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2010年9月

2010年9月29日 (水)

効率追求の果てにあるもの

うめぞうです。

前にも登場したロンドン在住の友人Оさんから、先日の記事についての感想が寄せられた。同世代の彼もまた、今になって母親や妻が作り続けてくれた弁当のことを思い出すという。

しかし、うめぞうからみると、Оさんもまた日々の積み重ねをたんたんと続けてきた優れた人物だ。うめぞうとはまったく出来が違う。そこで今日はОさんへの返事を書くことにしよう。

Оさん、メールをありがとう。 

僕は小学生の時から、小さなインプットで、大きなアウトプットを得ることに長けた実に小生意気な子供でした。小学校から大学まで、授業中にほとんど一度もノートを取らずに過ごし、なぜ本を読めば書いてあることを自分で書き写さないといけないのかわかりませんでした。

それだけではありません。ちょこっと勉強して80点取れるなら、100点取るために何倍も努力する必要がどこにあるのか。将来、受験科目にない科目の勉強をなぜやらねばならぬのか。こんなことがまったく理解できず、高校や大学の受験に必要な最低限の成績をとるために、受験に関係する科目だけ、しかも出そうな問題だけを効率よくつめこむ。そんな勉強をしてきました。

だから「読書百遍、意自ずから通ず」という言葉が伝えていることを聞く耳は一切なく、面白そうなところだけをつまみぐいして、解説を読んで、要点を頭に入れておしまい、という読書をしてきました。試験前の一夜漬け勉強をつづけ、年長者や先達に対する敬意も払わない。そんな子供であり、青年であり、また教師だったのです。そして、愚直に、要領悪く、言われたことを律儀に、たんたんとこなすだけで、その行為の意味を問わず、効率を問わず、およそ自己懐疑のないように見える友人たちを、内心どこかで小ばかにしていました。しかし、そうした友人たちはのちに素晴らしい仕事をすることになります。 

今思えば、戦後の伝統解体と高度成長期のイデオロギーを、友人たちに一歩先んじて骨の髄まで吸収していたのかもしれません。そして、その悪弊は今でも研究、教育、行政の全般に及び、僕自身の人格を作り上げています。その点では当時も今も、メンタリティは寸分も違いません。

唯一の違いは、そのことに気づくようになったことです。少し遅すぎたようにも思いますが、ともあれ地上の命がある間に気づかされてよかったと思っています。

効率追求の根底には、今の労苦が、未来の利得によって穴埋めされるという発想があります。だから労苦を最小化し、利得を最大化しようとするのです。しかし、それによって、現在の行為はつねに未来の成果のための手段と化します。今という時がたえず手段と化し、幸福の瞬間はたえず未来へと引き伸ばされる。目の前にいる他者が、自分の未来の幸福の手段と化す。これは資本主義の精神そのものです。

遅まきながら僕としては、今の行為が手段ではなく、目的そのものになるような生き方、そもそも目的と手段が分離しない生き方を目指したい。また同時に、あらゆる行為を手段化し、その手段の効率性を競わせることでなりたっている資本主義の仕組みを解明してみたい。

貴君のメールをよみながら、そんなことをつらつら考えました。

東京にもようやく秋風が吹いています。ロンドンはこれから急速に日が短くなるでしょうから、からだに気をつけて過ごしてください。

人権派美容液

まつこです。

うめぞうは妻が介護ウツになることはあまり心配していないようですが、妻の肌の衰えについては極めて大きな危機感を抱いているようです。先日のドモホルンリンクルに引き続き、こんどは美容液の試供品を取り寄せてくれました。

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[試供品といっても8ml入りの小さなビンで1,280円もするそうです。効果を確かめるために真剣に鏡を見てみましょう]

「高濃度ガチュリン美容液」なるものです。ガチュリンとはブナの芽のエキスで、保湿効果があって新陳代謝を促すのだそうです。

うめぞうはこの美容液をアムネスティ・インターナショナルのホームページで見つけました。アムネスティは思想・信条や宗教などの理由から投獄されている人、いわゆる「良心の囚人」の釈放や死刑・拷問の廃止を求める国際市民組織です。

