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2011年8月

2011年8月31日 (水)

『トップ・ガールズ』

まつこです。

今晩も夜はショウガネコさんと一緒に観劇。トラファルガー広場のそばにある劇場に、キャリル・チャーチル作『トップ・ガールズ』を見に行きました。

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[芝居が終わった後、高揚感を抱きながら夜の街に散っていく観客たち]

時間を超越して世界史に名前を残した女性たちが、お洒落なイタリアン・レストランに一同に会してパーティをするという奇想天外な幕開けです。19世紀に一人日本にやってきて旅したイザベラ・バード、中世の物語に登場する貞節の鑑グリセルダ、男に扮したまま教皇になったジョウン、天皇の側室二条などなど、一癖もふた癖もある女たちが世界史の年表から飛び出してワインをグビグビ飲みながら、ガールズ・トークを炸裂させます。

多くの女子会で見られることですが、女性はついつい相手の話を聞かずに自分のことをまずしゃべろうとする傾向があります。この歴史を超越した女子会でも、誰かが話している最中から一人が割り込んで話始めると、つられて我も我もと話始める。レストランでこんなテーブルの隣にうっかり座ろうものならうるさくってたまったものではありません。

この歴史上のトップ・ガールズの女子会も、酔いがまわって過熱すると、それぞれの人生で経験した、ひりひりとした生身の人間としての痛みを吐露するようになります。出産、離別、死別などなど、女の人生には痛みが必ずつきまとう、というのが浮かび上がってくるテーマです。

第2幕からは現代の職場や家庭を舞台として今を生きる女たちが描かれます。職場での不満や打算や幻想を語る働く女たち。学習障害を持つ少女まで心の屈折を語ります。その中で右肩上がりの80年代を象徴するように、肩パット入りのスーツ、黒いハイヒール、セットしたロングヘアで、ばっちり決めて肩肘はっている主人公マーリーンは、そういう人生の痛みに背を向けて成功への道を邁進するタイプです。自分の痛みからも、そして他人の痛みからも、あえて目を背けることが成功への秘訣。

この作品は1982年に書かれたものですが、自己責任で利益を追求することを称揚したきた時代が行き詰まりを見せている今の時代に向って、疑義を呈しているようにも思えます。私も80年代はあんなスーツ着てと黒いパンプスはいてロングヘアだったなあなどと思い出しながら、「うーん、私もまずは自分の欲望追及型の女かも・・・すいませんね」と反省を促されているような気分にもなった夜でした。

2011年8月30日 (火)

レイフ・ファインズの『テンペスト』

まつこです。

1991年の春、冷やかな表情の美男子がうっかり恋に落ちてあわてふためく・・・その『恋の骨折り損』に出演したレイフ・ファインズを最前列の席で見たとたんスイッチが入ってしまったのです。以来20年。髪がすっかり薄くなり、額に深いしわが刻まれても、ファンの想いは変わりません。その熱い想いを胸に、今晩はレイフ・ファインズがプロスぺローを演じる『テンペスト』を見に行きました。

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[ヘイ・マーケット・シアターの前で満面の笑み]

演出はトレバー・ナン。はっきり言って新鮮味のない演出でした。冒頭、暗い影の中にヨロヨロの姿の中年男がたたずむ場面は『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンみたい。エアリエルは分身の術みたいに複数に分かれるのですが、ボディラインのはっきりした衣装で立ち並ぶチーム・エアリエルは『キャッツ』そっくり。バックグラウンドの音楽は多すぎ、宙づりなどのスペクタクルも陳腐。

でも、いいんです。レイフ・ファインズがセリフを語り始め、その柔らかく深い声で、きれいに言葉が流れ出すと、それはまるで劇場を満たす魔法のように観客を引きつけます。

もともとドラマティックなアクションに乏しく、プロスペローの一人芝居になりがちな戯曲ですが、そのぶんレイフ・ファインズの台詞回しの美しさが引き立ちます。植民地支配や国家簒奪の権力闘争、兄弟の憎悪の苦々しさを、すべてを和解へと解消させる溶媒として、言葉の美しさが作用しているようでした。

しかし、いまどきの甘ったれた高校生みたいなミランダを溺愛するパパといった表情を見せるレイフ・ファインズ、いやプロスペローを見て、次はリア王か・・・もう恋のつらさに懊悩するレイフ・ファインズは見られないのか・・・と寂しい思いにもかられるのでした。

終演後、一緒に行ったショウガネコさんに、「楽屋口行かなくていいんですか? 行きたいなら付き合いますよ」と背中を押してもらい、じっと待つこと数十分、サインをもらっちゃいました。「東京から見に来ました。素晴らしかったです」と言ったら「ありがとう」とあの声で答えてもらいました。

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[わりと小柄です]

運転手つきのBMWに乗り込んだものの出発せず、じっとこちらを見ているので、「どうしたのかな? わっ、目が合っちゃった!」とか思っていたら、私の横をモデル体型の黒人女性が通り過ぎ、さっとレイフの横に乗り込んだとたん、車は発進しました。いちばん最近のガールフレンドだそうです。まあ、いいんだけど・・・。なぜかガッカリ。

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[よく見ればマーク・ライランスと同じ程度にヨレヨレの中年俳優になりかけているかも・・・]

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[それでもサインは我が家の家宝にします]

私が見たいのはガールフレンドがいる素顔のレイフ・ファインズじゃなくて、舞台かスクリーンで愛憎に苦しむレイフ・ファインズなのです。そうだ、老いて娘に見放されるリア王の前に、妻への嫉妬の妄想に苦しむ『冬物語』のレオンティーズをぜひとも演じてもらいたい、そう思いながら走り去るBMWの後ろ姿を見送りました。

The City Madam/ Cardenio

まつこです。

あまりの寒さのせいかちょっと風邪気味だったのですが、ストラットフォードまで出かけて芝居を2本見てきました。The City MadamCardenioというあまり上演されることのない作品です。

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[いかにもストラットフォードらしいホテルに泊まりました]

フィリップ・マッシンジャー作The City Madam(1632年)は17世紀の前半、富を手にした勃興市民階級が、上流階級を真似して豪奢な生活を誇示する様子を風刺した喜劇です。夫はせっせと働く一方、妻は舶来のファッションで着飾り、贅沢なおいしい食事をし、星占い師の予言に夢中。そんな当時のロンドン・マダムが登場します。「奥様、50歳とは思えないスタイルの良さ!」とかお世辞を言われて、「あら~、顔に比べると体形のほうがまだましかしら、ホホホ」というような、21世紀のマダムたちも身につまされそうなセリフも出てきます。

全体としては拝金主義を批判する筋書きになっているのですが、この上演で圧倒的な力強さで演じられたのは「金を増やす喜びに取りつかれた男」のデモーニッシュな欲望です。散財して文無しとなり、卑屈になっていた男が、突如、財産を相続することになると、急に冷酷で不気味な金の亡者に変貌します。友情も信頼も要らない。欲しいのは金だけ。金を増やしたいという欲望が暴走する様に比べたら、マダムたちの物欲なんてかわいいものに見えてきます。

資本を増やすことが自己目的化する危険は、資本主義の黎明期にすでに文学作品の中に書き込まれていたのだと改めて思いました。

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[一瞬晴れても、またすぐに雨。雨傘のほかに、晴れたら空気が透明でまぶしいのでサングラス、劇場でプログラムを読むために老眼鏡、芝居が始まったら乱視矯正用メガネ。年取るとだんだん荷物が増えます]

