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2011年9月

2011年9月17日 (土)

母との会話

まつこです。

旅行中は小さな失敗のひとつやふたつあるものです。今年の夏の旅行では、携帯電話用ACアダプターを間違えて持っていってしまいました。

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[この二つのアダプターの間に違いがあるとは知りませんでした]

いつも使っているauのスマホはヨーロッパでは使えないので、昨年まで使っていた古い携帯電話にICカードを差し替えて使うことにしました。そのとき家にいくつもあるACアダプターはどれも同じに見えたので、適当に選んで持っていったのですが、これが100V専用でした。イタリアは220V、イギリスは220-230Vです。

トスカーナの宿での3日目あたり、携帯電話を充電していたらバシッ!という小さな爆発音とともに焦げ臭いにおいが漂いました。ACアダプターが壊れてしまったのです。よく見ると小さな文字で「海外では使わないでください」と書いてありました。

ロンドンに戻って調べたら三越の中のJCBのカウンターでauの充電サービスをやってくれることが分かりました。(ちなみにdocomoはサポートセンターがあります。)しかしもともと電池が劣化していたのか、あるいは過電圧で調子が悪くなったのか、すぐにバッテリー切れになってしまいます。ロンドンにいる間は、3日に一度くらい三越の地下に通うことになりました。

ピカデリー・サーカスの大群衆をかきわけ、三越でお土産を大量に買うツアーのお客さんたちの間をすり抜け、忙しそうなJCBの受付嬢をわずらわせ、3日に一度の携帯充電。それもこれも大阪の老人ホームにいる母に電話するためです。

まつこ:「もしもし、わたしよ~。変わりない?」

母:「変わりないわよ。今、どこにいるの?」

まつこ:「ロンドン」

母:「あら~、そうなの! それはいいわね~」

この会話が毎日、毎日、儀式のように繰り返されます。私がロンドンに滞在しているという事実を記憶できない母は、毎日、聞くたびに新鮮な情報としてそれを受け止めます。母にとっては娘がロンドンにいるということは喜ばしいことらしく、いつも「それはよかったわ!」とか「あら、よかったわね~」とか、本当にうれしそうに驚きの声をあげます。

母は自分は生活も教育も仕事も全部が新潟だったので、娘にはぜひとも自由に外の世界に出てほしいという思いがあったようです。自分は一度も海外旅行もしなかったのに、私が数日でも海外に出るたびに、我がことのように喜び、私が国外から送ったハガキは大切にしていたようです。「あら、今回は1か月くらいイギリスにいられるの? それはよかったわね~」と喜んでいる母の声を聞くと、母を老人ホームに任せたまま1か月以上訪問しないことへの微かな罪悪感もすっと解消します。

上のお定まりの会話の続きは若干のヴァリエーションもあります。ある日の会話はこんなふうに続きました。

母:「ロンドンで毎日、どんなことをしているの?」

まつこ:「お芝居見たり、図書館で調べ物したり・・・」

母:「それはいいわね~。自分で勉強しないと教えるという仕事がつまらなくなるもの

これを言われた時は、ひぇ~と思わず頭が下がりました。認知症の母から教師の心構えを聞かされるために、私は三越まで通って携帯に充電しているんだろうか・・・?

このように寸鉄娘を刺す鋭い一言を発することもある母ですが、先日、帰国して初めて老人ホームを訪ねた時は、私を見て一瞬、「あなた、誰だったかしら」。3秒後くらいには回路がつながり、「まつこよね、あたりまえよね」と認識しましたが、いやー、これはトスカーナでのACアダプターの爆発よりは大きな衝撃でした。

今後はこういう方向へ進んでいくことは確実です。その現実を受け止める心の準備をするとともに、毎日ワンパターンの電話でも、それができる間はできるだけ続けていこうと思っているところです。

2011年9月12日 (月)

イギリス料理の第三法則

まつこです。

世界広しといえ、日本女性ほど多彩な料理を意欲的に味わっている人々はいないでしょう。ミシュラン星つきフランス料理、懐石料理から、イタリアンだ、中華だ、蕎麦だ、寿司だ、各種エスニック料理だ、さらにはB級グルメだ、スイーツだ・・・。美味なるものがあればそこに必ず日本人女性の姿あり。

さらにコスト・パフォーマンスについて厳しい目を持っているのも日本人女性です。接待で高級和食を味わう機会のある中年男性などに比べて、優雅なランチを楽しむマダムから、都会の夜に気炎をあげる女子会まで、女性は自腹で外食をする機会がより多いからではないかと思います。そこで・・・