このアムネスティがオンラインストアを持っていて、人権問題を訴える書籍などとともに、フェア・トレードの食品や雑貨などの販売をしています。

アムネスティのオンラインストアで売っているのだから、この美容液も「良心的」なものであるはずだと、うめぞうは判断して取り寄せたのだそうです。先日は気鋭のエコノミストの勧める化粧品、今回は人権団体の推す美容液です。

ここ数日、使ってみました。うーむ、悪くありません。これ1本で良いと書いてありますが、ちょっと乾燥する気がするので、手持ちのクリームを後から少しだけ重ねています。界面活性剤や香料が使われていないのが良いのか、肌が落ち着いている感じです。しばらくこれを使って、肌をパタパタとパッティングしながら、世界の人権問題に思いをはせて見ることにします。

2010年9月28日 (火)

アルツ哲学再考

ひさびさにうめぞうです。

今月で、まつこの遠距離介護生活はちょうど3年になる。

「3日、3月、3年」と、よく言われる。いったん始めたことに、飽きが来る時期だ。さすがに昔の人は人間の性(さが)をよく弁えている。

この3年間、まつこはほとんど一日も欠かさず朝晩に電話をかけ続けた。2000回以上かけた計算になる。わが家ではこの電話を「ポコ電」と呼んでいる。まつこは、公務と旅行以外、ほとんど欠かすことなく毎週末、東京と柏崎の間を往復した。

対するうめぞうは、それほど貢献はしなかったが、それでも2週間に一度くらいはハガキを書き続けた。おそらく数十通はくだらないだろう。聞くところによると、その分厚いはがきの束を、いつも孫の自慢話をする自分の姉に見せているという。うつろな記憶力の中で、ひそかに自慢のお返しをしているのかもしれない。

さて、こんなふうに書くと、いかにもウメマツの孝行ぶりを自慢しているように聞こえるだろう。「えらいわねえ」と誉めてもらいたがっているんだな、と思われそうだ。

そんな心理が少しくらいはあることは否定しないが、今日、うめぞうが書きたいことは、それとはまったく別のことだ。

最近、まつこは過去3年間の疲れが自分の内側に次第に蓄積してきて、そろそろ心身の許容限界に近づきつつあるのではないかと、ひそかに不安を募らせている。しかし、うめぞうの見立てはまったく違う。この3年間の生活を経て、うめぞうには、ひとつ、くっきりと見えてきたものがある。

それは、ウメマツが、そしてわれわれの関係が、この3年の間に、確かな成長を遂げたということだ。朝起きてポコ電をする。勤務に出る。帰ってポコ電をする。これが4日繰り返されたところで新幹線に乗る。買い出しをして、4日分の料理をストックして帰途につく。日曜日の夜、家に戻り、月曜日の朝、同じことが始まる。週末がないため、週日の間に仕事の準備や人との会合をすませておかねばならない。

この単調な反復が、われわれの生活を律したのだ。

もう、気まぐれで映画を見にいったり、見境なく飲みほうけたり、だらだらとテレビを見たりする時間はほとんどなかった。最近では、前もって2人の手帳を照らし合わせ、約束を取り付けておかないと、夕食を一緒に取ることすらなかなかままならない。あまり考えることなく、たんたんと、あたりまえのように、日々の仕事を反復する。それだけだ。

この一見何でもないことが、われわれ二人に、いかに苦手なことであったかを、われわれはこの3年、身を以て学ばされたのだ。

そしてその学習過程の中で、うめぞうには、一つの光景が見えてきた。それは自分と姉と父親のために、3年どころか、10数年にわたって1日も欠かさず、早朝に起きて、食事を作り、弁当を作り、電化製品もろくにない貧乏生活の中で、明るく一家を支えてきた母親の姿だ。

そしてまつこの母親もまたしかり。目の不自由な夫と、脳こうそくで寝たきりの舅と、きつい性格の姑の3人の面倒をみながら、自分だけが、たった一人、まともな労働力として、子供2人を含む5人の人間を養ってきたのだ。それは、いっさいの気まぐれや、思いつきの遊びを許さぬ、30分の予定時間のずれすら、大きなストレスになるような生活だったはずだ。それが証拠に、記憶力がどんどん落ちているその中で、「早く家に帰らなければならないのに、どうしようかと思った」という話を、うめぞうは何度も何度も聞かされている。その生活は、はたから見れば、ほとんどマニュアル化された機械的な反射運動のつみかさねから成り立っているような生活に見えたはずだ。しかし今、こうした反復がもつ凄さをウメマツは日々教えられつつある。若き日々の両親の姿が、介護を通じてありありと思い出され、介護を通じて、親ともう一度、新たに出会っているのだ。こうした機会でもなければ、けっして会えなかったであろう親の姿と。