1日2本観るのはきついかな、と思ったのですが、おもしろい芝居ならへっちゃらです。夜に見たCardenioという作品は、シェイクスピアが共作したのかもしれない作品を、18世紀の人が再構築して、さらにそれを材源の『ドンキホーテ』を参照して新たに再生したとというものです。作品の由来はこのように複雑なのですが、登場する人物は明快なるラテン系男子です。

片や無節操に女好きなラテン男。もう一方は純情過ぎるラテン男。この二人の友情が裏切りによって壊れたとき、濃くて派手なドラマが展開します。レイプあり、狂乱あり、男装あり、スリリングになりそうな道具立てならなんでも使ったというような筋書きです。尼僧を棺桶に入れて修道院から誘拐する場面まであります。これって、本当にシェイクスピアが書いたの? 見ていると、そんなことはどうでもいいじゃん、という気分になってきます。これぞラテン気質。

土臭いスペイン音楽がたっぷり聴けて、娯楽性満載の一夜でした。劇場から出ると、シーンと静かなストラットフォードの田舎町にエイヴォン川を渡る冷たい風が吹いています。しかし熱いラテン男の情熱とスパニッシュギターにのせて響く深い歌声が心の中に残り、気がつくと風邪も治っていたのでした。

2011年8月29日 (月)

FELA!

まつこです。

冷たい雨に、ときおり雷鳴までまじる、寒い金曜日の夜、FELA!というダンス中心のミュージカルを見に行きました。

私は日ごろはブロードウェイ発のミュージカルをロンドンで見ることはあまりないのですが、評判があまりに良いので、見に行ってみました。

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[開演前、みんなが写真を撮っているので、私も一枚撮っちゃいました]

ナイジェリア出身のミュージシャン、フェラ・クティの生涯をもとにしたミュージカルです。アフロビートを生み出すミュージシャンであり、黒人解放を訴え、ナイジェリアの政治腐敗に立ち向かった活動家でもあります。

・・・というような予備知識のあまりない私でもよくわかる、明快な政治的メッセージとともに、ダンサーたちの躍動する肉体によって表現される、強烈な色彩と超絶的なリズム感の組み合わせに圧倒されます。

客席も巻き込む部分が演出に組み込まれており、観客もノリノリです。観客席も半数ほどは黒人ですが、途中、客席がクラブ状態になって皆踊りだしたとき、黒人観客のリズム感の良さが目立ちました。

前半、フェラがロンドンに留学に来る場面のところで、「ロンドンに来たら雨ばかりで街は灰色」というセリフがあり、観客はみな、どっと笑ったのですが、芝居がはねて劇場の外に出てみると、そのとおり、また雨です。灰色のロンドンで、熱い夜を経験した一夜でした。

2011年8月26日 (金)

『ローゼンクランツ』『リチャード三世』

まつこです。

今年のイギリスの夏は寒すぎます。「4月に2週間程度の夏があったがそれで終わった」と言っている人もいます。今週はブーツとコートといういでたちの女性もめずらしくありません。あまりの寒さに私もコートを買ってしまいました。

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[イギリスといえばこのブランド]

今週、フィレンツェは40度ほどの暑さだそうです。一方、ロンドンの最高気温はなかなか20度に達しません。トスカーナ用に持ってきた夏用の服はすべて役に立たず、黒いタートルネックのセーターに黒いコートという、地味すぎる姿で寒さに耐えています。

うめぞうは「晴れ男」で、うめぞうがいる間は割合晴れていたんですが、このところ毎日、雨まじりのお天気です。

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[ショウガネコさんと3人で芝居を見に行く前に、ナショナル・ポートレイト・ギャラリーの最上階のレストランで食事。ビッグベンやトラファルガー広場のネルソンの像など、ロンドンのスカイラインを見渡せます]

うめぞうがいる間に、あと2本の芝居を見ました。トレバー・ナン演出の『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』とサム・メンデス演出の『リチャード三世』です。どちらも手堅い演出でした。

『ローゼンスターン・・・』のほうは若手の俳優二人が実にうまく、ストッパードの複雑なセリフを緩急自在に操ります。時にコミカルに、時に陰鬱に、息の合わせ方も、外し方もぴったり。まさに超絶技巧の言語ゲームでした。

むき出しの舞台に一本の木だけという冒頭シーンから、ベケットの『ゴドーを待ちながら』を意識した演出です。死を予感させるセリフを強調して、不確実なものについての不安に満ちた世界を描いているのですが、安定感たっぷりのうまい演技を見たという印象のほうが強く残りました。

『リチャード三世』のほうはハリウッド俳優のケヴィン・スペイシーが主演です。アメリカ英語で語る韻文が一本調子で、やや力が入りすぎ。ボズワースの戦いで倒れたリチャード三世が宙づりにされて芝居が終わるなど、全体に主役を目立たせようとする意図が見えすぎて、ちょっと違和感がありました。

劇評はどれも好意的で、劇場でも観客はスタンディング・オべイションで拍手喝采を送っていましたが、私はどうも不満。芝居の見巧者のショウガネコさんも同意見だったみたいなのでそれに力を得て、終演後は食事をしながら、あの場面がヘンだった、このセリフがおかしかったと、さんざん文句を言いました。終演後のこういう芝居談義が観劇の楽しみの一つです。

2011年8月25日 (木)

うめぞう、はじめてのアフタヌーン・ティー

まつこです。

明日はいよいよ帰国という晩になって、うめぞうが「僕、アフタヌーン・ティーってものを経験してみたい」と言い出しました。例のお皿が3段になっている本格的なティーを味わってみたいというのです。うめぞうのロンドン滞在最終日、紅茶の老舗フォートナム・アンド・メイソンに出かけました。

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[うめぞう、3段のお皿を前に喜色満面]

日本がバブル景気を謳歌していた頃、日本人観光客や駐在員の家族でいっぱいと聞いていましたが、今はその面影はないようです。そもそもそれほど混んでいません。こんな伝統的なアフタヌーン・ティーを楽しむイギリス人も減っているのかもしれません。

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[私は辛党なので、こちらのほうがお目当て]

せっかくの機会なので、シャンパンもつけようと思ったら、イングリッシュ・スパークリング・ワインを勧められました。イギリスでワインを作っているとは知りませんでした。

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[カナッペとして出てきたガスパチョとパイ]

最初はカナッペ。そしていよいよ3段皿の登場。最下段のサンドイッチ、なかでもブリニにのったスモークト・サーモンとロースト・ビーフのサンドイッチは、うめぞういわく、「今までイギリスで食べたもののなかで一番おいしい!」。

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[サーモンとキャビア]

うめぞうは血糖値やコレステロールの心配も忘れて、クロッテド・クリームをたっぷりのせてスコーンを食べています。

高級食品店のアフタヌーン・ティーらしく、どれも素材が良さそうでおいしかったのですが、甘いものが多いので、私は途中でギブ・アップ。下の段とシャンパンだけの辛党向けアフタヌーン・ティーがほしいところです。

うめぞうは本格的なアフタヌーン・ティーで、今回の旅を締めくくりました。私はロンドンにもうしばらく一人で滞在します。今までのアパートではちょっと贅沢すぎるので、もう少し安いところに移動しました。

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[清潔で静かだからこれで十分]

今までの部屋が退職者用だとすると、今回の部屋はちょっと学生寮風。夫婦いたわりあってのスローな旅から、ちょっと調子を変えて、明日からはもう一度学生気分で、ロンドン独身生活を謳歌します。

2011年8月24日 (水)

