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2011年11月

2011年11月25日 (金)

小石川植物園

まつこです。

少し寒くなってきましたが、晩秋の東京都心には美しい景色を楽しめる場所がたくさんあります。小石川植物園もその一つ。先日、近隣に住む若い友人に誘われ、散歩に出かけました。

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[もうじき2歳になるお嬢さんを抱きかかえた友人]

その友人は、もうじき2歳になるお嬢さんを私たちに紹介したいと言って、連れてきました。でもちょっと恥ずかしがりで、最後までお父さんにしがみついたまま、なかなか顔を見せてくれませんでした。

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[小石川植物園にはこんな深い森のような場所もあります]

小石川植物園は正式には「東京大学大学院理学系研究科付属植物園本園」。本来は理学部の研究用植物園ですが、近所の人たちの散策の場所となっています。

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[手入れの行き届いた日本庭園もあります]

先日は、入口付近で署名活動をしている人たちがいました。植物園の土地を少し削って周囲の道路を拡張する計画があるのでそれに反対するための署名運動です。「地元の住民の私たちは全然、道路拡張なんて必要としていないんです!そのために区のお金をつぎ込むんですよ。区と東大はもう協定を結んだんです。許せませんっ」という、勢いのある主張に押され、うめぞうは署名をしました。(うめぞう、日頃から強気な態度の中年女性には弱い・・・。)

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[この洋館は明治9年にできた東京医学校を移築したもの]

私も署名を頼まれましたが、「ちょっと考えさせてください」と言って断りました。私はいったいどういう目的でどのようなデザインをしている計画なのかを調べてから判断したいと思ったのです。

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[都心にもこんな秋の景色が]

区役所のHPで調べてみると、この界隈に多い印刷工場関係の車の駐車問題の解決と、ゴミ回収の集積所の整備が道路拡幅の目的だとか。ついでに植物園をぐるりととり囲むコンクリートの塀を壊して、植物園の中が見えるフェンスにするというのは良さそうなアイディアです。東大のHPを見たら、すでにそのフェンスのデザインのコンペティションもやっていました。道路拡幅の実用性よりも、街の美観が良くなるという点で、どちらかというと私はこの計画に賛成です。

街の景観を改善するのは、住民の合意形成にも手間取りますし、時に私権を制限する必要もあり、なかなか容易ではありません。好景気の再来は当面望めそうにない時代ですが、次世代に受け継ぐ街が少しでも美しく住みやすいところになるよう、慎重に粘り強く自分たちの街を育てていくという意思が必要です。父親にしがみついたまま眠ってしまったお譲ちゃんを眺めながら、改めてそう思いました。

2011年11月22日 (火)

いい夫婦の日

まつこです。

11月22日は「いい夫婦の日」だそうです。夫から妻にプレゼントを贈ろうとか、夫婦でレストランで食事をしようとか、広告代理店が企画したイベントかと思ったら、1980年代後半に通産省所管の公益法人が制定した記念日なのだそうです。

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[うめぞうが学生からプレゼントされたメオト・グラス。大きい方にうめぞうの名前、小さい方に私の名前が彫りこまれています。我が家は私の方が酒量が多いのですが・・・]

高度経済成長期、24時間働き続けていた企業戦士たち。政府は彼らのワークライフバランスを改善しようとという目的で、11月を「ゆとり創造月間」と定めました。1985年のことです。さらに1988年には、夫婦で余暇を過ごす新しいライフスタイルを提唱するため、11月22日を「いい夫婦の日」と制定したのだそうです。

バブルがはじけ、長く経済が低迷する間に、「いい夫婦の日」の意味合いも微妙に変化しました。今では協賛企業を募って、旅行、外食、贈答品などの販売促進につなげるキャンペーンという意味合いの方が強いようです。経産省が後援する「いい夫婦の日」のHPは「いい夫婦の日には12本のバラを贈ろう」と呼びかけていますが、案の定、日本バラ切花協会が協賛しています。他にもアパレル、ジュエリー、百貨店などの業界団体が協賛に名を連ねています。経産省としては、もはや「ゆとり」よりも「内需拡大!」の方が、優先課題ということなのでしょう。

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[今朝の朝焼け。どんなに忙しい朝も、美しい景色を眺めるゆとりを持ちたいものです]

