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2011年8月31日 (水)

『トップ・ガールズ』

まつこです。

今晩も夜はショウガネコさんと一緒に観劇。トラファルガー広場のそばにある劇場に、キャリル・チャーチル作『トップ・ガールズ』を見に行きました。

Photo

[芝居が終わった後、高揚感を抱きながら夜の街に散っていく観客たち]

時間を超越して世界史に名前を残した女性たちが、お洒落なイタリアン・レストランに一同に会してパーティをするという奇想天外な幕開けです。19世紀に一人日本にやってきて旅したイザベラ・バード、中世の物語に登場する貞節の鑑グリセルダ、男に扮したまま教皇になったジョウン、天皇の側室二条などなど、一癖もふた癖もある女たちが世界史の年表から飛び出してワインをグビグビ飲みながら、ガールズ・トークを炸裂させます。

多くの女子会で見られることですが、女性はついつい相手の話を聞かずに自分のことをまずしゃべろうとする傾向があります。この歴史を超越した女子会でも、誰かが話している最中から一人が割り込んで話始めると、つられて我も我もと話始める。レストランでこんなテーブルの隣にうっかり座ろうものならうるさくってたまったものではありません。

この歴史上のトップ・ガールズの女子会も、酔いがまわって過熱すると、それぞれの人生で経験した、ひりひりとした生身の人間としての痛みを吐露するようになります。出産、離別、死別などなど、女の人生には痛みが必ずつきまとう、というのが浮かび上がってくるテーマです。

第2幕からは現代の職場や家庭を舞台として今を生きる女たちが描かれます。職場での不満や打算や幻想を語る働く女たち。学習障害を持つ少女まで心の屈折を語ります。その中で右肩上がりの80年代を象徴するように、肩パット入りのスーツ、黒いハイヒール、セットしたロングヘアで、ばっちり決めて肩肘はっている主人公マーリーンは、そういう人生の痛みに背を向けて成功への道を邁進するタイプです。自分の痛みからも、そして他人の痛みからも、あえて目を背けることが成功への秘訣。

この作品は1982年に書かれたものですが、自己責任で利益を追求することを称揚したきた時代が行き詰まりを見せている今の時代に向って、疑義を呈しているようにも思えます。私も80年代はあんなスーツ着てと黒いパンプスはいてロングヘアだったなあなどと思い出しながら、「うーん、私もまずは自分の欲望追及型の女かも・・・すいませんね」と反省を促されているような気分にもなった夜でした。

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コメント

まつこさま

毎晩お付き合いくださいまして、本当にありがとうございます。
英国現代演劇事情に精通されているまつこさまのお話を伺うのは、大変な刺激+勉強になります。頼りないお供ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。

ショウガネコさま、コメントありがとうございます。

わたし全然「精通」なんてしていませんよ!もしわずかに精通しているものがあるとすれば、「現代英国買物事情」の方かもしれません。今回は長期滞在なのと、想定外のコート購入のため、軍資金が尽きてこの知識を生かしきれないのが、残念であります。

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