うめぞうは、こうした淡々とした積み重ねが作り上げる静かな威厳を、これまであまりにも見くびっていたことを深く反省している。その意味では、まつこの2000回の電話もまた、あっぱれだ。うめぞうには次第に神々しく見えてきた。

これから困難な道を経て死におもむこうとしているわれわれの親たちのかつての生活史からみると、ここ3年くらいのわれわれの生活を苦労と呼ぶのはまだ早い。まだまだ、われわれは人生の何たるかをわかっていない。そして、そのことをほんの少し学ばせてもらったことは、この3年のウメマツにとっては大きな恵みであった。

日々の単調な積み重ね自身が、ひとつのプレゼントなのだ。というのも、こうしてわれわれもまた、いつかは死におもむくための準備の一歩を踏み出すことができたからだ。親の介護から学ぶことは多い。アルツ哲学は、まだまだ奥が深いと感じる3年目だ。

2010年9月26日 (日)

山あり谷あり

まつこです。

今週は水曜日と翌日の秋分の日に新潟に帰省しました。

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[今週の玄関はガーベラ]

玄関の花だけ見るとまだちゃんとしていますが、母の認知症は確実に進行しています。最近はお金が数えられないとか、曜日がわからないとか、困ったことがあって、東京の私の自宅に電話してくる回数が増えました。ところがこちらが電話に出たとたん、何の用事でかけたのかを思い出せないとか、それを伝える言葉が出てこなくて、話がさっぱり要領を得ないという場合が増えています。

週末や祝日を返上するだけでなく、毎日常に遠くに暮らす母のことが頭から離れないというのが、辛いところです。イライラしてくると、「うめぞうにあたりちらす」、「酒量が増える」、「仕事が滞る」、「やけ食いする」など、ロクなことがありません。

この負のスパイラルから脱するため、今日は先週買ったMBTの靴を履いて散歩に出かけました。出かけた先は・・・

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[この写真だけでお分かりになる人もいると思います]

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[日本庭園を見下ろす高級ホテル]

椿山荘です。神田川から目白台にかけての傾斜を利用しているので、高低差があるのがここの庭の特徴です。

MBTのシューズは、坂を上るときに運動量が増えるような気がします。腿の裏を使っている実感があります。「おおー、これは確かにヒップ・アップ効果あるかも」と期待度上がります。しかし帰り道、江戸川橋から小日向台を上り、茗荷谷に下りて、小石川台に上って後楽園のところに下りてきたときには、くたびれきっていました。もうひとつ本郷台の坂を上ると我が家に帰れるのですが、挫折して最後は一駅だけ地下鉄に乗りました。

でも歩いて汗を流したら、イライラ・モヤモヤ・ムシャクシャという気分が消えました。

文京区、山あり谷あり。人生も山あり谷あり。せっせと歩けば気分は晴れる。これが今日の教訓です。

2010年9月20日 (月)

人生を変える靴

まつこです。

うめぞうの弱点は多々ありますが、最大の弱みは腰痛です。これまでも様々な腰痛対策グッズを試してきましたが、今回はこれを試してみることにしました。

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[ただのカジュアル・シューズに見えますが・・・]

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[靴底が湾曲しています]

MBTのトレーニング用フットウェアです。「MBT」とは「マサイベアフットテクノロジー」の省略だそうです。アフリカの大地を裸足で行くマサイ族のように、自然の大地を歩く感覚と姿勢を回復し、それに必要な筋肉をつけるトレーニング用の靴です。

平らで安定した従来の靴から発想を逆転し、柔らかく不安定な形のソールにすることで、無意識のうちに筋肉が自然なバランスを維持するよう促すのだそうです。13年前にスイスで開発され、7年前から日本でも販売しているそうです。

ネット上でこれについての記事を読み、なかなか良さそうに思えたので、今日、港区三田にある「MBTウォーキングスタジオ」に行きました。たまたま「はなまるマーケット」の取材クルーも来ていました。

