« 新しい生活 | トップページ | フライジン »

2011年4月10日 (日)

母への電話

まつこです。

3月23日に大阪の老人ホームに入居した母。2週間ほどたちましたが、そこが自分の居場所だと納得して、落ち着いて暮らしています。様子を見に大阪まで行ってきました。

Photo

[母の居室の電話]

母のいる老人ホームは、居室に電話をひくことが認められています。あまり電話をひく入居者は多くないと説明は受けたのですが、弟が電話設置を強く主張しました。それにはわけがあります。

3

[母の部屋のベランダから下を見るとこんな景色です。これは入居直後の3月29日。まだちょっと寒そうな景色ですが・・・]

母の入居している部屋は住宅街の細い道に面しているのですが、弟は毎朝毎晩、そこを通勤・帰宅の経路として使っています。

4

[1週間ほど後の4月7日には桜が満開になっていました]

弟は朝、家を出るときに母に電話してベランダに出てもらい、手を振ってあいさつしてから会社に向かう、それを日課にするという予定だったらしいのです。

Photo_4

[部屋のすぐ前の桜の木。左が3月末、右がその1週間後]

さらに弟は帰宅途中に母のところにより、ビールを一缶飲みながら母と語らってから帰る、という想像もしていました。こういう美しい光景を夢想するのが「息子」です。

実際、母が入居してみると、弟の出勤時間には母はラウンジで朝食中。残業を終えた弟が帰宅する頃には母はすでにベッドに入っているということが多く、母と息子の心温まる交流の計画はとん挫してしまいました。

娘はもっと現実的です。せっかく電話をひきこんだのだから、これ以上認知症が進んで使えなくなる前にせっせと使っておこうと考え、毎朝、毎晩、電話をしています。たいした話などなく、「おはよう。朝ごはん食べた? 残さなかった?」「お夕飯食べた? おいしかった?」と、毎日、判で押したように同じ会話。

Photo_3

[母が群馬の姉(私の伯母)に電話をしているところ。折にふれ、うめぞうも電話で母を笑わせてくれます]

内容のある会話はだんだんできなくなっていますが、声を聞かせ続けて、少しでも家族を忘れないようにする。それで十分です。いつか私の声を忘れてしまう日や、電話で話すこともできなくなる日もくるでしょうが、それまでは「もしもし、私よ・・・」という電話をかけ続けることにします。

« 新しい生活 | トップページ | フライジン »

コメント

まつこさま

弟さんの計画、美しいです。頓挫してしまったとは言え、兄弟のない私にとっては新鮮な発想です。まつこさまの朝晩の電話も、一日も欠かさずというのはすごいことです。

私は相変わらず、親からメールが来てからようやく返事をするという怠けぶり。まつこさま姉弟を見習わなければ、と思いました。

ショウガネコさま、コメントありがとうございます。

どうも男の子というのは一般的に、現実が目に入らない生き物のようですね。東海林さだおのタンマ君の妄想がその典型です。

ショウガネコさんのご両親、お元気そうでうらやましいです。安心してご無沙汰していられるのは、お元気な証しですよ!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 母への電話:

« 新しい生活 | トップページ | フライジン »