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2010年7月20日 (火)

夏の日

まつこです。

週末は介護帰省でした。この数週間ほどの間に母の記憶障害がはっきりと進んでいます。午前中は眠くてだるいと言ってベッドルームにこもる日が多くなりました。頻尿もひどくなっています。

Photo [こんな山々に囲まれた学校で母は数学教師をしていました]

そんな母がこの週末に同級会に出席しました。母は昔、中学校の数学教師でした。いろんな中学校で教えましたが、40代の半ばから50代の初めくらいの頃、市内からバスで1時間近くかかる山あいの町の学校に赴任しました。その学校で教えた生徒さんたちが、卒業後30年以上を経て同級会を開くので、教師だった母にも参加してほしいと連絡が入ったのは数カ月前のことです。

そのご招待の電話がかかってきた時も、そもそも教えたどの学年だったのかもはっきりしない、同僚だった先生たちの名前も思い出せないという状態でした。おまけにこの数週間の体調の悪い様子を見ていると、ちゃんと参加できるのかどうか、おぼつかない感じです。

それでも母は「行きたい」と言います。だったら多少、皆さんには迷惑がかかることがあるかもしれないけれど思い切って参加してもらうことにしました。幹事の方には事情を伝え、私が送迎をし、2時間と時間を区切って参加することにしました。

数日前から母は不安と緊張が大きくなり、いつもよりも記憶障害や言葉が出にくい症状がひどくなりました。出かける前日は、何時に行くのか、どういう手段で行くのということを、何十回も繰り返し私にたずねます。すったもんだの末、ようやくタクシーに乗ったと思ったら、しばらくすると「どこに行くの? 何をしに行くんだったかしら?」。ここに至って記憶の回路が決定的に断線してしまいました。

それからタクシーで30分ほど。夏の緑濃く、山あいを蛇行する川に太陽がきらきらと輝く、豊かな自然の中に車はどんどんと入っていきます。回路がきれたり、つながったりする母の話し相手を適当にしながら、「なるようになるさ」と開き直った気分で会場に到着しました。事情を知っている幹事の方にいたわられながら会場に入っていく母の後ろ姿を見送りながら、会を台無しにしてしまうような大きな失態がないようにと祈るような気持ちでした。

Photo[40代半ばになった昔の生徒さんたちに挨拶する母]

2時間後、迎えに行きました。幹事の方が、「先生は早めに退席なさるので、挨拶をしてもらう」と言っています。みなさんを前に、果たして母に挨拶ができるのかと、ハラハラして会場の隅で見ていました。

40代半ばになったかつての生徒さんたちに囲まれながら、母はマイクを手にし、たどたどしく話し始めました。「私はもうこんな年になり、一人暮らしをしながら、庭の草むしりくらいしかできなくなりました。みなさんは今が一番活躍している年齢です。みなさんの時代です。どうかがんばってください」という趣旨のことを話していました。時折、言い淀み、失った言葉を探り、同じ言葉を繰り返し、それでもなんとか元教師としての立場から、若い世代に向けて激励の言葉を贈ろうとしていることは皆さんに伝わったようです。

幹事の方に抱きかかえられるようにして会場を出ようとする母の姿を見て、目にハンカチを当てて泣いている女性もいました。先生元気でね、僕のこと覚えていてね、と言いながら母をハグしている男性もいました。「三角形の頂点A,B,C・・・」と母の口調を真似しておどけてくれる男性もいました。

すっかり変わってしまった様子に驚き、悲しみながらも、老いた元教師をいたわる温かい気持ちが会場にあふれていました。会場の外には真夏の強烈な日差しと、真っ青な空、そしてどこまでも緑豊かな山々の景色がありました。

母は家に戻ったとたん、どんな人たちが集まっていた会だったかもあやふやになったようですが、「みんな、昔のことをよく覚えているの。いろんな話をしてもらったわ」とうれしそうでした。務めを果たしたというようなほっとした表情をしています。

梅雨明けの暑い日、悲しみと喜びが混じり合った一日でした。

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コメント

素晴らしい生徒さん達でしたね。出かけられる御母堂の勇気と、それを支えていらっしゃる方々の優しさには、敬服の念しかありません。お写真での、しゃっきり背筋を伸ばしていらっしゃるお姿と、お話に聞き入る卒業生達。素晴らしい絵柄です。

wombyさん、コメントありがとうございます。

母は「先生」と呼ばれると、少し気持ちがしゃきっとするようです。「同級会だから行ってあげないと」という責任感もあったようです。人間は社会的な生き物だと改めて思いました。

私は本音を言うと、「やっぱり行かないわ」と母が言いだしてくれることを直前まで期待していたのですが・・・。夕刻、母を家に送り届け、その夜のうちに帰京。東京の自宅についたときは、安堵のあまりシャンパンを開けて飲んでしまいました。

まつこさま

無事に同級会が過ごせて本当によかったですね。
もし、お母様が当時の事をおもいだせなくなったとしても、
大勢の生徒さんたちの記憶に、お母様の姿が残っています。
すばらしい事だと思いました。

しょうさん、コメントありがとうございます。

何十年ぶりに故郷に集まった生徒さんたちを驚かせてしまったと思いますが、これも一つの場面として心にとどめておいてくださるのではないかと思っています。

母はもう誰に会ったかも覚えていませんが、肩の荷を下ろした気分のようです。無事に済んで一番ほっとしているのは、やはり母のようです。

まつこさん、こんにちは

お母様、同窓会に出席される前は、とても不安で余計に混乱されていたのでしょうね。
終わった後はもう記憶があやふやでも、その時その場でのひとときをお母様が嬉しい、楽しいと感じられたことが大切ですし、お母様のお姿とご挨拶のお言葉は、きっと皆さんの心に残ることでしょう。

心優しく暖かい生徒さん達のご様子に、読んでいてちょっとウルっときてしまいました(最近本当に涙腺が弱すぎです・・苦笑)

まつこさんは、さぞお疲れの週末だったと思いますが、お母様のためには良かったですね。

東京はもううんざりするような暑さ~バテないようお互い気をつけましょう!

翡翠さん、コメントありがとうございます。

最近は母が何を覚えているかばかりを気にしていました。記憶が消えていくと、母の存在そのものが希薄になっていくように思えていました。

でも他の方たちが母をどんなふうに覚えていてくださるかも大切なのだと改めて思いなおしました。そしてあの日、母が生徒さんたちに囲まれながら、せいいっぱいの挨拶をしている様子を、これから私が覚えていることが「母の記憶」なのだと思いました。それに「三角形の頂点A, B, C...」という物真似を見れたのも貴重な経験でした。働いている母の姿や口調なんて知りませんでしたから。

泣いたり、笑ったり、人生の濃度の高い一日でした。

翡翠さんも夏バテならさないように気をつけて!

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