こちらのスタジオでは、専門のスタッフが足にぴったりのサイズを選んでくれて、適切な立ち方や正しい歩き方の指導をしてくれます。

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[まずは立ってみます。最初はちょっと不安定に感じますが、自然といつもより姿勢が良くなります]

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[さらに専門スタッフに正しい立ち方を教えてもらうと・・・]

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[背骨に負担のかからない正しい姿勢になります]

私も一度、ぎっくり腰をやってしまったことがありますが、それよりもこのMBTでウォーキングをするとエクササイズ効果があってヒップアップになると聞き、私の分も一足購入しました。(パリス・ヒルトンもこのデザインのMBTのスニーカーを履いているそうです。)

カジュアル・シューズにしては、ちょっと高めのお値段なのですが(ブルーノ・マリのパンプスと同じくらいの値段・・・)、ソールがすり減れば補修してくれるそうです。毎日履いても2年くらいは使えるそうです。

この手の健康グッズは買ったとたん、それだけで問題が解消したような錯覚を抱くものです。うめぞうも長年悩まされている腰痛からこれで解放された気分になりました。場所は夕暮れの麻布。祝杯をあげることになりました。

麻布十番に昨年できたフランス料理店カラペティバトゥバです。おまじないの文句みたいな覚えにくい店名ですが、カジュアルな雰囲気の中で本格的においしい料理がいただけるお店です。ポーションが大きいからと一皿を二人に分けて持ってきてくれます。グラスワインもいろいろあります。

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[お店の開店1周年を記念して、グラスのシャンパンはテタンジェでした。突き出しはミモレットのコロッケ。前菜はサラダとフォアグラをのせたイチジクのタルト。メインは舌平目を巻いて焼いたものにエビカニのダシを効かせたキノコ入りのスープを合わせたもの、さらに子羊のロースト。どれもおいしかったです]

腰痛克服を祈念したディナーをいただいたところで、明日からはせっせとウォーキングに励むことにしましょう。「腰痛から解放されたら僕の人生は変わる」とうめぞうは言っています。このMBTはうめぞうの人生を変えてくれるでしょうか。効果があらわれたらまた報告します。

2010年9月18日 (土)

文芸春秋とドモホルンリンクル

まつこです。

うめぞうがパソコンに向かいながら、「君の肌の悩みにあてはまるものはどれ?しわ、しみ、はり、毛穴、くすみ・・・」と聞いてきました。「ぜんぶ」と答えたら、私の顔をじっと見て、「しわ、たるみ、乾燥だな」と断言。何をやっているのかと思ったら、なんとドモホルンリンクルの試供品申し込みのアンケートに記入をしていました。

数日後、これが届きました・・・

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[あれこれ7種類も入っていました]

今月号の『文芸春秋』にエコノミスト浜矩子氏の「1ドル50円時代を覚悟せよ」という記事が掲載されています。それによると日本にはまだまだ国際的なマーケットで勝負できる潜在力を持った企業や世界的ブランドとして展開しうる製品があり、それらを牽引力として1ドル50円時代に備えよということのようです。

うめぞうはその記事で「ドモホルンリンクル」が1例として紹介されていたのを読み、さっそく試供品を取り寄せてみようと考えたのです。

うめぞう:「だって君は以前から浜矩子の言うことに賛同していたじゃない」

まつこ:「そりゃ、エコノミストとしてシャープな発言がかっこいいなと思っただけで・・・」

うめぞう:「浜矩子が実際に使ってみてよかったのかもしれないよ」

まつこ:「でもドモホルンリンクルって中村玉緒がコマーシャルしていたおばちゃん用化粧品ってイメージなんだけど・・・」

うめぞう:「とにかく試供品取り寄せてみよう。効くかもしれない!」

『文芸春秋』といえば、保守系おじさん月刊誌。読者の平均年齢もたぶん50歳以上ではないかと思います。この浜矩子氏の記事を読み、妻のためにドモホルンリンクルの試供品を取り寄せたおじさんが、うめぞう以外にもいるかもしれません。「夫=文芸春秋/ 妻=ドモホルンリンクル」―。ああ、まさに日本の保守本流(?)のイメージです。

