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2011年12月

2011年12月30日 (金)

ベルリンの『魔笛』

まつこです。

街を歩いていたら、『第九』演奏会のポスターが目に入りました。ベートーヴェンの『第九交響曲』とチャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』というおなじみの曲の組み合わせです。コンシェルジュに切符を取ってもらい出かけました。

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[豪華絢爛なコンツェルト・ハウスの内部]

何の予備知識もなく出かけたら、予想外に素晴らしい音楽会でした。到着した晩にクリスマス・マーケットを見に行ったジャンダルメン・マルクトにあるコンツェルト・ハウスは19世紀前半に設計された建物です。豪華な内装で、残響が長めで、たっぷりと音を楽しむことができました。

以前、ヴェニスで「イ・ムジチ」の演奏会だと思って行ったら、「ヴェニス・イ・ムジチ」という観光客相手のアマチュアみたいな楽団で、うめぞうと大笑いしたことがあります。今回はBrandenburgisches Staatsorchester Frankfurtとポスターに書いてありました。「フランクフルトなの? ブランデンブルクなの? よくわかんないオーケストラだね」と私は、ヴェニス・イ・ムジチみたいなものを覚悟していました。

うめぞうに聞いたところ、ドイツ東部のブランデンブルク州にもフランクフルト・アン・デア・オーデルという小さな町があり、国際空港のある大都市フランクフルトとは別なのだそうです。

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[客席のうめぞう]

この小さな町のオーケストラ、柔らかな音色でぴったりと息のあった演奏を聞かせてくれました。指揮者はハワード・グリフィス。協奏曲のヴァイオリンは、3代続くヴァイオリニスト一家のドミトリ・コーガン。観光客相手の余興どころではなく、ちゃんとした音楽会でした。

当日にふらりと出かけ、水準の高い音楽を楽しめるなんて、ベルリンの底力です。一方、翌日は、3か月前から楽しみにしていたオペラに出かけました。こちらも予想通り、素晴らしい経験でした。

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[ウンター・デン・リンデンのオペラ・ハウスは改修中]

「いつかベルリンのシュターツ・オパーで『魔笛』を観てみたいな~」と、私が日頃から繰り返し言っていたのが、今回の旅のきっかけです。うめぞうが9月のある日、突然、「12月29日のベルリンの『魔笛』のチケット買ったよ」と言い出しました。日頃、威張られる一方なので、たまには妻を驚かせようというびっくり企画です。

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[シュターツ・オペラは現在はこちらのシラー劇場を拠点にしています]

ウンター・デン・リンデンのオペラ・ハウスは修復中で、シラー劇場での公演です。昼の回だったので、子供たちがたくさん来ています。でも子供用の軽い演奏などではなく、どの歌手も艶のある歌声で正確かつ表情豊か。演技もうまい。堪能しました。

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[開演前の舞台。艶のある黒い床の前舞台もうまく演出に取り込んでいました]

演出は大がかりで、衣装も豪華。古代の神殿や岩山などの装置で光と闇のファンタジーの世界を作り出します。恐怖や憎悪を勇気と秩序で超越する精神性が表現される一方、娯楽性もたっぷりの演出です。巨大なワニやカバやライオンが魔法の笛の音を聞いて可愛らしくダンスをする場面は、客席に笑いがあふれます。

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[3ヶ月間、待ち続けていた『魔笛』の公演のあと、大満足のまつこ]

しかし今回、ウメマツが特に心奪われたのはザラストロ役のアレクサンドル・ヴィノグラードフです。それほど大きくはない体躯から、太く低い歌声が流れだすと、すべてのものが安らぎに包まれます。顔も整った美形。最前列で聞いていた私たちの目の前で、この美形からこの美声で柔らかなメロディが流れてきたときには、ウメマツはあのカバやワニと同じように魔法にかかった気分になりました。

さてベルリン滞在も残すところあと一日です。最終日にも大きな楽しみが待っています・・・。

2011年12月29日 (木)

