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2010年11月

2010年11月24日 (水)

今年のボージョレー・ヌーボー

まつこです。

このところちょっと酒量が増えています。介護に疲れてやけ酒・・・と言うのではなく、おいしいお酒を贈っていただいたためです。

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[近所の酒屋で買ったボージョレー・ヌーボー]

11月18日はボージョレー・ヌーボーの解禁日。住んでいるマンションの2軒隣が江戸時代から続く酒屋さんです。若旦那がワイン好きで、蔵をワインセラーに改装しています。18日は帰宅途中にこちらに寄ったら、酔っ払い猫のかわいいラベルのボージョレー・ヌーボーがあったので、ついつい買ってしまいました。

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[フランスからのお土産に持たせてもらったパテ]

パリ在住の友人S君、Nさんと夏休み会った時、お土産にといただいたカモのパテと一緒にいただきました。うーん、このパテが合うんだな、赤ワインに。うめぞうと二人であっというまにワイン一本空けてしまいました。その時、宅急便が届きました。

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[ボージョレー・ヌーボー3本が送られてきました]

知り合いの方からの素敵なプレゼントです。ボージョレー3本に生ハムやチーズの組み合わせ。解禁日に合わせて配達してくれるサービスがあるんですね。

私はお酒を飲むと楽天的になるタイプです。かなり怒っていたり、大きな心配事があっても、ポンッとコルクの抜ける音がすると頬が緩み、たとえメソメソ泣いていても一口飲むとケロリとします。

そういうわけで、先週から今週にかけては、母の介護も「まあ、なんとかなるよね、ね、」と言いながら、うめぞうとボージョレー・ヌーボーを飲んでいます。昨日はこのいただいた3本の右端のをいただきました。香りがとりわけ豊かでおいしかったです。今年のボージョレー・ヌーボーの香りは、母の介護のちょっと辛い思い出と一緒に、記憶に残りそうな気がします。

2010年11月22日 (月)

母の予言

まつこです。

今週末は大阪の弟夫婦と3人で帰省しました。この間、いろいろ話し合い、母には弟の家のすぐそばにある老人ホームに入ってもらうのが良いのではないかという結論になったので、3人で説得に行ったわけです。しかし説得は不首尾に終わりました・・・(涙)。

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[メソメソ落ち込んでいてはいけない!シャンパンでも飲もう・・・]

母はまだ元気なころ、義妹にこう言っていたそうです。「もし私がボケたら、子供たちには絶対迷惑をかけたくないから老人ホームに入れてほしい。ただ、まつこも○○(まつこ弟)も優しすぎて私を老人ホームには入れられないかもしれない。その時にはあなたが入れてほしい。あなたなら強いから私を老人ホームに入れられる。」

義妹はその時には「きつい嫁だと言われた」と憤慨していましたが、このときの母の予言を実現すべくがんばって説得にあたってくれました。しかしイヤなものはイヤ。

久しぶりにあった弟は、遠距離介護で疲れている私を見て、これから私はしばらくは休むようにと言ってくれました。来週も一人で大阪から新潟まで行って、母とさし向いで話し合ってくれるそうです。弟よ、ありがとう。たのむぞ!

というわけで、がっくりした気分で早めに帰京。うめぞうも自分の実家に帰省しているので、一人。「シャンパンでも飲んで元気だそう・・・」と近所のカフェで一人飯。顔なじみのウェイトレスさんに「あら、お一人なんですか、めずらしいですね」と言われました。まだ不透明な介護の先行きを思い悩みながら、一人口に含んだシャンパンは、なんだかちょっと苦かったです。

2010年11月14日 (日)

赤い色を残して

まつこです。

新潟に来ています。今週の母は、2週間前よりもしっかりしています。しかしあれこれビミョーです。

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[今週の玄関。紅葉が枯れかけています。翌日、スプレー・バラを買ってきて活け直してもらいました]

到着したら、まず玄関でいつも通り「花チェック」をします。うーん、ちょっとビミョー。私の帰省の間が空いたので、その間、新しい花を買うことができなかった母は、庭の紅葉や小菊をカスミソウにまぜて適当に活けていました。紅葉が干からびかけていますが、母なりにあれこれ工夫した感じが出ています。