そのイメージにやや抵抗感を感じながらも、浜矩子さんの凄みのある容姿と堂々たる論客ぶりを思い出しつつ、昨晩から試供品を使い始めてみました。シャロン・ストーンのディオールか、浜矩子のドモホルンリンクルか、アンチエイジングの東西両横綱といった感があります。どちらにせよ年齢などものともしないその貫禄はぜひとも見習いたいものです。

2010年9月14日 (火)

月に祈る

まつこです。

今週はケア・マネージャーさんとの打ち合わせのため、平日に帰省してきました。

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[今週の玄関はトルコ桔梗]

母の一人暮らしもだんだんおぼつかなくなってきているので、訪問看護を週2回に増やし、週1回のヘルパーさんと週1回の給食サービスを導入することにしました。

もともと人見知りをするうえに、認知症で不安感の強まっている母が、すんなりと受け入れてくれるかどうか心配だったのですが、なんとかうまくいったようです。今日の夕方初めてヘルパーさんがやってきてくれました。さすがプロとあって、のんびり話し相手をして母の警戒心を解いてくれました。

母はヘルパーさんと一緒に、東京に戻るため家を出る私を見送ってくれました。いつも一人残る母をおいて家を出るときには、後ろ髪ひかれながら逃げ出すような気分なのですが、ヘルパーさんと並んで私の乗ったタクシーを見送る笑顔の母を見て、心底ほっとしました。

ほっとしたところでお腹が空いて・・・

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[越後名物「にしん・かずのこ・さけ・いくら(親子めし)」です。「はなまるマーケットに登場」「パパイヤ鈴木おすすめ」だそうです。]

新幹線のホームで駅弁買いました。可愛い若い女の子の店員さんの「こちらちょっと居酒屋気分が楽しめるお弁当です。お酒とすっごーく合うんです。お酒を召し上がらない場合は緑茶でどうぞ」という言葉にグラッときてしまいました。

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[私の好きな「吉乃川」です]

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[携帯のカメラなのできれいに映らなかったのですが、なかなかおいしかったです。確かに酒好きオヤジむきの駅弁でした]

今日の新幹線の窓からは雨上がりの空に三日月が見えました。母の老後が少しでも安らかなものであるようにと月に祈りながら、日本酒で一人乾杯しました。

2010年9月12日 (日)

おばさん比べ

まつこです。

先日、大学院時代の友人と会って食事をしました。

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[示し合わせたわけではないのに、二人とも白黒プリントのワンピース。そういえば学生時代も似たようなファッションでした]

学生時代は毎日のように顔を合わせていて、その後も折にふれ家族ぐるみで食事をするというような機会もあったのですが、この数年間なかなか会う機会が作れませんでした。今回は3年数か月ぶりの再会でした。それでも会えば一気に20代の気分に戻ります。

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[デパートの上の京料理店で食事。写真は最初の八寸のみ。あとはカメラなど忘れて、しゃべる、しゃべる、しゃべる・・・]

「えーっ」「きゃーっ」「ほんとーっ」「うっそーっ」という間投詞と笑いがちりばめられたテンポの良いおしゃべりは女子大生の頃のままなのですが、その内容は「おばさん比べ」とでもいうべきものです。

まつこ:「ねえ、わたし、老眼鏡つくっちゃったよー」

友人:「あら、わたしなんか2年前から使ってるわよ。ほら」(かけて見せる)

まつこ:「うちの母、(認知症が)進んでる・・・」(ため息)

友人:「うちの両親も枯れ木が2本で支え合ってるって感じ・・・」(ため息)

まつこ:「ねえ、更年期障害って始まってる?」

友人:「働いていると症状軽いらしいわよ」

まつこ:「それって、忙しすぎて気がつかないってだけじゃないの?」

友人:「そうかもね。ちょっとの不調じゃ気遣ってる暇はないもんねー」

まつこ:「3年に一度しか会えないと、このままじゃ70歳までに6回くらいしか会えないよ。一生であと10回しか会えないかも」

友人:「ひぇー、やめてよ、そんな計算」

二人とも同業者でそれぞれの職場で忙しく働いています。親の老後が心配な時期でもあります。さらに友人には受験生の娘がいます。「いつか暇を見つけて会おうね」と繰り返しメールで連絡を取っていたのですが、そんな暇は定年まで見つかりそうもありません。暇がなくても会おうという強い意志がなければ、なかなか会えない。そんな年代にあたっているのだと思います。