東独ノスタルジー

まつこです。

旅行6日目、うめぞうの風邪もなおり、ベルリンのお天気もようやく良くなりました。そこで二人で街歩きをすることにしました。

まずはポツダム広場の高層ビル最上階の展望台からベルリンを一望します。

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[こちらが西]

かつての西ベルリンの方向にはティア・ガルテンが広がっています。

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[こちらが東]

こうして比べてみると、東の方向が灰色っぽい古びた街であることがはっきりします。

けれど今、街歩きをすると圧倒的におもしろいのは旧東ベルリンのエリアのようです。開発から取り残された建物がたくさん残っていた東側のエリアが、統一後、その古さをうまく利用しておしゃれな街へと変貌したのです。

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[ハッケンシャー・マルクト駅。この駅舎もレトロでおもしろい]

そういう東側のおしゃれなエリア、シュパンダウ・フォアシュタットに出かけてみました。かつての「国境の駅」で地下鉄を乗り継ぎハッケンシャー・マルクト駅で降ります。

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[タイルを使って装飾をほどこしたホーフ]

ここではホーフという集合住宅の中庭を使って個性ある街が作り出されています。いくつもの中庭をつなげて、そこを素敵なカフェやブティックやギャラリーなどとして使っています。すごくかわいいお店や洗練されたインテリアのお店が続いています。

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[こちらはアクセサリーのお店]

ベルリン発の頭角を現したデザイナーのブティックなどが入っているようです。

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[こじんまりした居心地のいい中庭です]

表参道にあった同潤会アパートにもちょっと似た雰囲気です。「古めかしいものがおしゃれでかわいい!」という発想で街が再生しています。懐かしい気分がホーフに漂っています。「東独ノスタルジー」とでも呼びたくなる雰囲気です。

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[アンペルマンの真似をするうめぞう]

「東独ノスタルジー」の代表がアンペルマンでしょう。アンペルとはシグナルの意味だそうです。アンペルマンは東ドイツの交通信号です。シンプルでかわいいデザインです。ショップには様々なアンペルマン・グッズが売られていました。

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[スーパーの袋をぶら下げて灰色の街を歩くアノラック姿のうめぞうは、東ドイツの中堅公務員にも見えます。背後にテレビ塔が見えます]

「東独ノスタルジー」のもう一つの象徴はテレビ塔。どこを歩いてもこの塔が見え、過ぎ去った東ドイツの時代を思い出させます。

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[テレビ塔はユダヤ人墓地も見下ろしています]

この界隈は中世以来ユダヤ人の居住区だったところだそうです。ここにあるベルリン最古のユダヤ人墓地はナチスによって破壊されたそうで、今はぽっかりと何もない静かな空間になっています。

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[新シナゴーグ。ここで写真を撮ったらすぐに警察官が寄ってきました]

再建された新しいシナゴーグもあります。ネオ・ナチの襲撃を警戒してか、立ち入りが制限され警察官が警備していました。

ベルリンでは今、東ドイツの国家評議会が開かれていた共和国宮殿跡にプロイセン王宮を再建しようという計画もあるそうです。この再建計画に関しては、プロイセン軍国主義を連想させるという理由で反対の声もあるようです。

東ドイツも、その前の時代も、歴史の流れの中で遠景化された時に初めてノスタルジックな回想の対象となりえます。現在が豊かで平和な時代だからこそ、暗い過去の時代の遺産を復活させたり保存ししたりしようという機運が出てくるのだろうなあ、と旧東ベルリンを歩きながら思いました。

2011年12月28日 (水)

理性の声

まつこです。

今朝もうめぞうは風邪気味。一人でショッピングに出かけようとする私に、うめぞうは「カードと鍵と理性を忘れずに持って行ってね」と声をかけてくれました。確かに買い物に行く時にクレジット・カードと冷静な理性は必携です。

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[老舗のマイセン。堂々たるメイン・ストリート、ウンター・デン・リンデンに店を構えています]

まずは直球ど真ん中、ウンター・デン・リンデンのマイセンへ。繊細な彩色のなされた美しい陶器の数々。でも「見るだけ、見るだけ」という理性の声が聞こえました。

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[マックス・マーラやグッチなどおなじみのブランドが並ぶフリードリヒ・シュトラーセ]