法則3:日本人女性の口コミを頼れ

舌が肥えていて、コスト・パフォーマンスに厳しい。この日本人女性の特徴は、関西出身の場合、さらに強化されている印象を私は受けています。

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[ショウガネコさんと一緒に昼の芝居を見た後、ゆっくり夕食をとりました。ロンドンで一番古いフランス料理屋だそうです。味だけでなくフレンドリーな、雰囲気も良いお店です]

というわけで、今回はロンドンに詳しい日本人女性(関西出身)の友人が、「なかなかいいわよ~」と紹介してくれたフレンチ・レストラン、モン・プレジール(Mon Plaisir)に行ってみました。やはりおいしかったです。

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[私が選んだ前菜は「貝のタルタル、ガスパチョのシャーベットつき」。さっぱり、ヒンヤリ。白のソービニヨン・ブランと合わせました]

London EatingとかTime Outなど、ロンドンの外食情報サイトもいろいろありますが、イギリス人の舌によるランク付がどの程度あてになるのか・・・。私はやや懐疑的です。これを見て大ハズレだった苦い経験もあります。

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[メインはラム。これ、すごくおいしかったです。メルロー、さらにカベルネ・ソービニヨン。あー、ワインが進む]

ザガット・サーベイやミシュランも頼りになるかもしれませんが、味覚と金銭感覚を共有している日本女性の口コミ情報は、他では得られない信頼感があるのです。

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[デザートはグースベリーのタルト。さっぱりした甘みでおいしかったです]

フィレンツェでもおいしかったと思うお店の情報をネットで探してみると、現地在住の日本人女性がブログでおいしい店として推薦しているということが、ままありました。あれも食べたい、これも食べたい、日本人女性はあくなき欲望を抱いて世界各地でおいしいものを探求しています。

おいしいものが(あまり)ないとされるイングランドであろうと、スコットランドであろうと、フィンランドであろうと、ドイツであろうと、日本人女性はなんとかおいしいものを食べようと模索します。

おのれの欲望に正直な日本人女性の口コミ情報を信じよというのが、イギリス料理の第三法則です。

2011年9月11日 (日)

イギリス料理の第二法則

まつこです。

世界中でスターバックスのない首都はイランのテヘランだけ、と聞いたことがあります。ロンドンでも、どこのストリートを歩いてもスタバ、カフェ・ネロ、プレタ・マンジェなどなど、大手フランチャイズ・チェーンが立ち並んでいます。最近はお寿司のチェーン店itsuやYO!Sushiも無数にあります。

どこに行っても同じでつまんない・・・と嘆く声もありますが、値段も味も画一化されているところがチェーン店の利点です。そこで

法則2:気に入ったチェーン店で安全を確保しろ

ふらりと入った中華料理店、考えあぐねたあげく選んだイタリア料理店が高くてさしておいしくない、ということが時々(しばしば)あるのがイギリスです。ですからここなら大丈夫というチェーン店があるのは大きな安心材料です。

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[今回の旅行初日はとりあえずここで。私が食べた手前のサラダはゴルゴンゾーラとリンゴのサラダ]

ロンドンで私が時々使うチェーンはル・パン・コティディアン(Le Pain Quotidien)。ロンドン市内では20か所くらいあります。オーガニックの小麦粉で焼いたパンやオープンサンド、サラダ、一品料理などをどの時間帯でも食べることができます。

女の人一人で入りやすい雰囲気なのもポイントです。トッテナム・コート・ロードの近くのお店はAvedaの美容院とつながっていて、髪のカラーリングのアルミホイルみたいなのつけたまま、お茶飲んでいるお一人様もいました。

イギリス国内に100以上店舗を持つのがカフェ・ルージュ(Cafe Rouge)です。『フォー・ウェディングズ』でヒュー・グラントがアン ディ・マクダウェルから華麗なる男性履歴を聞かされたシーンも、その一つの店で撮影されました。小説『ブリジット・ジョーンズ・ダイアリー』でシングルトンたちが事あるごとに集まってガールズ・トークをするのもカフェ・ルージュです。

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[チキン、アボカドなどが入ったサラダ。量が多いのでこれだけで十分満腹になります]