我が家は妻(まつこ)が朝早く出かけ、夜遅く帰ることが多いので、夫(うめぞう)が一人ぼっちでお留守番ということが多くなっています。11月は「ゆとり創造月間」だと言われても、11月もあたふたしたまま終わろうとしています。明日の勤労感謝の日にはせめて若干のゆとりを持ち、たまには感謝の気持ちでも伝えようかと思っているところです。

2011年11月20日 (日)

単純さの効用

まつこです。

3D映画を初めて体験してみました。六本木ヒルズで『三銃士』を観ました。

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[けやき坂はイルミネーションが輝き、もうクリスマス気分です]

立体感があり、手を伸ばしたら触れそうな気分になります。確かに迫力の画像です。しかし・・・

『三銃士』は子供の頃、夢中になって読んだ物語のひとつです。私は1968年から刊行された小学館のカラー版「少年少女世界の文学」で読みました。赤い箱に入っていたシリーズです。第13巻フランス編には『三銃士』『昆虫記』『愛の妖精』が収録されていました。

双子の男の子と少女の恋愛を描いたジョルジュ・サンドの『愛の妖精』より、わくわくハラハラする『三銃士』の方が私にはずっとおもしろくて、引きこまれるように読みました。ダルタニャンと個性あふれる三銃士の痛快な活躍ぶりと、爽快な勇気と友情の物語。この物語を読んで、男の子に生まれなかったのが残念、私も男装して彼らの仲間の一人に加わりたいと感じた少女がたくさんいたはずです。

ところが3D映画の『三銃士』は、そういうロマンティックな夢想とは無縁です。良く見れば『三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』という副題もついています。英仏海峡をはさんで、飛行船がド派手な空中戦を繰り広げる、コンピュータ・グラフィクスの先端技術を駆使したヴィジュアル効果満載のアクション映画でした。

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[けやき坂の上まで来ても、まだ手に汗かいていたうめぞう]

「なあーんだ、まるっきりマンガ。ぜんぜん『三銃士』じゃないじゃん!」とブツクサ言いながら映画館を出てきた私です。一緒に観ていたうめぞうは、適当に相槌うっていましたが、実は興奮して手に汗かいていたのです。物語の展開については「アホくさ~」と思いながらも、3Dの迫力に思わず体の方が反応してしまったそうです。単純な男

しかしこの単純さが功を奏することもあります。最近、知り合いが「効いた」と言っていた「腰痛緩消法」。腰痛は、要は筋肉の緊張が原因。筋肉を柔らかくすれば、たいていの腰痛は治る。それにともない膝痛も治る、という理屈です。「たった一日だけで治る、たった一回だけで治る」そうです。若干、眉つば。

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[もしかしたら本当に効くのかもしれません]

昨日、さっそく本(『9割の腰痛は自分で治せる (中経の文庫) 』)を取り寄せて、書いてあるとおりのエクササイズをやってみました。するとうめぞうは、「腰が軽くなった気がする。効いたみたい」とのこと。プラシボ効果でしょうか。この場合は、単純で信じやすい性格が良い方にあらわれたようです。信じる者は救われるということなのでしょう。

(実は私も一緒にやってみました。確かに腰の違和感や股関節の動きが少し良くなったような気がします。ひょっとしてこの「腰痛緩消法」、本当に効いているのかもしれません。)

2011年11月16日 (水)

もとの家族の時間

まつこです。

秋も深まってきました。お天気の良い週末に大阪の老人ホームに母を訪ねました。この老人ホームのすぐ近所に弟一家が住んでいます。今回は弟の車で、母と弟と私、三人でドライブに出かけました。

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[広々とした淀川の河川敷で母は深呼吸]

いつも弟が「たまには出かけよう」と誘っても、母は「風邪気味だから・・・」とか「行く気になれない・・・」と、何かと理由をつけて出かけようとしないそうです。そのたびに弟はガッカリしていたようですが、今回は私も一緒だったせいか、母も安心していて車に乗り込みました。車で10分ほどの淀川の河川敷までドライブ。