1年以内にまた会おうと誓いあって別れました。それぞれのおばさん度進行具合を比較確認するためにも、そして老後、緊密なネットワークの中で支え合うためにも、忙しい日々の中でなんとか時間を見つけて、友情をはぐくみ続けたいものです。

2010年9月 5日 (日)

黄金色

まつこです。

パリ、サンジェルマンから一転して、日本の田園風景です。

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[稲刈りを見学するうめぞう]

今週末はうめぞうも一緒に帰省しました。新潟も暑いのですが、空気がきれいで東京よりはるかに過ごしやすいです。

稲刈りをしている農家の人に、こんなに日照り続きでも稲は大丈夫なのかと尋ねたら、毎日水路から田んぼに入れる水の量を調整したのだと教えてくれました。今年も良いお米になったとおっしゃっていました。

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[あたりは一面の黄金色。確かに稲穂は実って頭を垂れています]

母はやさしいムコ殿が来てくれたのでご機嫌です。

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[今週の花はむくげ。母は庭に咲いている花を切ってきて、ここに活けます]

昨日、母は美容院に行きました。以前はバスに乗って美容院に行っていたのですが、だんだんそれが難しくなってきたので、最近は徒歩5分くらいのご近所の美容院に行っています。

一人でも行けると言いますが、美容師さんへの挨拶もあるので、念のためついていきました。「この美容院に行くのは、これで3回目ね。ついてきてもらうのはこれで2回目だわ」と言います。

おおー、正確な記憶だ!

でも帰宅後は、「あの美容師さん、初めての人みたい」と言います。3回前から同じ美容師さんです。やっぱり記憶障害の症状は進んでいます。

それでも「きれいになりましたね~」とムコ殿にほめられ、母はご満悦でした。(ありがとう、うめぞう!)

2010年9月 3日 (金)

古いヨーロッパ

まつこです。

今回、パリではセーヌ川左岸のサン・ジェルマンのプチ・ホテルに泊まりました。サン・ジェルマン・デ・プレ教会のすぐそばです。

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[旅の最終日、パリは澄み切った青空が広がっていました]

春にあるファッション雑誌をパラパラとめくっていて、趣のある素敵なプチ・ホテルが紹介されている記事を読みました。文化人を気取って、サン・ジェルマンに泊まってみるのもいいかななどと考えて予約したのですが、ちょっと趣があり過ぎました。

ガタガタと音をたてて動くすごく小さいエレベータ。うめぞうは止まりそうで嫌だと言って階段を使います。その階段は厚い絨毯のひかれたらせん階段。狭い空間を使ったらせん階段なので、4階まで上り下りすると目が回りそう。

部屋はきれいです。ペパーミント・グリーンに壁が塗られていて、家具調度は白。花柄のカーテンに、天蓋つきのベッド・・・。こういう可愛い部屋に泊まりたい乙女には夢のような空間かもしれません。

しかし中高年夫婦のウメマツは、ちと居心地が悪い。そうです、なんだかラデュレのお菓子の箱に入れられたような気分なのです。

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[朝食は地下のセラーのような空間でいただきます。これも雰囲気があると言えばある。演出過剰と言えばそうも言える]

「君らしくもない選択だな~。次からはもっと機能的なホテルを選んでくれ」とうめぞうは言います。「古いヨーロッパはもう十分味わった。次はアメリカ資本でもなんでもいい。新しくて、広くて、エレベータが大きくて、ネットの通信速度が速いところを選んでくれ。」

ホテルの名誉のために書き添えますが、こちらのホテルのインターネット・アクセス(無料)はパリにしては比較的速くて安定していました。バス・ルームも改装されていてピカピカです。お湯もジャンジャン出ます。宿泊予定日が近づくと迎えの車が必要かどうかを訊ねるメールまで届きます。「古き良きロマンティックなパリ」の雰囲気を求める人にはお勧めです!どこのホテルか?ヒントは「セルジュ・ゲンズブールの家の前」です。

