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2011年7月10日 (日)

時間のイメージ

ひさびさにうめぞうです。

その間、大震災とまつこの母の転居、そこに新学期の業務や原稿の締め切りが押し寄せてきた。原発事故についてはいろいろと考えるところがあったが、なかなか落ち着いてブログを書く余裕がない。まつこに言わせると、うめぞうは原発のせいですっかり鬱になっていたそうだ。

そうこうするうちに62歳の誕生日。hiyokoさんをはじめ思いがけない方々から温かい言葉を贈られ、すっかり舞い上がって、また時々はブログを書こうと決心した次第だ。

Photo_2

[62歳だからろうそくは2本]

この年齢で誕生日を迎えると、やはり人生の残り時間について考えさせられる。ユダヤ思想の影響かもしれないが、その際、うめぞうはボートの漕ぎ手のように自分が背後に向かって進んでいるというイメージで時間を感じるよう努めている。ボートはいつか、とつぜん岸にぶつかる。それまで背後にどれくらい水辺が広がっているかはもちろん分からない。しかし確かなことは、年を重ねるごとに目の前にはより広い景色が広がっていくことだ。

われわれは通常、時間を前進としてイメージしている。その証拠に「過去を振り返る」という言い方をする。あるいは「未来に向かって前向きにものを考えなくては」などという。しかしこのイメージは現実とはまったくかけ離れている。なぜといってわれわれに見えているのは過去だけであり、未来はまったく視野の圏外にあるからだ。だからうめぞう流には「将来を振り返る」と言った方が正しい。過去に思いをいたすのは「後ろ向き」ではなく「前向き」なのだ。

認知症患者を身近に見てきたこの3年余り、人間の希望は過去の風景の中にこそあると何度も思った。義母の幼少時の自然との戯れ、姉妹との思い出、厳格な亡父や寛容な母親の片言隻句。おそらく義母が認知症にならなければ、それらをうめぞうが本人と共有することはなかっただろう。そうした過去の一こまが義母の表情をいっぺんに明るくする。認知症であっても過去は忘れさられるだけのものではない。それは日々新たに創造されてもいる。先ごろ義母は「夫は結核で早世した」という物語を創作した。希望が未来にあると思い込んでいる人は認知症患者の先行きに、あるいは自分自身の先行きにあまり明るい光を見出すことはできないかもしれない。しかし人生の楽しみが幼少時の追憶にあるならば、希望は常に眼前にある。年齢とともに広がり、豊かになる光景、まだわれわれが十分に発見し尽くしていない自分と他者の過去に幸福の源泉が潜んでいると考えれば、われわれはいくぶん「前向き」に生きられるだろう。

モーツァルト35歳、シューベルト31歳、ショパン39歳、シューマン46歳。これは早世した音楽家たちの没年だ。しかしこれに比べると哲学者には長生きが多い。40代前半で早世というのはスピノザやキルケゴールなど少数派だ。ソクラテスは70歳過ぎに処刑されたが、弟子のプラトンは80歳まで生きた。ライプニッツ70歳、カント80歳、シェリング79歳、ショーペンハウアー72歳、フッサール79歳、ハイデガーとヤスパースは86歳、エルンスト・ブロッホ92歳、ガダマー102歳、エルンスト・ユンガー103歳。昔の平均余命を考えると彼らはかなり長寿だった。その中におくとアリストテレスやヘーゲルの60歳初めというのが、むしろ若死にのように思えてくる。現在なお旺盛な執筆活動を続けているチャールズ・テイラーやユルゲン・ハーバーマスはいずれも80歳をこえてなお最先端の問題に立ち向かっている。哲学は加齢には比較的強い。

だからうめぞうも年々減っていく残りの人生を「振り返る」のではなく、年々増えていく過去の経験と出合いを「前向きに」直視していきたい。それがうめぞう62歳の誕生日の雑感だ。次回からは、その間に考えてきたことを、少しずつ語ることにしよう。

誕生日のお祝いを寄せてくれた方々、どうもありがとう。

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コメント

うめぞうさま
お誕生日おめでとうございます。
ボートの漕ぎ手のイメージで時間を感じるって今までの自分になかった発想でした。さっそく見習いたいと思います。

まつこさま
も、(ちょっとおそくなっちゃいましたけど)お誕生日おめでとうございますでした。
来年から絶対まつこさんのお誕生日は忘れないです。^^

しょうさん
さっそく、コメントをありがとうございました。
ご無沙汰しましたが、お元気でお過ごしでしたか。
明日のことは明日がわずらう。将来不安のために今、手にしている時間を費やさない、というのは、頭で理解していてもなかなか実行はできません。ですからこれは、あくまでうめぞうの努力目標についての雑感です。
向暑の折、おげんきで。
うめぞう

うめぞう上官殿

お誕生日おめでとうございます。
私も若輩ながら過去を振り返ることが多くなってきました。
そして、あまりになにもなしとげていないという忸怩たるおもいと、
それでも過去をどうにか活用したいとおもう助平ゴコロとの間で
揺れ動いております。

これからもどうかご指導ご鞭撻のほどお願いします。

Wombyさん
お祝いの言葉をありがとうございます。
wombyさんは知的エネルギーがありあまっているので、これからが楽しみですね。むしろ少し体力が落ちてきて、ものをあきらめることができるようになると(ゲーテはそれをEntsagungと言いました)、さらに良いものがどんどん書けるようになることでしょう。
期待してますよ。

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