次に東西ベルリン統一後、最もおしゃれで高級感あふれるショッピング・ストリートに変わったといわれるフリードリヒ・シュトラーセへ。ギャラリー・ラファイエットで、セールス価格になっていたラルフ・ローレンやババーリーのお洋服に心がグラリと動いたものの、「なぜベルリンまで来てパリのデパートの支店でアングロ・サクソンのブランドの洋服を買うんだ?」という理性の声が聞こえました。

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[統一後新しく作られたショッピング・モールです。東ドイツ時代を超えてワイマール時代を復活させたような豪華なインテリア]

ギャラリー・ラファイエットの並びのクヴァルティーアという名前のアールデコ風の豪華な内装のショッピング・モールにはルイ・ヴィトンやバリーなどの高級ブランドが入っています。ここでドイツ・ブランドであるストラネスでセーターを手にしたところで、「黒やグレーのタートル・ネックのセーターならすでにいくつも持っているではないか?」という理性の声が聞こえました。

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[今日の収穫はこれ。初めて食べたカリー・ヴルスト。付け合わせのザウアー・クラウトもおいしかったです]

捲土重来を期し、夕刻は少し元気になったうめぞうも誘い、デパートのKaDeWeまで出かけましたが、結局そこで買ったのはうめぞうのパジャマだけ。 ヨーロッパ随一とされる食品売り場のイート・イン・コーナーでベルリン名物カレー・ヴルストを食べて帰って来ました。

どうも今日一日は「カードと鍵と理性を持って行け」といううめぞうのまじないが効力を発揮したようです。出かけるときは忘れずに、アメックスと理性。

しかし、このまじないの効力が二日以上続くかどうかは別問題でしょう・・・。

2011年12月27日 (火)

Ich bin ein Berliner!

まつこです。

うめぞうが風邪をひいてしまいました。疲れと寒さのためでしょう。こういう状況で、貴重な旅の一日を無駄にしないためには、夫をホテルに一人残し、妻がショッピングを謳歌するというのが最善策です。夫は妻の買い物に付き合わされるという苦行から解放され、妻は夫の視線を気にすることなく買物三昧。これぞ一挙両得。ところが・・・

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[どこも出かけるところがないなら朝から飲んじゃえ!]

ベルリンではクリスマスの翌日にはお店はほとんど閉まっているのです。ロンドンだと12月26日のボクシング・デーは冬のセールの第一日目で大騒ぎなのに。

仕方なく朝からシャンパンなど飲む私。今、宿泊しているホテルの朝食ビュッフェはなんと、シャンパン飲み放題なのです。スモークト・サーモンや生ハムも種類豊富に並んでいます。ゴホゴホ咳をしているうめぞうとは無関係に、朝から一人パーティ状態です。

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[ゲメルデ・ギャラリー(絵画館)の建物はすっきりとしたデザインの建物に向って、アプローチが緩やかに傾斜しています]

朝食後、調べてみるとデパートは閉まっていますが美術館は開いていることが分かりました。酔いざましもかね、徒歩5分ほどのところにある絵画館まで一人出かけてみました。

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[今日のお気に入りの一枚はカラヴァッジョの『愛の勝利』。フラッシュをたかなければ、写真も自由に撮れます」

これが予想以上に素晴らしい美術館でした。戦後東西ドイツに分散していたプロイセン王家のコレクションを、ドイツ統一後この絵画館に集めたのだそうです。ボッティチェリ、ラファエロ、フェルメール、レンブラント・・・。人の少ない静かな広々とした空間でじっくり見ることができます。

夜は少し元気になったうめぞうと二人、ドイツ語のミュージカルを見に行きました。ウード・リンデンベルクというドイツで人気のロック歌手の歌を土台にしたミュージカルです。

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[タイトルのHinterm Horizontは『地平線のかなたに』という意味らしいです。ドイツ語のミュージカルを楽しめるかどうか、劇場に入る前はちょっと不安だった私ですが・・・]

