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2011年3月

2011年3月30日 (水)

新しい生活

まつこです。

母は無事に老人ホームに入居しました。穏やかに新しい生活を送り始めています。

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[スタッフの方から歓迎の花束をもらいました]

地震や停電というせっぱつまった状況に急き立てられるように、新潟から大阪へ移動、数日のうちに諸々の手続きをすませました。新潟の住み慣れた家を離れてから5日後の老人ホーム入居でした。

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[母は落ち着いて新しい生活を始めました]

母が動揺しないように、私は当初の3日間老人ホームの居室に泊まりこみました。弟一家は入れ替わり立ち替わり訪ねてくれました。うめぞうも老人ホームの近くのホテルに泊まりこみ、一日に何度も顔を見せてくれました。老人ホームに入っても家族にかこまれているという気分を母はたっぷり味わえたと思います。

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[まだ家具がそろわず、そっけない内装なので花をたくさん飾りました]

この一週間は家族一丸となってのオペレーションでした。日頃は遠く離れている家族が、こうして協力し合えたのも貴重な経験でした。

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[うめぞうがお土産にもってきてくれたハロー・キティのぬいぐるみや分数パズル]

ベランダのある部屋なので、プランターを置いてイチゴの苗を植えてみました。その苗に水をやったり、ベランダから眺められる青空や白いモクレンの花やほころび始めた桜の木を眺めながら、母は新しい日々を過ごしています。スタッフの皆さんにも親切にしていただき、母は安心した表情をうかべています。

生活の大きな変化は母にとってはたいへんなストレスだったはずですが、その変化を穏やかに乗り越えてくれたことに、まずはホッとしています。小さなシンプルな一室で母の静かな時間が流れ始めました。これからもその流れを見守り続けていきたいと思っています。

2011年3月21日 (月)

世界の中の一人

まつこです。

「世界が変わってしまった」――母は今回の地震をそう表現しました。

母の住む地域も計画停電の対象になりました。冬の厳しい寒さが残る今年の3月、暖房も照明も消えた家で、母が一人で過ごすのは無理。もはや一人暮らしは限界と判断しました。

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[人のいなくなった家は、写真で見ても寂しげです。小雪のちらつく寒い朝、母はこの家を後にしました]

介護認定更新の調査にいらっしゃる市の職員の方とケア・マネージャーさんにあらかじめ連絡をし、「地震、停電、原発事故という非常事態なので、独居の高齢者は遠隔地の家族、親戚のところに退避する」という「行政指導」を演じていただきました。

「世界が変わってしまったのだものね。私も世界の中の一人だから、変わらなくてはいけないわね。」母はこう言って、長年住み暮らした新潟の家を出て行くことを受け入れました。

その日のうちに大阪の弟夫婦にきてもらい、あわただしく荷物をまとめ、翌朝、雪のちらつく中を出発。

母をしばしば訪ねてくれていた母の幼なじみのお二人に、電話でその旨を伝えると、二人とも電話で号泣してしまいました。75歳を超えた高齢者にとって、突然、友人と別れることになり、再会の機会はもうないかもしれないという事実は、あまりに冷酷です。ですが、ゆっくり顔を合わせて、別れの言葉を交わし合う余裕を作れば、「行政指導」のウソがほころびたり、母の気持ちが変わってしまうかもしれません。母は、友人やご近所の方たちへの挨拶なしで、長年住み慣れた家を離れました。

母は今、弟夫婦の家にいますが、なれない環境に戸惑い、疲労の色を強めています。その母の面倒を見るのは、弟一家にとっても大きな負担です。一日も早く老人ホームに入居できるよう今、手続きを進めているところです。

私も明日から大阪に行き、母の精神的サポートと老人ホーム入居の準備をします。新しい環境という大きなストレスで母の症状はここで一気に進んでしまうかもしれません。母の記憶を、私たちのもとに一日でも長くとどめ置くために、私たちの幼かったころのアルバムなど持っていくつもりです。やがて薄れていく記憶のかなたに母は去っていこうとしています。その歩みが少しでも緩やかで、なだらかな道のりとなるようにと祈っています。

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[幼い日のまつこの姿を見て、母は記憶を手繰り寄せてくれるでしょうか・・・]

2011年3月 5日 (土)

先陣を切って

まつこです。

風は冷たいけれど、きれいに晴れ渡った早春の一日。37階の窓からは遠くの筑波山や房総半島まできれいに見えます。

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[摩天楼で飲むシャンパンの味は格別]

なぜこのような非日常の空間で贅沢な時を過ごしたかというと・・・

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[Matsuko San Happy 50th Birthday!]

職場の同僚たちが、お雛様の日に、ちょっと早めの誕生会を祝ってくれたのです。

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[同じ職場で戦う(働く)妹たちに囲まれご満悦のまつこ]

場所はマンダリン・オリエンタル・ホテルの37階の広東料理店センス。次々と出てくるおいしいお料理の数々を堪能したところで、エレガントに細いキャンドルが飾られた美しいプレートがしずしずと運ばれてきました。大きな花束ももらいすっかりご満悦。

と、そこで私は気がつきました。

まつこ:「ちょっと、ちょっと、普通はこんなところにわざわざ"50th"って書かないでしょ!誰よ、こんなこと頼んだの?」

みんなニヤニヤしています。どうやら準備段階において、この"50th"という一語を書き入れるかどうかで、議論があった模様です。気の毒に一番年下のアンジュは、先輩たちの強い意向を受け、わざわざマンダリン・ホテルに電話をして、真面目な口調で「"Happy"と"Birthday"の間に"50th"って書き入れてください」と頼んだようです。

うーむ、確かに"50"という切りのいい数字だからこそ特別ゴージャスなパーティです。ま、こうなったら10年後も、同じメンバーに豪勢に還暦祝いもしてもらい、その時も"60th"と堂々と書いてもらうことにしましょう。

さて、いただいたお料理ですが、さすがミシュランの星つき、味も見た目もとても洗練された広東料理でした。

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[ピーナッツのソースのかかったサラダ]

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[三種類の点心。どれも凝った味がしっかりついています]

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[コラーゲンたっぷりスープ。トマトの中に細かく切った野菜のお料理が詰められています]

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[さっと火を通したレタスとイカにさっぱりしたフィッシュソースで味付けしたお料理]

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[エビの素揚げをマンゴー入りマヨネーズで和えたもの。ほんのり甘くて外側がカリッとして身がプリップリッ]

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[野菜がツヤツヤに輝いている焼きそば。麺が細くて上品]

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[ドラゴン・フルーツ、イチゴ、アロエ、ミントなどがのった濃厚杏仁豆腐]

いずれも野菜のおいしさをいかしたお料理でした。とてもおいしかったです。ちなみにバースデーのメッセージが書かれたプレートにのっていたのは、月餅やナッツ入りのケーキなどの中華菓子。これもおいしかったです。

素敵なパーティを企画してくれた仲間たちに改めて感謝です。年下の友人たちの声援を受けながら、先陣を切って人生後半戦に突入という気分です。このマンダリン・オリエンタルでのパーティのように、エレガントでゴージャスな50代にしたいものだと思っています。

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