ロンドンでスロー・ライフ

まつこです。

うめぞうのロンドン滞在も、いよいよ最終日となりました。膝痛や腰痛を抱えながらの旅でしたが、予定通り「スローな旅」の日々を無事に楽しく過ごすことができました。

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[1890年くらいの建物です。インテリアは重厚でちょっと古臭いのですが、天井が高くて実際より広く感じられます]

今回、二人で借りたアパートはステューディオ、いわゆるワン・ルームの部屋ですが、なかなか快適に過ごせました。「チェルシーで退職後を過ごす老夫婦」みたいな気分を味わうことができました。

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[朝のテムズ川]

お天気が良ければ朝は歩いて10分ほどのテムズの川岸まで散歩できます。

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[うめぞう、ダイニング・テーブルで論文作成中]

ワーク・デスクはありませんが、無線LANは使い放題なので、ダイニング用のテーブルで仕事をします。

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[買物はキングズ・ロードのスーパーへ]

おしゃれなショッピング・ストリートとして知られるキングズ・ロードで、パンや食料品を買います。ちょっとだけセレブ気分です。

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[たまには料理もする]

狭いキッチンですが、電子レンジもオーブンもあるので、やろうと思えばちゃんとした料理も作れます。

こうして一日を過ごした後、夜は芝居を見に行くか、音楽を聴きに行くなどの予定を入れて出かけます。

特別な観光地や名跡を訪れなくても、こんなにゆっくりとした生活を日々送ることが何よりも贅沢だと実感します。ロンドンでスローな旅をじっくり味わった10日間でした。

2011年8月21日 (日)

マルクスの墓と『ピグマリオン』

まつこです。

「イギリスで芝居を見る」という私の趣味(いちおう仕事の一貫でもある)にうめぞうは、連日、付き合わされています。しかし、私がうめぞうの趣味につきあってあげることも、たまにはあります。たとえば「マルクスの墓参り」です。

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[マルクスの墓の前で「団結」するうめぞうとうめぞうの親友のOさん]

うめぞうのお友達には、いわゆる「サヨクのおじさんたち」がいます。ある晴れた日、そのサヨクのおじさんたちと一緒に私もハイゲートの墓地とハムステッドを散策しました。

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[私もせっかくなので記念写真を一枚]

マルクスの墓なんて、誘われなければ、私ひとりでは決して訪れることはないでしょう。こうして世界が広がるのが二人旅の良いところだから、夜は芝居に一緒に行こう・・・と、今晩も、うめぞうを劇場に誘うのでした。

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[マルクスの墓参りの後、ハムステッドを散策しました。『ノッティング・ヒルの恋人』でジュリア・ロバーツ演じるアメリカ女優が映画撮影をしていた場面に使われたケンウッド・ハウスの前です]

このあとはうめぞうにバトン・タッチ―

うめぞうです。

昨晩は、まつこに連れられてバーナード・ショウの芝居『ピグマリオン』を観に行った。いつもこのブログにコメントくださるショウガネコさんも一緒である。うめぞうは映画『マイ・フェア・レディ』の原作という以外には何の予備知識もなかったが、この芝居には、うめぞうのようなタイプの人間への警告がいたるところにちりばめられていて、実に身につまされるものがあった。

卓越した言語学者のヒギンズ教授はふとした偶然から、ある実験に挑戦することになる。みずからの専門的知識を駆使して、下町言葉まるだしの花売り娘イライザに、英国のミドルクラスでも立派に通用するような言葉とたしなみを教え込もうというのだ。実験は大成功、イライザはサロンへのデビューを果たし、ついでにフレディ君という、良家のお坊ちゃんまでゲットしてしまう。

ヒギンズ教授のもくろみは、ミドルクラスが自慢する文化的洗練など、科学的な教育をもってすれば、半年で容易に打破できる程度の障壁にすぎない、と証明することにある。母親にてんで頭の上がらない教授は、何かというと持ち出されるミドルクラス・モラリティなるものの鼻をあかしてやりたいのだ。その恰好の実験台が自分が拾ってきた花売り娘だった。

このもくろみにみごと成功したヒギンズは有頂天になる。しかもこれはイライザにとっても、人生の可能性を切り開く快挙だった・・・はずである。だからこの成功を、自分と一緒に素直に喜ぼうとしないイライザの心中が、教授にはまったく理解できない。感謝されてもいいはずの自分に、いったいこの女はなぜ不満をいだいているのか。俺は確かに我儘な男かもしれないが、金も時間も住居も提供して、つらい境遇から救い出してやったじゃないか。

ここで発せられるイライザの言葉が、われわれ男たちの胸に突き刺さる。「私があなたに望んでいたのは、ただ、もう少し優しい態度で接してくれることだった。ピカリング大佐は私をレイディとして扱ってくれた。だから大佐の前では私はレイディでいられる。でもあなたはいつまでも私を花売り娘として扱った。だから私はいつまでもあなたの前では花売り娘にしかなれない。」

ピカリングやヒギンズの母親はミドルクラス・モラリティのど真ん中にいる人びとだが、彼らはそれゆえにイライザにも礼儀正しく接する。いかにそれ自体が優越性のもとでの敬意であったとしても、その洗練にはある種の普遍的要素が含まれているのだ。しかし、こうしたモラリティの批判者であるはずのヒギンズは、本人が気付かないままに、濃厚なパトロン意識に支配されている。ミドルクラス文化など、半年の教育でいくらでも作ることができる程度のものだ、と息巻くヒギンズがつい「下町の労働者をそこまで引き上げてやったのは誰のおかげなんだ」と口走ってしまう。さらにまずいことは、ヒギンズが次第にイライザに心惹かれていく自分自身に気づいていないことだ。

他方のイライザは、自分がヒギンズの学説を証明するための小道具にすぎなかったと気づくことで、しっかりと自立を遂げていく。このイライザの自己認識にちょうど逆行する形で、ヒギンズの立場は、教育する者の強みから、愛する者の弱みへと転化しているのだ。かくして支配関係は逆転する。洗練された母親もピカリングも、この逆転をすでにお見通しで、ヒギンズをたしなめている。なのに一人ヒギンズだけはその逆転にいつまでも気づかない・・・。

一般に、社会の保守性を批判する改革派が、その保守性の中でなお保たれていた普遍的要素を軽視し、みずからの内なるルサンチマンに濃厚に残っている保守性に鈍感になるというのは、68年世代の運動にも多々見られたことだ。その意味で、この芝居の結末はやはり、映画のようにハッピーエンドにせず、孤独なヒギンズの溜息で終わる方が良いな、とうめぞうは初めての舞台を見ながら、感じたのであった。

2011年8月20日 (土)

『ヴェニスの商人』『夏の夜の夢』

まつこです。

一泊二日でストラット・フォード・アポン・エイヴォンに出かけて来ました。ロイアル・シェイクスピア・カンパニーが拠点とする劇場の大改築が終わり、新しい劇場がどのようなものなのか見てみたくて出かけました。

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[新劇場には8階の高さのタワーが作られました。ストラットフォードでは超高層ビルです。ウォリックシャーののどかな田園風景が一望できます]

今回は大劇場で『ヴェニスの商人』と『夏の夜の夢』を見ました。最もよく知られた劇ですし、演出も現代的でおもしろかったのですが、観客は圧倒的に高齢化していました。

60歳以上だと切符代がかなり割引になるサービスがあることも一因かもしれません。うめぞうもしっかりそのサービスを利用させてもらいました。

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[新しくなった劇場のエントランス。私の背後にもご高齢の観客がたくさん写っています]