ストラットフォード・アポン・エイヴォンのような田舎の町にもあります。ここもどの時間帯でも、女一人でも食事がしやすいところです。今回は2本の芝居を見た日に、その間の中途半端な時間帯に一人で食事しました。夜の芝居で眠くなるといけないので、ワインはぐっと我慢・・・。

そのほか写真はありませんが、ロンドン市内に20店舗ほどあるハンバーガー・チェーンのバイロン(Byron)もお勧めです。パテの焼き加減も聞いてくれます。

いろいろ試してみたいとか、誰も知らない名店を新規開拓してみたいとか、そういう探究心も大切ですが、それはイギリスではリスク覚悟のギャンブルです。あたった時の喜びは大きいが、はずれても文句は言えません。イギリスですから。

時間のないときはお気に入りのチェーン店で安全を確保せよというのが、イギリス料理の第二法則です。

とっておきの第三法則は次回ということに・・・。

2011年9月10日 (土)

イギリス料理の第一法則

まつこです。

ロンドンから東京に戻りました。イギリスの外食風景はこの20年ほどで驚くほどおしゃれになりましたが、イタリアからイギリス、イギリスから日本という順番で旅行すると、やはり若干、イギリスの食事が見劣りするのは確かです。

ま、しょせん、イギリス・・・ではありますが、イギリスで外食をするとき、できるだけ「ハズレくじ」を引かないようにする法則があります。

法則1:おしゃれな料理は避けろ、昔ながらの料理を選べ

テレンス・コンランやジェイミー・オリヴァーが素敵な空間でおしゃれな料理を出すようになってから、いわゆるモダン・ブリティッシュ風のメニューがいろんなところで目立つようになりました。劇場や美術館付設のレストランでも、イタリア風、フランス風のおしゃれな名前のメニューが並んでいます。「山羊のチーズとローズマリーのトースト、ルッコラサラダ添え」なんて感じです。

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[ナショナル・ポートレート・ギャラリーでショウガネコさんが選んだフィッシュ・アンド・チップス。私が選んだ「豆とミントのリゾット」よりずっとおいしそうだった]

でもこういうところではメニューをよく見て、昔ながらのローストやフィッシュ・アンド・チップスに一番近いものを選んだほうが安全です。イギリス人が創意工夫した料理の中には照り焼き風の甘いソースの中にお肉と生野菜が混在しているというようなものが、しばしばあります。おじいちゃん、おばあちゃんの時代から熟知している料理のほうが、にわか仕込みのモダン・ブリティッシュよりおいしいのは当然です。

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[同じくナショナル・ポートレート・ギャラリーの「トライフル」]

見た目がおしゃれになっていますが、トライフルは要はお酒入りのシロップにカステラを浸し、その上に果物とクリームを入れたものです。昔はドンブリみたいに大きなボウルで出ていました。こういう昔ながらのデザートのほうが、「シャンパン風味のクレーム・ブリュレ」よりは安全です。

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[若い同僚のアンジュがロンドンに来たので、二人でサンデー・ブランチ。女子会はやはりおしゃれなところがよいのでハーヴェイ・ニコルズのカフェ]

ハーヴェイ・ニコルズの5階といえば、おしゃれなマダムの集うカフェやレストランで有名です。このおしゃれなカフェでも日曜日は伝統的サンデー・ローストが一番おいしそう。

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[ハーヴェイ・ニコルズのサンデー・ロースト]

ビーフとポテトのローストといえば、イギリス伝統料理のど真ん中。おしゃれなカフェらしく「蒸したサーモン、アジア・スタイルのヌードル添え、ごま醤油ソース」なんていう凝った料理もありますが、そういう創作料理はリスクが大きいのでご注意を!

進化しつつあるイギリス料理ではありますが、「イギリスだって(そこそこ)おいしい」と思うのは、やはり昔ながらの料理なのです。

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[パブ・ランチ。お昼に飲むラーガーはことのほかうまい!]

パブ・ランチですらも最近はおしゃれなメニューが増え、昔ながらの「プラウマン」とか「コッテッジ・パイ」などはあまり見かけなくなりました。残念です。

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[ジャケット・ポテト]

でも皮つきポテトのオーブン焼き、ジャケット・ポテトはパブの定番メニューとして残っています。これを食べていると、道行く人がちょっとうらやましそうな顔をして見て行く気がします。ベーコンがイギリス流でぶ厚くて、ポテトがホクホクしていて、やっぱりおいしい!