東西に壁で分断されていた時代、1983年に東ドイツでライブ・コンサートを行い東側の若者たちの熱狂的な歓声を受けた歌手がウード・リンデンベルクです。(なんとなくジュリーのスター性と内田裕也のアナーキーな感じを合わせたようなイメージに見えました。)その歌手が東西の壁を超えて東側の若い女の子と恋に落ちる。

ドイツの人たちにとってはおなじみのヒットメドレーに乗って、若者の恋とその後の再会がベルリンの分断と統一の歴史を背景に描かれるという趣向のようでした。うめぞうから解説はあらかじめ聞いておいたのですが、いかんせんドイツ語なので、細かい展開がよくわからない。

それでもドキュメンタリー・フィルムの映像が舞台の人物たちと巧みに組み合わされている演出に助けられ、ある程度は想像がつきました。鉄条網をはさんで別れを告げ涙を流す家族や友人。命がけで亡命する人。社会主義国の広場で整然と演じられるマス・ゲーム。ホーネッカーの演説。そして歴史の波が大きくうねって東西統一へ。人々の熱狂の中、ブランデン・ブルク門が花火で明るく照らしだされる。

群衆の歓喜の中、ウード・リンデンベルクの熱い歌声が流れると、それまでぼんやりと舞台を見ていた私も、ここで一気に気分だけはベルリン市民。"Ich bin ein Berliner!"(私もベルリン市民!)と心の中で叫び、東西統一を喝采したのでした。

2011年12月26日 (月)

神様の音楽

まつこです。

「石炭をばはや積み果てつ・・・」で始まる文語の近代小説『舞姫』に国語の授業で苦労させられた、という人も多いのではないかと思います。国費で留学するエリート官僚が伯林の古寺の前で薄幸の美少女エリスと出会う。

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[ベルリンはクリスマスの朝も霧雨におおわれています]

その「古寺」は13世紀に建立されたベルリン最古の教会、聖マリエン教会ではないかとされています。ベルリンで迎えたクリスマスの朝、ウメマツはこの教会の礼拝に行ってきました。東ドイツが社会主義国家の威信を誇示するために作った高さ365メートルのテレビ塔の足元に立つネオ・ゴシック様式の教会です。

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[天使の像に囲まれた説教壇]

清潔感のある明るい教会内部。見事な装飾のなされた説教壇で語られるお説教は、ドイツ語を解さない私には全然意味がわからないのですが、明瞭な美しいドイツ語が会堂に響くのを聞くと、自然と敬虔な気分になります。

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[聖餐を受けたあとのうめぞう。祭壇にもクリスマス・ツリーが飾られています]

うめぞうは聖餐も受けました。信徒ではない私は、いつも思うのですが、ワインの回し飲みみたいな聖餐の儀式は、感染症予防の面ではいかがなものか・・・。インフルエンザが流行ったら聖餐式参加は控えた方が良いのではないでしょうか。

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[とても美しい音色のオルガンが教会を満たします]

礼拝に参加する楽しみは音楽です。この日は頭上から流れてきたオルガンとコーラスの美しさに度肝を抜かれました。オルガンというと重厚な響きを想像しますが、聖マリエン教会のこの日のオルガンは透明感のある音で、そこに澄んだ歌声が重なり、一瞬にして心洗われる気分になりました。

夜はシュターツ・オパーでオッフェンバックの喜歌劇『地獄のオルフェウス』を見に行きました。日本全国の小学校の運動会で使われるフレンチ・カンカンの軽快な音楽で親しまれているあのオペラです。

東ベルリンにあった壮麗なオペラ・ハウスの建物は今は改修中で、西のシラー劇場という市民会館みたいなところにシュターツ・オパーは拠点を移しています。

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[オペラにしては雰囲気が地味なのがちょっと残念]

神様は神様でも、こちらは恋愛好き、酒好きが集まったギリシアの神々。神話上理想の夫婦とされるオルフェウスとエウリュディケが、双方、浮気者で離婚したがっているというパロディです。

工事現場みたいな雑然とした舞台セットが、その辺に散らかっている大道具を動かすと飛び出す絵本みたいに変化するという、おもちゃっぽい演出がなかなかおもしろかったです。