大劇場は馬蹄形の客席が舞台を囲んでいて、どの席からもとても見やすくなっていました。この新劇場にどれだけ若い世代の新しい観客を呼び寄せられるかが次の課題でしょう。

Rupert Goold演出の『ヴェニスの商人』は度肝を抜かれるほどケバケバしいラスベガスに舞台を設定しています。数多くのカジノやホテルを所有するユダヤ資本の提供者がシャイロック。おとぎの国ベルモントはここではショーアップされたテレビのゲーム番組です。バービー人形のようなポーシャが南部なまりの英語で笑顔を振りまいています。

虚栄の象徴の一つがポーシャの金髪のかつらと20センチ近いハイヒールのガラスの靴。3,000ダカットの借金はこの舞台では300万ドル(3億円)に変えられています。この虚飾と投機と欲望の街で、その空虚さや残酷さがむき出しになり、そこでは誰一人ハッピーエンドを迎えられないという苦々しい結末でした。

演出家Rupert Gooldは2009年にENRONを演出して高く評価されました。今回の演出と同様に娯楽性たっぷりのきらびやかな舞台で、暴走する資本主義の落とし穴を見せる趣向でした。現代社会が直面する問題をスマートに突きつけて見せる知的な演出家のようです。

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[お土産屋や飲食店がさらに増え、遊園地の中のようなストラットフォードの町ですが、ホーリー・トリニティが見える劇場裏の様子は以前とほとんど変わっていません]

二日目はNancy Meckler演出の『夏の夜の夢』。マチネーなので、さらに観客の平均年齢が上がっています。

こちらも時代設定は現代。むき出しの倉庫のような空間に、天井から色とりどりのイスがぶら下がっています。気に入らない男と結婚せざるをえないヒポリタが、ふてくされて倉庫の一角のソファで寝込んだあと、夢の中で妖精の女王に変身するという趣向です。ロバに恋するという悪夢から救ってくれたのが、嫌いだったはずのシーシュースにそっくりのオべロン。夢から目が覚めた時は、幸せいっぱいの恋する女性に変身してめでたしめでたし。

でもこの舞台で一番目立っていたのは、本来は地味なキャラクターのヘレナ。男にモテず、しつこく追いすがる情けない女の子。そのみじめさを、すごくチャーミングに生き生きと演じていました。ハーミアを演じた女優さんは代役でしたが、一見かわいこちゃん、実は気の強いおてんばという役柄を体当たりで演じて、カーテンコールでは仲間の俳優たちにいたわられていました。

演出家も女性。女性ばかりに目がいきそうな舞台で、男らしさたっぷりなのがボトムです。ロバに変身させられとき、耳だけでなく、ヘンテコな形のブラブラする棒を股間につけられしまいます。魔法を解かれたときに、「何かついていたような気がする・・・」と思いだす場面で、頭ではなく股間に視線が行きます。

というわけで女性たちが活躍し、男性たちがちょっとコケにされる、(それでめでたしめでたしとなる)『夏の夜の夢』でした。

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[劇場裏のカフェからクロプトン橋を眺める。この景色も変わっていない]

私はストラットフォードまで芝居を観に行ったのは10年ぶりでした。どうせ俗っぽい観光地になっていて人が多くて、遠くてめんどくさいと足が遠のいていました。

今回は鉄道工事のため直行の列車もなく、あれこれ乗り継いでロンドンから3時間。羊と牛が草をはむ景色がどこまでも続くイングランドの田園風景を眺めながらの小旅行です。

新しくなった劇場で、わざわざロンドンから出かけてきた甲斐があったと思えるような、今回のような舞台がいつまでも見られる町であってほしいと改めて思いました。

2011年8月17日 (水)

『背信』

まつこです。

『フォー・ウェディングズ』でヒュー・グラントにふられる役を演じているのを見て以来、クリスティン・スコット・トーマスはお気に入りの映画女優です。もちろん『イングリッシュ・ペイシェント』のヒロイン役も美しく切なかった。

今日はそのスコット・トーマスが出演しているハロルド・ピンターの『背信』を観に行きました。

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[若作りの服装は「痛い」という印象を与える危険性があるのでほどほどに・・・]

「結婚→浮気→告白→愛人との別離→結婚生活の破たん」という出来事を、時間をさかのぼって、事の結末から事の発端へという方向で描くのが、ピンターの『背信』です。

二人きりで向いあう男女、あるいは男同士が、心理的優位をめぐって、まるでチェスの駒を動かしあうように、言葉を交わしあう。それぞれの対話の中で、嘘、隠された事実、抑え込まれた感情が浮かび上がってきます。

設定では、ヒロインは30代半ば(あるいは後半)から一場面ごとに少しずつ若返り、最後は20代後半で結末を迎えることになっています。しかしスコット・トーマスは1960年生まれの51歳。十分にきれいなのですが、うーん、やっぱりこの役をやるにはちょっと無理がありました。

なかでも二の腕。若くて太っているのと、50歳過ぎてゆるんできた二の腕は与える印象が違うと、今日は確信しました。優雅な美貌のスコット・トーマスとはいえ、この自然の節理からまぬれてはいません。

愛情の破綻に向かう必然の流れをさかのぼりながら、無機質な印象の舞台に、ひりひりとした心の痛みが描きだされる。そのドラマの内容と、一場面ごとにスコット・トーマスがより若作をしなければならない痛々しさが、妙に重なりあってしまうのです。

「若く美しい新妻が夫の親友から激しい求愛を受ける」という最終場面で、スコット・トーマスの二の腕が新妻にしては熟し過ぎていました。

気がつけば観客席は70代とおぼしきご夫婦が多く目立ちます。このピンターの作品は1978年作。その頃、「同世代のドラマ」として男女の心理の危うさを見た人たちが、老いた今、そのリバイバルを見に来たのかもしれません。

終演後、いたわりあいながら劇場を後にする老夫婦たちを眺めながら、「痛み」も「たるみ」も経験して老いを迎える、その時間の流れには決して逆らえない、時間に逆行することの痛みが『背信』のテーマなのかも・・・、としみじみと一人、ロンドンの夜に嘆息しました。

2011年8月16日 (火)

『ロンドン・ロード』

まつこです。

今回のロンドン滞在はホテルではなく、サービス付きのアパートにしました。スローン・スクエアの駅に近いチェルシーの一角です。朝食、散歩、昼はそれぞれ仕事、夜は劇場で芝居を見る、というような生活です。旅行と日常の中間といった感じです。

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[アパートの前で。サンダル履いているところが「日常っぽい」感じが出ているでしょう?]