イギリス人が汚名挽回とばかりに、東西の食材のあれこれを使って工夫したモダン・ブリティッシュではなく、トラディショナルなイギリス料理のほうがおいしいというのが、イギリス料理の第一法則です。

第二法則はまた明日にでも・・・。

2011年9月 4日 (日)

『から騒ぎ』『キッチン』

まつこです。

ずっと寒い雨まじりの日が続いていたロンドンですが、昨日と今日は短い夏が2日間だけ戻ってきました。今日はいったん図書館に行ったもののあまりのお天気の良さに、仕事はそこそこに切り上げて、午後はチェルシー界隈を散歩。

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[キングズ・ロードで買い物を楽しむ人たちも表情も今日は晴れやかです]

華やかなショッピング・ストリートの散歩も良いのですが、チェルシーは静かで落ち着いた住宅街を、特に目的もなくのんびり歩くのが私は大好きです。閑静な住宅街の中に、ちょっと洒落たレストランやインテリアのお店があったりします。

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[残念ながら住宅街の美しさは日本の都市景観に欠けているものの一つです]

緑の多さも魅力の一つです。住宅街の中にある美しい教会(St Lukes and Christ Church)は広い墓地を公園に造り替え、人々に開放しています。貴重な晴天を惜しむように、多くの人たちが芝生の上に寝そべって読書したり、子供を遊ばせたりしています。幸福感のあふれている景色でした。

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[19世紀の前半に作られた教会だそうです。ここでディケンズが結婚式を挙げたそうです]

昨日、今日も、1本ずつ芝居を観ました。昨日はグローブ座でシェイクスピアの『から騒ぎ』、今日はナショナル・シアターでアーノルド・ウェスカーの『キッチン』。

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[グローブ座は屋根のない劇場です。晴れてよかった!]

『から騒ぎ』は顔を合わせれば口喧嘩ばかりという男女が、周囲の人々の計略にかかって、恋に落ちてしまうという副筋をもつ喜劇です。純情過ぎる男女が、誤解を乗り越えて結ばれるというロマンティックな主筋よりも、上演すると副筋のほうが面白くなりがちです。この日も、実に達者な役者二人が、「本音では好きなのにプライドが高くて素直になれない」というひねくれ者同士の恋愛を、明るい陽光のもといきいきと演じていました。

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[ナショナル・シアターの夜景]

『キッチン』は第二次世界大戦後、1950年代のロンドンの大きなレストランの厨房が舞台になっています。30人くらいの調理人やウェイトレスが登場する群集劇です。厨房という閉ざされた空間の中に、そこで働く若者たちの抑え込まれたエネルギーが充満して、今にも爆発しそうになっている様子が描かれます。夢を抱え込んだまま、あるいは夢を見ることも忘れてしまって、狭い厨房でせっせと働く若者から噴出する熱気を、30人の役者が息のあったアンサンブルで見せていました。

イギリスの劇場のプログラムには役者の個人的なメッセージなどが書かれることはほとんどないのですが、今回は経歴のところにウェイトレスや調理人として働いた経験が書かれていました。ドラマ・スクールで教育を受けても、すぐに役者として生活するできるわけではなく、レストランやバーでアルバイトする人がたくさんいます。そういう苦労をしている無数の役者の層の厚さが、イギリスの演劇を支えているのだと改めて思いました。

2011年9月 2日 (金)

ヘイマーケット劇場

まつこです。

イギリス滞在も残りわずかとなりました。観劇の予定の入っていない夜は今日、一日しか残っていなかったのですが、レイフ・ファインズの『テンペスト』を再度、見に行きました。

実は先日、楽屋口でサインをもらったとき、他の人たちの中に握手してもらっていた人もいたのですが、私は気おくれしちゃって手が出せなかったのです。それをうめぞうに伝えたところ、「もう一度行って握手してもらわないと一生後悔するよ」と言われました。妻のミーハーぶりを面白がって煽りたてているような気もします。

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[格式あるヘイマーケット劇場]

とにかく、捲土重来を期し、私はプレミアム付きのばかばかしく高いチケットを買って、再度、ヘイマーケット劇場へ出かけました。

寒さの中待つこと40分。ところが今晩は集まったファンがおとなしい人が多かったようで、ずらりと並んでプログラムを差し出し、レイフ・ファインズはそれにさっさと順番にサインしていくだけ。実に粛々とした楽屋口でした。誰も握手を求めたりしていません。

いよいよ私の順番が来たとき、「月曜日に来たのですが、素晴らしかったので、また来ました」と言ったところ、レイフはそこでサインの手をとめ、私の目をじっと見つめて、さらに私の腕に触れながら「二回も来てくれてありがとう」と言ってくれたのです。コートを通してレイフの手の温かみが伝わってきます。やった~!