ちょっと曇りがちの土曜日の午後。河川 敷には子供づれの家族の姿が目立ちます。歓声をあげながらバーベキューをする家族。生き生きとキャッチボールをする父と息子。子供の自転車の練習を笑顔で見守る親。ゆっくりと乳母車を押す若い夫婦。そして小さくなった母を見守りながらゆっくりと歩く弟と私。私たち3人も、土曜の午後をともに過ごすひとつの家族です。

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[母と弟]

日頃、狭い居室で暮らす母は、広々と緑のカーペットのような芝生が続く河川敷で伸び伸びとした気分を味わったようです。よほど気分が良かったのか、「今日はいい日だったわ」と夜の電話でも何度も言っていました。

それぞれに巣立ち、それぞれの家族を持つ、もう中年を迎えている娘と息子。その二人の子供に見守られて母の声も弾んでいます。「まあ、広いのね。ここはなんていう川なの」「淀川だよ」という会話を何度も何度も繰り返しながら歩く私たち。こんな「もとの家族の時間」もやがて大切な思い出になることでしょう。

2011年11月 9日 (水)

にわか専業主婦

まつこです。

新潟で週末を過ごそうと言うと、うめぞうがうれしそうな顔をします。なんで、と聞いたら、答えは「あっちには専業主婦がいるから」。日頃、東京では、家には眠りに帰るだけ、という日も多い最近の私。確かにちょっと忙しすぎます。おのずとうめぞうはカギっ子状態。

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[先週末、帰京の際の新幹線から見えたスキー場。もう晩秋の景色です]

新潟だと、まあ、とりあえず自分の実家ですし、家事は私がやり、うめぞうは和室にこもって、日がな一日囲碁でも仕事でも好きなことができます。

「うめぞう、ごはんだよー」と呼ばれて来てみると、テーブルの上に食事が並んでいる。そんなサービスは、働く妻を持っている夫には、かなり贅沢なことなのです。

新潟でにわか専業主婦となる私のこだわりは、「新潟の食材だけを使って食事を作る」です。お米、日本酒はもちろんですが、お味噌、塩、野菜、魚、肉なども、近所のスーパーで新潟県産と表記のあるものだけを選んで献立を考えます。たとえば・・・

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[ひらめのカルパッチョ]

地元の漁港にあがったひらめをカルパッチョにしました。付け合わせは新潟県産カブと我が家の裏庭の柿の実。

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[モモ肉のステーキ。ソースに使ったバルサミコは、しかたなくイタリア産]

あまり知られていませんが、新潟では村上牛や越後牛というブランド名の肉牛もあって、これがなかなかおいしいのです。今回の滞在の最終日だったため、付け合わせは冷蔵庫にあった野菜の総出動です。サトイモはグリル、カリフラワーとブロッコリーはゆで、カブは電子レンジで柔らかくした後、フライパンでざっと焼き目をつけます。小松菜はバターソテー。どの野菜ももちろん新潟産。

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[ワインまで新潟産]

新潟県の城下町高田の近くで1890年にブドウ園を作り、ワイン醸造を始めた大地主がいたのだそうです。それが「岩の原ワイン」として今まで続いています。この夜はこちらの赤をいただいてみました。

新潟の食材にこだわるのは地産地消のほうが新鮮でおいしいということもありますが、農業の再生と地場産業の活性化がやはり地方の生活を豊かにする基盤だと思うからです。原発を誘致して交付金で潤う時代から脱して地方を再生するため、まずは食事作りからこだわろう、とにわか専業主婦としては思うのでした。

2011年11月 5日 (土)

小さい秋

まつこです。

学園祭の時期は大学教師にとっては、学期中にほっと一息つける貴重な休暇です。ウメマツは新潟で週末を過ごしています。

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[風邪をひいていて、膝も痛むうめぞう。田舎で静養中]

新潟は秋真っ盛りです。

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[二階の窓をあけると鮮やかな赤と緑の庭が目にとびこんできます]

紅葉の見ごろを迎えています。

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[今年は山茶花の 花が例年よりたくさん咲いています]

眺めているときれいなのですが、庭の落ち葉の量が半端ではありません。そういえば昨年までは、この季節になると母がよく庭掃除をしていました。

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[物置から竹の箒をもちだして庭掃除をするまつこ]