時差の解消に失敗してこの時間帯に眠気の絶頂がきてしまった私には、ドイツ語のセリフは子守唄。ところどころ記憶がとんでいるのですが、"You know, you know I love you..."という歌声で、ハッと目を覚ましました。「なぜここだけ英語なの?」

ギリシア・ローマ神話の主神ジュピターはドイツ語ではユピテル(Jupiter)。奥さんはユーノー(Juno)です。女ったらしのユピテルも奥さんには頭が上がらず、「ユー・ノー・アイ・ラヴ・ユー」(愛しているのは君さ)と言い訳がましく連呼します。Junoもyou knowも同じ発音なのを使った言葉遊びです。

最前列で見ていた私たち。ユピテルのお気に入りの女たちのむき出しの太腿がずらりと並んで歌い踊るのを食い入るように見ていたうめぞうは、終幕後、ユピテル同様のデレッとした顔つきになっていました。

2011年12月25日 (日)

ポツダム広場

まつこです。

ベルリン訪問は私は今回が2回目です。前回は1986年。もう25年も前のことです。ベルリンは壁で東西に分断されていました。そのとき観光客として壁を「見学」し、壁は1枚ではなく2枚あることを初めて知りました。2枚の壁の間に警備兵が監視するかなり広い無人地帯があって、その向こうに灰色の東ベルリンの街が見えました。東ベルリンはずいぶん遠くに見えたものです。

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[観光客の記念撮影場所になっているベルリンの壁の跡。背後にはアウディの巨大看板が見えます]

その壁の一部が残されていて、観光客の記念撮影スポットになっています。

今回、私たちが宿泊しているのは、かつて壁のあったところ、ポツダム広場に立つホテルです。

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[ホテルの前のポツダマー・プラッツ駅]

壁で分断されていた時代には西ベルリンの街外れで何もなかったところですが、今は東西統一したベルリンの中心地です。六本木ヒルズやミッドタウンと似たようなオフィスにショッピングセンターやホテルが併設された高層ビルが林立するエリアです。

その高層ビルの間の広場や細い遊歩道にもヴァイナハツ・マルクト(クリスマス・マーケット)の屋台が並んでいます。

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[アルテ・ポツダマー・シュトラーセのヴァイナハツ・マルクト]

20世紀の初頭には栄華を極め、第二次世界大戦では壊滅的な被害を受け、戦後、壁のあった地。歴史の荒波にもまれたポツダム広場の栄枯盛衰にしばし思いをはせたあとは・・・

21世紀のポツダム広場はEU経済の牽引力ドイツの繁栄の象徴です。ユーロ危機もなんのその。ショッピング・モールのアルカーデンはクリスマスの豪華なイルミネーションが輝いています。ここで私の消費意欲のスイッチがオン。

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[脱原発を決めたドイツですが、節電とは無縁の豪勢なイルミネーション]

お気に入りのキッチン用品メーカーWMFのお店で、あっというまに小一時間。ペッパー・ミル、チーズおろし、ガーリックつぶし機などなどを購入。

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[買い物して寒さも忘れ、気がつけばコートの前を開けて歩いてました]

心地よい興奮に身を任せれば、ポツダム広場に降る雨ももはや気にならなくなっていたのでした。

うめぞうからの注釈―ベルリンを分断していた2枚の壁の間には、地雷がうめられ、自動射撃装置が設置されいた。さらに高圧電流の流れる鉄条網がひかれ、ドーベルマンまでいたとか。「国境」を越えようとする者は容赦なく射殺されたそうです。

2011年12月24日 (土)

ヴァイナハト・マルクト

まつこです。

22日で授業が終わったものの、あれこれ年内に片付けるべき仕事がまだどっさり残っているうめぞう。

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[搭乗ゲートでも寸刻を惜しんで仕事するうめぞう]

しかし、妻が出かけると言えば、仕事を抱えたままでもお供しなければならないのが夫。飛行機を乗り継ぎ、ようやく目的の地に辿り着きました。

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[ここですでに家を出てから20時間以上経過しています]

時差もなんのその、ホテルで荷物をほどいて、出かけた先は・・・

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[ジャンダルメン・マルクトのヴァイナハト・マルクト]