シアター・ロイアル・ヘイマーケットは、私が生まれて初めてイギリスで演劇を見た劇場です。ピーター・パンの作者ジェイムズ・バリーの『あっぱれクライトン』という作品でした。映画『マイ・フェア・レディ』のヒギンズ教授をやったレックス・ハリソンが出演していました。エレガンスを絵にかいたようなエドワード朝の貴族の家庭で起きる出来事を通して、階級制度を軽やかなに風刺した作品です。

ヘイマーケット劇場はロイアルと今も劇場名に冠されているように、18世紀の前半に王室の勅許をとった劇場で、高い格式と歴史を誇っている劇場です。円柱が立ち並ぶ重厚な外観、金色に輝く装飾と鏡が多様された華やかな内装、そしてゆったりと演劇を楽しむ優雅な立ち居振る舞いの観客を見て、まだ学生だった私は大人の世界に一人迷い込んだような戸惑いを感じました。「いつか私もここのバーで幕間にシャンパン飲むのが似合うような女性になりたい」と憧れの気持ちも抱きました。

今では他のロンドンの劇場と同じように、上演中に飲み物を飲んだり、携帯を鳴らしてしまったりするちょっと行儀の悪い観客もまじっています。古めかしい内装も、いかにも過去の栄光の遺産のように見えます。そんな時代の変化にじっと耐えている劇場を守っているのが劇場マネージャーです。

終演後、楽屋口に劇場マネージャーが出てきて、集まったファンに向って「チケットとプログラムにサインをするだけです。それ以外はご遠慮ください」と告げます。スニーカーにスポーツウェアなどカジュアルな服装で役者たちが出てくる中、このマネージャーだけは蝶ネクタイです。ちょっと頑固そうな表情でステージドアの前に立ち、悠然と煙草を吸っている様子は、まさに古き良き時代の劇場の生き証人です。レイフ・ファインズの手の温かみとともに、この初老のマネージャーの蝶ネクタイも、ヘイマーケット劇場の思い出として記憶に残りそうです。

2011年9月 1日 (木)

A Woman Killed with Kindness

まつこです。

今晩もショウガネコさんと一緒に観劇。今日はナショナル・シアターで、シェイクスピアと同時代のトマス・ヘイウッド作A Woman Killed with Kindnessという芝居を観ました。あまり上演されることのない戯曲ですし、「お勉強」というつもりで行ったのですが・・・

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[プログラムと赤ワイン]

洗練された舞台にくぎ付けとなり、休憩なしの2時間の上演が終わったときには、軽い興奮状態。こんなときはちょっとだけお酒でも飲んで芝居談義をしてから帰路につきたくなります。(ショウガネコさんはお酒飲まないので、ジンジャーエールですが。)

演出家のケイティ・ミッチェルは大胆な二つの工夫をしていました。ひとつは1603年に書かれた劇ですが、舞台設定を1919年にしたこと。もうひとつは主筋と副筋で、通常は交互に演じられる二つの筋書きを、舞台を二つに分けて同時に見せ続けたことです。第一次大戦終結後、上流階級の二つの家庭が、一方は妻の不倫で、もう一方は金銭問題で、それぞれ崩壊するプロセスをシンクロさせながら描きます。

それぞれの家庭のトラブルを表に出さないために、不倫した妻には殺害や離婚の代わりに追放という「お情け」がかけられ、一方では借金まみれの家の娘を資産家が結婚という「お情け」で救うのですが、その偽善性は女たちの生きる意欲や自発的な愛情を奪ってしまいます。情けによって殺された女(A Woman Killed with Kindness)というわけです。

一方はロンドンのタウンハウス、もう一方はカントリーのマナーハウスで、ともにエレガントな内装がほどこされた上流階級の邸宅でドラマは展開します。その二つの空間の両方で常に動きがあって、一刻も目が離せません。血や裸体などの生々しいリアリズムや、グラス・蜀台・肖像画・リネン・鍵などの微細なリアリズムを取り込みながら、全体はスタイリッシュでかっこいい舞台です。照明、音響も含め、一部の隙もない完成度の高さ。イギリス演劇の底力を垣間見た夜でした。

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