掃いて、集めて、裏庭に運び、戻ってくると、先ほど掃いたばかりのところにすでにヒラヒラと落ち葉が降り落ち始めています。

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[頭上を見上げるとまだまだたくさん葉がついています]

掃いても掃いてもきりがなさそうです。緑の苔に落ち葉が積もっているのも、秋の風情があっていいじゃないかと、適当なところで切り上げました。

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[これはこれできれいだと思うことにします]

庭掃除をしていて気がつきました。秋の庭では小さな実がたくさん見つかります。

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[紫色の小さな実]

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[朱色のもっと小さな実]

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[たわわに実っています]

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[黒いのもあります]

小さな秋見つけた、と秋のやわらかな陽光の中でキラキラと光る色とりどりの実に見入りました。

・・・と、秋の風情に静かに思いいたしていると、うめぞうが「柿がたくさんなっているよ!」と歓声を上げました。

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[青空に映える柿の実]

うめぞうは、食べられる実の方にしか関心がないのね、とあきれたものの、しかし食べてみると、この柿なかなかおいしいです。食後のデザートに庭の柿を食べて秋を満喫している週末です。

2011年11月 1日 (火)

秋の青空

まつこです。

2008年11月1日に始めたこのブログ、今日でちょうど3年たちました。

文章を綴るということは、身の回りに起きた出来事を「物語る」ことでもあります。現実の経験も、物語として語られるとき、その生々しさは言葉によって包みこまれ、それを読んでくれる人と分かち合えるものに変わります。

親の老いに直面し、うろたえたり、怒ったり、泣いたり、それでもまた笑ったり、そんな経験を書き残したいと思ったのは、経験を物語にすることで、自分をもまた物語の中の人として見つめる余裕を持ちたいと思ったからなのでしょう。

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[毎朝、通勤途中で見上げる空。今日も秋の青空がひろがっていました]

11月1日は母の誕生日です。ブログを始めた日1年目2年目と読み返してみると、母の病いは残酷なほど確実に母を老いさせたことが分かります。今日、母に電話をしたところ、「え、誕生日、ぜんぜん覚えていなかったわ。私、いくつになったのかしら。まあ、76歳・・・そんな年になったのね・・・」と感慨深そうに言っていました。その1分後には「何歳って言ったかしら。聞いてもすぐに忘れちゃうのよね」というので、「いいよ、いいよ、忘れちゃっても、もう年齢が気になる年でもないでしょう」と冗談で受け答えして二人で笑いました。来年はもうこんな会話も難しくなっているのかもしれません。

2週間に一度、母に会いに行って、母に文字を書く練習をしてもらっています。指先を使うのは悪くないと聞きましたし、短い言葉を書くことでおしゃべりをする話題づくりにもなります。

母の暮らす老人ホームは京都と大阪の間のベッドタウンの駅からそれほど遠くないところにあります。窓の外は遠くに摂津の山が見えるものの、近隣は住宅や教育機関の建物などが立ち並んでいます。

田舎の自然の風景に囲まれて生活していた母には、季節の移り変わりから遠ざかってしまったのがとても寂しいことでしょう。そんな四季の変化のイメージを心によみがえらせたいと、文字の練習のときには、いつも季節感のある言葉を選びます。「桜の花が咲いた」「葉桜の季節」「初夏の山を歩く」「もうじき夏休み」「我は海の子」などなど。

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[先回、訪ねたときの母の文字の練習ノート]

先週訪ねたときには、「柿の実がなった」「くりもりんごもおいしい秋」などと書いてもらっていました。すると母がそれを書きながら、「うちには金木犀の木もあったわよね。どこだったかしら」と言いだしました。新潟の家のことなどすっかり忘れてしまっていたようなのですが、秋の様々な実のなる木々のことを思い描くうちに、懐かしいあの庭の景色が一瞬、心によみがえったようです。ちょっと切ない瞬間でした。

最初と最後に母に書いてもらった言葉は「秋の青空」。狭い個室に暮らす母ですが、心の中にひとときでも秋の大きな青空の風景が広がってほしいと願ってのことです。

今日も秋の青空が大きく広がる一日でした。早朝、通勤途中で、「今日は母の誕生日だな」と思いながら、すがすがしい秋の青空を見上げました。澄みきった空気が少し悲しく感じられる朝でした。

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