このようなホテル選びのちぐはぐさはありましたが、今回こちらに宿泊したため、サン・ジェルマンからモンパルナス界隈の散策をたっぷりとすることができました。

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[朝の散歩のとき何気なく撮った一枚ですが、後から見たら「サルトル―ボーヴォワール広場」という標識が入っていました。そんな名前の広場があるとは知りませんでした]

最終日は夕刻の飛行機出発の時間まで、リュクサンブール公園を散歩したり、カフェで昼食を食べたり、ジャコブ通りの小さなお店をのぞいたりして、のんびり過ごしました。

最後にデパートのボン・マルシェで買い物して、そろそろホテルに戻ろうとしたところ、うっかり道を間違えてしまいました。ちょっと急いでいたので、近くにいる人に道を聞きました。英語で訊ねます。すると非常に愛想よく教えてくれます。しかしその通りに行っても目的地に到達しません。再度別の人に訊ねると、同じように愛想よく教えてくれます。

ここで気がつきました。みなさんすごくうれしそうに英語を話すのです。今回、何度かそんな印象を強く持ちましたが、パリでは「英語を使うのがかっこいい」らしいのです。お礼を言うと"You are welcome!"と満面の笑顔が返ってきます。でもその道案内の内容が、「この道をずっと行くと着く」というような具合でおおざっぱ極まりない。どうやら英語力に自信のある人が、自信を持って間違えたことを教えてくれるようです。

フランスというと、母語に大きな誇りを持っていて、英語の流入を抑える政策を取っていると聞いていましたが、もはやそんな堤防を乗り越えて、実質的共通語としての英語の波が押し寄せているようです。英語で話しかけるとニコリともせずフランス語で答えを返す人は珍しくなり、みんなニコニコとした笑顔で英語で応えてくれます。

ロンドンに比べるとはるかに古いヨーロッパの面影を残しているパリの街並みですが、当然ながらどんどん変化しています。「古いヨーロッパはもう十分味わった」と言いながらも、やはりどこか古いヨーロッパの雰囲気を求めて人々はパリにやってくるのでしょう。ホテルの設備は最新で、でも街には古き良きヨーロッパの気分を求める。そんな観光客のわがままな要望を、3年後、5年後のパリはかなえてくれるでしょうか。あまり遠くない日に、またパリに来てみたいと思いながら、今回の旅を終えました。

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[旅の最終日。リュクサンブール公園で]

2010年9月 2日 (木)

パリの夕食

まつこです。

旅の楽しみのひとつはやはり食事ですが、8月のパリはバカンスで多くのレストランが閉まっています。おまけに私たちがパリに着くのは日曜日です。8月の日曜日に開いているおいしいお店を探すのは、なかなかの難題のはず。それでも私たちのために、SくんとNさんの二人はあれこれ調べて、おいしいレストランを予約していてくれました。

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[Sくん、Nさんは二人とも若くて優秀な医師ですが、今はパリで哲学の勉強をしています]

パリに到着した一晩目に食事をしたのはバスティーユの近くのビストロLe Chardenouxです。1908年にオープンしたビストロを、100年後の2008年に超イケメン・シェフが引き継いだそうです。建物やインテリアは古き良き時代を思わせる歴史的建造物です。

おしゃべりと食事に夢中で、メインのお料理以外は写真を撮るのを忘れていました。

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[Nさんと私はリードヴォーのお料理を選びました。コクのあるリードヴォーに合わせたソースは比較的あっさり系。付け合わせのニンジンのピューレもすごくなめらかでおいしかったです]

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[お肉がドーン! これで二人分。うめぞうとSくんが二人で食べました。私も一切れいただきました。しっかりとしたお肉の風味]

私が一皿目にいただいた「オマールエビのラビオリ」もとてもおいしかったのに、写真を撮り忘れてしまって残念・・・。超イケメン・シェフが客席に姿を見せることもあるそうですが、この晩は現れませんでした。それも残念・・・。

二晩目の食事はシャルトルに行ってきた後です。二人が予約してくれたのはエッフェル塔の足元にあるレストランAu Bon Accueil。シックな内装の落ち着いたレストランです。モンパルナスの駅についたとき、少し時間があったので、レストランまで歩いていくことになりました。

夏の夕暮れのパリ。夕日をあびてきらきらと輝くアンヴァリッドを眺めながら、ジョギングしている人たちがたくさんいるシャン・ド・マルス公園へ。ここまでくるとエッフェル塔が大きく見えます。芝公園から見る東京タワーみたいです。上の写真はそこで撮りました。

なかなか良い散歩になりました。お腹もほどよくすいてきました。乾いた喉に冷えたシャンパンがおいしい!

