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2010年10月

2010年10月30日 (土)

うめぞう2号

まつこです。

昨晩、うめぞうと二人で夜7時過ぎ、新潟の実家に到着しました。東京駅で新幹線に乗る前に電話をしておいたのですが、母の記憶には残らなかったようで、玄関の鍵がしまっていました。母はもう寝る支度をしかけていたようで、上半身はパジャマ姿でした。

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[母が庭から採ってきた紅葉が家のあっちこっちに飾ってありました]

「お久しぶりです~」と明るく挨拶するうめぞうに向かって、「あの~、この方、誰だったかしら・・・。覚えているような、なんだか分からなくなったような・・・」と言い出しました。

えっ、なに?!私は思いっきり焦りました。「ママ、うめぞうだよ!う・め・ぞ・う!!!忘れたの?さっき二人で行くって電話したでしょ?それも忘れた?なんでパジャマ着ているの?もう寝るの?お夕飯三人で食べるって電話で言ったよね?忘れたの?どうしちゃったの?この人、うめぞうだよ、うめぞう、わかるでしょう、うめぞうだよ!」

後からうめぞうに、あんなふうに弾丸みたいに話しちゃダメだよと諭されましたが、私の頭の中はパニック状態です。

母は途方に暮れた表情で、「うめぞうさん・・・そうね、うめぞうさんね・・・でもうめぞうさんはもう一人別にいたような・・・うめぞうさんはもう一人いるでしょ」とおぼつかないことを言っています。

先週から今週までの間に、カタンと一つ歯車が動いたようです。ここまでじわじわと進行してきた病状が、加速度をつけて進み始めたのかもしれません。ああ、いよいよ大波乱の始まりでしょうか・・・。

うめぞうはそれでもニコニコしています。「うめぞう2号が出てきちゃったよ。パーマン2号みたいなもんだな。5人目まで出てきたらおそ松くんみたいだ」と平然としています。私までつられて笑ってしまいました。

翌朝、風邪気味のうめぞうは少し遅れて朝食のテーブルにつきました。母はそのうめぞうを見て、「うめぞうさん? 昨日の夜いらしたのよね? でも昨日の夜のうめぞうさんはもっと若い男の人だったような気がする」と言い出しました。

これには思わず私も大笑いしてしまいました。確かに昨晩のうめぞうは、Henry Cottnsのセーターにパンツでもうちょっとぱりっと見えました。今朝のうめぞうはユ○クロのパンツに古ぼけたセーター、その上からイト○ヨ○カドーのジャンパーで、どこから見てもヨレヨレのオジサンです。

この状況にあって笑いは大切です。しかし笑っている場合じゃないのも確かです。外は秋景色に冷たい雨が降りかかっています。裏日本の厳しい冬の到来が間近です。灰色の空を眺めながら、深くため息をついています。

2010年10月28日 (木)

二度目のぎっくり腰

まつこです。

急に寒くなり、風邪をひいている人が多いようです。うめぞうも喉が痛いと言っています。私は大丈夫・・・と慢心していたら、突然ダウンしてしまいました。

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[悪夢の腰痛。コルセットで腰をサポートして、さあ、これで出勤できるかな・・・?]

火曜日、都内の2か所で打ち合わせがあり、2か所目の会議の後、椅子から立ち上がろうとしたところ、うーん、腰が痛くて立ち上がれない・・・。またぎっくり腰です!秘書の女性にバッグを持ってもらってようやくタクシーに乗ったとたん、猛烈な眠気と悪寒で体が水を含んだ砂袋のように重くなってしまいました。風邪も重なったようです。

私が風邪をひいたときは、ひたすら眠る。今回も、タクシーで帰宅するや否やベッドに入り、海の底のように深い眠りに落ち込みました。10時間から15時間ほど眠り続けて眠気が消えたときには、だいたい風邪が治っています。もとが丈夫なんだと思います。

ただ今回は腰痛が残ってしまいました。木曜日はコルセットで身を固めて出勤。コルセットの上から着れる服というとリーバイスのバギーなデニムくらいしかありません。このゆるい身なりで講義はちょっとためらわれます。

