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2010年10月 1日 (金)

マテリアル・ガールの罪滅ぼし

まつこです。

今日は10月1日。赤い羽根共同募金の初日でした。新宿駅南口では、募金箱を持った中年女性がずらりと並んでいました。「募金お願いしまーす」という声の大きさと、中年女性の視線の強さに戸惑いつつ、そそくさと100円玉一個を入れて赤い羽根をもらってきました。

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[帰ってきてから500円玉にするべきだったかとクヨクヨ考える私・・・]

私が寄付や募金の類をするのは、お買いものをした後です。お買いものを楽しんだ快感と、「あー、またこんなに買っちゃった~」という微かな後悔とが入り混じるとき、「私だけこんなに楽しんでいていいのかな・・・世界には貧しい人々がたくさんいるのに」とふと神妙な思いが心の中に立ち現われるのです。

最初はマンションの購入を決めたときのことです。近所の鰻屋に夕飯のための蒲焼を買いに行ったついでに、近くにあったモデル・ルームを見てしまった。その日のうちに仮契約をしたという、衝動買いにしては大きすぎる買い物でした。その後、完成までの半年は、あれこれ家具や家電を見て回り、コンベック・オーブンだ、食洗機だと、次々と発注する浮き立つ気分の日々。その中で、ふと、「アフリカには教育を受けられない子供たちがたくさんいるのに」と反省的気分にとりつかれたのです。フォスター・ペアレント協会(現在のプラン・ジャパン)に毎月、ほんの少しずつ寄付をする手続きを取りました。

これは物欲の罪深さを慈善行為で解消した気分になりたいという心理メカニズムの表れです。最近では、エミリオ・プッチのワンピース1着とマックス・マーラのワンピース2着、計3着を一気に大人買いした日、帰宅したとたん反省モードになり、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に寄付金を振り込みました。

決して、自ら節約してその分を他者に使おうなどという高邁な発想にはならず、「買い物しすぎちゃったー」という罪の意識を、寄付金で和らげるのですから、どこまでいってもマテリアリズムから逃れられない私。

そんなマテリアル・ガールの教祖マドンナも、慈善活動を大いにやってますねぇ。マテリアリズムの象徴マドンナの場合は、仏教だ、ユダヤ教だと、スピリチュアリズムの方面でもいろいろと模索しているようですが、マドンナに向かって声を大にして言いたいっ。「どんどん稼いで、どんどん寄付。それがマテリアル・ガールの生きる道!」

今日、赤い羽根と100円の交換で、私の罪意識が軽減したかといえば、うーん、やはりせめて300円くらいは寄付するべきだったかも・・・とちょっぴり気にしながら、買ったばかりのセーターやカーディガンを見てニンマリしています。

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コメント

まつこさん、こんにちは

赤い羽根の共同募金は、女子高生の呼びかけというイメージがあったのですが、中年女性でしたか~(笑)

私もまつこさんと同じで、洋服や化粧品に大枚叩き、そして、なんとなく落ち着かない後ろめたさを感じて、ユニセフ等に心ばかりの寄付をして・・・自己満足なのでしょうね。
でも、誰でもが、Mother Teresaのようになれる訳ではないので、出来る範囲のことをする、ということで良いのだ、と自分に言い聞かせています。

翡翠さん、コメントありがとうございます。

ずらりと並んだ中年女性の募金運動、なかなかの迫力でしたよ~。

翡翠さんはユニセフですか。私は寄付をするとまたすっかり安心した気分になり、再び消費活動にまい進するということの繰り返しです。買い物する時には、「内需拡大」と「日本経済低迷からの脱出」に貢献しているんだと理屈をつけます。最近は、遠距離介護をする自分へのご褒美という理由まで付け加わりました。

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