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2010年8月20日 (金)

ジャージー島の自然と歴史

まつこです。

今日もお天気に恵まれました。こちらで知り合いになったスペイン人夫婦ミゲルとラウラは昨年も2週間、ジャージー島で夏の休暇をすごしたそうですが、昨年は2週間で1日しか晴れた日がなかったそうです。先週も1日しか晴れなかったそうです。「『太陽の昇る国』から君たちが太陽を連れてきてくれた」と感謝されています。

Photo[島の西の海岸からツアーは出発]

今日もミゲル、ラウラたちと一緒にウォーキング・ツアーに参加しました。今日は島の西の海岸で集合です。ローカルバスの運転手に降りるところを教えてくれと頼んだのに、3,4キロ先のバス停まで連れて行かれてしまいました。バスは1時間に1本あるかないかという辺鄙な人気のない海岸です。

集合時間まで余裕がないので、やむなくヒッチハイク。うめぞうはひたすら前を向いて歩き続けます。たまに通りかかる車に手を上げて止まるように頼むのは私の役目。まつこ生まれて初めてのヒッチハイクでしたが、3台目で止まってもらえました。素敵な女性が運転するフィアットです。

Photo_2[ナショナル・トラストが管理する自然保護地区を今日は歩きました]

今日のツアーガイドはジャージー島のナショナル・トラストの活動員の女性でした。自然保護地区を歩きながら、植物、鳥、虫、魚などの種類や生態について説明を受けます。この近くで生まれ育った彼女は、子供のころから四季折々に姿を変える豊かな自然に囲まれた環境が最高の遊び場だったそうです。

Photo_4[地元で育った女性が詩のような言葉で、小さな生き物について語ってくれます]

こうした自然の多様性をできるだけそのままの状態に守るためには、どれだけの努力が必要か聞きました。目先のお金のためにゴルフ場開発や別荘開発を無制限に受け入れず、また痛んでしまった自然環境は粘り強く修復をし、美しい自然を守り続ける。風と光の中に小さな生き物たちのさまざまな声が聞こえる・・・と語る彼女の言葉は、詩のように聞こえました。

Photo_5[午後は美しい岬とビーチを散策]

半日の自然観察教室のあと、ミゲルたちとパブランチ。そのあとは南西の突端の岬で別れ、彼らはビーチで海水浴。ウメマツ二人は島の南の岬とビーチをウォーキングすることにしました。松林がうっそうと茂った岬と、白っぽい細かい砂が美しいビーチが交互に現れる起伏のある地形です。

Photo_6[道に迷ってたどり着いたドイツ軍の陣営跡。大きな大砲が海に向かっています]

途中、ある岬の上で道に迷ってしまいました。杖を突いてヨロヨロと歩く老夫婦とすれ違ったので道を教えてもらいました。「君たち、もし時間があるならこの先まで足を伸ばしてごらん。ドイツ人が残していったバンカーがあるよ」と言われました。「バンカー」とは何だろうといってみると、うめぞうが「ブンカーだ」と声をあげました。Bunker、第二次世界大戦でドイツ軍が敗戦が決定的になった後の1945年5月まで死守し続けた地下壕でした。

ジャージー島は1940年から45年までドイツ軍に占領されていました。ドイツ軍はこの島を守るために海岸線には高さ2メートルの防波堤を築きました。さらにこの南に突き出した岬の突端には地下司令部と海に向かった大砲群が築かれています。今は羊がのんびり草を食べている草原の下には、地下二階建ての要塞があるのだそうです。

Photo_7[こちらはノルマン人が作った要塞跡。島にいくつもあります。今も海からの目印として使われています]

イギリスとヨーロッパの間に海峡にあるこの島は、ヨーロッパの軍事的な要でした。小さな島のいたるところに、ノルマン人の要塞、イギリス軍の兵舎、ドイツ軍の防波堤など、長い戦いの歴史が地層のように跡を残しています。

きれいな景色の中を歩きながら理科や社会の勉強にもなった一日でした。

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コメント

まつこさま、うめぞうさま

ジャージー島紀行、お天気に恵まれて本当に良かったですね! すばらしい景観!
ヒッチハイクができるなんて、のどかな島ですねぇ。
ドーヴァー海峡をイギリス側からではなく、イギリスの一部でありながらフランスに近い島からを眺めるなんて、感慨深いですね。ドイツ軍の名残も印象的です。

ウォーキングにはあこがれますが、体力不足が最大の障害。
いつか、コーンウォールのMinack Theatre から John Fowles の愛する Lyme Regis を巡ってみるのがあこがれなのですが、果たせるかどうか。
うめまつご夫妻は相当な健脚なのですね。うらやましい。

ショウガネコさん、コメントありがとうございます。

この島ではOccupationという言葉が固有名詞化されていて、占領といえば1940年から1945年を指すことになっているようです。島の中心にはLiberation Squareがあります。第二次世界大戦のときに戦略上はそれほど大きな意味を持たないこの島を、ドイツ軍は必死に守ったのだそうです。

イギリスでウォーキングは楽しいです。Public Footpathをたどって延々歩き続けられます・・・といっても、雨にたたられたことや道に迷って右往左往したこともありますが。今日はちょっと筋肉痛です。

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