そこで毛皮のマフラーをしてみることにしました。実は先日、衝動買いしちゃったものです。毛皮というのは、小物でも気分が華やぐものです。氷雨の降る日に、ぎっくり腰をかばいながら出かけなければならない日には、こういう華やかなアクセサリーがあると、ちょっとは気が晴れます。

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[Josephのマフラーで、若干、出勤に前向きになったまつこ]

あらためて腰は文字通り体のカナメだと実感しました。みなさんもどうぞ気をつけてください。

2010年10月24日 (日)

あなどりがたし

まつこです。

新潟に来ています。庭の葉も色づきはじめ、空気もひんやりしてきました。リビングや母の寝室に暖房器具を出しました。

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[今週は庭から手折ってきた秋咲きの椿(もしかしたら山茶花かもしれません)]

暖房器具を出す私を見て、母は「あら、これから冬になるんだったかしら?季節がわからなくなっちゃったわ」と言いました。これにはがっくり・・・うーん、だいぶ進行してきたみたいです。

この母の病状の進行に合わせるように、看護師さんやヘルパーさんの訪問の日数を増やしました。しかし母にはまだその必要が実感できないようで、「いろんな人がしょっちゅう来るわ。来てもあたりさわりのない話をするだけなんだから、あれは意味ないわ。行政もおかしなことするわね~」と、雄弁に介護不要論を語ります。

私がしらばくれて、「ママは独居老人だからみなさん心配してきてくださるんでしょうね~」とごまかそうとしたところ、母は「ま、家族が頼むんでしょうね!」と鋭く切り返してきました。「あなたが依頼したんでしょ」と娘を直接非難するのではなく、「どこも家族が勝手に手配するんでしょ」と一般論にして、対立を避ける巧みさに、なかなか侮れないものがあります。

こんなふうに看護師さんやヘルパーさんのありがたみは母には認識できていないようですが、食事の宅配には感謝しています。今回も返却前の容器に手紙が入っていました。「ごちそうさまでした。サンマ、タケノコとひさしぶりのもので、おいしくいただきました。あれこれと忙しい日々がつづくようですが、おからだにはお気をつけ下さい。時間が取れましたらお出かけ下さい。」こんなご丁寧な手紙入りで容器を返されたら、福祉給食センターの職員の方もびっくりなさることでしょう。

病状の進行はどうにも止められませんが、このまま穏やかにゆっくりと次の季節を迎えられますようにと祈る秋の日です。

2010年10月22日 (金)

命令する神と対話する神

また、うめぞうです。

最近は、哲学のほうでも、宗教の話題が多い。ハーバーマスがローマ教皇と対話をしたり、「信仰と知識」について演説をしたり、チャールズ・テイラーが「世俗時代」について厚い本を書いたり、ウルリヒ・ベックが「私自身の神」について書いたり、はたまたテリー・イーグルトンが宗教について書いたりと、一時代前にはちょっと考えられないくらいに、宗教の役割の再定義、再評価が行われている。

上にあげた哲学者、批評家は、立場は違えど、すべて近代啓蒙主義のプロジェクトの支持者たちだ。近代が要求する合理性、政教分離、価値の分化、民主主義的手続きなどを尊重している。それでも近年、宗教、とくに西洋の一神教の伝統のよい部分を、近代のプロジェクトにうまく取り込んでいく道を真剣に模索しているようにみえる。近代がどうしても、もちこんでしまう形式化、意味の空白化を、なんらかの形で修正し、補うものが必要とされているのだろう。

ところでキリスト教、イスラム教、ユダヤ教という一神教の代表格は、ともにアブラハムを信仰の始祖と仰いでいる。このアブラハムの話を読んでみると、面白いことに、そこには一神教の神といえども、二つの明確に異なる相貌をもっていることに気づかされる。ひとつは命令する神、もうひとつは対話をする神だ。

