« 『ジーノの家』 | トップページ | 真珠のネックレス »

2011年6月24日 (金)

リンゴとカボチャの思い出

まつこです。

今週末はうめぞうと二人で新潟に来ています。玄関の鍵をあけると、「ただいま~」といつも通りの挨拶が口をついて出ますが、ニコニコしながら迎え出る母はもういません。静まりかえったがらんとした空き家に入るのは、やはり寂しいものです。

Photo

[母はこの庭の手入れをするのが好きでした。留守宅の庭はだんだん荒れてきてしまいました]

先週、老人ホームの母を訪ねたときの会話です――

母:「久しぶりね。みんな元気なの?」

まつこ:「元気だよ。うめぞうも元気だよ」

母:「うめぞうさん・・・うめぞうさんって?」

まつこ:「いつも奥の和室で勉強している人だよ」

母:「ああ、うめぞうさんね。うめぞうさん、元気なのね。よかったわ」

覚悟していたことですが、老人ホームに入って環境が変わり、母のさまざまな記憶は、速度をあげて消えつつあるようです。でも「うめぞう」という名前は思い出せなかったのですが、「和室で勉強している人」という光景はまだちゃんと母の記憶に残っていました。

Photo_2

[こんな光景を母はまだ覚えているようです]

うめぞうがこの和室で勉強(あるいは趣味のネット碁)をしていると、母は午前1回、午後2回くらい、お盆にお茶とお菓子を載せて、しずしずと持って行ったものでした。

母が和室のうめぞうに最後にお茶を持って行ったのは、1月末の帰省の時でした。はっきりと症状の進み始めていた母は、お菓子の代わりに、なぜかリンゴとカボチャの煮物を一つのお皿に載せて持っていきました。フルーツと煮物が同じお皿に入っているのを見て、「ああ、また一つ症状が進んだ証拠を見てしまった・・・」と悲しいやら、それをうやうやしくお盆で出されて戸惑ううめぞうの顔を見ておかしいやら、泣き笑いしそうになったのを、今、寂しく思い出しています。

Photo_3

[植木屋さんに来てもらうと高いので、シルバー人材センターに庭の手入れをしてもらうことにしました]

母がいなくなった空き家の管理も頭の痛い問題です。庭木が大きくなり過ぎているので、シルバー人材センターにお願いして手入れしてもらうよう手配しました。先月来た時に、すでに草が生い茂っていたので、草取りもお願いしました。

Photo_4

[家庭菜園がなくなってガランとした空地になった裏庭]

今週からすでに作業が始まっていて、裏庭の家庭菜園だったところは雑草が除かれてきれいになっていました。うめぞうが慣れない鍬をふるい、私が苗を植え、母がジョウロで水をあげていた・・・去年の初夏の家庭菜園のそんな光景を思い出して、やはりちょっと寂しい気持ちで、何も植えられていない空地になった裏庭を眺めています。

« 『ジーノの家』 | トップページ | 真珠のネックレス »

コメント

まつこさま

新潟のお宅の管理、お疲れさまです。
お母様のいないお宅に行く…想像するだけで寂しくなります。
「家」というものは house であるより home であって欲しいものですね。

お母様には、今のお宅の姿をお見せしているのでしょうか。私なら悩んでしまうところですが。。。

ショウガネコさま、コメントありがとうございます。

親を老人ホームに入居してもらったとき、もっとも気がかりなことは帰宅願望です。さいわい、うちの母は今のところ「帰りたい」とは言っていないのですが、家の話しは極力しないようにしています。

母が愛着を持っていた緑豊かな景色、これを母が失ってしまったというのはとても悲しいことです。留守宅は母からの預かりものと思って、大切にしようと思っています。

まつこさん、こんばんは

新潟のお家は、楽しい思い出も切ない思い出もいっぱい詰まっていますね。
昨年のブログで、お庭で取れた美味しそうなお野菜の写真を拝見したことを思い出します。

自分の気持ちが追いつかないほど加速して変わっていく母を見ていると、もう少し時間が緩やかに流れてほしいと思うのですが、仕方がありませんね。
頑張って前向きに生きることが親孝行だと自分に言い聞かせています。

翡翠さん、コメントありがとうございます。

母が老人ホームに入って、安全や健康管理の心配はなくなり、週末ごとに新潟に通う必要もなくなったので肉体的にもラクになったのですが、悲しさや悔しさはなかなか軽減しないものですね。

母のことを心にかけながらも、私自身の生活を充実させることが母にとっても本望だと、私も日々、自分に言い聞かせています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: リンゴとカボチャの思い出:

« 『ジーノの家』 | トップページ | 真珠のネックレス »