昨日は『ロンドン・ロード』というミュージカル仕立てのドキュメンタリー・ドラマを見に行きました。イプスウィッチという田舎町で、娼婦5人が裸の遺体で見つかるという衝撃的な事件が起きてしまう。その犯人が住んでいた通りの名前がロンドン・ロード。連続殺人事件の犯人と隣り合わせに住んでいた人々のインタビューを綴ってミュージカルにしたという異色の作品です。

街娼の立つ通りという悪いイメージ、犯人が見つかるまでの不安、自分たちの居住地がメディアの注目の的となることの戸惑い、有罪判決が出るまでの落ち着かない気分、地域再生に協力し合おうとする努力など、この通りに住むさまざまな人の声を集めて、ミュージカルに仕立てています。

地元のなまりたっぷりで話す普通の人々の言葉をそのまま使っているのに、それがリズム感ある音楽に自然にのるところがひとつの面白さです。役者は11人だけですが、その11人で60人以上の人々を演じる巧みさも見ごたえがあります。

小さな劇場で周囲を観客がぐるりと取り囲んだ小さな空間で演じられるのですが、「自分たちが経験した地域の崩壊と再生のドラマはどこにでも起こりうるのだ」と役者たちがすぐそばにいる観客たちに向って訴えます。

イギリス各地で暴動と略奪が起き、地域社会の崩壊を切実に実感しているこの時期に、「悲劇」(とそこからの「再生」)のドラマはごく日常的な生活の中に潜んでいるのだと改めて訴えかけるミュージカルでした。

2011年8月15日 (月)

トスカーナの思い出

まつこです。

とうとう、終わってしまいました。トスカーナのヴァカンス・・・。フィレンツェを発った飛行機の中で出されたコーヒーが「ゲンノショウコウのようにまずい」とうめぞうが言ったので、「ロンドンに帰る体と心の準備をするためだよ」と説明してあげました。

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[最後の締めくくりはやはりこの一枚。フィレンツェのドゥオーモを背景に]

食べ物に対する要求水準がそもそも高いイタリア。いただいた食事はいずれもお料理はおいしくワインはふくよか。夢のような日々でした。

出発前にフィレンツェ通の知り合いの方からいろいろレストラン情報はいただいていたのですが、8月は閉まっているお店が多く、毎日、宿のオーナーから開いているお店でお勧めのところを教えてもらって行きました。観光客のあまり来ない地元密着型のお店で毎晩、食事をすることになりました。

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[うめぞうの若い同僚のご夫妻と一緒に村のレストランで食事]

うめぞうの同僚で新婚旅行でイタリアにいらしているご夫妻と合流した日は、私たちの泊っている宿から、さらに山道を徒歩20分ほど行った、小さな村のレストランVecchia Scodellaに行きました。

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[Vecchia Scodellaの前菜取り合わせ]

村の若いあんちゃんがやっている感じの素朴な店ですが、味はなかなかのもの。特に生トリュフのパスタは忘れられない味です。

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[忘れられないトリュフの香り]

お二人はフィレンツェは初めてとのことで、それならばやはり名物ビステッカ。

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[豪快に炭火で焼いたお肉]

今回は10日間の滞在でしたが、そのうち二晩つづけて食事をしたトラットリアがあります。タクシーの運転手が教えてくれたTrattoria Dell'Ortoです。「主人のアルトゥーロに『タクシーの運転手がおいしいって言っていた』とぜひとも伝えてくれ」と、何度も念押しされました。

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[地元のお客さんたちで毎晩盛り上がるトラットリア。貫禄たっぷりのアルトゥーロたちを眺めながら、初日は少しおずおずと食事をいただくウメマツ]

恰幅の良い、ちょっとこわもてのアルトゥーロ。地元の顔役みたいな雰囲気たっぷりです。知り合いのテーブルに参加しては、一緒にお酒を飲んでばかりいます。

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[ポルチーニのタリアテッレ]

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[サラダにのった牛肉]

地元密着型のこのお店ではちゃんとした英語のメニューがなかったり、ウェイトレスさんがあまり英語が話せなかったりしますが、それでも片言の英語で辛抱強く、お料理の説明をしてくれます。

観光客のいなさそうなお店で最初はやや緊張して食事を始めたウメマツも、おいしいキャンティのワインを飲んですっかりくつろいで食事を楽しみました。

うめぞうはくつろぎ過ぎて、お土産に買っていたポルチーニをお店に忘れてきてしまいました。

・・・ということで、次の日も忘れ物を取りに行くついでに、このお店で再度、夕食。一日目にもましておいしくいただきました。

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[生ハムは香りが豊か。メロンは濃厚な甘み]

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[今晩もまたビーフ。バルサミコ味]

二日続けて、がんばって英語で給仕してくれたウェイトレスさんに、うめぞうは記念写真のツーショットをお願いしました。するとこのウェイトレスさん、「ちょっと待って」と言いながら、それまでまとめていた髪をほどいて、ゆるやかなカールを大急ぎで整えるのです。男性と写真を撮るのであれば、ちゃんと女らしい演出をする、というあたりがいかにもイタリアです。

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[うめぞう、にやけきっています]

男性の給仕係りも負けてはいません。最後の晩に行った13 Gobbiというトラットリアでは、そろそろ中年という給仕係りが、注文を取ったりお料理を運んできたりするたびに、私の肩に手をおいて顔を覗き込むのです。その間、うめぞうは完全に無視されています。グラスにワインを注いでくれる時も、私のグラスにはうめぞうのグラスに注ぐ量の二倍ぐらいを入れてくれます。

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[イノシシのお肉のソースがかかったトルテリーニ]

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[ズッキーニの花のフリット]

トスカーナ料理は見た目は地味ですが、味付けは意外とすっきりとしていて、もたれることもなく、やさしい味でした。ワインは安くておいしい。

こうして食事そのもの楽しさを堪能するとともに、男女とも給仕係りが実にあっけらかんと異性に媚をふりまく様子も観察することができ、彼ら彼女らの笑顔も思い出に残るトスカーナの夕食でした。

2011年8月13日 (土)

トスカーナの塔の町

まつこです。

昨日はサン・ジミジャーノまで半日の観光に出かけました。中世の歴史を留める世界遺産。9世紀から12世紀に栄えた、たくさんの塔が立ち並ぶ山の頂きの小さな城塞都市です。

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[背後に見える塔は14本のうちの1本]

交通の要所として栄えた町で、塔は富の象徴として次々に建てられたのだそうです。現在では14本しか残っていないそうですが、トスカーナの田園地帯を走るバスがサン・ジミジャーノに近づくと、山の頂きに塔がいくつも立ち並ぶ個性的な外観が見えてきます。

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[小さな街のどこを見てもこういう趣のある細い道が続いています]

城門をくぐると中は石造りの小さな街です。石の建物の間の細い通路のような道が緩やかな坂になって、町の中心につながっています。

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[13世紀井戸(チステルナ)のある広場]

町の中心にある広場には13世紀の井戸のあとが残っています。

この街の象徴になっているのが聖女フィーナです。フィーナは彼女を見染めた若者からオレンジの実をもらったというだけで、純潔さが汚されたことを母親からとがめられたのだそうです。その罪を清めるため5年間も樫の木の固いベッドで寝たという清らかな聖女です。

町の中心のドゥオーモではその聖女フィーナのフレスコ画が見られます。「こういう極端な処女性の礼賛は教会権力による人間性の抑圧だ。けしからん!」と、うめぞうは教会から出てきて演説しています。豊かな陽光のふりそそぐイタリアの町を歩いていると、「こんなに明るくあっけらかんとした土地では、多少、教会の抑圧でもないと、若者たちが開放され過ぎちゃって困るのかも・・・」と私は思いました。

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[トスカーナの大地を見渡せる丘の町]

街をとりまく城壁のところに出ると、広々としたトスカーナの大地が眺められます。丘陵にはブドウ畑が広がっています。

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[この数日、毎晩、ワインを飲み放題のウメマツ。うめぞうは夕方に備えてイタリアのビール、モレッティのゼロ。ノン・アルコールのビールです]

太陽の恵みをたっぷりと蓄えたブドウから、おいしいワインが作られます。サン・ジミジャーノの特産は白ワインだそうです。街を歩きくたびれたところで一杯いただいてみました。しっかりとした味のヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミジャーノのレセルヴァ。おいしかったです。