命令する神、律法を付与する神については、よく知られている。夫婦とも老人になってから授かった愛息イサクを理不尽なことにいけにえに捧げよと命令する神、そのような残酷な命令によって信仰を試す神は、日本人から見ても典型的な一神教の神に見える。だから日本ではよく「一神教はどうも厳格すぎて、独善的になりやすい。その点、ヤオヨロズの神や、仏教は多様性を認める寛容さがあっていいよね」という議論を耳にする。

そんなときに日本人がしばしば見落としているのは、アブラハムと対話をする時の神の姿勢だ。たとえばソドムとゴモラの町の話がある。かつては、この町は、ホモセクシャルが横行していたために滅ぼされたという説が横行していた。まあ、そんなふうに読めそうな表現もなくはないが、近年では、寄留者への攻撃性、旅人に対するホスピタリティの欠如が神の怒りを買ったという説が有力だ。

それはともかくとして、倫理的に堕落したこの町を神が滅ぼそうとしたとき、アブラハムは主なる神に向かって、堂々とその決定の倫理的正当性を問いただしている。この町に正しい人間が50人いても、あなたは彼らを悪いものと一緒に滅ぼしてしまうのですか、とアブラハムは主を問い詰めるのだ。「全地をさばく者は公義を行うべきではありませんか」(創世記18章25節)と。

すると驚くべきことに、全能の主なる神は、ナルホド、と納得して、50人正しい人間がいればゆるそう、と約束する。それでもアブラハムはひきさがらない。では45人ではどうか。40人ではどうか、30人では、20人では、10人では、と主なる神を追いつめていく。

ここには、神といえども、公義の原則は守らねばならず、たとえわが子を犠牲にすることもいとわぬ絶対服従のしもべであっても、こと公義のためならば、神に向かって異を唱えるべきであり、神もまたその異議申し立てに耳を傾けなければならないという明確なメッセージがある。

こんなふうに三大一神教の伝統には、たんに「上から目線」で命令する神のほかに、公義について対話し、理屈さえ通っていれば、みずからの判断を修正する準備のある神の姿もまた存在しているのだ。もちろん、スペインの征服者たちによる中南米の略奪、殺戮ひとつをとってみても、一神教の神の名において犯された歴史的犯罪は枚挙にいとまがない。しかし、あまりにそこだけに集中して、一神教の伝統を一面的に理解してしまうと、ヨーロッパの哲学を理解するために決定的に重要なもう一つの水脈を、つまりは対話的理性の水脈を見落としたり、過小評価したりしてしまう。これもまた、日本のヨーロッパ理解が陥りやすい落とし穴のひとつだ。

2010年10月20日 (水)

サヨクとウヨク

ひさしぶりにうめぞうです。

実家に帰ると、86歳の母親から懐かしい言葉を聞くことがある。たとえばいまだに小麦粉はメリケン粉、ワインは葡萄酒と称する。ベビーパウダーを天花粉(テンカフン)などといっても、今の若い方には通じないだろう。そういえばサヨク、ウヨクという言葉も、もうそろそろ時代遅れになってきたようだ。今どきの学生たちがこの言葉を使ったのをついぞ聞いたことがない。

わが家ではいちおう、うめぞうがサヨク、まつこがウヨクということになっている。なっている、というのは、それぞれが、そのように自称しているということで、イデオロギー闘争などが生じるわけではない。

ウヨクといっても、まつこが神社で手を合わせたことなどたぶん一度もないだろうし、日の丸、君が代ともまったく接点がない。和食はほとんど食べず、みそ汁も漬物も基本的に口にしない。自民党に投票したこともなければ、皇室アルバムを見たこともない。基本的にコスモポリタンで、第三世界の子供の里親として、わずかながら月々お金も払っている。常日頃から日本を脱出したがっていて、旅行といえばまず海外、だから老後はどこか外国で過ごしたいという。

たしかにまつこは、アメリカ大統領選挙では、オバマよりもマケインを評価していたが、ペイリンなどを副大統領候補にしてからはすっかり見放し、最近のティーパーティ運動などまったくの論外、ひどく毛嫌いしている。だからウヨクといっても、普通のイメージとはちょっとちがう。生活感覚ではウメゾウのほうがよほど保守系オヤジなのだ。