ここはベルリン。この時期には街のいろんなところにヴァイナハト・マルクト(クリスマス・マーケット)がたてられます。ホテルのコンシエルジュが近くでお勧めのマルクトは、ここフリードリヒ大王が「近衛兵広場」(ジャンダルメン・マルクト)と名付けた広場の市場と教えてくれました。

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[カッセ(チケット)売り場もクリスマスらしくてかわいい]

入場料は一人1ユーロ(100円)。中に入るとクリスマスの飾りやお菓子などを売る露店が並んでいます。

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[後ろに見えるのはドイツドーム]

冬のベルリンは寒いと聞いていたのですが、この夜はとても暖かです。夜10時を過ぎていますが、小さな子供連れの人もたくさんいました。

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[ドイツ名物ヴルスト(ソーセージ)を売る屋台]

皆さん、こうしたマルクトにはお買い物よりも、屋台で売られている食べ物や飲み物を買って、おしゃべりしながらお祭り気分を味わうために来ているようです。みんなよく飲み、よく食べています。

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[まつこ、(この年にして)生まれて初めての味]

このヴァイナハト・マルクトの名物は、甘味と香りをつけて温めた赤ワイン、グリュー・ヴァインです。寒い夜に温かいワインで体を暖めて、ほろ酔い気分で屋台を冷やかして歩く。これがこの時期の楽しみだそうです。

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[ヴルストとザワー・クラウトと黒パン。ドイツ料理の三位一体]

ヴルストとグリュー・ヴァインで、ドイツ風クリスマス気分を味わった旅行初日の夜でした。

注:うめぞうがこのブログを読んで、「『ヴァイナハト・マルクト』じゃなくて、『ヴァイナハ・マルクト』だよ。WeihnachtとMarktを結ぶためにsが入るんだ。『ザワー・クラウト』も、本当は『ザウアー・クラウト』のほうがよろしい」と言っています。この旅行中に私もちょっとずつドイツ語覚えようと思います。

2011年12月22日 (木)

老人ホームのクリスマス

まつこです。

大阪の老人ホームに住む母を訪ね、月に2度くらい新幹線に乗っていますが、富士山がきれいに見える日が意外と少ないことに気づきました。でも先週の土曜日は車窓から、澄みきった冬の空を背にしたきれいな富士山を見ることができました。

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[新幹線の窓から見えた富士山]

今回はたまたまウメマツとも京都で仕事があったため 一緒に出かけ、仕事の翌日、二人で老人ホームを訪ねました。母は4月以来、久々にムコ殿に再会しました。

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[久しぶりにうめぞうに会えてうれしそうな母]

記憶力の落ちている母を思いやり、うめぞうは母に質問したりはせず、一方的に話しかけます。「お義母さんにお送りした絵ハガキ、飾っていてくれたんですね。いやー、感激ですね~。この街はフィレンツェですよ。ここはルネサンス期に銀行業で大金持ちになった街ですよ。イタリアは今、国家財政が不安視されていて大変なんです。国債の値段が下がって利率が上がって・・・」

認知症のおばあさんを相手に、うめぞうはペラペラとユーロ危機の解説をしています。母は全く何もわからないはずですが、「あら~、そうなの」「まあ~」と適当に相槌を打っています。にぎやかなおしゃべりができて楽しい、という気分だけは味わえたようです。

老人ホームではいろいろな行事やサービスが提供されています。この日はクリスマス会が開かれたそうで、職員の方たちがサンタクロースに扮したり、トナカイの着ぐるみを着て盛り上げてくださいました。

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[サンタと記念撮影]

午後には足マッサージのサービスもありました。

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[若い女性職員の方が優しく話し相手をしてくださりながら足マッサージ]

腰のマッサージが週3回。その他に不定期で足マッサージと手のマッサージをしてもらえます。毎日1回、体操の時間もあります。体操も見学させてもらいましたが、指先の運動、早口言葉、足の運動などを、ゲーム感覚で楽しく指導してもらっていました。

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[うめぞうも体操に参加]