・・・と、このように完璧に満ち足りた休暇の日々ではありますが、ときどきアクシデントがあるのが旅です。この日はまず朝、私がシャワー・ブースで足を滑らせ頭にこぶを作ってしまいました(涙)。

さらにフィレンツェから電車とバスを乗り継いでサン・ジミジャーノに向かう列車に乗る際に、切符に検印を押し忘れ、車内検札で5ユーロの罰金を取られてしまいました(涙、涙)。

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[5ユーロの罰金を取られ一瞬へこんだうめぞう]

でも検札にきた車掌さんが女性で、すごく可愛い人だったので、「あんなに可愛い車掌さんだったら5ユーロくらい取られたっていいや」と、うめぞうは気を取り直していました。

2011年8月12日 (金)

トスカーナの難敵

まつこです。

毎日、快晴。でも山を吹き抜ける風はさわやかで、朝晩は肌寒いほどー

と、猛暑の日本の皆さんには申し訳ないほど、快適な夏を過ごしていますが、こんなトスカーナでも私を悩ませるものが一つあります。です。

ある程度は予想して日本から虫よけスプレーやバームなど持ってきたのですが、それでは対抗できないほど強力な蚊です。想定外の難敵でした。私は特に刺されやすい体質らしく、さらにいったん刺されると腫れあがって腫れもかゆみもなかなかひかないのです。

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[近所のCOOPで買った虫よけとかゆみ止め。これなら効きます]

これはたまらないと、近くの町のスーパーでイタリア製の虫よけとかゆみ止めを買ってみました。これはなかなか効くようです。

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[日本から持ってきたオーガニックの虫よけグッズ。これでは効かなかった]

みなさん、夏のフィレンツェおよびトスカーナを訪れる際には、ぜひとも現地で虫よけを調達されることをお勧めします。

2011年8月11日 (木)

トスカーナのダンテ

まつこです。

宿泊しているB & Bには立派な犬がいます。その面構え、風貌たるや堂々としたもの。吠えることなどなく、いつも悠然とたたずんでいますが、いざとなると猛烈な速さで疾走していきます。その走る姿も颯爽として美しい。

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[従業員のベネデータにはなついている]

その名もダンテ。フィレンツェ生まれの13世紀の大詩人の名前を受け継ぐにふさわしい風格のある犬です。

うめぞうは大の犬好き。「ダンテ~、ダンテ~」と甘い声を出して呼びかけてみますが、ダンテは一顧だにせず無視しています。

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[やっとダンテに触らせてもらって喜んでいるうめぞう]

うめぞうがおずおずと近づいて撫でようとすると、どう見ても「高貴なる御身に触らせてもらう身分低きしもべ」という様子。ダンテはプイッと別の方向を見ています。

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[ようやくダンテと対等に並ぶことができたうめぞう]

毎日、その姿を見かけるたびに「ダ・ン・テ!」「ダンテ~」「ダ~ンテッ」と呼びかけ方を変えてみたり、背中をおさすりしたりして、ようやくダンテに少しずつ馴れていただきました。

うめぞうが並んで立つと、ピタリと姿勢よく立って身じろぎひとつしません。うめぞうが一歩進むと、ダンテも一歩だけ前進してピタリと静止。実に行儀のよい犬です。

ところがこのダンテ、今日は私の短いスカートの中に顔を突っ込んできて、ぐいぐい体を押し付けてきました。どんなにしつけられた犬でも、やっぱり本性はイタリア野郎。思わず押し倒されるところでした。

*ところでこの犬はなんという種類でしょう? うめぞうが知りたがっています。もしご存じの方がいらしたら教えてください。

2011年8月10日 (水)

トスカーナ事件

うめぞうです。

ウメマツは、一般的にはあまり喧嘩はしない。ほとんどしたことがないと言ってもよいくらいだ。上下関係がはっきりしているので、基本的にまつこの命令に、うめぞうは逆らわない。いや、逆らえない。だから派手な喧嘩にはなりようがない。とはいえ夫婦だから、時にはコミュニケーション・ギャップが生じることはある。そのパターンはだいたいきまっていて、これが今回、思わぬ形で現実となった。すわ、トスカーナ事件の勃発である。

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[トスカーナの夕日はかくも美しいのに・・・]

今回は「長期滞在型リゾートでいく」とまつこから通達があった時、うめぞうは「それなら小さな講演の準備と次の論文の構想を立てようか」と計画した。その時、今から思い出すとまつこは、さかんに「リゾートには翻訳の仕事をもっていったら?」と忠告をしていた。その意味が今になって分かったのである。

翻訳というのは精神衛生には悪くない。だいたい3時間もやっていると飽きるし、それ以上やっても最後は露骨に質が落ちてくる。しかしやっただけの成果は出るので、一日の仕事を果たした、という感覚は残る。だからあとは罪意識なく自由時間を満喫できる。ところが論文となるとそうはいかない。3日間考えこんでいたことがまったくナンセンスだったということに気付くことがよくある。しかもそんなとき、うめぞうにはまったく外の世界が見えなくなってしまう。

まつこ:「散歩行く?」
うめぞう:「ああ」(うわのそら)

まつこ:「そろそろコーヒーでも飲まない?」
うめぞう:「ああ」(うつろな返事)

まつこ:「夕日綺麗だね」
うめぞう:「ああ」(実は見ていない)

まつこ:「じゃあ、一人でちょっとでかけてくるね」
うめぞう:「ああ・・・リンゴとみかん買ってきて」(こんな時だけ、しっかりと自分の要望は伝える)

まつこ:「ねえ今晩の食事はどうしよう?」
うめぞう:「・・・・・」(自分の世界にひたっていて返事無し)

まずいことに、その間、本人はまったくこの反社会的言動に気付いていない。ぼーと虚空を見て暗い顔をしている。周りからは「俺の思考の邪魔をするなよ」と偉そうに不機嫌光線を発しているように見える(ようだ)。

「ふん、どうせ、たいしたこと考えてないくせに、なんだその態度は」と、まつこはうめぞうの頭の中なんか、はなからお見通しなので、ストレスを募らせる。それでも数日は「あーあ、こいつ、また上から目線で世界を語ろうとする、例の病気が始まっちまったぜ・・・」とある程度はあきらめ、我慢する。

しかし、時あたかも一年に一度のリゾート、舞台はトスカーナの陽光あふれる山の上である。そこでこれを連日やられた日には、旅の計画から、飛行機や宿の予約、パッキングから宿の主人との細かなやりとり、果ては支払いにいたるまで、一切合財を引き受けて夢の舞台をしつらえてきたまつこの堪忍袋の緒が切れる。まつこは爆発はしないが、ぐっすん、とべそをかく。

この時になってようやく、事の重大さに気づいて、うめぞうは現実世界に引き戻される。

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[反省するうめぞう]

考えてみると、うめぞうが育った家庭は、親父がやはりこういうタイプで、長男であるうめぞうにも、小さい時からこの種のエゴイズムが許されていた。夫と息子が好きな時間に好きなように自分たちの(それほど高級ではない)世界に没頭しているのを、専業主婦である母がすべてこまごまと面倒を見る、という典型的な性的役割分業の家族だった。子供が何かに没頭しているときには「御飯よ!」という声を無視しても良いことになっていた。

他方、まつこは共働きの家に育ったので、「御飯よ!」と声がかかれば、すぐさま集まらねばならない。家族といえども公的なルールがあった。うめぞうの生家は専業主婦である母親が、他の全員のエゴイズムの受け皿として一人で公的機能を果たしていたため、圧倒的に甘えの構造が支配していた。