ではなぜ、まつこは自分をウヨクと称するのか。うめぞうが思うに、これは、うめぞうをふくめ、現実をいつも憤慨している人々へのまつこの暗黙の抵抗宣言なのだ。人間はエゴイスティックで、勇気がなく、自分の快楽や生き延びを優先する、どうしようもない存在だ。自分で稼いだお金で消費生活を楽しめれば、世界にどんな矛盾があろうが、人間はけっこう幸せになる。このありのままの現実を、批判する前に、まずは正直に表明させてくれ、とまつこは言っているのだ。うめぞうは、このまつこの正直さを、非常に高く買っている。哲学の第一歩は現実を正直に認めることでなければならないからだ。

そう思ってよく観察すると、サヨクだってけっこう人生を楽しんでいるではないか。にもかかわらずサヨクは、第三世界の収奪を考えると、そうそう先進国の消費生活を楽しんでばかりはいられない、というポーズをついついとりたがる。そのかすかな偽善性が、まつこを自称ウヨクに追いやっているのだ。

日本に限らず、「道徳」の話は長らくウヨクの専売特許であり続けたために、サヨクはいまだにこの言葉をなかなか使えない。サヨクが語りたがるのは、一般に個人の行動ではなく、社会の構造や強制であり、あるがままの現実ではなく、あるべき理想なのだ。たしかにこのあたりの一面性がサヨクの弱いところかもしれない。これからはサヨクもまた個人の行為について、道徳について、自らの言葉を語るべきだろう。といいつつ、気が付けばやっぱり「べき」論を語っているうめぞうであった・・・

2010年10月18日 (月)

女子大のクリームパン

まつこです。

今週末は九州へ学会出張。母のところへは大阪の弟が行ってくれました。電話をしてみると母は息子が訪ねてきてくれてうれしそうでした。女親にとって息子というのは、やはり特別な存在です。弟が母のところに滞在していてくれる間は、私も母のことは心配せずに過ごせます。

で、仕事に専念。

飛行機で福岡に向かい会場となる女子大へ。仕事の前に血糖値をあげておこうとキャンパス内のカフェに入りました。最近の「女子大のカフェ」というのはずいぶんおしゃれ。こんなに可愛いクリームパンを見つけました。

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[うずまき模様がかわいい]

手入れの行き届いた芝生や噴水のあるこじんまりとしたキャンパスを眺めながら、クリームパンをかじり、女子大もなかなか良いものだとホンワカした気分になりました。

しかし・・・

学会一日目の夜のレセプション。清く正しい女子大では飲酒が許されませんでした。ずらりと並んだお料理と、ずらりと並んだウーロン茶のボトル。お酒の出ないパーティのことをドライ・パーティと言います。品行方正なる女子大の規律はクリームパンほど甘くはありませんでした。

飲兵衛の仲間たちと、そそくさと逃げ出すように会場を後にし、居酒屋で改めて乾杯。こちらの居酒屋さんには「ウコンの力」がおいてありました。ウコンの力は、二日酔い予防に効きます。途中でこれを飲んで、心おきなく、福岡のおいしいお魚とお酒を深夜まで楽しみました。

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[やっぱり出張の夜はお酒を飲みたい!]

2010年10月 9日 (土)

大きな秋

まつこです。

週末を新潟で過ごしています。今週末はうめぞうも一緒。

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[今週の玄関はミニバラ]

10月からは月曜から金曜まで、一食分のおかずをお弁当で配達してもらうサービスを導入しました。配達してくださる方は、必ず顔を見て、声をかけ、無事を確認してくれます。

母は最初は「食事は自分で作れる」と言い張っていたのですが、今では「おいしいわ」とありがたく毎日いただいています。

容器は次の配達時に帰します。家に残っている容器を見たら、中に母の書いたお礼の短い手紙が入っていました。どうやら母は時々、こうしてお礼を書いて空き容器を渡しているようです。