私ひとりで行くと直前に伝えておいたのですが、やはり忘れてしまい、「あら、あの人は来なかったの」と残念そう。「うめぞう」という名前が出てきません。しかしうめぞうのお茶わんや湯呑を用意し、「白菜をミルクで煮て、さらに卵でとじる」という料理も作って待っていました。これも相当ビミョーな出来あがりですが、母なりに精いっぱいの工夫をした創作料理です。

家のあっちこっちに、こういう努力の跡が見えます。宅配のお弁当の空き容器には今回も手紙が入っていました。1行だけの短いメッセージ。

庭の木の葉が一枚、また一枚と、赤い色を残して去っていくようです

うーん、これまたビミョーです。「葉は散るが赤い色は残る」と言っているのですから、論理性を欠いています。しかし「葉は散っても紅葉の鮮やかな色彩の印象はいつまでも残る」という詩的表現と受け取れなくもありません。

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[確かに赤い色が残像のように心に残る鮮やかな紅葉です]

ヘルパーさんや訪問看護師さんから聞いたところでは、母は毎日、こうして空き容器にメッセージを入れているのだそうです。こんな詩みたいなお礼の言葉が毎日入っている容器を回収する人も、戸惑っておられることでしょう。

この短いメッセージを書くために、母はたいそう苦労するらしく、先回2冊買ってきてあげた一筆箋はすでに1冊なくなっていました。書き損じては書き直して・・・というのを繰り返しているようです。その努力する姿を想像すると涙ぐましいものがあります。

こうして少しずつ機能を失いながらも、精一杯の努力をして生活している母。弟と私は老人ホームへの母の入居を真剣に検討しています。このまま老いていっていろんなことがわからなくなっても、心穏やかで、安全な暮らしをしてもらいたい、それだけを強く願う晩秋の日々です。

2010年11月12日 (金)

同志ゼラニウム

まつこです。

先日、猫の額ほどの我が家のベランダの花の植え替えをしました。年に3回ほど、プランターや植木鉢に植えてある花は、ほぼすべて入れ替えします。手のひらサイズの狭いベランダなので、一斉に植え替えて花の色などをそろえた方がすっきりします。

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[紫色の花を集めてみました]

今回のテーマ色はパープル。近所のお花屋さんでパンジーなど、紫系の花の苗を買ってきました。

植え替え作業をしていると、「ゼラニウム、捨てないでね!」といううめぞうの叫び声が聞こえました。ベランダのはじっこに置いてある植木鉢のゼラニウムのことです。

白いゼラニウムはもう10年以上がんばって咲き続けています。他のゼラニウムはみんな枯れてしまったのに、この一鉢だけは生き延びています。エアコンの吹き出し口という悪条件にも関わらず、忘れた頃に白い花を咲かせ始めます。

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[手入れをしてあげたら数日後に白い花を一輪咲かせました]

過酷な条件の中で生き続ける白いゼラニウムに、うめぞうは愛着を抱いています。どうやらあまり水ももらわなくても健気に花を咲かせるゼラニウムに恐妻家の自らの姿を重ね合わせている気配があります。

「フーン、じゃあ、私は熱風を吹き出すエアコンの室外機ってわけ?!」と内心憤慨しながらも、枯れた枝葉を取り除き、新しい土を足してあげたら、その数日後に一輪白い花を咲かせました。確かに健気なゼラニウムです。世の妻たちよ、夫にもたまには水をあげましょう。小さな花が咲くかもしれません。

2010年11月 7日 (日)

プチ・デラックス

まつこです。

肌の乾燥が気になる季節です。顔だけでなく、手も乾燥してシワシワになリがちです。女性の容姿に無関心なうめぞうですが、そのうめぞうが「女性の年齢は手に出るね~」と言っています。皆さん、ご用心ください。この季節、手のケアは必須です。

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[カーディガンに合わせたデザインの指輪・・・]

でもハンドクリームを塗る際に、うっかり置き忘れがちなのが指輪。先日もあわただしく出勤する途中で、自宅の洗面台に指輪を忘れたのに気づきました。

「指輪なんて一日くらいなくてもいいや」と思ったのですが、なんだか指の間をすきま風がスースー通るような、もの足りない気分です。

電車の乗り換えの際に、駅の構内の売店みたいなところをのぞいたら、ちょうどいいのがありました。決断までに要した時間は15秒。スイカでピッ。値札を切ってもらって、30秒後には私の指にはまっていました。究極の衝動買いです。1分後にはいつも通りの通勤電車の中。エキナカショップって本当に便利です。

