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2011年11月 1日 (火)

秋の青空

まつこです。

2008年11月1日に始めたこのブログ、今日でちょうど3年たちました。

文章を綴るということは、身の回りに起きた出来事を「物語る」ことでもあります。現実の経験も、物語として語られるとき、その生々しさは言葉によって包みこまれ、それを読んでくれる人と分かち合えるものに変わります。

親の老いに直面し、うろたえたり、怒ったり、泣いたり、それでもまた笑ったり、そんな経験を書き残したいと思ったのは、経験を物語にすることで、自分をもまた物語の中の人として見つめる余裕を持ちたいと思ったからなのでしょう。

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[毎朝、通勤途中で見上げる空。今日も秋の青空がひろがっていました]

11月1日は母の誕生日です。ブログを始めた日1年目2年目と読み返してみると、母の病いは残酷なほど確実に母を老いさせたことが分かります。今日、母に電話をしたところ、「え、誕生日、ぜんぜん覚えていなかったわ。私、いくつになったのかしら。まあ、76歳・・・そんな年になったのね・・・」と感慨深そうに言っていました。その1分後には「何歳って言ったかしら。聞いてもすぐに忘れちゃうのよね」というので、「いいよ、いいよ、忘れちゃっても、もう年齢が気になる年でもないでしょう」と冗談で受け答えして二人で笑いました。来年はもうこんな会話も難しくなっているのかもしれません。

2週間に一度、母に会いに行って、母に文字を書く練習をしてもらっています。指先を使うのは悪くないと聞きましたし、短い言葉を書くことでおしゃべりをする話題づくりにもなります。

母の暮らす老人ホームは京都と大阪の間のベッドタウンの駅からそれほど遠くないところにあります。窓の外は遠くに摂津の山が見えるものの、近隣は住宅や教育機関の建物などが立ち並んでいます。

田舎の自然の風景に囲まれて生活していた母には、季節の移り変わりから遠ざかってしまったのがとても寂しいことでしょう。そんな四季の変化のイメージを心によみがえらせたいと、文字の練習のときには、いつも季節感のある言葉を選びます。「桜の花が咲いた」「葉桜の季節」「初夏の山を歩く」「もうじき夏休み」「我は海の子」などなど。

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[先回、訪ねたときの母の文字の練習ノート]

先週訪ねたときには、「柿の実がなった」「くりもりんごもおいしい秋」などと書いてもらっていました。すると母がそれを書きながら、「うちには金木犀の木もあったわよね。どこだったかしら」と言いだしました。新潟の家のことなどすっかり忘れてしまっていたようなのですが、秋の様々な実のなる木々のことを思い描くうちに、懐かしいあの庭の景色が一瞬、心によみがえったようです。ちょっと切ない瞬間でした。

最初と最後に母に書いてもらった言葉は「秋の青空」。狭い個室に暮らす母ですが、心の中にひとときでも秋の大きな青空の風景が広がってほしいと願ってのことです。

今日も秋の青空が大きく広がる一日でした。早朝、通勤途中で、「今日は母の誕生日だな」と思いながら、すがすがしい秋の青空を見上げました。澄みきった空気が少し悲しく感じられる朝でした。

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