うめぞうには、自分の育った家族のありようを懐かしむつもりはまったくない。女性が職業を持つのがごく普通になった時代、家族もまた一定のルールの下で男女それぞれが責任を分担する方が良い。うめぞうの世代は、頭だけは革新派が多いので、固定された性的役割分業などはすぐに批判の対象となる。しかし、頭ではそのように言う世の男性の多くが、いまだにそのことを感覚的には身に付けていない。

男性諸氏よ、心してこの事態を回避すべく、自らの内なる「母親任せ」体質をできるだけ早く払拭し、女性を一個の人格として尊重し、家事全般について自己管理ができるよう、自らの理論を血肉と化す努力を怠るなかれ。そして優しき女性たちには、その学習過程に、一定の時間と猶予を与えてくれるよう、お願いしておこう。

うめぞうは、かく総括をし、反省と謝罪を申し出て、なんとか、まつこに機嫌を直してもらった。

こうしてこのトスカーナ事件を無事、乗り越えたウメマツであった。

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[まつこの許しを得て、ほっとするうめぞう]

ロバート・レッドフォードに似たフランス人の素敵な男性がプールサイドで撮ってくれたツーショット。うめぞうの涙ぐましい努力よりも、こちらのおフランス人さまが、まつこの機嫌を直してくれたようだ・・・。ありがとう、ロバート。

2011年8月 9日 (火)

トスカーナで再会

まつこです。

今回の私たちのトスカーナ滞在に合わせて、パリ在住の若い友人S君、Nさん夫妻がイタリアまで旅行に来てくれました。1年ぶりの再会です。

一晩目はフィレンツェ在住の方のブログで読んだHosteria del Briccoという地元イタリア人に人気のお店へ。とてもおいしかったのに、おしゃべりに夢中で写真を撮るのをすっかり忘れてしまいました。残念!すべての種類のアンティパストを大きな木のプレートに載せたものを注文したら、「量が多いから、二皿目以降は食べてから決めたほうがいいよ」とお店の人が助言してくれました。気取らないお店で親切です。

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[宿の庭から向かいの山に修道院が見えます]

二日目。私たちの滞在している宿の庭から眺められる修道院を4人で見学に行きました。チェルトーザと呼ばれるカルトジオ会の修道院です。

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[この鐘の音が毎日、近所の山々に響き渡っています]

1時間ほどかけて修道士さんが中を案内してくれるのですが、全部イタリア語なので、全然、わかりません。ですが、一緒に回った見学者の中にフランス人がたくさんいたので、途中からフランス語と併用で案内してくれました。(それでも、私にはもちろんチンプンカンプン。)

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[現在は7,8名の修道士がここで生活しているそうです]

話好きな修道士の説明をじっと1時間我慢して聞いたら(バチあたりな発言すみません)、そのあとは楽しい食事の時間です。宿で紹介された山間のトラットリア、Trattoria da Bibeに出かけました。

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[タクシーで山間の道をビュンビュン飛ばして、川沿いの店に辿り着きました]

緑に囲まれた庭での食事は雰囲気抜群。雰囲気だけではなく、お料理もとてもおいしかったです。

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[奥に小さく見えるのはズッキーニの花にチーズの入ったフライ。手前はナスとチーズとドライトマトの前菜]

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[パスタ]

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[トスカーナ名物のステーキ、ビステッカ]

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[一人分、たぶん300グラムくらいありそう。全員お肉大好き。ぺろりと食べちゃいました]

途中で給仕係りがワインのグラスをひっくりかえしてしまいNさんの白いブラウスが台無しになってしまいました。給仕係りはちょっとは謝っていましたが、それほど悪びれた感じはありません。お化粧室で水洗いして濡れたブラウス手に戻ってきたNさんにその給仕係りが聞きました。「オーブンで乾かしてこようか? 燃えない程度の熱さにするから。

こういうおおざっぱで適当な感覚もトスカーナの魅力の一部かもしれません。ダイナミックで、でも滋味豊かなトスカーナ料理の味とともに、この給仕係りのケロリとした笑顔も思い出に残る一夜でした。

2011年8月 8日 (月)

トスカーナの宿

まつこです。

今回の旅は「滞在型」にしようと思ったので、部屋は宿の中でも少し広めのところをリクエストしておきました。古い建物の雰囲気をうまくいかした居心地の良いお部屋です。

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[案内されてびっくり。予想以上に大きい部屋でした]

古い大きな木のドアを開けると、「次の間」みたいな部屋があり、そこから3段の階段を下りてメインの部屋に続いています。

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[このキャビネットの中にキッチン・セットとミニ・バーが入っています]

「次の間」にはアンティーク風の大きなキャビネットがありますが、下の段はミニ・バーになっていて、上は電気コンロやシンクがそろったキッチンセットになっています。簡単な料理を作って食べることもできます。(ただし匂いの残る料理は作らないようにと、注意書きがありました。)

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[ベッド・ルームも広々しています]

「次の間」にはテーブル・トップが大理石のダイニング・テーブル、大きなソファもあります。観音開きの木製ドアの向こうがベッドルームです。石の床がひんやりと気持ちが良いので、ついつい裸足で行動してしまいます。

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[まつこお気に入りのカウチ]

ベッド・ルームにもカウチがあります。座面が固めで、私はこのカウチで読書するのがお気に入り。

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[どのコーナーも雰囲気たっぷり]

もうひとつコーナーに置いてある大きな椅子も、すっぽりと包まれる感じでなかなか座り心地がいいです。

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[うめぞうの仕事コーナー]

ワークデスクはうめぞうの仕事用。テラスからの光がはいるコーナーです。この部屋はワイヤレスでインターネットにつながり、速度も問題のない速さです。うめぞうは仕事がはかどり、「ここにいるとIQが20くらい上がりそう!」と喜んでいます。

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[仕事にくたびれたらテラスでのんびり。テーブルの上のワインは、こちらの宿のオーナー一家が作っている地元のワインです]

部屋の外には広いテラスがついています。ただ、このテラス、蜂がたくさん飛んできます。到着した当初、テラスに出た瞬間、ブンブンいう音にびっくりして、宿の人に「蜂がたくさんいる!」と訴えに行ったら、「それがどうした?」という顔をされました。「何もしなけりゃ刺さないし危なくない」とのこと。

そうは言うものの、私は虫が大の苦手。せっかくのテラスなのですが、私はちょっとおっかなびっくり使っています。でも早朝、蜂の活動時間が始まる前にここに出て、朝焼けを眺めるときはたいへん気持ち良いテラスです。

2011年8月 7日 (日)

トスカーナの朝ごはん

まつこです。

まだ少し時差ボケが残っていて、早朝に目をさますと、テラスの向こうに朝焼けが見えました。コケコッコーォーと鶏の鳴き声がどこからともなく聞こえてきます。テラスに出てみると涼やかな空気。そのきれいな空気を吸い込むと、クゥー・・・とお腹がすいてきました。

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[大きな杉(?)の向こうに朝焼けが見えます]

さあ、気持のよいトスカーナの夏の一日の始まりです。

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[要塞だった歴史を感じさせる通路]

城壁をくりぬいたような通路を抜けると中庭に出られます。

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[手入れの行き届いたきれいな中庭です]

この庭の一角に朝食用のコーナーが用意されています。

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[朝日のさす庭で朝ごはん]

朝日をあびてキラキラと輝く緑の芝生や風にそよぐ木を眺めながらの朝食はとびきりのおいしさです。

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[朝の日差しで庭が輝いています]

こちらのB & Bはとても気楽な雰囲気で、この朝食コーナーにはサービス係りの人は誰もいません。すでにセットしてあるテーブルの中から、部屋の番号が書いてあるテーブルに座って、あとはビュッフェから好きなものを好きなだけ取っていただくというシステムです。コーヒーも自分でエスプレッソ・マシーンで好きな濃さにいれて飲みます。

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[好きなものを好きなだけ]

パン、チーズ、ハム、ヨーグルト、シリアル、卵(やはりクッカーを使って自分で好きな固さにゆでる)、手作りケーキなどなど、種類も豊富です。

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[朝からプロシュート食べ放題!]