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[エキナカショップで買った指輪]

遠くから見たら、イギリスのアンティークに見えなくもないこの指輪。1,000円でした。縁日の屋台で買ったおもちゃみたいな値段ですが、大ぶりで色も落ち着いていて、ローゲージのロング・カーディガンに合っています。こういう「遊び」は堂々とやる方がよろしい。「プチ・デラックスよ、悪くないでしょ!」と1,000円の指輪を誇らしげに見せる余裕が、手の衰えを補うためにも必要です。(ハンドクリームを塗った後、指輪を置き忘れていないか、もう一度確認する余裕も必要ですが・・・。)

2010年11月 6日 (土)

モーツァルトを聴きながら

まつこです。

今週は群馬の伯母夫婦が母を訪ねてくれているので、私は東京でのんびりとした週末を迎えています。

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[文化の日はコンサートに出かけました。ヤマハホールは新しくなっていて、ガラス越しに銀座の通りが見える素敵な空間に変わっていました]

先日、母の症状が進んだことをブログに書いたら、パリに住む友人の若い医師S君が電話をしてきてくれました。認知症の進行だけではなく、身体的な健康状態のチェックもした方が良いだろうというアドバイスをもらいました。他にも何人かの友人たちが激励のメールをくれました。こうして助言や声援を送ってくれる友人たちがいるのは、本当にありがたいことです。

母のことはいろいろ気になりますが、それでも時間は流れ、日々は過ぎていきます。11月3日は文化の日。残念ながら出勤日でお休みではなかったのですが、夜はコンサートに出かけました。銀座のヤマハホールで開かれた小さなコンサートです。

ダニエル・ゲーデというドイツのヴァイオリニストとマリノ・フォルメンティというイタリア人ピアニストのデュオ・コンサートでした。モーツァルトとブラームスのヴァイオリン・ソナタと、後半はいろいろな小品の取り合わせで、艶やかなヴァイオリンの響きを堪能できて楽しい会でした。

モーツァルトのト長調のソナタ(35番)の天真爛漫な音楽を聴いている間にふと涙ぐみそうになりました。母とは理屈の通った話がどんどんできなくなっていますが、毎朝の電話では、庭の木々の葉の色がきれいだとか、雲間から漏れる朝の光がきれいだとか、そんなことを喜んで繰り返し繰り返し話しています。思考力を失っていくのを嘆くのではなく、母に残されたこの無邪気さに感謝すべきなのでしょう。遠い昔に若い作曲家が残した明るく透明な音楽を聴きながら、少し悲しいけれど穏やかな気分に包まれた夜でした。

2010年11月 1日 (月)

2年を経て

まつこです。

うーむ、かなりきびしい状態になってきました。母との意味のある会話が成立しません。

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[今週はバラの花です]

今日は母の誕生日です。このブログを始めてちょうど2年経ちました。うめぞうと二人、気の向くままに、それぞれに好きなことを書いていますが、ブログ開設にあたっての基本テーマは「親が認知症になっても夫婦力を合わせて、幸せな気持ちで日々を送ること」でした。うめぞうはその間、ほんとうによく支えになってきてくれました。改めて感謝です!

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[庭の木も色づき始めました。毎年、母の誕生日の頃は、秋景色がきれいです]

当初の診断から3年を経て、母の症状はここにきて急に進み始めました。大阪の弟にも連絡をとり、今後の対応について、相談をしています。

納豆を見つめながら「なんでこんなに小さいものができるのかしら?」とか、紅葉を眺めて「こんな色になったのを見たのは初めてだわ」と、母はかなりナンセンスなことを話すようになりました。いちいち動揺したり、嘆いたりしている私に、うめぞうは「ここでジタバタしてもしかたないよ」と言ってくれます。

親の老いは人生で通過しなければならない急所の一つです。ここから先は、家族や親せきのネットワーク、福祉行政、民間の介護施設などの支援も得ながらの、総力戦になると思います。笑いと冷静さは、これからますます必要なります。

辛いことも多くなるでしょうけれど、楽しいことやうれしいことが生活から消えてなくなるわけではありません。泣いたり、笑ったり、辛いことも楽しいこともとりまぜて、これからまた1年ブログを書き続けていきたいと思っています。

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[先週、玄関に飾ってあった花は椿ではなく山茶花だそうです。今、庭にたくさん咲いています]

このブログをこれまで読んでくださったみなさん、どうもありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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