胸肉の料理を選びました。付け合わせがアジアふうでした。日本そばを柔らかくゆでてバターでソテーしたものと、中華風野菜炒めです。小さな器に入っていたソースはテンメンジャン風味のような照り焼きソースのような甘さです。遠くアジアの祖国を思い出させる味です。「避難所料理」と名づけましょう。

おいしいウィーン風カツレツがあると聞けば、たとえ寒い湖畔でもぜひ行きたい!ベルリン在住の方がブログで推薦していたEngelbeckenというお店に行ってみました。ベルリン市内やや西部の住宅街のリーツェン湖のほとりです。

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[住宅街なので家族連れも多いフレンドリーな雰囲気の店内]

ナチュラル・モダンのインテリア。長い白木のテーブルで、別のお客さんと相席します。私たちと一緒のテーブルに着いたのは、フランス人男性とドイツ人女性の二人連れ。フランス人男、フランス語なまりの強いドイツ語で、終始、口説きっぱなし。最初は女性の方はその気なし。けれど食事が進むにつれ、ややいい雰囲気に・・・。

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[さあ、食べるぞ!]

隣の会話が気になりつつも、カツレツが運ばれてきたら食事に集中。熱々をパクパク食べてこそおいしいカツレツ。かなりな大きさですが、残さずおいしくいただきました。うめぞうが食べたビオの子羊の肉団子の焼いたのもおいしかったです。

ベルリン滞在、最後の夜は、ベルリン・フィルを聴いた後、軽くワインをいただきました。ポツダム広場にはもう一つ、戦災で焼け残ったカイザーザールという古い建物があります。こちらはガラスで覆ってソニー・センターの一部になっています。そこにもLutter und Wegnerのワインハウスが入っています。

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[音楽に酔った後、ワインでもう一度ほろ酔いに。ワインがすすむおつまみセット]

夜1時までやっています。宿泊していたホテルの目の前なので、ハム類やチーズのプレートをおつまみにしながら、夜更けまでいろんなワインを飲み比べました。ちょっとくすみのある味のリースリンクがとてもおいしかったです。

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[深夜に禁断のデザート]

こんな深夜に甘いものは美容にも健康にも良くないと、若干、気がとがめながらも、デザートにケシの実のシュトゥルーデルをいただいてしまいました。こちらも温かくて、風味があって、外側がパリッとしていておいしかったです。

心もお腹も満ち足りたベルリン滞在でした。

2012年1月 6日 (金)

ベルリンでお買いもの

まつこです。

仕事も再開し、クリスマス休暇の思い出も急速に遠ざかりつつあります。

ベルリンのドラッグストアで買ったビオ系の化粧品や入浴剤は、使用方法がドイツ語で書かれています。私があてずっぽうに買ったものは、自家用サウナのアロマ剤でした。サウナなんて、もちろん自宅にありません。これは失敗でした。

でも成功した買い物もあります。

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[カイザー・ヴィルヘルム記念教会の内部]

西ベルリンのもっとも華やかなショッピング・ストリートのそばに廃墟になった教会が建っています。戦争の悲惨さを伝えるためにあえて廃墟として残したカイザー・ヴィルヘルム記念教会です。廃墟のそばに建てた新しい教会の内部は鮮やかな青色のステンド・グラスが印象的です。

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[お店の外観もかわいい]

この教会のそばのヴァイナハツ・マルクトで、かわいいクリスマスの置物を見つけました。Hubrig Volkskunstという会社が作っている、小さな小さな置物です。

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[一つ一つでもかわいいけれど、三つ並べると「風景」になってもっとかわいい]

古き良き時代の雰囲気を伝えるようなちょっと渋い色使いと、微細な部分まで凝っているデザインにひかれました。これを見ていると子どもの頃、ケストナーの『飛ぶ教室』を夢中になって読んだ日のことが思い出されます。雪の中でも生き生きとした友情をはぐくむ少年たちの物語です。

このクリスマスの子どもたちはシリーズになっていて、毎年少しずつ新作が出るそうです。プレゼント抱えて喜色満面の女の子、大きな雪だるまを作って満足そうな男の子など、寒い国の暖かなクリスマスを彷彿とさせる置物です。少しずつ買い足して村のクリスマスみたいにしたいなと思っています。

ドイツではクリスマスの後、12月27日からセールが始まるようです。ベルリンに来たらやはり寄るべきはこのデパート、Ka De Weです。私は結局二日続けて通ってしまいました。

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[Ka De WeはKaufhaus des Westensを省略した名前だそうです]

初日にうめぞうのパジャマを買ったので、二日目は自分のもの。なかなかの収穫でした。

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[買った当日からさっそく活用。『第九』を聴きに行ったコンツェルト・ハウスで]

Paule Kaのワンピースは半額。ニットとレザーとツイードでスカートとセーターのように見えますが、ワンピースです。手にしているChloeのバッグはユーロ安を実感して購入決定。

ベルリンでフレンチ・ブランド買うなんて・・・と思っていましたが、ユーロ危機に瀕し今や「メルコジ政権」と呼ばれるほど密接な協力関係にある独仏両国。ベルリンでクロエ購入はヨーロッパ統一の理念の証しです。