ああ、おいしい! 朝食がおいしくいただけるのは健康な証しです。ここに滞在していると、日増しに朝ごはんがおいしくなります。

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[満足、満足・・・]

ちょっとくらい太ったって構わないわ・・・と、すっかりおおらかな気分になるトスカーナの朝ごはんです。

2011年8月 6日 (土)

トスカーナの休日

まつこです。

8月なのに肌寒く、冷たい雨が降りつづく。ホテルのリフト(エレベーター)は故障し、狭い箱にしばらく閉じ込められる。ヴィクトリア駅からガトウィック空港へ行こうとすれば、車両故障で遅延、さらに運行休止。うーん、どうも今回の旅はさえない。ま、これがいかにもロンドンらしいのですが・・・。

そんなロンドンを後にしてヴァカンスに向かった先はー

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[緑豊かな山並、強烈な夏の日差し、そして真っ青な空に真っ白な雲]

さんさんと陽光の降り注ぐトスカーナです。

フィレンツェ空港から、タクシーで市内を迂回して20分ほど走って、めざす宿に到着しました。細い山道をのぼり、木漏れ日の中を進むと、石造りで重々しいけれど、小さくて可愛い宿に辿り着きます。I Parigi CorbinelliというB & Bです。

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[エントランスから木漏れ日のきれいな小道を進むとー」

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[歴史の長さを感じさせる古い建物の宿に辿り着きます]

「田舎の静かなところでじっくりと思索と翻訳に打ち込みたい」といううめぞうの希望を取り入れ、今回のヴァカンスはトスカーナの宿でしばらくのんびり過ごすという計画をたてました。

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[私たちの部屋はこの石造りの建物の左手の2階です]

I Parigi Corbinelliは14世紀に建てられた中世の要塞に改築を重ねて今日まで使い続けてきたそうです。オリーブの林とブドウ畑に周りを囲まれていて、自家製ワインやオリーブオイルもあります。庭にはプールもあります。

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[太いはりがむき出しになった趣のある部屋です]

さあ、いよいよワイン三昧、昼寝三昧、読書三昧の休暇の始まりです。トスカーナの休日をのんびり楽しみます。

2011年8月 4日 (木)

スローな旅にしよう

久しぶりのまつこです。

ぎっくり腰で数日寝込み、翌週はたまりにたまった仕事を無茶苦茶な速度でやっつけ、出発前日は半徹夜でパッキング。これで無事出発と思いきや、うめぞうが「変形性膝関節症」を悪化させてしまいました。

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[とりあえずロンドンに到着。いつものとおりの薄い青色のロンドンの夏の空です]

痛みを我慢しながら足を引きずって歩くうめぞうと、ぎっくり腰の再発におびえつつ腰に手をあてて歩くまつこの、シルバー世代夫婦の欧羅巴紀行の始まりです。

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[特別塗装機には「いのちの共生を、未来へ」 というメッセージが書かれていました]

昨日、利用したJALのロンドン便は特別塗装機でした。普通、夏休みの特別塗装というと、ポケモンなどお子様用の可愛い絵が描かれていますが、今回は違いました。「いのちの共生イニシアティブ」という、発展途上国の生物多様性の保護を支援する日本政府のプロジェクトのメッセージが書かれています。

これは3年間で20億ドルを拠出する支援プロジェクトだそうです。外務省が窓口になっており、日本航空も協力しているようです。財政破綻しそうな国と、潰れかけた航空会社が、最後の虚栄心を振り絞って環境問題への資金援助をしているように見えなくもありません。

老体にムチ打ちつつ、「夏なんだからヴァカンスよ」と無理やり海外旅行するわが身とイメージが重なるような気がする・・・と、やや弱気になっている旅の始まりです。

というわけで、今回の旅はひたすらゆるゆるとスロー・ペースで、のんびり楽しみたいと思っています。

2011年8月 2日 (火)

いざ出発

うめぞうです。

その後、まつこの腰は徐々に回復。とにかく今年は、レイフ・ファインズの舞台がロンドンで見られるということで、うめぞうのことなどすっかり忘れてロンドンでの観劇を楽しみにしている様子。腰は根性で治しつつある。そういえば昔、ナンセンスなクイズが流行したことがあった。

「猟師が鉄砲でウサギを撃った。二匹に命中したのに、一匹しか倒れなかった。なんでだ?」

答えは「もう一匹は根性があったから」。

しかし、レイフと並んで、まつこのその間の根性をささえたのは今、大ブレークしている大野更紗さんの『困ってるひと』(ポプラ社)。これを読んで、まつこは大感激。こんな壮絶な病苦を抱えながら、自己憐憫に流れることなく、ユーモラスに、しかし冷徹に現実をみつめ、どこまでも能動的に、原則的に、自分の痛み苦しみと相わたろうとする、その意志力と知性。他者への配慮、そして医師個人への敬意と矛盾しない形での日本の医療現場への鋭い批判。なりよりもその文章の巧みさと洒脱さ。人をめったにほめないまつこも、これを読んで絶賛し、この程度の腰痛に甘えていてはだめだ、といくぶん反省した模様だ。

ところが、明日はロンドンに出発、という今日になって、今度はうめぞうの膝痛がはじまった。昨晩、廊下でごきっと音がして、膝ががっくり折れたきり、痛くてまともに歩けない。

かくして攻守逆転。明日からのうめまつ海外旅行は、同病相哀れむ情けない状態になった。JALの宣伝にはとうてい使えないが、グルコサミンの宣伝には十分使えそうな、おぼつかない足取りのロンドンとトスカーナ旅行。その顛末については、ひさびさに、まつこの写真と文章でお伝えできるだろう。

ロンドンでは無二の親友のOさんとの再会が楽しみだ。しょっちゅうメールのやり取りはあるのに、それでも語りつくせぬことがいっぱいある。経済学者の彼にはユーロ危機やアメリカ財政危機の顛末を解説してもらい、大いに耳学問をしたいものだ。

また今度の旅では、以前に紹介したフランス留学中の医師兼哲学者の夫妻であるS君とNさんの磁石コンビが、わざわざフィレンツェまでわれわれに会いに来るという。2人はすでに立派な臨床医だが、昨年のS君に続いて今年はNさんがパリの大学で哲学の修士号を優秀な成績で取得。S君に倣って哲学博士をめざし、医学と哲学の二足のわらじでこれからもがんばるとのこと。2人からはすでに修士論文の概要を送ってもらったが、両方ともなかなかの力作で感心した。まだうめぞうのことを「先生」などと呼んでいるが、ここでも攻守は逆転した。体力も知性もはっきりと下り坂になってきたことを感じる昨今、若い世代の成長を見ることが何よりの楽しみになってきた。

では皆さん、次回からは足を引きずりながらのヨーロッパ珍道中について、ご報告します。向暑の折、どうぞご自愛を!

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