症状が進んで、だんだんいろいろなことができなくなっている母ですが、職員の皆さんに良くしていただいて、気持ちは落ち着いています。自分の症状を自覚して、先行きに不安や恐怖を抱いていた時期を超えて、母はだんだんおぼろげになる意識の中で、老いを静かに受け入れているようです。言われるがままに懸命に指を広げたり折ったりする体操をしている母の後ろ姿は、まるで童女のように見えました。

2011年12月 8日 (木)

目は口ほどにものを言う

まつこです。

ある日のおやつ。

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[お、この眼差しは・・・]

フォションのエクレアです。見たとたん、「おいしそう」というより「おもしろい」と思って選んでしまいました。しかし、うめぞういわく、「睨まれているみたいで食べにくい。」

それにしてもこんな小さな部分だけで、まちがいなくレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』だとすぐにわかるのですから、目というのはずいぶん多くのことを語るものです。この目だけ見ると、モナ・リザは口元にわずかに微笑をたたえているものの、目は笑っていないことがあらためてはっきりします。

ではここでクイズ。

この目は誰?

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[表情があるようなないような微妙な目つき]

さらにもう一つ。

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[こちらちょっとあやしい目つき]

いずれも有名なルネサンス絵画です。こうして部分だけ比べてみるのも面白いですね。(そういえば昔、フィレンツェで男性裸体彫刻の局部の写真だけ集めた絵ハガキがありました。)

ちなみにフォションのエクレア、洋酒の香りが濃厚な大人の味でした。おいしかったです。

2011年12月 3日 (土)

心のデトックス

まつこです。

何かと気ぜわしい師走です。そんなとき心を癒すこの一枚。

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[もうすぐクリスマス。心がお疲れ気味の方へのプレゼントにもいいのでは]

最近、カーネギー・ホール・デビューも果たした辻井伸行さんの自作曲を集めたアルバム『神様のカルテ~辻井伸行 自作集』 です。どれもきれいで聞きやすい曲ばかり。

私はこのアルバムをiTuneに入れて、PCに向かう仕事の最中もごく小さな音で流し続けています。気分が落ち着いて集中して仕事ができます。日頃は静かなところじゃないと仕事ができなかったのですが、このアルバムの曲が流れていると清澄な気分になり、さあ、やるぞ、と前向きな心になります。

YouTubeにアップされたこちらの動画もお勧め。

これを見てしばし涙するとたいていのことは小さな悩みに思えてきます。美しい音楽を聞きながら涙を流す、これぞ最高のヒーリング。まさに心のデトックスです。

大変な年だった2011年ですが、1年の終わりに辻井くんの音楽に癒されながら、穏やかな気持ちで最後の1か月を過ごしたいと思っています。

2011年12月 1日 (木)

トラヌタヌキ

まつこです。

今日から12月。寒い季節の始まりです。

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[すごく軽くて暖かいです。この冬、活躍しそうなダウン・コート]

ダウン・コートの季節です。こちらは最近、買ったHernoのコート。光沢のある微妙な茶色と襟と袖口の毛足の長いフォックス・ファーに惹かれて買ってしまいました。

職場に着ていったら同僚のイギリス人(男)に、「いいね~。髪の色にもあってるよ」と褒められ、ホクホク気分。

まつこ:ボーナスで買っちゃった。

同僚:えっ、ボーナス、もう出たの?

まつこ:出る前に買っちゃった。捕らぬ狸の皮算用だよ~。

同僚:トラヌタヌキノカワザンヨウ・・・?どういう意味?

というわけで「捕らぬ狸の皮算用」を英語で説明する羽目に。これにあたる英語のことわざに"Don't count your chickens before they are hatched"というのがあります。「卵がかえるまではヒナの数を計算するな」という意味です。甘い予測をたててぬか喜びすることをいましめる点で、意味は同じです。

しかし前述の同僚は日本語がかなりうまい人なので、「トラヌタヌキノカワザンヨウ」の日本語の意味を知りたがっているのです。みなさんならどんなふうに説明しますか。このコートに関して言えば、「捕らぬ狸で買った狐」。これだとますます説明が難しい・・・。

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