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[Nさんとうめぞうが選んだメインはサーモン。火の通し具合がとても良い]

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[私が選んだのはオックス・テイルを煮込んでほぐして、それをジャガイモと2段のケーキ型にしたもの。付け合わせに野菜の入ったコンソメ・スープがついてきました]

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[これはSくんが選んだメイン。内臓料理(だったと思います)]

これがこの夏の旅の最後の夜。よく飲み、よく食べ、よくしゃべり、たいへん楽しい夜でした。

Sくん、Nさん、おしゃべりなうめぞうと、のんべえの私に、良くつきあってくださいました。ほんとうにありがとうございました。

2010年9月 1日 (水)

シャルトル

まつこです。

今回パリには二泊三日しかしませんでしたが、二日目にパリ在住の若い友人夫妻S君とNさんに案内してもらって、シャルトルまで出かけました。

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[シャルトルと言えば大聖堂です。やはり世界遺産だそうです]

このノートルダム大聖堂、よく見ると2本の尖塔のスタイルが異なっています。右側は12世紀のロマネスク様式、左側は16世紀のゴシック様式です。

うめぞうは高いものを見ると、必ずのぼりたいと言い出します。あとの3人はしぶしぶ従って、狭いらせん階段を昇り始めます。

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[大聖堂は最近珍しく拝観無料です。塔を登るのは一人7ユーロ。塔の高さは100メートル以上あります。一気には上れません。途中でいったん休憩・・・]

「なんでお金払ってまでこんな苦しい思いをしなくちゃいけないの・・・」と文句言いながら登り始めましたが、途中で息が切れて文句も言えなくなります。

でも最後までのぼり切ると、大パノラマが目の前に広がります。

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[シャルトルの町を一望。その向こうにはイル・ド・フランスの沃野が広がっています]

この時点で、うめぞうは高所恐怖症であることを思い出します。かなりビビっています。上ったのは正面から見て左側のゴシック様式の塔です。複雑な装飾がほどこされた塔のため、上の方まで登ると自分より下の方が細くなっていて、中空に突き出されたように感じます。いつもは平気な私もちょっと怖かったです。

シャルトルの大聖堂と言えばステンドグラスの美しさが有名です。

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[青い色が特徴的]

残念ながら正面のファサードが修復中で、そちら側のステンドグラスは見ることができませんでした。またこの日は曇り空でしたが、それでもひっそりとした聖堂の中にガラスを通して落ちてくる光を見ていると、心が穏やかになってきます。

シャルトルは大聖堂以外にも魅力のある町です。そのひとつが町のはずれにある「ピカシェットの家」です。一人の墓守男が散歩の途中で拾った瀬戸物やガラスの破片を集めているうちに、その破片のモザイクで自分の家を飾ることを思いつきます。

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[ピカシェットの家はカメラの使用を禁じられています。これはそちらで買ったパンフレットの表紙です]

それから25年近くをかけて、家の外壁も内装も庭も、モザイクで埋め尽くしてしまいました。

人は時に彼を狂人扱いしたそうですが、残された家はとてもかわいらしいものです。一目見るなり「キャー、かわいい!」と思わず声をあげてしまいます。そしてよく見ると、描かれているのは聖堂や聖母子や動植物などで、素朴で敬虔な信仰心が装飾の中にあふれています。

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[家の中にはモザイクで飾られたミシンまであります。パンフレットの写真より、実物の方がさまざまな色が使われていてにぎやかで楽しい印象です

このピカシェットの家を見た後、町の中心まで散策。シャルトルは古い街並みが残る静かで美しい街です。

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[古い街並みを散策]

ウール川という川も町の中を静かに流れています。

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[水面の向こうに大聖堂が見えます]

シャルトルは夏の間、夜になると大聖堂をはじめ、町のいろんな建物をライトアップして、光のページェントのようになるそうです。パリから電車で1時間ほど、美しい田園風景に囲まれた静かな聖堂の町。いつかまた訪れてみたいと思っています。

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