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[お礼のメッセージを添えて容器を返す母]

読んでみると、文章が少し乱れているのですが、字は思ったよりもきちんとしていました。生活の支援を受けていることに対し、感謝の意を表したいという気持ちがあるのだと思います。そういう「社会とつながっている」という意識があると、いつもよりしっかりするようです。

青い空を見上げながらおいしいあれこれをいただき

庭の木もゆらゆら

さらにおいしくいただきました

小さな秋をみつけた・・・ではなく

大きな秋になりました

青い秋を、大きな秋を、見ながら

元気な日々をと思います

ありがとうございました

一所懸命、文章をまとめようとしてまとめきれない、でも思いは伝わる短いメッセージ。庭の木々や空の季節のうつり変わりを眺めながら、一人静かに食事をする母の様子が思い浮かびます。こっそり読んで思わず胸が詰まりました。

たまにはにぎやかな食卓にしようと今晩はすき焼きにしました。すき焼きを食べながら、うめぞうは母を相手に「地球温暖化」や「朝鮮戦争と日本の戦後復興」を、口角泡を飛ばして語っています。(うめぞうは、職業柄もあって、相手が理解していようがいまいがお構いなく、自分のしたい話なら、いくらでも話し続けられる性格です。)

雨が降って少し寒いけれど、母にとっては家族に囲まれ楽しい週末となりました。

2010年10月 1日 (金)

マテリアル・ガールの罪滅ぼし

まつこです。

今日は10月1日。赤い羽根共同募金の初日でした。新宿駅南口では、募金箱を持った中年女性がずらりと並んでいました。「募金お願いしまーす」という声の大きさと、中年女性の視線の強さに戸惑いつつ、そそくさと100円玉一個を入れて赤い羽根をもらってきました。

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[帰ってきてから500円玉にするべきだったかとクヨクヨ考える私・・・]

私が寄付や募金の類をするのは、お買いものをした後です。お買いものを楽しんだ快感と、「あー、またこんなに買っちゃった~」という微かな後悔とが入り混じるとき、「私だけこんなに楽しんでいていいのかな・・・世界には貧しい人々がたくさんいるのに」とふと神妙な思いが心の中に立ち現われるのです。

最初はマンションの購入を決めたときのことです。近所の鰻屋に夕飯のための蒲焼を買いに行ったついでに、近くにあったモデル・ルームを見てしまった。その日のうちに仮契約をしたという、衝動買いにしては大きすぎる買い物でした。その後、完成までの半年は、あれこれ家具や家電を見て回り、コンベック・オーブンだ、食洗機だと、次々と発注する浮き立つ気分の日々。その中で、ふと、「アフリカには教育を受けられない子供たちがたくさんいるのに」と反省的気分にとりつかれたのです。フォスター・ペアレント協会(現在のプラン・ジャパン)に毎月、ほんの少しずつ寄付をする手続きを取りました。

これは物欲の罪深さを慈善行為で解消した気分になりたいという心理メカニズムの表れです。最近では、エミリオ・プッチのワンピース1着とマックス・マーラのワンピース2着、計3着を一気に大人買いした日、帰宅したとたん反省モードになり、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に寄付金を振り込みました。

決して、自ら節約してその分を他者に使おうなどという高邁な発想にはならず、「買い物しすぎちゃったー」という罪の意識を、寄付金で和らげるのですから、どこまでいってもマテリアリズムから逃れられない私。

そんなマテリアル・ガールの教祖マドンナも、慈善活動を大いにやってますねぇ。マテリアリズムの象徴マドンナの場合は、仏教だ、ユダヤ教だと、スピリチュアリズムの方面でもいろいろと模索しているようですが、マドンナに向かって声を大にして言いたいっ。「どんどん稼いで、どんどん寄付。それがマテリアル・ガールの生きる道!」

今日、赤い羽根と100円の交換で、私の罪意識が軽減したかといえば、うーん、やはりせめて300円くらいは寄付するべきだったかも・・・とちょっぴり気にしながら、買ったばかりのセーターやカーディガンを見てニンマリしています。

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