店員さんは概して愛想が良く(一昔前のドイツとは様変わりしています)、英語も通じ、物価が全体に安いという印象です。ベルリンは期待以上にお買いものの楽しめる街でした。

2012年1月 4日 (水)

ベルリンの夜

まつこです。

今回の帰国はロンドン経由。12月31日の昼ごろヒースローを発ち、1月1日の朝、成田に到着しました。正確にはいつどこで2011年から2012年に変わったのかわかりにくいのですが、ヒースローを発ってしばらくすると、日本時間に合わせて「2011年になりました。あけましておめでとうございます」という機内アナウンスが流れました。

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[今年の初日の出は飛行機の窓から眺めました]

ベルリンでの最終日は朝、少しだけ雪がちらつきました。でもこの時期としては今年の年末年始のベルリンは例外的な暖かさなのだそうです。

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[ブランデンブルク門。ジルベスター(大晦日)にはこのあたりに何十万人もの人が集まるそうです]

30日にはブランデンブルク門の周辺の広場で大晦日のイベントの準備が進んでいました。かつてはブランデンブルク門のところに東西を隔てる壁が建っていました。25年前に私が西ベルリンを訪れた時には、この門の上の馬車を後ろからしか見ることができませんでした。4頭立て馬車の馬のお尻が並んでいる景色が印象的でした。今回は表側から見れてうれしかったです。

ベルリンの中心の観光客でにぎやかなブランデンブルク門。そのすぐそばに広がっている記念碑が目に入った瞬間、息をのみました。四角いコンクリートが延々と並んでいます。終戦から60年目の2005年に完成したユダヤ人迫害記念碑です。

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[ユダヤ人迫害記念碑]

このコンクリートのオブジェは幅は95センチ、奥行きは2メートル35センチにそろえられているそうです。装飾を排したのっぺらぼうの灰色の棺がいくつもいくつも並んでいるように見えます。

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[どこまでも続くコンクリートのオブジェ、総数は2711]

地面はゆがんで湾曲しています。灰色の直方体の高さは不規則で、奥に行くにつれ次第に高くなっていきます。

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[奥に行くほど高くなる灰色の直方体]

吸い込まれるようについつい奥まで歩いて行きたくなります。

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[次第に深くなるコンクリートの森]

細い通路を歩いていくとコンクリートの直方体は、やがて背の高さよりはるかに高くなります。まるで灰色の迷路の中に迷いこんだ気分です。

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[光のさしこむ灰色の世界]

けれどそこにまっすぐな光がさしこんでいます。灰色の世界に一条の希望の光がさしこんでいるようにも感じられます。

単純なようでいて複雑。思考停止しそうな空間でありながら、いろいろなことを感じさせる場所でした。

今回のベルリン滞在最後の夜はベルリン・フィルの演奏会を聴きに行きました。指揮者はサイモン・ラトル。ピアニストはエフゲニー・キーシンです。

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[カラヤン・サーカスとも呼ばれるベルリン・フィルハーモニー。その前の通りの名前はヘルベルト・フォン・カラヤン・シュトラーセ]

グリークのピアノ協奏曲と、ラベルやブラームスなどオーケストラによる舞曲を中心にしたプログラムでした。統一された響き。大胆に繊細に自在に変化する音楽。一糸乱れることのない完璧な演奏。圧巻でした。

この日のチケットは12月4日に売り出されました。当然ながら即日完売。当初はネットで販売されるとのことでしたが、アクセスが多すぎるせいか当日のベルリン・フィルのHPは開くことさえできず、ようやく開いたら「電話購入のみ受け付ける」と記載内容が変わっていました。国際電話で何度かけてもなかなかつながらず、ようやくつながってもドイツ語の自動音声が延々と流れるだけ。うめぞうが文字通り手に汗して受話器を握りしめ続け、ようやく手に入れたチケットでした。

例年になく暖かな冬とはいっても、冷たい風が吹き付けるベルリンの年末の夜。凍える冬の夜でも、華やかなベルリン・フィルのコンサート・ホールを後にする聴衆は皆、聴いたばかりの多彩なリズムにあふれた音楽に興奮して頬を紅潮させているようでした。

2012年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます

ウメマツです。

あけましておめでとうございます。

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[かつてのライヒスターク(帝国議会)は、今日ではブンデスターク(連邦議会)と呼ばれています]

1986年にベルリンを訪れたとき、まさかその数年後に壁が崩され、東西ドイツが統一するとは予測できませんでした。それから20年余を経て、ベルリンは刻々と変貌する都市となっていました。

ベルリンの日本大使館の横の通りは「ヒロシマ・シュトラーセ」(ヒロシマ通り)という名前です。市民運動家の提案により、戦死した海軍提督の名が冠せられていた通りの名前を、平和を祈念してヒロシマ・シュトラーセと改名したのだそうです。動乱の歴史を経たからこそ、ここに住む人々の強い平和への意志を感じます。

ポスト・フクシマ2年目を迎えて、ウメマツも日々の生活を大切にしながら、社会や歴史のことも前向きに考え続ける年にしたいと思っています。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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